兄弟達からのプレゼントはアクセサリーでジェレミアからのそれはチェスだった。
 それをルルーシュはことさら喜んでいる。
「……こちらに来るとき、それまで使っていたものはあいつに与えたんだ」
 その礼だろうか、とルルーシュは小首をかしげた。その瞬間、結ばれていない髪がさらりと音を立てる。
「でも、面白いな、これ」
 形が、とスザクは正直な感想を口にした。
「君らしい感想だね」
 それにルルーシュは笑い返す。
「悪いかよ」
「いや。そう言うところは気に入っている」
 この一言がものすごく嬉しく感じるのはどうしてなのだろうか。
「ともかく、覚えてみるか?」
 そうすれば、自分も楽しめる……とルルーシュは微笑む。
「……どうせ、ルルーシュには勝てないのに?」
「わざと負けられるのはいやだろう?」
 それとも、自分に付き合うのはいやなのか? と彼女は首をかしげた。その瞳に、ほんの少しだけだが悲しげな色が浮かんでいる。
「ルルーシュがそれで、俺のことを笑わないなら、付き合ってやってもいいぞ」
 自分がそれを見ていたくない……と言う理由で、スザクはこういった。どこか偉そうな口調になったのは、男としての矜持があるからだろうか。
「笑うわけないだろう?」
 むしろ、付き合ってくれるのが嬉しい……とルルーシュは真顔で言い返してくる。
「それに、スザクならすぐにそこそこの腕前になれると思う」
 少なくとも、ジェレミアと同レベルにはなれるはずだ。彼女はさらにこう付け加える。
「オレンジか」
 実際に顔を合わせたのは、本当に僅かな時間だ。でも、その印象は悪くはない。きっと、それは、彼がルルーシュを大好きで、なおかつ自分のような子供にもきちんと礼を尽くしてくれたからだろう。
「なら、頑張るか」
 スザクは笑みを浮かべながらこういった。
「あいつ、いい奴だよな」
 さらにこう付け加えれば、ルルーシュが嬉しそうに頷く。
「ジェレミアは……いつでも私たちの側にいてくれたからな。ナナリーはよく、わがままを言って困らせていた」
 それでも文句を言わずに付き合ってくれたからな、とルルーシュは懐かしそうに口にした。
 自分ではない誰かの話なんて本当は聞きたくない。だが、ルルーシュの表情を見ていればそんなことは言えないだろう。
 何よりも、無意識だろうが昔のことを口にしてくれたことが嬉しい。
 そんな風に、悲しいことよりも幸せだったことだけを思い出して欲しいし、何よりもそう言うときのルルーシュの表情が好きなんだよな……とスザクは思う。
「まぁ、今は君が側にいてくれるけど」
 でも、こんなセリフまでは口にしなくていいんだけど。そう思ったときにはもう遅かった。
「赤いぞ、スザク」
 顔が、と楽しげにルルーシュが指摘してくる。
「うるさい!」
 口ではそう言っても、本心は嬉しかった。
「スザクの誕生日は、夏だったな」
 プレゼントを考えておかないと。そう呟くルルーシュにスザクは嬉しそうに笑いかける。
「楽しみにしている」
 この時が、ある意味二人にとって一番幸せだったのかもしれない。

 スザクは、誕生日のプレゼントをもらえなかったのだ。

 いったい、どこでどう間違えたのか。
「あの方は、あの場所で幸せそうだと思えたのに……」
 少なくとも、あの少年の側で微笑んでおられた……とジェレミアは呟く。あの日、ナナリーを失ってからルルーシュの顔から消えてしまった微笑みが、この地でよみがえっているとは思わなかった。
 それでも、ルルーシュが幸せであればいい。
 そして、ルルーシュの隣に立っていたあの少年は彼女を大切にしてくれていた。
 あの二人が結ばれる年齢になれば、きっと、二国間の関係はよくなっていただろう。
 その時には、できればルルーシュの側に自分もいられるようになっていればいい。そのためにブリタニアで少しでも地位を上げられるように努力をしよう。
 そう考えていたのに、とジェレミアはため息を吐く。
 いきなり、日本政府から突きつけられた婚約解消。それだけならばまだしも、共に、ルルーシュのものとおぼしき黒髪の束が送り付けられたのだ。
 日本政府は、それがブリタニアの者達をどれだけ怒らせる行為なのかを理解していなかったのではないだろうか。
 確かに、供も連れずに一人かの国に赴いた皇女であれば見捨てられたと考えたとしてもしかたがないのかもしれない。しかし、国民や軍人の《閃光のマリアンヌ》に対する思慕は今でも衰えていないのだ。ルルーシュ個人に向けられたものではないが、それでも彼女に向けられた悪意を憤る理由にはなった。
 何よりも、高位の皇族達がその事実に怒りを感じていたらしい。
 皇帝の命令に彼らは全力で取り組んだのだ。
 その結果、かつて《日本》とよばれたこの地はブリタニアの支配下に落ちた。
 それなのに、だ。
 ルルーシュの髪の毛一筋も自分は見いだすことができなかった。
 彼女だけではなく、枢木の息子も、だ。
「おかしいのは、それだけではないが、な」
 日本がブリタニアに降伏する直前に日本国首相であった枢木ゲンブはその命を自らの手で断った、と言われている。
 しかし、彼の命を奪ったとおぼしき銃弾は日本で使われていたものではない。ブリタニア軍の制式銃に使われているものだった。
 しかし、あの時点であの男の側にそれを持っていたものがいるはずはない。だから、たまたま偶然だろう。誰もがそう思っている。
 だが、そうでないことを自分が知っていた。
「……枢木スザクに、私が渡したのだ」
 ルルーシュを守ってくれという言葉とともに、である。
 その銃から発射されたとおぼしき銃弾が枢木ゲンブの命を奪った。
 そこから導き出される結論は一つではないだろうか。
「彼に、辛い選択をさせたのかもしれない」
 それでも、だ。彼の気持ちが嘘ではないと確認することができた。同時に、だからこそルルーシュが生きているのではないか、と考えている自分がいることも否定しない。
「あの少年は、決して自分より先にルルーシュ様を死なせるようなことはしないはず、だ」
 だから、枢木スザクの死が確認できない以上、ルルーシュも生きている可能性がある。
 もちろん、それは本当に僅かなものだ。
 だが、希望を持つのに十分すぎるものだろう。
「必ず……必ず、このジェレミアがお迎えに参ります」
 だから、それまで無事でいて欲しい。ジェレミアは心の中でそう付け加えた。
「ジェレミア卿」
 そんな彼を呼ぶものがいる。
「なんだ、ヴィレッタ」
 いつもの、辺境伯としての口調に戻って部下の女性へと視線を向けた。
「総督閣下がお呼びです」
 そうすれば、彼女はいつものようにきまじめそうな表情でこう言ってくる。
「……今日は、予定があったか?」
 それとも、何か緊急事態でも起きたか、と微かに眉を寄せた。そうであるならば、急がなければいけないだろう。
 いや、それでなくても皇族であり総督であるクロヴィスに呼ばれたのであれば即座に出向かなければいけない。それが自分たちの義務だ。
「いえ。聞いておりませんが……」
「まぁ、いい。きっと何か御用事があられるのだろう」
 言葉とともに立ち上がる。そうすれば、ヴィレッタがすっとマントを手渡してくれる。
「……ジェレミア卿」
 そのおりに、彼女にしては珍しく何かをためらうような口調で呼びかけてきた。
「なんだ?」
「お聞きしていいのかどうかはわからないのですが……」
 こう前置きをした上で彼女は意を決したように言葉を綴る。
「ルルーシュ、とはいったいどなたなのでしょうか」
 その唇から出た言葉に、ジェレミアは目をすがめた。
「何故、あの方のお名前を?」
 どこで聞いたのか、と言外に付け加える。
「クロヴィス閣下が呟いておられたので」
 外出する彼の護衛に付いたときに……とヴィレッタは慌てて口にした。どうやら、自分の反応が彼女を恐がらせるようなものだったらしい。
「まぁ、いい。ルルーシュ様はフルネームをルルーシュ・ヴィ・ブリタニアさまとおっしゃる。今は亡きマリアンヌ様がお生みになられた第三皇女殿下だ」
 クロヴィス閣下の妹姫に当たられる、と説明をしながらジェレミアは歩き出す。
「……閃光のマリアンヌ様ですか?」
「そうだ。母君が亡くなられた後、まだ《日本》と呼ばれていたこの地に首相の息子の婚約者として送られたのだよ」
 もっとも、あの戦争の時に行方がわからなくなってしまわれた……とそう付け加える。
「私もだが、総督閣下もまだ、あの方がなくなられたとは思っておらぬ」
 だから、言葉には気を付けろ……と言わなくても彼女には伝わったらしい。
「卿がよくお一人で外出されるのは、殿下を探しておられるのか?」
 その問いかけに、ジェレミアは微苦笑だけを返した。

 クロヴィスの執務室へと足を踏み入れる。
「総督閣下。お呼びと聞きましたが」
 そして、礼を失しない程度に呼びかけた。
「あぁ、ジェレミア。待っていたよ」
 即座にクロヴィスが視線を向けてくる。いや、それだけではなく彼はジェレミアを手招いた。
「どうか、なさいましたか?」
 自分がまだルルーシュ達の護衛だった頃、同じように手招かれたことがある。それはたいがい、妹姫達のことについて問いかけようとするときだ。しかし、ルルーシュ達の存在が失われてから、そのように呼ばれたことはない。
 しかし、今の彼はあのころと同じような眼差しをしている。
 本当にどうしたのだろうか。そう思いながら彼の側に歩み寄った。
「……これに見覚えはあるかな?」
 そうすれば、目の前に何かが差し出される。反射的に両手を差し出せば、それはジェレミアの手の中におとされた。
「……これは……」
 見覚えがあるなどと言うものではない。
「これは、私どもがルルーシュ殿下の誕生日に差し上げたものです」
 それを彼女は大切に鞄の中に入れていってくれたはず。それなのに、どうしてここにあるのだろうか。
「先ほど見つけてね。君ならば確認できるだろうと思って購入してきたのだよ」
 だが、それは間違いではなかった……とクロヴィスは微かな笑みを口元に刻む。
「……ルルーシュ様が?」
「それを調べてきて欲しい。構わないかな?」
 嫌と言うはずがないだろう。
「確かに、承りました」
 ルルーシュが生きているかもしれない。それならば、何をおいても駆けつけるのが自分の義務だ。
「……ただ」
「なんだ?」
 それでも、とジェレミアはクロヴィスの顔を見つめる。
「あの方が、我々と会いたくない……と申されたら、いかがなさいますか?」
 クロヴィスがこの地の総督になったことは彼女も知っているはず。それなのに姿を現さないのはきっと、それなりの理由があるからではないか。
「……生きていることがわかれば、それでいい……」
 取りあえずは、とクロヴィスは歯の隙間から言葉を絞り出す。
「生きてさえいてくれれば、歩み寄れる可能性は残されているからね」
 そして、ルルーシュが戻ってきてくれるのであれば、自分にのめる条件は全てのむだろう。そう続ける彼に、ジェレミアは静かに頭を下げた。




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08.02.08 up