藤堂の言葉とルルーシュの態度から導き出される答えは一つしかないのではないか。そのことに、スザク自身も気付いていた。
「……ひょっとして、ルルーシュも、俺のことが気にかかっているのか?」
 でも、彼女から聞いた今までの生活の様子から判断をして、それを認識できないでいるのではないか。
「だから、藤堂先生は……」
 ルルーシュに教え諭すような言葉を投げかけていたのかもしれない。
 しかし、問題はルルーシュがそれを理解するまで待っていられるかどうかだよな……とスザクは思う。
「やっぱり……プロポーズは男の方からするべきだよな」
 ルルーシュに自分の気持ちを伝えなければいけない。それを聞いて彼女がどうするのかは別問題だろう。受け入れてもらえなくても、一度で諦める予定はないし、と心の中で付け加える。 「プロポーズに必要なのは、指輪か?」
 給料の三ヶ月分、と言うことを聞いたことがあるが、自分の場合小遣いの三ヶ月分でいいのだろうか。
「でも、ルルーシュはお姫様だから」
 多分、宝石なんてたくさん持っていたんだろう。
 しかし、そういえばルルーシュはあまりアクセサリーを身につけていない。綺麗な髪の毛ですら、結ばずに流している。
 例外なのは、あの首に下げている銀色のペンダントだけだ。
 自分が知っている限り、ルルーシュがあれをはずしたことはない。だけではなく、時折、とても悲しげな視線と共にそれを撫でている光景を目にすることがあった。
「……あれって、何なんだろう……」
 誰から貰ったのかな、とそんなことも気になってしまう。
 しっかりと見たわけではないが、かなり精緻な模様が付けられていたような気がする。そして、その中央にはルルーシュの瞳と同じ色の石がはめ込まれていた。
「あれって、アメジストかな」
 ルルーシュの瞳の色が綺麗で、同じような色のものがないか調べたことがある。その時に見つけた宝石の名前をスザクは口にした。
「ルルーシュに、似合うかもしれないけど……そういえば、指輪にはサイズがあるんだっけ?」
 従姉妹の神楽耶がそんなことを言っていたような気がするけど……と呟きながら、スザクは頭を抱えたくなる。
「プロポーズをするだけなのに……」
 結構面倒なんだな、と思う。
 だったら『好きだ』とだけ伝えればいいのだろうか。そう考えて、すぐにそれを却下する。考えたら、ルルーシュに向かってそれらしいセリフは何度も告げていた。それなのに、未だに自分が義務でルルーシュと結婚をしようとしていると思いこんでいるようなのだ。
「……確かに、最初はそうだったけどさ……」
 出逢ってすぐの頃、自分がしてきたあれこれを思い出せばそう誤解されてもしかたがないのではないかと言うこともわかっている。
 だから、誠意を見せなければいけないのだろうが……とスザクは小さなため息を吐く。
「プロポーズのしかたなんて、学校で教えてくれないしな」
 まして、指輪のこととか何かなんて、調べてもわからない……とそう付け加える。
「師匠も、こういうことには疎いし」
 あてにならないだろう。
 だからといって、父に聞くという選択肢は最初から除外だ。彼であれば『必要ない』と言い捨てて終わらせようとするに決まっている。
「……朝比奈さんあたりなら、詳しいかな?」
 藤堂の部下の一人の顔を思い浮かべながらスザクはこう呟く。
「それとも、千葉さんかな?」
 どちらにしても藤堂に相談をするのが先決だろう。
「師匠がたきつけたんだから、当然だよな」
 その前に、自分のお小遣い口座にいくらあるのか確認しておいた方がいいだろうか。指輪を買いに行ってお金が足りなかったでは笑いものにしかならないだろう。
「取りあえず、ルルーシュに俺が本気だってわかって貰うんだ」
 それが第一のハードルだよな、とスザクは考え込む。しかし、それが一番難関なのではないか。
 でも、最初から諦めていたら何もできない。
「俺は男だからな」
 一度や二度断られたからと言って諦めるつもりはない。昔、日本には自分の気持ちを信じて貰うために百夜通った人間がいたと言うではないか。
「あれ? あれって、ラストはハッピーエンドだったっけ?」
 ふっとそんなことが気にかかる。
「じゃなかったとしても、俺たちがハッピーエンドになればいいだけだよな」
 未来なんて、いくらでも変えてやる! という言葉とともにスザクは立ち上がった。

 ここ数日、スザクが姿を見せない。
「さすがに、あきたか」
 自分と付き合うのに、とルルーシュは判断をする。別にそれに関してどうこう言うつもりはない。むしろ、今までよくもまぁ、あきずに通ってきたものだ。そう思う気持ちの方が強いのだ。
「これで……静かに本が読めるな……」
 自分でこんなセリフを口にしながらも、どこか寂しさを感じている自分がいることにルルーシュは気付いている。そして、その原因が誰にあるのかも、だ。
「だから……誰かを気にかけるのは、いやだったんだ……」
 こうして、一人になったときに辛いとわかっていたのに……とルルーシュは呟く。
 きっと、自分を置いていった者達は残された自分の気持ちなんて知ろうとしないだろう。それはしかたがないのかもしれない。それでも、辛いと思う気持ちは自分にも存在しているのだ。
「母上……ナナリー……」
 どうして、あの時自分を置いていってしまったのか。
 いや。
 どうして、自分が生き残ってしまったのか……とルルーシュは心の中で呟く。
 同時に、無意識のうちに指が首にかけられたロケットを引っ張り出す。そして、その表面に刻まれた模様をそうっと撫でる。
「生きていることが、二人の気持ちに添うことだとはわかっています……でも……」
 時々、ものすごく寂しくなるのだ……とヘッド部分を握りしめながら口にした。
「ワガママだとは、わかっているのに……」
 皇族――皇女――である以上、そのような感情に流されてはいけないのだ。
 それはわかっていても、こう思わずにはいられない。そんな自分が歯がゆいと思ってしまう。
「野生の動物だって……一度温もりを覚えさせてしまえば、野性に戻れなくなるんだぞ……」
 誰に向けられた言葉なのか、自分でもわからない。
 いや、本当はわかっているのだが、それを認めたくないだけなのか。
「……すぐに、この寂しさになれる、さ」
 どのみち、自分は望まれてこの国に来たわけではない。だから、いずれはこうして放置されることはわかっていただろう。
 ルルーシュはそう呟く。
「母上と、ナナリーだけだ……私を見てくださったのは……」
 他の人間など、あてにしてはいけなかったのだ……と言う声音に力がないことも、自覚している。
 でも、それはどうしてなのか。
 ルルーシュには未だにわからなかった。

 だが、事態はルルーシュの予想外の方向へと進んでいたらしい。
 数日ぶりに姿を見せたスザクは、何故か緊張をしているように感じられた。しかも、だ。その掌にはビロード張りの小箱がある。
「ルルーシュ! お願いだから、俺と結婚してくれ!」
 それを差し出しながら、スザクが怒鳴るようにこう言ってきた。
「……何を言っているんだ、君は……」
 自分とスザク――あるいは他の誰かという可能性もあるが――が結婚しなければならないことは、最初から決められていることだ。それが反故にされると言うことは、ブリタニアと日本の関係が最悪になると言うことと同意だろう。
「だから!」
 あぁ、もう……とスザクは自分の髪をかき回す。そうすれば、彼のふわふわの髪の毛は収拾がつかなくなることはわかっているだろうに、とルルーシュはこっそりとため息を吐く。後でとかしてやらないと、大変なことになるな、とも付け加えた。
 もちろん、これが今は関係のないことだと言うことはわかっている。
 だが、それ以外に何を考えればいいのかわからないのだ。
「国とか政治とか、そんなことはまったく関係なしで、俺がルルーシュを嫁にしたいの!」
 だから、プロポーズをしに来たのだ! とスザクはさらに言葉を重ねてくる。
「だが……私たちが必ず結婚できるとは限らないんだぞ?」
 それこそ、両国の関係が大きく関わってくるのではないか。だから、とルルーシュはスザクを見つめる。
「最悪の場合、どちらかが命を失うかもしれない。それがわかっていて、そういうことを言っているのか?」
 自分の存在が気に入らないと思っているものも多いはずだ……とも付け加えた。
「そんなの、俺には関係ない!」
 だから、ルルーシュも気にするな! と彼は告げる。
「もし、ルルーシュを傷つけるような相手がいるなら、俺は全力で守ってやるから!」
 だから、俺と結婚をしてくれ……とスザクは頭を下げた。
「……バカだろう、君は……」
 もう、それ以外にいう言葉が見つけられない。
「何と言われてもいいよ。ルルーシュが自分の意志で俺の嫁さんになってくれるなら」
 自分の希望はそれだけだ、とスザクは口にする。
「だから、これ、受け取ってくれるか?」
 ルルーシュが持っていた宝石に比べるとものすごく安物だけどさ、と口にしながら彼は蓋を開けた。
 そこには小ぶりだがそれなりのグレードだと思える宝石がはめられたシンプルな指輪が存在している。
「……ヴァイオレット・サファイア?」
 その輝きから、ルルーシュはそう推測をして問いかけた。
「あたり。やっぱり、ルルーシュは凄いや」
 サファイヤは青いものだ、と自分は思っていたのに……とスザクは感心したように告げる。
「逆だ。サファイアの中で紅いものだけがルビーと言われ、それ以外は全てサファイヤだ」
 だから、ピンクだと認識されればそれはルビーではなくサファイヤと言われることになる……とルルーシュは説明の言葉を口にした。
「だが……どちらにしても子供の手の届く金額だとは思えないが……」
 本当に何を考えているのだろうか、と小さな声で付け加える。
「ここ数年、お年玉を貯めていたからな。朝比奈さんの知り合いの所だったから、少し安くしてもらえたし」
 ついでに、これもつけてもらった……と口にしながらスザクはポケットの中からハンカチを引っ張り出す。それを広げれば、淡い藤色の石が出てきた。その石の持つ色が懐かしいと思うのは、今はいない妹の瞳の色によく似ているからだろうか。
「パープルカルセドニーって言うんだってさ。綺麗だから、これもルルーシュにあげようと思って」
 指輪はすぐに受け取ってもらえないかもしれないけど、これなら大丈夫かなって思ったし……と彼はそうも付け加える。
 その言葉が、ルルーシュの意識を追憶の中から引き戻す。
「……だから、君は……」
 何を考えているんだ! とルルーシュは続けようとした。しかし、それよりも早くスザクが口を開く。
「バカでも何でもいいよ。だから、俺と結婚してください」
 このセリフと共に彼は頭を下げた。
「ダメって言われても、あきらめないから!」
 いざとなったら、百日、毎日通う! とそうも付け加える。それはきっと、日本の古典を指して言っているのだろう。
「……最後は死ぬんじゃなかったのか、あれは」
 ふっと、ルルーシュはこんな呟きを漏らしてしまった。
「そうなのか?」
 どうやら、そこまでは知らないらしい。それはどうなのか、とルルーシュは思う。
「まぁ、いい」
 スザクだからな、とその一言で納得できてしまうのはどうしてなのか。ともかくそれがどうであろうと自分には関係ない。
「本気で私と結婚したいというのであれば、一つだけ条件がある」
 それが守れるというのであれば、考えてやってもいい……とルルーシュは改めてスザクの顔を見つめた。
「なんだよ」
 それに、スザクがすっと背筋を伸ばす。
「私より、先に死ぬな。それが守れるなら、考えてやる」
 もう、置いて行かれるのはいやだから。心の中で付け加えた言葉は、彼の耳に届いただろうか。
 届かなかったとしても構わない。
 ただ、自分の目の前で命を散らさなければ。ルルーシュはそう考えていた。




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08.01.11 up