巡り巡りて巡るとき
56
マリアンヌの元へ行けば、そこにはすでにコーネリア達も来ていた。
「スザク君、来たようね」
そう言ってマリアンヌはほほえむ。
「お待たせしたでしょうか」
「いいえ。ちょうどいいタイミングよ」
マリアンヌはそう言ってくれるが、と思いながらスザクはさりげなく視線をコーネリアへと移す。彼女もうなずいたと言うことは嘘ではないと言うことだろう。
「日本側からの情報が届いたところだよ」
藤堂がそう教えてくれる。
「澤崎の居場所でもわかりましたか?」
反射的にそう問いかければ、彼はうなずいて見せた。
「ついでに、うちの馬鹿な
第七皇子 も一緒にいたそうだ」
プライドだけは高いが、努力は嫌い。当然、己の持つ才能を伸ばすこともできずに『無能もの』と呼ばれていた存在らしい。
「どこをどうすれば、皇帝の座につけると思っているのか。天地がひっくり返ったとしても無理だろうな」
コーネリアはそう言い切る。
「そうね。万が一誰かが斃されたとしても、他の子達が協力すればそこまでで終わりよね」
マリアンヌもそう言ってうなずく。
「もっとも、その前に私が処分するけど」
相手が動いた時点で、と凄艶な笑みを浮かべてみせる。
「シュナイゼル経由でシャルルにも報告が上がっているわ。すぐに討伐命令が出るはずよ」
皇籍も剥奪されるだろう。母とその一族も爵位を剥奪され、どこかのエリアに追放されるはずだ。
「自分の行動が周囲にどんな影響を与えるかもわからないなんて、本当に馬鹿な子ね」
おとなしくしていればどこかのエリアの総督か本国でそれなりの地位を約束されていたものを、とマリアンヌはため息をつく。
「努力さえすればシュナイゼルの下でこき使われたでしょうね」
そのレベルの才能は持っていたのだ、と彼女は続けた。
「母君はともかく祖父やその取り巻きがな。あれを甘やかし持ち上げたからな」
その結果、馬鹿に担がれ未来を失ったのか。今までの繰り返しの中でも何度か経験したこととはいえ、やはりあまり気分のいいものではない。
特に自分と親しくしているもの達のこんな表情を見ることになってしまえば、だ。
「だからといって、罪は罪だ。己の行動に責任をとれぬものは必要ない」
何かを振り払うかのように軽く頭を振った後でコーネリアは毅然とした声音で告げる。
「己の権利ばかり主張して義務をないがしろにするもの達もな」
皇族は民衆からの税で生かされている。だから、それに見合った働きをしなければいけない。その基本すら理解できないものは皇族としてふさわしくない。
それはもっともな主張だろう。だが、それを体現できるものがどれだけいるか。そう問えば数多くいる后妃はもちろん、皇子皇女達の半数は脱落するのではないか。逆に言えば、それから脱落しないもの達が高位の皇位継承権を与えられているのだろう。
スザクは目の前の女性達を見つめながら、つらつらとそんなことを考えてしまった。
「ともかく、後はシャルルの命令次第よ。もちろん、それまでに居場所を見失うようなことはないわ」
オルフェウス達が名誉挽回のために頑張っているから、とマリアンヌは続ける。あの子だけの責任ではないのだけど、と言うところは息子の無謀さを理解しているからだろう。
「そういえば、あの子はどうだった? 目覚めたのでしょう?」
「ナナリーと二人がかりでお説教をしてきました。今はナナリーとロロが監視してます」
その言葉にマリアンヌは満足そうにうなずく。
「私がしかるよりもそちらの方があの子には効くでしょうね」
特にスザクの言葉は、と彼女は続けた。
「今回のことが解決するまでは会わないと言ってきましたからどうかは確認できませんけどね」
「それはきついな」
スザクの言葉にコーネリアも苦笑を浮かべる。
「だからこそ反省するでしょう。あなたも甘やかすだけじゃだめよ?」
「はい」
ユーフェミアがまた何かをしでかしたのだろうか。それとも、と思ったときだ。
「失礼いたします」
伝令を思わしき兵士が駆け込んでくる。
「陛下からの命令書です」
どうぞ、とそれをマリアンヌに差し出す。だが、彼女が直接受け取ることはない。コーネリアの部下がまず受け取り、そしてマリアンヌへと手渡す。それは暗殺を恐れてのことだろう。
ここでもそんな用心をしなければならないのは、きっと、その皇子の実家が軍閥に属しているからではないか。
「ようやく許可が出たわ」
さっさと害虫駆除に出かけましょう。マリアンヌのその言葉に周囲にいたもの達は雄叫びを上げた。
市街戦というものは予想以上に静かなものだ。
いや、マリアンヌが指揮している彼らの技量が優れているからの結果かも知れない。
「……これは……うちの連中の訓練も見直さないとだめだな」
隣にいた藤堂が感心したようにつぶやいている。そこから判断をして、相当レベルが高いと言うことか。
「マリアンヌさんは白兵戦も強いけど、コーネリア殿下も凄いですね」
正統派の剣筋ではあるが、こういうときには搦め手も使えるらしい。そういうところは記憶の中の彼女とは違うな、とスザクは認識を改めた。
あるいは、マリアンヌが生きていれば最初の世界でもそうなっていたのかもしれない。ならなかった可能性の方が高いような気もするが。どのみち、仮定の世界だ。今考える必要はない。
「これは出番はないかな」
スザクはそうつぶやく。
「君を参加させるようでは、軍人としては失格だね」
即座に藤堂がこう言い返してきた。
「マリアンヌ様方もそう考えておいでだろう」
スザクは軍人ではないのだから、と彼は言葉を重ねる。
「君が前線で戦うときは、それこそ非常事態の時だけだ」
とりあえず、成人するまでは……と言われて苦笑を浮かべるしかない。
人殺しはすでに経験している。だが、それを口にすることはない。何よりも、年長者として自分たちを守ろうとしてくれる彼らの気持ちを大切にしたいのだ。
今はルルーシュ達だけではなく自分にも優しい世界だ。
しかし、それでいいのだろうか。ふっとそんな疑問がわき上がってくる。
自分はこんな風に優しくされる資格はないのに。心の中でそうつぶやいたときだ。
「全く、往生際が悪いな」
言葉とともに藤堂がスザクの前に出る。その先にはこちらに向かって走ってくる澤崎の息子の姿があった。どうやらマリアンヌ達を振り切ってきたらしい。いや、部下や協力者達を切り捨てて自分だけ逃げてきたと言うべきか。
「藤堂さん?」
「無傷とは言わないが身柄の確保ぐらいはできるだろう」
余裕で、と突っ込みたくなった。もっとも、それを口にしない程度には自分だって空気を読める。
「気をつけてください」
こう言うと、スザクはとりあえず一歩後ろに下がった。
18.01.24up