こんな会話を交わしていたからだろうか。
 スザクはルルーシュと一緒の時だけではなく登下校の最中にも周囲の様子に気を配るようになった。
 そんなある日のことだった。明らかにブリタニア人とわかる男が自分の家の場所を訪ねている場面に出くわしたのは。
「……あいつ、何者だよ」
 初めて見たはずの相手なのに、何か覚えがあるような気がする。と言っても、自分は知っているブリタニア人はテレビで見るようなルルーシュの父や兄弟達、それでなければ彼女から聞かされた者達だけだ。
「……ルルーシュのお母さんでも妹でもないとなると……オレンジ?」
 その瞳の色と髪の毛の色から、何故かナナリーがそう言いだしたのだ。そのせいで、アリエス離宮にいた者達の間では、彼はそう呼ばれることになったんだ……と教えられたのは、つい先日のことだった。
 それが頭にあったせいで、スザクはついついこう言ってしまう。
 自分では小さな声で呟いたつもりだった。しかし、相手にはしっかりとそれが聞こえたらしい。
「何故、その呼び名を知っている?」
 即座にこう詰め寄られた。
「目立っていいのか?」
 そんな彼に向けて、スザクはこう言い返す。
「あんたの存在がばれると困るのは彼女だぞ」
 声を潜めてこう付け加えれば、ジェレミアは目を丸くする。そのまま、スザクを見つめてきた。
「君は、誰かね?」
 そして、こう問いかけてくる。
「彼女の婚約者」
 ちゃんとプロポーズしたし、彼女も取りあえず指輪を受け取ってくれた。だから、自分が彼女の婚約者なのだ、とスザクは胸を張る。
「……ともかく、あんたがオレンジなら……彼女に会いに来たんだよな?」
 この問いかけにジェレミアは頷いてみせた。
「あの方の誕生日が近い。だから、今回無理を言って参加させて頂いたのだ」
 こちらにも許可をいただいて足を運んでいる……と彼は続ける。そんな彼の言動から自分は危険を感じ取ることはできない。ただ、ルルーシュに対する憧憬の念だけはしっかりと伝わってきたが。
「……わかった」
 ルルーシュもきっと、彼に会いたいと思っているはず。そう判断をしてスザクは腹をくくることにした。
「内緒で、会わせてやる」
 正式に面会を申し込まれれば、父をはじめとした者達は拒むことはできないはず。しかし、それはその光景を盗み見られると言うことと同意語だ。それでは、話したいことも話せないだろう。
「今晩の八時に、裏の神社で待ってろ」
 今日は晴れると言っていたから、口実はある。
 ルルーシュも、あれは楽しみにしていたはずだ。だから、誘えば付いてくるはずだ。
「……それを、私に信用しろと?」
「信用できないなら、それはそれでいい。ただ、ルルーシュに会えなくなるだけだ」
 それでいいなら、勝手にすればいい。自分を信用しない人間にまで優しくしてやるいわれはない、とスザクは心の中で付け加えた。
「いや、信用しよう」
 ルルーシュに会える可能性があるのであれば、とジェレミアは告げる。
「ここの反対側から登れる。そこなら、監視はいないはずだ」
 そっと囁くとスザクは彼から離れていく。これ以上の話は周囲の疑念を招くだけだ。その程度の判断はできるようになっている。それもこれもルルーシュが教えてくれたことだ。
「……すまん」
 貴殿の行動に感謝をする、とジェレミアはそんなスザクに向かって軽く頭を下げる。ブリタニアの兵士――それも、それなりの身分を持っていると思える――が自分のような子供にそんな態度を取るとは思ってもいなかった。
 だが、すぐイスザクは笑みを浮かべる。
「お前がルルーシュを好きだから、手助けしただけだ」
 でも、ルルーシュは自分の嫁だからな……とそう付け加えることは忘れなかったが。

 スザクが迎えに来たのは、夕食も終えて後は寝るだけ……と言う時刻だった。もっとも、事前に約束をしてあったから驚くことはない。
「……どこに行くんだ?」
 しかし、目的地を教えられないというのは――それがいつものこととはいえ――不安だ。
「大丈夫だ。俺が付いているだろう?」
 ちゃんと守ってやるから、とスザクが笑い返してくる。
「それは心配していないが……お前が怒られたりしないのか?」
 勝手に自分を連れ出したりして……と言外に付け加えた。
「それも心配いらない。一応、目的地はうちの敷地内だからな」
 ちゃんと目的も説明してある、とそう付け加える。
「本当ならもっと遅い時間の方がいいんだけどな。それは止められた」
 だから、うまく見られるかわからないけど……と口にしながらも、狭い階段を上がっていく。一応除雪はされているものの、足元に気を付けておいた方が良さそうだ。ルルーシュは懐中電灯に照らされた周囲の光景を見ながら心の中で付け加える。
「ルルーシュも体力が付いてきたし……さ。たまにはいいかなって思うんだよな」
 それなのに、スザクはそんな状況も普通の道と変わらない、というそぶりで進んでいく。それは此の道になれているから、というだけではないような気がしてならない。
「……スザク……」
 その事実が面白くないのは事実。しかし、今はそれ以上に何とかしなければならない問題が目の前にあった。
 小さなため息ととにも、ルルーシュは彼の背中へと呼びかける。
「悪い。早かったか?」
 それだけで自分が何を言いたいのか察してくれるのはいいことなのだろうか。
「……そういうなら、最初からゆっくりと歩いてくれ」
 ルルーシュはそう言い返す。
「だから、ごめんって。道場に行くときと同じくらいの早さのつもりだったから、さ」
 こう言われては、それ以上文句も言えない。
「足元が悪いんだ。できればゆっくりと歩いてくれ」
 代わりにルルーシュはこういう。
「手をつないでやるよ」
 そんな彼女に向けて、スザクは微笑みとともに手を差し出してくる。それでどうなるというものでもないだろう。そうは思うのだが、ルルーシュは素直に彼の手を取った。
「後少しだから」
 鳥居をくぐったらすぐに平らなところに付くから、と彼は告げる。
「鳥居?」
 と言うことは、目的地は神社なのか。しかし、あそこに何があっただろうか、とルルーシュは思う。
「そう。その先にさ。とても景色がいい場所があるんだよ」
 星もよく見える、と言われて、ようやくルルーシュにはスザクが何を目的にしているのかがわかった。数日前、新聞に載っていた事だろう。
「だが、双子座流星群を見るには時間が早いのではないか?」
 あれは日付が代わる頃から始まると記憶していたのだが、とルルーシュは首をかしげる。
「一つや二つぐらいなら見られるんじゃないのか?」
 それでなくても他の星座は見られるぞ、とスザクは笑う。ついでに、他のものもな……と少しだけ意味ありげな口調で付け加えた。
「……スザク?」
 いったい何を言いたいのか。
 ルルーシュが問いかけるよりも早く、二人は鳥居をくぐることになった。そうすれば、木造の古い拝殿が確認できる。
 その脇から、人影が一つ現れた。
「……っ!」
 その事実に、ルルーシュは反射的に体を強ばらせた。
「大丈夫だよ、ルルーシュ」
 スザクが柔らかな言葉とともにこう囁いてくる。と言うことは彼は目の前の相手が誰であるのか知っているのだろうか。
 でも、と心の中で呟きながらルルーシュは相手を見つめている。そうすれば、その相手は優雅な態度でその場に膝を着いた。その仕草に、ルルーシュは見覚えがある。
「……ジェレミア?」
 まさかと思いながら名前を口にした。
「はい。私でございます、殿下」
 覚えていてくださり、嬉しゅうございます……と彼は続ける。
「どうして、ここに?」
 来てくれたことは嬉しいが、そのせいで彼が処罰を受けるのは嬉しくない。そう思いながら問いかける。
「サクラダイト分配会議の事前会談に護衛として派遣されました。バトレー将軍が団長でいらっしゃいますので便宜を図って頂いたのです」
 ルルーシュの誕生日だから、と彼は続けた。
「……私の誕生日、だから?」
「はい。殿下にプレゼントを贈らせて頂きたいと申し上げましたら、殿下方からの分をお届けするという条件で認められたのです」
 だからルルーシュが心配するようなことにはならないのだ。そう言ってジェレミアは微笑んだ。
「兄上方が……」
 彼らがそこまでしてくれるとは思わなかった。いや、いい加減、自分のことは忘れられていると思っていたのだ。
「はい。殿下方からお預かりしてきたものはこちらになります」
 言葉とともに小さな包みを彼は差し出してくる。ルルーシュは頷くとそれを受け取った。見かけとは裏腹にずしりとした重みを感じる。
「そして、こちらが私からのものでございます」
 言葉とともに彼が差し出したものは、雑誌くらいの大きさのものだ。
「ありがとう」
 ルルーシュは微笑みと共にこう告げる。
「いえ。殿下が気に入ってくだされば幸いです」
 もっとも、クロヴィス達のそれに比べればみすぼらしいものかもしれないが……とジェレミアは続けた。
「何を言う。私に会いに来てくれたのはお前だろう?」
 その事実が一番嬉しいのだ、とルルーシュは告げる。
「だからといって、あまり無理をするな。私は、幸せに暮らしている」
 ここにも、自分のことを気にかけてくれているものはいるから……とルルーシュは微笑んだ。
「何よりも、スザクがいてくれる。それで十分だ」
「……殿下……」
 そのような、とジェレミアがうつむく。
「手紙、を頼めればよかったのだろうがな。あいにく何も用意していない」
 スザクが事前に教えてくれていれば用意できたかもしれないが……と少しだけ恨めしげに彼を見つめる。
「……お前、さ。明日の朝もここに来られるか?」
 自分は毎朝、ここで鍛錬をしているから……とスザクは続けた。その時であれば多分、ばれずに手紙を渡してやれるぞ。そうも付け加える。
「スザク!」
 そんな無茶を、とルルーシュは彼をとがめるように告げた。
「大丈夫。ルルーシュのことを信じてるし」
 そういう問題ではないだろう、と言いたい。だが、一度意を決したスザクがそう簡単に自分の意見を翻さないことも知っている。
「……勝手にしろ」
「勝手にするよ」
 いつもの癖でこんな会話を交わす。その瞬間、何故かジェレミアが笑い出した。
「ジェレミア?」
 いったいどうしたのか、とルルーシュは思う。
「安心致しました」
 ルルーシュがそうやって笑っていられることを、と彼は続ける。
「ジェレミア」
「明日の朝、ここで待っていればよいのだな?」
 ルルーシュの問いかけには答えずに彼はこういった。
「あぁ。だいたい六時には来ている」
 スザクの言葉にジェレミアは頷いている。
「殿下」
 それから、ルルーシュへと視線を戻してきた。
「なんだ?」
「名残惜しゅうございますが、もし、私の姿を誰かに見とがめられれば殿下にご迷惑がかかるかと。このジェレミア、どこにおりましても、殿下のことを思っております」
 ですから、必ず幸せになって欲しい。彼はこう続ける。
「わかっている。お前も息災でな」
 そんな彼に、ルルーシュは微笑みと共に言葉を投げかけた。
「こんな形ではなく、もっと堂々と会えたらよかったのだが」
 現状ではむずかしい。それもわかっている。
「大丈夫だって。俺が絶対そうしてやるから」
 スザクがこう言って口を挟んできた。
「期待していよう」
 そんな彼に向かってルルーシュは笑みを向ける。
「任せておけ!」
 ジェレミアがそんな自分たちの様子を見て微笑んでいるのがわかった。

 翌朝、ルルーシュの書いた手紙を胸に境内へと向かえば、そこにはもうジェレミアの姿があった。ひょっとしたら、この場で夜を明かしたのか。そう言いたくなるほど、彼の姿は昨晩と変わっていない。
「……早かったな」
 それを指摘しない方がいいだろう。そう判断をして、取りあえずこう声をかける。
「おはよう。よく眠れたようだな」
 背筋を伸ばしたままジェレミアは笑顔を向けてきた。
「ルルーシュはまだ眠っているけどな」
 夕べ、かなり遅くまで起きていたようだ。こう言いながら、スザクは懐に手を入れる。そして、数通の封筒を取り出した。
「これを書いていたからしかたがないのか」
 それぞれがかなりの厚みがある。いくらルルーシュでもこれだけの量を書くにはそれなりの時間がかかったはずだ。この調子であれば、昼過ぎぐらいまで眠っているかもしれない。
 まぁ、起こしに行く人間はいないだろうから、大丈夫ではないか。食事は後でおにぎりでも差し入れておけばいいよな……と心の中で付け加える。
「……あの方も、相変わらずでいらっしゃる」
 低い笑いと共に彼はスザクの手から封筒を受け取った。
「確かにお預かり致します、とあの方にお伝えしてくれ」
 言葉とともに大切そうに彼はそれを胸へと納める。
「それと……」
 スザクがルルーシュを守ってくれると確信できたので……と付け加えながら、彼はあるものを取りだした。そして、それをスザクの掌に押しつけてくる。
「おい!」
「……いざというときのために持っていて欲しい……万が一の時には、そこに刻まれた紋章が君と殿下を守ってくれるだろう」
 もちろん、何もないのが一番よいのだ。彼はそう続ける。
 しかし、情勢はどう転ぶのかわからないから……という言葉に、自分が知らないところで世界がまずい方向に進んでいるのだ、とスザクは判断をする。
「わかった……預かっておく」
 使わずにすめばいいが、と思いながらもそれを握りしめた。
「できれば、使わずにあんたに返したいよ」
「私もそうあって欲しいと思うよ」
 では、と彼はスザクから離れていく。
 遠ざかっていくその後ろ姿を見つめながら、スザクは唇をかみしめる。
 もし、自分が今彼と同じくらいの年齢ならば、もっと世界を見ることができているのだろうか。
 それとも……と思う。
「でも、俺がルルーシュを守るんだ」
 ジェレミアでも他の誰かではない。自分自身が、だ。
 スザクは、そう呟いていた。




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08.02.01 up