「もっと可愛い色の服を着ればいいのに……」
 小さな声で呟いたつもりだった。しかし、軍人としても優秀な自分の師匠にはしっかりと聞かれてしまったようだ。
「誰のことを言っているのかな、スザク君」
 目を細めながら彼が問いかけてくる。
「……ルルーシュです。いつも真っ黒な服だけ着て……嫌がらせかな、って」
 そういっていたのは女中頭の老婆だ。あんな服で土蔵の中――と言っても、そこを用意したのはこちらだ――で黙っているのは、辛気くさいだろう……と自分たちのことを棚に上げてそういっていたのを覚えている。
 流石に、その言いぐさにはスザクもむっとしたのは事実だ。
「そうではないはずだよ」
「そうなのですか、藤堂先生」
 なら、どうしてあんな色を着ているのだろうか、とスザクは眉を寄せる。
「姫君は最近、母君と妹君をなくされたはずだ」
 一年間は喪に服すという慣習があったと記憶している、と藤堂はそうも付け加えた。
「日本でも、以前はあった風習だがね。今はほとんどない」
 せいぜい、年賀状の時期に喪中葉書を出すぐらいだろう……と言われてスザクは納得をする。
「……だから、あんな寂しそうなんだ……」
 ルルーシュが笑わないのも、母親と妹を失ったからだろう。
 でも、とスザクは心の中で呟く。どうして、そんなルルーシュが日本に来ることになったのだろうか。普通であれば、そういう人間は除外するのではないだろうか、と思う。
 それとも、そういう人間だからブリタニアを追い出されたのだろうか。
「そういうことだから、少なくとも君だけはあの姫君に優しくしてやるのだね」
 君のお嫁さんになるのだから、と言われてスザクは目を丸くする。
「俺の?」
 父の嫁ではなかったのか! と思わず叫んでしまった。
「……もっと年上の方ならばそうだったのだろうが……ゲンブさまとルルーシュ姫ではいくらなんでも年齢が違いすぎるだろう?」
 せめてルルーシュが成人していれば構わなかったのだろうが、実際には違う。
 何よりも、彼女はスザクと同じ年だ。いくら政略結婚とはいえ、それでは民衆の支持を失うことになるのではないか。
 それよりは、スザクの婚約者にしておいた方がいいだろう。今から日本に来ているのも、こちらの風習を覚えて早くなじむためだとすれば誰もが納得できるはずだ。
「もっとも、これは俺の勝手な考えかもしれないが」
 ゲンブやキョウトの方々が何を考えているのか、自分にはわからないから……と彼は苦笑と共に告げる。
「俺はあくまでも軍人だからな。政治の世界はわからん」
 それでも、今、ブリタニアと戦端を開くのは得策ではない。そう彼は続けた。
「どうして、ですか?」
「それを俺の口から聞かされても君は納得しないだろう。だから、自分で考えるんだ」
 ヒントが欲しければ、ルルーシュと話をすればいい。微笑みと共に藤堂は付け加える。
「……ルルーシュ、とですか?」
「そう。あの姫は年齢とは裏腹に豊富な知識をお持ちだ」
 それに耳を傾けることはスザクにとってもプラスになるだろう。彼はそう続ける。
「体力を付けることも重要だが、じっくりと考えるという習慣も大切だぞ」
 今はそれでも十分だが、いずれそれだけではどうしようもなくなる……と言う彼の言葉はもっともなのだろう。しかし、自分は考えるよりも先に動く方が得意なんだよな……とスザクは心の中で呟く。
 では、ルルーシュはどうなのだろうか。
 ブリタニア人はきらいだが、彼女のことは知りたいと思うスザクだった。

 そんな気持ちで道場を出たからだろうか。
 気が付けばルルーシュがいる土蔵の前まで来ていた。
 その時だ。何やらお盆を持った女中がこちらに歩いてくるのが見えた。
「……あぁ、昼飯の時間か」
 スザクがそんなことを考えながら、何気なくその光景を見つめていたときである。不意に女中が足を止めた。そして、その場にしゃがみ込む。
 ひょっとして、靴の中に小石でも入ったのか。そう思っていた。
「何をしているんだ?」
 しかし、その後に続いた光景を見て、スザクは思わず相手を怒鳴りつけてしまう。
「……スザクさま……」
 その声に、女中は驚いたように目を丸くする。だが、すぐにどこか下卑た笑いを口元に浮かべた。どうやら、今の光景を見てもスザクであれば別にどうも思わないと判断したようだ。
 しかし、そんなわけにはいかない。
「それはルルーシュの食事だな?」
 低い声でこう問いかける。
「……スザク様、あの……」
 流石に、ここまで来ればスザクが怒っているのだと彼女にもわかったようだ。
「どうして、それにわざと塵を入れるんだ? お前、自分でそれを食べられるのか!」
 自分が食べられないものを他人に出すな! とスザクは怒鳴る。
「ですが……あそこにいるのはブリタニアの……」
「同時に、俺の婚約者だろ?」
 しかも、ルルーシュ自身は家族を失ったばかりの子供だ。そういう子供がろくに食べられなければどうなるか。
「……お前がしたことで、ブリタニアを怒らせるという可能性を考えつかなかったのか?」
 子供の自分でもわかることなのに、とそう付け加える。
 もっとも、自分だって藤堂にあれこれ言われなければ気が付かなかったかもしれない。それ以前に、こうして実際に自分の目で見なければわからなかったのではないか。
 それもこれも、自分がルルーシュと親しくなろうと思わなかったからだろう。
 しかし、それはあくまで彼女がゲンブの婚約者として日本に来たと思っていたからだ。
 自分と同じ年の母親なんて欲しくはない。しかし、自分の嫁になるかもしれないと考えればこれからは態度を改めなければいけないんだろうな……と心の中で呟く。だから、ゲンブは自分に彼女のことを押しつけて逃げ出したのだろうか。
 それでなかったとしても、食べ物を粗末にするのは許せない。
「その時には、お前一人の命ですまないんだぞ!」
 多くの日本人が命を失うかもしれない。そういったところで、女中はようやく状況を飲み込めたようだ。
「ですが……」
「言っておくが、日本政府はルルーシュにブリタニアに手紙を出すことは禁じていないぞ」
 そこに少しでもルルーシュが弱音と取れるような言葉を書いたらどうなるか。
 これも藤堂に言われたことからスザクが出した結論だ。だが、彼がこんな風に脅しをかけてきたと言うことは十分にあり得ることなのだろう。
「わかったなら、普通に食べられるものを持ってこい!」
 ついでに俺の分も、とスザクは口にする。
「……スザク様?」
「そうすれば、ごまかせるんじゃないのか? 飯の支度が遅れた理由」
 まぁ、お前が直接ルルーシュに謝るって言うなら勝手にすればいいだろう、とスザクが付け加えれば、彼女は慌ててお盆を手に立ち上がった。そして、母屋の方に帰っていく。
「……と言うところで、少し付き合ってくれるよな?」
 その後ろ姿から視線をそらすことなく、スザクはこう口にした。
 ちゃんとそれが聞こえたのだろう。土蔵の入り口の方から人の気配がする。
「……別に、あの程度のことであれば気にしないが……」
 毒が入っているわけでもなし……と口にしながら、ルルーシュが姿を現した。今日も彼女は黒いワンピースを身に纏っている。
「……毒なんか入れるかよ!」
 そんなことをすると思われていたのか。そう考えて、スザクはむっとした表情を作った。
「お前達は、しないようだね」
 スザクのそんな表情にもひるむことなく、ルルーシュは静かな口調で彼の抗議を受け止める。
「俺たちは?」
 と言うことはルルーシュはそうする者達を知っているのか。
 しかし、彼女は日本に来る前にブリタニアから出たことはないはず。
「ブリタニアというのは、そういう国だ」
 スザクが答えを導き出すよりも早くルルーシュがきっぱりと言い切る。
「……ルルーシュ……」
 本当に彼女は自分と同じ年齢なのか。そういいたくなるような暗い瞳に気付いて、スザクは愕然としてしまう。
 そういう世界で彼女は暮らしていたのか。
 本人にそれが向けられたかどうかはわからない。いや、そんなことはあって欲しくないと思う。
「それよりも、いつまで突っ立っている気だ?」
 食事が運ばれてくるのではないか、と彼女は口調を和らげると付け加える。
「もっとも、それが口実だというのであれば、それはそれで構わないが」
「口実じゃない!」
 反射的にスザクは叫ぶ。
「俺が、お前のことを知りたいんだ!」
 時間が取れたから、話をしたい。さらに言葉を口にしている間に、何故か頬が熱くなってしまう。
「……変な奴だな、お前は……」
 そんなスザクを見てルルーシュは呟くようにこう告げる。
「悪かったな!」
 どうせ、ルルーシュから見ればそうかもしれないよ! とスザクはむっと言い返す。
「ブリタニア人から見れば日本人はみんな変なんだろうよ」
 さらに付け加えた言葉に、ルルーシュは淡い笑みを初めて口元に刻んだ。
「そういう事じゃない……ただ、私の語彙ではうまく表現できないだけだ」
 それでも、とルルーシュはさらに言葉を重ねる。
「そういう変な奴は、きらいじゃない」
 むしろ、好ましいかもしれない……と彼女は先ほどより笑みを深めた。
 それでも、本当に淡いとしか言えないその笑みだが、いつものように作られたものではない。しかも、ルルーシュが微笑む原因を作ったのは自分だ。
 そう考えた瞬間、スザクは自分の胸の鼓動が跳ね上がったのを自覚する。
 こんな風になったのは、初恋だった幼稚園の先生が微笑みを向けてくれたとき以来だ。
 と言うことは、ひょっとしてそういうことなのだろうか。
 まぁ、確かにルルーシュは美人だし、頭もいい。虫や蛙も嫌いじゃないから、捕りに行こうと言えば付き合ってくれるかもしれない。
 何よりも、彼女は自分の嫁になるかもしれない人間だ。いくら政略結婚とはいえ、どうせなら、好きになった方がいいに決まっている。
 それでも、すぐに認めたくない。
 だって自分はまだ、ルルーシュのことを何も知らないのだ。
 それはルルーシュだって同じ事だろう。
「……取りあえず、中に入ろう」
 そうして、色々と話をしようか。スザクの言葉に、ルルーシュは一瞬目を丸くする。
「いきなり、何を……」
「俺が、ルルーシュのことを知りたいんだ」
 そして、自分のことも知って欲しい。
「それに、話をすれば語彙も増えるぞ」
 この一言がルルーシュの気持ちを惹きつけたのだろうか。
「言っておくが何もないからね」
 どこか気恥ずかしそうな表情で彼女はこう告げる。
「わかっているよ」
 自分たちが用意した場所だからな……と言うセリフをスザクは飲み込んだ。




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07.12.14 up