PREV |NEXT | INDEX

巡り巡りて巡るとき

65



 さすがに人前で告白をする気にはなれない。
 百歩譲ってアリエスの人間だけならば妥協できたかもしれない。しかし、シャルルをはじめとした皇族達の前でそれをする勇気はさすがのスザクにもなかった。
 ルルーシュが先ほどからちらちらと自分に視線を向けてきているが、今は気づかないふりをしておく。
「ともかくルルーシュ。あなたはしばらく外出禁止よ。学校内でもスザク君から離れないこと」
 そんな彼の様子を楽しげに見つめながらマリアンヌがそう命じる。
「学校は行っていいのですね?」
「問い合わせが来ているらしいから。お友達を安心させてきなさい」
 この言葉にルルーシュが表情を曇らせた。
「スザク君もよ」
「……しばらく休んでいたから仕方がないですね。でも、口実は何だったんですか?」
 ルルーシュはともかく自分の、と問いかける。と言っても、あちらに行っている間だけだったから、実質半月ほどだが。
「心配しないで。ルルーシュがスザク君がいないとパニックを起こすから、と言う理由にしておいたから」
 それに対して返された言葉がこれだ。
「母さん?」
「半分以上、あなたの自業自得だもの。あきらめなさい」
 ルルーシュのことがなければ、長期休暇まで作戦の実行は先延ばしされていたはずだ。そうであれば、スザクの学校生活に支障が出ることはなかっただろう。こう言われてはルルーシュも反論できなかったらしい。
「と言うことで、後は二人で話し合いなさい」
 マリアンヌはそう言うとスザクとルルーシュを残してリビングを出て行く。ナナリーが少し心残りな様子だったのは、この後に起こるであろうことを気にしてのことだろうか。
 あの年齢の少女であれば恋バナは好きだろうしな、とスザクはつぶやく。それがたとえ身内であろうと自分のものではなければ余計楽しいのではないか。そう考えたところである可能性に気づく。
「マリアンヌさん、隠しカメラとか盗聴器とか仕込んでないよな、ここに」
 思わずそうつぶやいてしまう。
「俺が知っている限りではなかったが……母さんだからな」
 ルルーシュが周囲を見回しつつ言葉を口にする。
「そう、マリアンヌさんなんだよ。あれこれと勝手に盛り上がってくれているしな」
 おかげでどんどん外堀を埋められてしまった。
 まぁ、それはもうどうでもいいのだが……とスザクは微苦笑を浮かべる。
「それよりも、何か話があったんじゃないの?」
 微苦笑からからかうようなものへと変えながらルルーシュに問いかけた。
「……その、だな……」
 途端に彼は口ごもると視線をさまよわせ始める。そのほほが真っ赤なのは指摘しないでおこう。下手につつけば彼はそのまま部屋にこもって出てこなくなるに決まっている。もっとも、そんなことをすれば最後はマリアンヌに扉を破られて引きずり出されるところは決定事項だろう。
 しかし、今はそれでは困る。
 何よりも、とスザクは心の中で付け加えた。もう一度彼の口から彼の気持ちを聞きたいのだ。
 一番最初の時はそれができなかった。
 いや、全くなかったわけではない。ただ《彼》の場合、本音以上に『嘘』の方が多かっただけだ。それが自分たちの──と言うよりはナナリーの安全を守るためだったとしても、そのせいで生じたあれこれを思い出せばそれが間違いだったとしか思えない。
 だからこそ、今目の前にいる彼には、自分の気持ちを素直に伝えてほしいのだ。
「何?」
 笑みを浮かべながらスザクはルルーシュの言葉を待つ。
「お前が好きだから、ずっと一緒にいてほしい」
 やがて開き直ったのか。それともこのままでは何も進めないと判断したのか。ルルーシュは早口でそう言ってくる。
「……僕がさっき渡した花束だけどね」
 言葉とともにスザクは首をかしげた。
「あれの花言葉、調べるといいかも」
 それから返事をする、と付け加えればルルーシュはあからさまにがっかりとした表情を作る。
「でも、ルルーシュの目の色の花を探すのは結構大変だったんだよね。日本だと紫は高貴な色だから、それなりに栽培されているけど」
 それでも持ってくるのにマリアンヌやシュナイゼル、そしてリ家のお后様の力を借りなければ大変だった。そう続ける。
 そして、最後には花言葉だ。
 こればかりは女性陣の意見を無視できなかった、とさらに言葉を重ねる。
「神楽耶がものすごく怖くて……仕方がないから、花言葉をあれから詰め込んで選んだんだよね。だから、ルルーシュも調べて」
 どうしてもと言うときは咲世子が知っているから、と続けた。しかし、彼女に聞いたら返事が延びるから、と付け加える。
「少しぐらいは苦労してもいいと思うんだよね」
 そのくらいの意趣返しは許されると思うんだけど、とスザクは問いかけた。自分が向こうでどんな気持ちだったのかを考えればいいとも。
「……わかった」
 さすがに自分のせいでスザクがユーロにまで行くことになったことをルルーシュも気にしていたのだろう。あっさりと引き下がる。
「頑張ってね」
 その言葉とともにスザクはきびすを返す。そして、ルルーシュを残してリビングを出た。

「ずいぶんと厳しいな」
 その瞬間、C.C.に声をかけられる。
「このくらいはね。そうでないと、これからも無茶しそうだし」
 それでは困るだろう、とスザクは彼女へと視線を向けた。
「ルルーシュにはせめて本陣にいてもらわないと」
 皇族である以上、彼が戦場に行かない問い選択肢はない。だからといって最前線にいk割れても困る。
「ルルーシュの反射神経だとナイトメアフレームの操縦は並の騎士レベルだからねぇ」
 これがせめてユーフェミアレベルであれば心配しないんだが、と続けた。
「かといって、復座のナイトメアフレームだと誰がパイロット役になるのかが問題だし」
「お前がやれば良かろう?」
「ロイドさんが切れるから」
 ランスロットのパイロットが決まってからならばともかく、と笑う。
「……あれは何度繰り返しても成長しないな」
 もう少し人間関係に妥協すればいいものを、とC.C.はつぶやく。
「何度繰り返しても無理でしょう。ロイドさんの頭の中は自分の理想のナイトメアフレームしか存在していないんだから」
 それに対する執着が消えない限りロイドは何度生まれ変わってもあのままだろう。いや、ナイトメアフレームだとは限らないな、とスザクは心の中でつぶやく。
 彼はルルーシュとは違った意味で天才だ。
 しかし、それに対等につきあえる人間がほとんどいない。だから彼の場合、その一握り議の人間以外《人間》と認識できないのだ。その事実が彼から他人に対する興味を削り取ってしまったのだろう。
 彼と対等にやり合える人間が幼少時からそばにいない限り、彼が変わることはないのではないか。
 もっとも、その考えをスザクは口に出すことはない。
 自分は万能ではない。ルルーシュと日本を守ると決めてしまえば、それ以上は抱えきれないのだ。
「確かに。誰かの尻を追いかけるようなあいつはあいつじゃないからな」
 何かを想像したのだろう。いやそうな表情を作るとC.C.はそう言ってうなずく。
「どちらにしろ、あと一息か」
 だが、すぐに何時もの笑みを浮かべるとこう言ってくる。
「そのときは赤飯でも用意するよう、マリアンヌに言っておこう」
「……大丈夫。その前に神楽耶が結納品を送ってくるから」
 赤飯はその後かなぁ。スザクはそうつぶやく。
「まぁ、楽しみにしておこう」
 にやりと笑うと彼女はきびすを返す。
「給料三ヶ月分をどうするのか。そちらもな」
 最後の最後にこのセリフか。そう思わなくもないが、それも彼女らしい。
「実家から良さそうなのを取り寄せることになるんじゃないかな?」
 ブリタニアの皇族が持つには貧相かもしれないけど、と笑いながら言い返す。ただし、由緒だけはあるが。
「でも、ルルーシュなら何でも喜んでくれるんじゃないかな?」
 今の、だけど。そうつぶやくと同時に、スザクは少しだけ遠くを見つめるような表情を作る。その先にいたのが誰なのか。それは自分以外知らなくていい。
 心の中でそうつぶやくと、スザクは小さな笑みを浮かべた。




18.04.21up
PREV |NEXT | INDEX