巡り巡りて巡るとき
66
「ルルーシュ様はいろいろと頑張っておられるようですよ」
ここ数日、それが咲世子との挨拶になっていた。
別にそこまで難しい問題じゃないと思うのだが。珍しい花じゃなし。名前がわからなければカメラで撮って検索すればいいだけだろう。
「それはいいけど、学校に行かなくても大丈夫なのかな?」
未だにアリエスから外出する様子がないけど、とスザクはつぶやく。
「陛下の許可がまだだそうで」
先ほど、マリアンヌが登城したらしい。それがなぜなのか、確認しなくてもわかる。
「じゃ、明日から登校だね」
準備をしておかないと、とスザクは笑う。
「確かに……それに関してはお任せくださいませ」
では、と軽く頭を下げると咲世子はきびすを返す。
「今頃、陛下の私室あたりは嵐だろうね」
マリアンヌという名の暴風が飛び込んでいったのだから、と付け加える。
「それで日常が戻ってくるなら、僕は大歓迎だけどね」
そうつぶやきながらスザクは休んでいた間の授業の代わりに、と出された課題に手をつけ始めた。
アリエスの図書室は離宮としてはそれなりの規模がある。だが、やはり学校のそれにはかなわないのだろう。復学してからルルーシュは図書館の主になっていた。
「スザクさん、大丈夫ですか?」
彼のそばにいるように言われているスザクも図書館に詰めることになる。本を読むよりは体を動かす方が好きな彼を知っているからだろう。ナナリーがこう問いかけてくる。
「ルルーシュの百面相を見ているだけでも楽しいからね」
それに、と続けた。
「帰ってからの訓練を考えると……少しぐらいは体を休めたいかなって」
体重が増えたとかでマリアンヌの訓練がちょっとハードになっている。それにつきあわなければいけない以上、体力を温存しておきたいのだ、とスザクは苦笑を浮かべて見せた。
「それこそすみません。ロロもつきあえればいいのですが」
「……僕ではあの方のウォーミングアップにもなりません」
お役に立てなくて申し訳ない、とロロは口にする。
「気にしなくていいよ。それよりもナナリーの方が優先だしね」
マリアンヌにつきあったせいでナナリーの護衛ができなくなるようでは本末転倒だろう。そういえばロロも納得してくれたようだ。
「それに、図書館通いからも解放されそうだしね」
どうやら目的のものを見つけたらしいし、とスザクは視線だけでルルーシュを指し示す。彼の視線の先にはうれしそうに何かをメモしているルルーシュの姿があった。
「と言うことで、明日からは鍛錬の時間が増えるなぁ」
図書館が良いから開放されるのはうれしいけど、そちらはあまりうれしくないなぁ。スザクはそうつぶやいた。
窓から真白い月がのぞいている。
スザクは何をするでもなくそれを見つめていた。
そんな彼の耳に控えめなノックの音が届く。
「どうぞ」
来るだろうな、と思っていたが予想通りだった。しかし、できれば普通の服できてほしかったな、と思うのは間違いだろうか。
ドアを開けてするりと忍び込んできたのはもちろんルルーシュだ──寝間着姿の。
「スザク、あれはわざとか?」
ほほを染めながらルルーシュがそう問いかけてくる。その姿ははっきり言ってやばいと思う。自制心が強い人間でなければそのまま性犯罪者になりそうだ。
「何が?」
「あの花束の組み合わせだ」
「……本心だけど?」
そう言っただろう、とスザクは言い返す。
「恋なのかそれとも別の何かなのかは今でもよくわからない。でも、君とずっと一緒にいたいという気持ちは本心だ。きっと、それは何度生まれ変わっても同じだと思う」
憎しみも愛情の一種だと、今ならわかる。
どうでもいい相手はその存在が消えても気にならない。もちろん、生きていたとしてもだ。
ユーフェミアを失ったときと同じ気持ちを剣に残された彼の血の跡を見るたびに感じていたことも覚えている。必死にそれから視線をそらしていたこともだ。
もし、もっと早く素直になっていたらすべては変わっていたのだろうか。そう考えたのも一度や二度ではない。
それでも、今までの繰り返しの中で彼と一緒に歩いて行くという選択がなかったのは、彼自身が自分に対する気持ちを伝えてくれなかったからだ。だから、自分から距離を縮めることができなかった。
いや、今でも自分のこの選択が正しいのか不安だ。
それでも彼が殻を破ったのだ。それに答えるのは当然だろう。
「それで不満なら、ここから出て行くけど?」
「ダメだ!」
即座に反対されると言うことは、やはり好かれていると言うことなのだろう。
「じゃ、何が不満なの?」
「……不満というか……今までと変わらなすぎて困る」
「だって、今までと何が変わるの? 今までだって、僕の特別は君だったんだけど」
こう言えばルルーシュは真っ赤になる。
「愛している、ってストレートに言わないとダメ?」
「……バカ」
スザクの問いかけにルルーシュはこう言い返してきた。それも素直じゃないな、と思う。
「そういう素直じゃないところがかわいいって思えるって、やっぱり愛しているからかなぁ」
どう思う、と問いかけるスザクの唇にルルーシュの手が触れてくる。
「どうせならこっちでふさいでくれるとうれしいかも」
にっこりと笑うとスザクはそのまま彼の唇を自分のそれでふさいだ。
キキョウの花言葉:「永遠の愛」「誠実」「清楚」「従順」
センニチコウの花言葉:「色あせぬ愛」「不朽」
どこかでカチリと音を立てて何かがかみ合った。同時にゆっくりと動き出す。
「ようやくだな」
C.C.が笑いながらそうつぶやく。
「ようやくだね」
V.V.も小さく首を縦に振って見せた。
「まったくあの二人は……」
「でも、これで前に進めるんだから、いいんじゃない?」
ギアスもこのまま自分たちが持って行けばいい。そして、彼らの血筋を見守っていく。それでいいではないか。
「それが僕の贖罪なんだろうね」
自分のわがままのせいですべてをゆがめてしまった、とV.V.は付け加える。
「違うだろう? あいつらが本当に幸せになれるのか。見守ってやるだけだ」
ついでに途中でからかいに行ってやろう。そういうC.C.はいつでも変わらない。変わらないからこそ安心できるのだ、とようやく理解できた。
「そうだね」
これで繰り返しはおしまい。後は前に進むだけ、とつぶやくとV.V.は空を見上げる。そこには月が変わらずに輝いていた。
18.04.28up