それからも、時々ルルーシュはスザクと共に道場へと足を運んだ。
 名目は、藤堂と将棋をすること……だった。しかし、いつしかそれだけではなくなっていたことも否定しない。
 ブリタニアにも剣術はある。しかし、日本の剣術――剣道というのが正しいらしい――はそれとは違った型をみせた。今まで見たことがないその動きに違和感を感じないわけではない。だが、熟練した者達の動きはまるで舞を見ているように美しいとも思う。
 それが藤堂であればルルーシュにも納得できる。
 彼の名前はブリタニアにいた頃に何度か耳にしたことがあった。それだけ、彼が優れた軍人だということだろう。
 しかし、スザクもそれに負けてはいない。
 もちろん、藤堂に比べればつたないと言えるかもしれない。それでも、それを魅力に変えられるだけの華が彼にはあった。
 それがなくても、明るい彼はきっと、みなの中心になっているのではないか。そんな想いをルルーシュは抱く。
 それなのに、どうして彼は自分をこんなにも気にかけるのだろうか。
 そうされなくても、自分は彼らの不利益になるような行動を取るつもりはない。
 ルルーシュがそう考えていることはスザクだって知っているはずだ。それにもかかわらず、彼はことあるごとにこうして自分をあの場所から連れ出す。そして、この地の美しいと思える場所に連れて行ってくれるのだ。
 そんなことをしなくても自分は義務を果たすのに。
 それなのにどうしてなのだろうか。
 理由がわからない。
 わからないから、素直になれない。
 そんな自分が嫌だ、とルルーシュは心の中で呟いた。
 どのようなときだって、自分はきっちりと自分を律することができていたのに。それができないなんて、まるで自分ではないみたいだ、とも。
 こんな時にどうすればいいのかなんて、誰も教えてくれなかった。だから、自分で答えを見つけ出さなければいけないのではないか。
「……それができないから困っているんだろうが……」
 二人の邪魔にならないように口の中だけでこう呟く。
 答えを見つけ出したくても、自分の知識の中にそれに対する答えはない。
 ならば、誰かに問いかければいいのかもしれないが、いったい誰に問いかければいいと言うのだろうか。
 問いかけられる人間なんて、自分の側にはいないのに。
 では、いったいどうすればいいのだろう。
 せめて、ここがブリタニアであれば、母や妹がいなかったとしても問いかけられる相手は――決して多くはないが――存在している。その中の数名は、間違いなく親身になってくれただろう。
 しかし、日本ではそういうわけにはいかない。
 諦めればいいのだろうか。
 そう考えるが、それでは無条件降伏をしているようでとてもいやだ。最後の瞬間まであがいてみることのほうが自分らしいとも思う。
「……後は、自分で調べるしかないのだろうが……」
 いったいどのジャンルの本を読めば答えを見つけられるだろうか。まずはそれから考えなければいけないのかもしれない。
 そういえば、あそこの二階には、古い本がたくさんあったな。読めない字も多いが、読めるものだけでも読んでおいた方がいいのだろうか。
 こんなことを考えていた間にどうやら剣舞の方の練習は終わっていたらしい。
「退屈をさせてしまいましたか?」
 藤堂がこう声をかけてきた。
「いえ……お気になさらずに」
 とっさに笑みを作りながらルルーシュは彼に言葉を返す。しかし、そんな彼女の姿を見た瞬間、藤堂は何故か眉間にしわを寄せた。
「……姫……」
 そして、彼は呼びかけてくる。
「何でしょうか」
 立場は自分の方が上。しかし、彼の方が年長であり、この場では教師とも言える存在だ。だからルルーシュはある程度かしこまった口調で言葉を返す。
「少なくとも私は姫に好意を持っている。もちろん、軍人である以上、命令されれば姫の母国と戦うことも厭わない」
 その時には微力だがそれでも全力で当たらせてもらう、と彼は続けた。その気高さが母やコーネリア、そしてその周囲にいた者達に高い評価を付けさせていたのではないか。
「だが、今は年長者として相談に乗って差し上げたいと思うのだが……姫には迷惑だろうか」
 ルルーシュの前に端座しながら藤堂はそう問いかけてくる。
「そういうわけではありませんが……」
 まさかそのような言葉を言われるとは思わなかった。心の中でそう呟きながらもルルーシュは口にすべき言葉を探す。
「なら、遠慮せずに相談をしてくださいませんか? ただの愚痴でも構いませんよ」
 ルルーシュが少しでも心やすく過ごせるようにするのも自分の役目だ、と彼は告げる。しかし、軍人である彼が自発的にそのようなことを口にするだろうか。ふとそんな疑問がわき上がってくる。
「どなたからのご指示でしょうか」
 それを隠していても後々しこりが残る。それくらいであれば問いかけた方がいいだろう。
 何よりも、とルルーシュはそうっとため息を吐く。
 こう問いかけることで、彼の言葉がどこまで本気なのかがわかる。口先だけでごまかされるような存在では自分はないのだから。
「指示、と言うわけではないが、京都のご老人が心配しておられるので、ね」
 しかし、あっさりと藤堂はこう言い返してくる。
「京都……桐原公でいらっしゃいますか?」
「それは、姫のご想像にお任せしましょう」
 明確な言葉は返してこない。だが、ルルーシュにはそれで十分だった。
 同時に、彼は知略にも長けているのだ、と判断をする。
「……わかりました」
 相手が何を考えているのかはわからない。それでも、少なくとも自分――と言うよりは本国だろうか――との関係を壊そうとは思っていないことは伝わってきた。だから、ルルーシュは素直に引き下がる。
「姫はまだ幼い。スザク君はそんな姫よりも精神的に未熟だと言っていい。だから、彼の行動には裏はありませんよ」
 これだけは保証します、と藤堂が告げた言葉の意味は何なのだろうか。
 それを考えようとしたときだ。
「藤堂先生……ルルーシュと何を話していたんですか?」
 将棋盤と駒を抱えたスザクが戻ってきた。
「君が心配することはないよ」
 たんにルルーシュの最近のことを聞いていただけだ……と藤堂は笑い返す。
「でも……ルルーシュは、俺の嫁です!」
 スザクは怒ったように将棋盤を床に置く。たたきつけないだけまし、というのがふさわしい態度だ。
「確かに、私とお前は婚約者だな」
 だからこそ、藤堂から話を聞きたいこともある。ルルーシュはそう言い返す。
「お前は、決して自分の口から自分の失敗は告げないだろう?」
 それを知りたいと思うのに、ととっさに付け加える。
「……俺のことを知りたいの? ルルーシュが?」
 その瞬間、嬉しげな口調でスザクが聞き返してきた。
「いけなかったか?」
 どうしてそんな風に聞き返してくるのか、と思いつつルルーシュは言葉を口にする。
「そんなはずないだろう。嬉しかったんだって」
 ルルーシュが自分のことに興味を持ってくれることは、とスザクは満面の笑みを作った。その理由がルルーシュにはやはりわからない。
「だって、ルルーシュが自分から俺のことを聞こうとしてくれたのは初めてじゃないか!」
 いつも、自分ばかりが問いかけていた……と言われて『そうだったろうか』と記憶を振り返ってみる。しかし、よく思い出せない。第一、これだってただの口実なのに、とそう思う。
「スザク君。君がそうしていては姫と将棋ができないのだが……」
 ため息とともに藤堂がスザクに言葉を口にする。
「今日は早めに戻らなければいけないのでね」
 姫と一局対戦を行う時間がある。だが、スザクがそのような態度を続ければ途中で中断しなければいけなくなる、とも付け加えた。
「……わかりました……」
 藤堂と将棋をするのはルルーシュが楽しみにしているし、とスザクは妥協をするそぶりを見せる。しかし、それが納得ずくではないと言うことも彼の表情から推測できた。
 本当に、どうしたというのだろうか。
 そして、そんな彼を見て自分はどうしてこんな複雑な思いを抱いてしまうのだろう。
 相変わらずわからない。
 わからないが、だからといって嬉しくないわけではない、と考えている自分がいることにも気付いていた。
 それがどうしてなのか。藤堂に問いかければ教えてくれるのだろうか。
 しかし、スザクがいる前でそれを問いかけるわけにはいかないような気もする。
 そうしてしまえばきっと、今のままではいられない。
 スザクの存在がこれ以上自分の中で大きくなれば、きっと、彼を失わなければならなくなったときが辛くなる。いや、自分は耐えきれないのではないか。
 そう思ってしまうのは、間違いなく目の前で母と妹を理不尽に奪われたからだろう。
 同時に、自分が《ブリタニア》という国を信じていないからだ。間違いなく、あの国――父は自分からこの平穏な日々を奪うに決まっている。
 その結果、自分は今側にいてくれる人たちに恨まれることになる。
 だから、最初から大切な存在にしなければいい。
 それがわかっているのに、どうしてスザクがこんなに気にかかるのか。
 そのような迷いが心の中にあったからだろう。普段ならばもっと拮抗した勝負になるはずなのに、今日はあっさりと負けてしまった。
「どうしたんだ、ルルーシュ」
 スザクにも流石に今日のルルーシュがおかしいとわかったのだろう。こう問いかけてくる。
「……私に聞くな……」
 一番ショックを受けているのは、間違いなく自分だ。
 今までは、どのような考え事をしていようとも、こんな風にあっさりと負けたことはない。それなのに、どうしてスザクのことを考えただけでこうなってしまったのだろうか。
「スザク君がにらんでいたからかもしれないな」
 小さな笑いと共に藤堂がこう告げる。
「藤堂?」
「……先生?」
 いきなり何を言い出すのだろうか。というよりも今日は最初から彼にしては口数が多いような気がしてならない。
「二人とも、もう少し自分に正直になった方がいいかもしれない。特にスザク君は言葉を惜しんではいけない」
 先に口にするのは男としての義務だよ、とも彼は付け加えた。
「先生!」
「先ほどは、あれだけはっきりと口にしたのにな、君は」
 それは、あの『ルルーシュは自分の嫁』宣言のことだろうか。
 しかし、それは……と思いながら視線をスザクに向ける。そうすれば、彼は何故か顔を真っ赤に染めている。それを見た瞬間、ルルーシュも自分の頬が熱くなるのを感じてしまった。
「と言うことで、今日はここまでにしておこう」
 戻って、自分の気持ちをゆっくりと見つめ直してくるがいい。
 こう言い残すと、藤堂は立ち上がる。
「……藤堂……」
 そういわれても、自分の感情が何という呼び名を付けられているのかわからない。そうである以上、答えなんて出せないのではないか。
「姫。どうしてもわからないときには、ご相談に乗りましょう」
「……スザクがいないときなら、考える……」
 彼の申し出に、ルルーシュはこう言葉を返す。その瞬間、スザクが思い切り不機嫌そうな表情になったが、あえてそれを気付かないふりをした。




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08.01.05 up