「……ルルーシュって、もう少し体力があれば無敵じゃない?」
二日と経たないうちに、ルルーシュはカレンやリヴァルとうち解けていた。そのせいだろうか、こんなセリフもカレンから投げつけられている。
「かもしれないな……だが、ここに行けと言われる前に、半年近く入院とリハビリに明け暮れていたんだ。妥協してくれ」
苦笑とともにこう言い返す。
「あぁ、それじゃしかたがないのか。コーネリア殿下の部隊にいたのなら、そのくらい日常茶飯事だろうしな」
即座にリヴァルがフォローを入れている。
「そうだね。その代わり、ルルーシュは戦略に関しては教官も舌を巻いているし、ナイトメアフレームの操縦に関してもそれなりの成績だから……体力さえ戻れば十分いい成績を残せるよね」
実戦での経験の差なのかな、それは……とスザクも口を開いた。
「コーネリア殿下やダールトン将軍、それにギルフォード卿の作戦をすぐ側で見せて頂いていたから、だよ」
現在、ブリタニアの中で最高の将官達の立てる作戦を自分の肌で感じられたからだろう、とルルーシュは笑みを口元に刻む。そうすれば、秀麗なその容貌がやさしいものとなる。
「それが一番うらやましいわ」
特にコーネリアの側にいられたことが……とカレンがため息を吐く。
「カレンさんはコーネリア殿下を尊敬されているのか」
彼女の様子にルルーシュはこう問いかけている。
「当たり前よ! あの方は皇女殿下と言うだけではなく、軍人としてもすばらしい方だわ」
もっとも、自分が一番尊敬しているのは今は亡きマリアンヌ后妃だが……と彼女はさりげなく付け加えた。その瞬間、ルルーシュが浮かべた微笑みを目にしたのはきっと自分だけだろう、とスザクは心の中だけで呟く。
「閃光のマリアンヌ様。ご自身の才能だけで騎士候になられたあの方の話を聞いたから、軍人になりたいって思ったの」
その間にもカレンは言葉を重ねている。
だが、それを快く思っていなかったのか。
「閃光のマリアンヌ、ね。結局は、色仕掛けで皇帝陛下に取り入ったんじゃないのか?」
不意にこんな声が彼等の耳に届いた。
「あぁ、あり得るかもな」
こう言って下卑た笑いを漏らしているのは、確か后妃の縁続きの貴族のどら息子だったはず。もっとも、その后妃には子供はいなかった、とスザクは記憶していた。
「あいつら……」
気に入らないというようにカレンが呟く。
「カレン、落ちつけって」
慌てたようにリヴァルが彼女に声をかける。そのまま、助けを求めるかのような視線をスザクへと向けてきた。
「そうだね。ある意味、やっかみだろう?」
さらりと口にしたのはルルーシュだ。しかし、その口調があまりに冷静すぎることの方が気にかかってならない。
「ルルーシュ」
「あいつらが卒業後、どこに配属されるかわからないが……あのような態度で上官に気に入られるはずがない」
軍では、故マリアンヌ后妃は未だに人気がある。それは彼女がブリタニア皇帝の言葉を体現した存在だからだ。貴族階級のものですら、軍にいる以上、その事実を否定することはできない。
「特に、コーネリア殿下の旗下かクロヴィス殿下の元へ配属されたら、あんなことを口に出すこともできなくなるさ」
そこまで過激でなくとも、シュナイゼルの親衛隊でも同じ事だ、とルルーシュは笑う。
「詳しいのね」
「ダールトン将軍について、あちらこちらに足を運ばせて頂いたからな」
はらはらしながら聞いているスザクの前で、ルルーシュは誰もが納得をする言葉を口にした。それに内心胸をなで下ろす。
「……その他となると、他の殿下方よね?」
現在、第十皇子までがそれぞれのエリアの総督やら何かといった役目を与えられていた。しかし、その中で軍人として成り上がることができるとすれば、やはりコーネリアの元だろう。
そこではマリアンヌが今でも尊敬されている以上、たとえ后妃の親戚であろうとただですむはずがない。ルルーシュはそういいたいのだ。
「他にも、開発関係の部署に行っても同じ事だな」
ルルーシュの言葉を聞きながらさりげなく視線を向ければ、先ほどマリアンヌを愚弄した者達は表情を強ばらせている。そんな彼等を周囲の者達が複雑な表情で見つめていた。
馬鹿なことをしたな、とスザクは心の中で呟く。ただでさえ、ルルーシュの弁説に勝てるものは少ない。本気で怒っているときにはなおさらだ。
だからといって、同情をする気にはなれない。
ルルーシュにとって《マリアンヌ・ヴィ・ブリタニア》という存在がどれだけ大切なのかを、スザクはよく知っているのだ。
「アッシュフォード侯爵家では、マリアンヌさまとそのお子様は神様のような扱いだしね」
もっとも、皇族であるというだけで至高の存在と言うべきなのかもしれないが……とスザクは付け加える。
「それが当然なんだって」
お前の態度が信じられない、とリヴァルがため息を吐く。
「皇族は至高の存在。それがブリタニア人にとっては当然の認識なんだって」
さらに重ねられた言葉に、スザクは苦笑を浮かべる。
「ごめん……」
自分は名誉だから、とスザクは小さな声で付け加えた。だから、それが今ひとつ理解できないのだ、とも。
「皇族は尊ばれる存在だとはわかっているんだけどね。至高の存在とまで言い切れないんだ」
でも、マリアンヌとその子供をアッシュフォードの人々がどれだけ大切に思っているかは十分わかっている、とそうも付け加える。
本音を言えば、ブリタニアの皇族の中でも自分が尊敬できるのはほんの一握りだ。その中に現在の皇帝は含まれていない。その理由は、言わずもがなだろう。
「……まぁ、それはしかたがないな」
小さなため息とともにルルーシュが呟くように口にした。
「その考えは、ブリタニア人であれば子供のころからたたき込まれるものだからな」
尊敬できるだけでも十分に柔軟な考え方ができていると思うぞ、とそのままルルーシュが言葉を重ねたときだ。
「何?」
背後の方から不意に何かが壊れるような音が響いてくる。
「ルルーシュ!」
それに腰を浮かしかけたルルーシュの前にスザクは立ちふさがるように移動をした。彼の視線の先では今まで黙ってルルーシュにやりこめられている者達の様子を確認していたクラスメートが何故か暴れている。
しかも、だ。
彼等の瞳はまるで何かに浮かされたようになっている。
「……どうなっているのよ、これ」
カレンもまたいつでも動けるように身構えながら信じられないというように呟きを漏らした。
「おそらく、薬物か……でなければマインドコントロールと言ったところだろうな」
冷静な口調で言葉を綴るルルーシュの様子に、スザクはほっとする。だが、それが見せかけだけではないと言い切れないのだ。
ルルーシュは心の中に大きな傷を負っている。
それを誰よりもよく知っているのは自分だ。だからこそ、自分だけはその事実を忘れてはいけない。それもわかっている。
「……噂で聞いたことがある」
あるエリアでは、部下を薬物その他でマインドコントロールしていると、とルルーシュが眉をひそめたのがわかった。
「マジ?」
「あり得ない話ではない。戦場は……士官学校や何かで教えられている以上に悲惨だからな」
アルコールや何かに逃げていくものも多い。壊れてしまう者達ならば、使えるようにしてしまった方がいいだろう。そう考えているのではないか。
ルルーシュは顔をしかめながらそう口にする。
「あなた達! そういう会話は現状を打破してからにして!」
気持ちはわかるし自分も興味があるが、とカレンが叫ぶ。しかし、それが相手の意識を逆に惹きつけてしまったらしい。視線がこちらに向けられた。
「カレンのバカ!」
「何よ! さっさと倒せばいいんでしょ」
こう言うと、彼女は慎重に間合いを計り始める。
「カレン」
そんな彼女に向けてルルーシュが声をかけた。
「何?」
「あるいは、痛みを感じないかもしれない。だから、決して手加減をするな」
手足を折ったとしても、この場合しかたがないことだと判断されるのではないか。そうも付け加える。
「わかったわ」
それを合図に、スザクもまた行動を開始した。
実際、このメンバー相手にここまで手こずるとは思わなかった。それがスザクの本音だった。
「……こっちの拘束は終わったけど」
そっちは、とリヴァルが問いかけてくる。
「こちらも終わった」
ルルーシュが微かに肩を上下させながら言葉を返していた。それなりに動いていたからしかたがないのかな、とその様子を見ながらもスザクは心の中で呟く。自分たちに比べると、ルルーシュの体力はどうしても劣っているのだ。
「で、どうするの、これ」
拘束された者達を見下ろしながらカレンが問いかける。流石に、士官学校には独房はおろか営倉もないのだ。
「医務室に連れて行けばいいだろう。あそこならば、取りあえず拘束しておける場所もあるしな」
ルルーシュがそんな彼女に言葉を返す。
「それに、あそこであれば薬物を使われているかどうかもわかるだろう」
もっとも、自分たちはそれを知る立場にはないが……と少し悔しげな表情で付け加えている。
「そうだね。外に連れて行くより近いよね」
ルルーシュの言葉にスザクは頷く。そして、そのまま床に転がっている連中の足を掴んだ。
「スザク?」
「抱え上げるなんてしなくていいでしょ」
別に、と付け加えればカレンやリヴァルも首を縦に振っている。
「お前達……」
ただ一人、ルルーシュだけはあきれたような呟きを漏らした。それでも積極的に文句を言わないのは、間違いなく自分の体力ではこいつらを保健室まで連れて行くのは無理だとわかっているからだろう。
「大丈夫。このくらいで壊れるような連中じゃないって」
女性だったら、それなりに気を遣うけどね……と付け加えれば、ルルーシュだけではなくカレンもため息を吐いた。
「ともかく、運ぶならさっさと運ぶしかないな。それと……教官への報告か」
どちらにしても、こいつらの状況をきちんと把握してからでなければむずかしいか、とルルーシュは眉根を寄せる。
「厄介なことになりそうだな」
そういうわりには楽しそうに思えるのはスザクの錯覚ではないだろう。
「でも、どうしていきなり、こんなことが」
今までそんな兆候はなかったのに、とリヴァルが呟く。それでも、ずるずると引きずりながら歩き出しているが。
「さぁ、な」
そういっているものの、間違いなくルルーシュはその理由を知っているのではないか。二人だけになったならば、教えてもらえるかもしれない。
そんなことを考えながら、スザクもまた歩き出した。
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07.10.12 up
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