士官学校はブリタニア人はもちろん、一部の名誉ブリタニア人にも門戸を開かれている。もちろん、名誉ブリタニア人が受験をするにはブリタニア人以上に厳しい条件が付けられていた。逆に言えば、それがクリアできるものであればここでは差別されることも――表面上は――ないと言っていい。
枢木スザクもそのような名誉ブリタニア人の士官候補生の一人だった。
「やっぱ、これも皇女殿下の騎士のおかげなのかな?」
公には姿を見せたことがない第三皇女。その彼女が選んだ騎士が《名誉ブリタニア人》だったという。もちろん、彼でなければいけない理由があったからだろうが……と口にしたのは、ここで知り合った友人の一人であるリヴァル・カルデモンドだった。
「そうだ、ってお聞きしたよ」
そんな彼に、スザクは微笑みとともに言い返す。
「って、誰に?」
興味津々と言った様子でカレンが問いかけてきた。
「僕を推挙してくださった方だよ」
ここに入学する前にあれこれ教えてくださったから……と付け加えれば、納得したように頷いてみせる。
「アッシュフォード侯だったかしら。そうなると、スザクはいずれ第三皇女にお仕えすることになるかもしれないわね」
そして、彼女はさらに言葉を重ねた。
「なんで?」
「皇女殿下の母君であらせられる閃光のマリアンヌ様の後見がアッシュフォードだったはずよ」
騎士が名誉ブリタニア人なのであれば、配下にも……と言うことでアッシュフォードがスザクを推挙していたとしてもおかしくはないのではないか。カレンのこの言葉に、スザクは苦笑を浮かべた。
そのまま、彼は荷物を片づけ始める。
「スザク?」
どうかしたのか、とリヴァルが問いかけてきた。
「例の転入生が来る時間だから」
寮の方に、と付け加えれば、リヴァルも頷いてみせる。
「あぁ……特例の転入生な」
現地で任官した者の中で特に有能だと思われた人間が、上官に推挙されて転入してくることもたまにあることだ。彼等の場合、既に実戦経験があると言う理由で、最初の基礎部分を飛ばしてしまうことが多い。
「そう。僕と同室なんだって」
だから、面倒をみろって言われて……と苦笑とともに付け加える。
「……大丈夫だとは思うけど、もし、貴方が名誉だと言うことで文句を言ってきたら教えてね」
その時は、自分が文句を言ってあげる……と彼女は微笑む。
「カレン、それは……」
「気にしなくていいわよ。ハーフだってことで、影であれこれ言われているもの。今更、それが少々激しくなったって気にならないわ」
そういって微笑む彼女に、何と言い返せばいいのか。元々、言葉を口にするのが苦手なスザクはうまい表現を見つけられない。
「何も言わなくていいわよ。表だってシュタットフェルトの権威には逆らえないくせに、あれこれ言っている方がバカなのよ」
言いたいことがあるのであれば、堂々と本人に向かって言えばいいんだわ! と彼女は付け加える。
「スザクのことも同様よ!」
「……いや、普通、それは無理だって」
しかし、リヴァルの反応は微妙だった。
「リヴァル?」
「だってさ……スザクはブリタニア国史以外は、ベスト3にはいるし……カレンもそうだろう? 特に実技だと二人以外の人間が一位と二位の所に名前書かれたことないじゃん」
しかも、スザクは入学早々、大立ち回りをしてくれたし……と彼は口にする。
「冗談だけど、さ。スザクならナイトメアフレームとでも一対一なら生身でやり合えるんじゃないのか、と言う話もある」
本気で信じている連中もいるかもな……と彼は真顔で付け加えた。
「本当に……そんなくだらないことを考えている暇があるなら訓練をすればいいのに」
その方が有意義だわ……と口にする彼女の意見はもっともなものだ、とそう思う。
「……平民とか名誉の連中、後軍人の家系の連中はそうしているよ」
問題なのは、取りあえず地位を手に入れようとしている貴族の子弟だけだ、とリヴァルは口にする。
「あいつらね。本当にバカなんだから」
絶対に、あいつらにだけは負けないんだから……とカレンは拳を握りしめた。
「そうだね。僕も、君以外には負けたくないなぁ」
スザクは微笑みとともにこう告げる。そのまま彼は荷物を入れた鞄を肩にかけた。
「と言うことで、僕は行くね。そろそろ、本気で間に合わなくなる」
時間厳守も軍人になるためには基本的な素養の一つだ。それは二人もわかっているらしい。
「引き留めて、すまん」
「気を付けてね」
この言葉とともにスザクを送り出してくれる。
「本当、急がないと」
廊下に出ると同時に彼は表情を引き締めた。そのまま、真っ直ぐに窓へと歩み寄る。
「緊急事態だからいいよね」
そのまま窓枠に手をかけるとふわりと体を浮かせた。
自室に荷物を置いてからスザクは真っ直ぐに舎監室へと向かう。
「クルルギです」
ドアをノックするとともに内部にいるであろう相手に向かって声をかけた。
「開いている。入れ」
この言葉を耳にして、すぐにスザクはドアを開ける。
「失礼致します」
士官学校の教官は上官と同じだ。だから、最大限の礼節を持って行動しないといけない、と自分に言い聞かせながら、スザクは中へと足を踏み入れた。
その瞬間、教官の隣にいる相手と目が合う。
ブリタニア人にしては珍しい黒髪と、自分のそれとよく似た翠色の瞳が印象的だ、と言っていい。ただ、軍人にしてはかなり細身――もっと正確に言えば華奢――な体躯の相手にスザクは思わず微苦笑を浮かべてしまった。
相手もそれに気が付いたのだろう。同じような表情を浮かべている。
「転入生だ。お前と同室になる。きちんと世話をするように」
教官はこういいながら、視線をスザクへと向けてきた。
「Yes,my lord」
そんな彼に向かって、スザクは言葉を返す。
彼の態度に満足をしたのだろう。教官は微かな笑みを口元に刻んで頷いてみせた。
「では、ランペルージ。後のことは彼に聞いておくように」
授業の内容も彼と同じだ、と教官は説明の言葉を口にする。
「わかりました」
小さく頷く仕草を確認して、教官はまた口を開いた。
「では、二人とも退出していいぞ」
自分は忙しい、と言外に付け加える彼に二人は即座に敬礼を作る。完璧とも言える二人の仕草に、教官は満足そうに頷いた。
「では、失礼をします」
「お手数をおかけして、申し訳ありません」
口々に言葉を口にすると、二人はそのまま退室をする。
「寮はこっちだよ」
スザクはとっておきの笑みを作ると声をかけた。
「あぁ。すまない」
それに相手も少し表情を和らげる。だが、まだ堅いのは、間違いなく緊張しているからだろう。
「途中で、施設を説明するから」
もっとも、一緒に行動してくれるならばそんなことは必要ないかもしれないけど……とスザクは付け加える。
「そうだな……いや、一応説明して貰おう」
何かあったときに困るから、と言われてスザクは頷いてみせた。
「まずは、食堂かな」
そして、呟くように口にする。これに、初めて視線が柔らかく細められた。
一通りの説明を終えて部屋にたどり着いたときにはもう、寮内で転入生の顔を見ていない者はいなかったのではないだろうか。
「……本当に、みんなは……」
強引にドアをロックするとスザクはこうぼやいてしまう。
「仕方がなかろう、スザク」
そんな彼の耳に、先ほどまでとは打って変わった親しげな声が届く。
その声に振り向けば、ルルーシュの瞳は自分がよく知っている色へと変化していた。どうやら、翠色になっていたのはカラーコンタクトを使っていたかららしい。こちらの色の方が好きだな、と心の中で呟く。
「どこだって、転入生というのは珍しいものだろう?」
「そうは言うけどね、ルルーシュ……」
何と言い返せばいいのか。自分のブリタニア語の語彙ではぴったりと来る表現を見つけられない。
「いい加減、限界だったんだよ、俺が」
それよりも先にルルーシュがこう言ってくる。
「ルルーシュ?」
それって、とスザクは慌ててルルーシュへと視線を向けた。だが、それよりも先にルルーシュの小さな頭がスザクの肩に押し当てられる。条件反射で、スザクはその体を抱きしめてしまった。
「お前がさっさと戻ってこないから、俺は寝不足だ」
スザクが側にいないと自分は安眠できないと知っているだろうが、と恨みがましい口調で告げられる。
「すぐに戻ってくると言ったのは、どこの誰だ?」
でなければ、許可なんて出さなかった……とルルーシュはなおも言葉を重ねた。
「うん、ごめん。予想以上に相手があれこれ隠匿していてくれたから」
でもそっちは片が付いたし、ついでに面白い人員も確保できそうだけど……とスザクは言い返す。
「ただでさえ寝不足なのに、ユフィがさらに邪魔してくれるんだぞ」
だから、と続けるルルーシュの声が本気で眠そうだ。だから、彼等もここに来ることを許可したのかもしれない。
「いいよ、ルルーシュ。寝ちゃっても。ご飯の時には起こしてあげるから」
自分が側にいるから、何も心配しないで……とさらに囁きを重ねれば、ルルーシュの黒髪が小さく揺れる。
「おやすみ、ルルーシュ」
そっとその髪を撫でながらスザクは囁く。
すぐに彼の耳をルルーシュの寝息がくすぐる。
「流石に……ちょーっと辛いかな」
この体勢は、と口にすると同時に、スザクはルルーシュを起こさないように抱き上げた。そして、ゆっくりとベッドに運ぶ。
「大丈夫。僕は君から離れたりしないから」
それだけが自分の唯一の誓い。それを果たすためだけに、自分は生きていると言っていい。
ベッドの上にそうっと下ろしたルルーシュの額に、スザクは改めて誓うようにそっとキスを贈った。
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07.10.05 up
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