さりげなく周囲を見回して、人気がないことを確認する。それからドアを開けた。
「……お帰り、スザク」
室内に体を滑り込ませれば、即座に声がかけられる。
「大丈夫だったか?」
その声に頷きながら肩にかけていた荷物をそうっとテーブルの上に置いた。
「やっぱり売れたってさ。だから、言われたものは買ってきた」
この言葉に、そうっと歩み寄ってくる影がある。その姿を見るたびに、スザクは顔をゆがめてしまいたくなるのだ。それでも、それをするわけにはいかない。
「そうか」
そんなスザクの気持ちに気が付いているのかいないのか、その人影――ルルーシュは静かに頷いてみせる。
「ならば……仙波が動けるようになり次第、ここから移動した方がいいだろうな」
そして、買い物の中身を確認しながら、さりげなくこう付け加えた。
「ルルーシュ?」
しかし、スザクにはどうして彼女がそう言ったのかがわからない。
「あれは……見るものが見れば俺が持っていたものだとわかるからな」
その中にそれなりの身分のものがいないとは限らないだろう、とルルーシュは付け加える。そんな人間に詰め寄られれば、あの店主が自分たちの居場所を話してしまったとしても責められないだろう、とも付け加えた。
「俺一人ならばともかく、お前達まで危険にさらすわけにはいかない」
この言葉にスザクはむっとする。
「ルルーシュを守るのが俺の義務だ。何度そう言えばわかるんだ、お前は!」
「それでも……俺のせいでお前達の選択に制限が出ているのは事実だろうが」
自分がいなければ、もっと色々な選択肢がスザク達の前にはあるはずだ。ルルーシュは言葉を口にしながらも、いくつかの食材を手にしている。どうやら、これから夕食を作ってくれるつもりらしい。
「ルルーシュ」
それを言うなら、ルルーシュだってそうではないか。スザクはそう思う。
彼女一人であれば、信用できるものと連絡を取って保護を依頼することも可能だろう。それができないのは自分たちがいるからではないか。
「スザク。悪いが、仙波の様子を見てきてくれるか?」
それによって、メニューを変えるから……とルルーシュは気にすることなく口にした。
「……わかった」
考えなければいけないことよりも食欲の方がどうしても優先されてしまう。そんな自分にスザクはあきれたくなる。それでも、ルルーシュの料理がおいしいから――逆に言えば、それだけ自分たちが役に立たないと言うことでもあるのか――しかたがないんだよな。そうも心の中で呟く。
「ついでに、荷物をまとめておいてくれるように千葉さんに言っておくよ」
いつでも移動ができるように、と代わりにこう口にした。
「頼む」
さて、と口にしながら、ルルーシュは料理をする順番に野菜を並べ直している。
その様子を横目で見ながら、スザクは奥へと進んでいった。
「千葉さん?」
のれんを掛けてあるだけの入り口から中に向かって声をかける。
「スザク君か。どうぞ」
即座に声が返ってきた。それが潜められたものだと言うことは、仙波の様子はまだ予断を許さないと言うことなのだろうか。そう思いながらもそうっとのれんをくぐる。
「何かあったのかな?」
この問いかけに、スザクは首を横に振った。
「ルルーシュのあれは売れたから、しばらく困らない程度の金は入ったし……それでルルーシュが仙波さんの様子を見てきて欲しいって。取りあえず、メニューを考えるから、と言ってた」
「取りあえず?」
他にあの方が何か言っていたのか? と千葉は問いかけてくる。その察しの良さは藤堂の部下だからなのだろうか。
「仙波さんさえ動けるなら、移動した方がいいだろうって言ってた」
おそらく、近いうちにここが見つかるだろうから……と言うようなことを言っていたから、とスザクは告げる。
「そうか。あの方がそういうのであれば、そうなのだろうな」
ルルーシュの方が千葉よりも年下だ。それなのに、彼女はルルーシュの判断を藤堂に準ずるものとして受け止めているらしい。
「申し訳ない……」
そんな二人の声が耳に届いたのだろう。布団に横になっていた仙波がこう言ってくる。
「藤堂さんからあの方の護衛を任されていたのに、このざまとは……」
今の自分ではルルーシュの盾になることしかできない、と口にしたのは、彼なりに自分のふがいなさを感じているからだろう。しかし、だ。
「仙波さん……」
一言だけ許せないセリフがあった、と心の中で呟きながら、スザクは彼をにらみつける。
「今のセリフ、絶対にルルーシュの前では言わないでくださいよ」
「スザク君?」
意味がわからないというように仙波が視線を向けてきた。
「……ルルーシュのお母さんと妹さんがどうして死んだのか、覚えていますよね?」
それとも知らないのだろうか。ならば説明をすればいいだけかもしれないが、と心の中で呟きながら問いかける。
「……そう、だったな」
だが、その必要はなかったらしい。即座に仙波は自分の非を認めてくれた。
「あの方の前では、気を付けよう」
いくら、自分の不甲斐なさを嘆きたくても、そのせいで彼女を傷つけては本末転倒だ。この言葉とともに仙波はため息を吐く。
「ともかく、早く傷を治すことですね」
そうすれば、ルルーシュを守ることに何の支障もなくなる。それこそが自分たちの役目だろう、と千葉が取りなすように口を挟んでくる。
「確かに。それこそが藤堂さんに与えられた使命だからな」
そして、それがいやだと思っていない。仙波のこの言葉は本心からのものだろうか。
「荷物の方は任されよう。食事の支度は……」
「俺が手伝うから大丈夫ですよ」
何でもできると思われている千葉だが、何故か料理だけは苦手らしい。味はそこそこ素晴らしいものなのだが、見た目とつかった後の台所の惨状は口にしない方がいいのではないか。
何よりも、ルルーシュの手料理がちょっとした料理屋並のできだから、余計にそう思えるのかもしれない。
ルルーシュにしても、気分転換に丁度いいだろう。彼女はほとんど隠れ家から外に出られないのだ。チェスにしても、相手ができるのが自分だけであれば気分転換といえるのかどうか、わからないのだ。
しかし、今はそれをどうこう言う状況ではない。
「普通の食事でいいんですよね?」
スザクは仙波に向かってこう問いかける。
「あぁ。食欲だけは普通にある。ただ、この肩が言うことを聞かないだけだ」
動くと痛みが走るが、それでも無理をしなければ我慢できる程度だ、と教えてくれた。
「わかりました。ルルーシュにはそう言っておきます」
言葉とともにスザクは立ち上がる。そして、そのままルルーシュがいる場所へと向かった。
男達がそこに押しかけてきたのは、いわゆる丑三つ時だった。
子供がいる以上、この時間は眠っているだろう。そう判断してのことか。
だが、それが逆にミスを招いたのだと彼らが気付いたときには、もう遅かった。
荷物を確認していたルルーシュが、一瞬だけ顔をゆがめた。
「……ルルーシュ、どうかしたのか?」
それを見逃すことなく、スザクが問いかける。
「何でも、ない……」
ルルーシュは即座にこう言い返す。
「そうは見えないぞ」
むっとしたように唇をとがらせながらスザクはこう言い返してきた。そのまま、ルルーシュの手元をのぞき込もうと近づいてくる。
「本当に何でもない」
とっさに自分の分の荷物を隠そうとした。しかし、スザクの方が一瞬早かったようだ。
「……チェスセット、ないじゃん」
この言葉とともにスザクは顔をしかめる。
「そっか……俺がねだったんだっけ」
暇つぶしにやろうって、と彼は呟く。そのままおいて来ちゃったのか、と口にすると同時に、彼は肩を落とした。
「ごめん、ルルーシュ……」
自分のせいだ、とスザクはそのまま口にする。ルルーシュがどれだけあれを大切にしてきたのか、よくわかっていたのに、とも付け加えた。
「気にするな」
失ってしまったものは仕方がない。確かにあれは気に入っていたが、それでも代えを手に入れようと思えばできるものだ。それとこの場にいる者達の命を比べれば、どちらを優先するかなどわかりきった問題ではないか。
ルルーシュはそう思う。
「でも……あれは、オレンジが持ってきてくれたものだろう?」
くれた人の気持ちがあったからこそ、あれは価値があったのではないか。スザクはさらにこうも付け加える。
「……それは、否定しないが……」
それでも、スザク達の命には替えられない。ルルーシュはこう言いきった。
「だから、お前も取りに行くなんて言い出すなよ?」
スザクならやりかねない。そう考えてルルーシュは釘を刺しておく。
「俺が失敗するとでも?」
即座に彼はこう反論をしてくる。
「普段ならば心配はしない。だが……きっと、今はあの場所にブリタニアの正規軍がいるぞ」
本格的な訓練を受けた彼らに有能な隊長が付いていれば、間違いなくスザクでは太刀打ちができない。そうなれば、自分は彼を失ってしまうだろう。考えただけで全身を包み込む恐怖をどう伝えれば理解させられるだろうか。
「お前は……俺の側にいると言ったじゃないか」
何とかこの一言だけをはき出す。
「……ルルーシュ……」
気が付けば、自分の頬を涙が濡らしている。その事実に自分が一番驚いていた。
「ごめん、ルルーシュ……」
自分が無神経だった。そう言いながら、スザクが少し乱暴な仕草でルルーシュの頬をぬぐってくれる。
「そういうなら、もう二度と、そんなことは言うな……」
自分の側からいなくなるな、とルルーシュは言う。
「わかってるって」
ごめん、と口にしながら抱きしめてくれる腕を失いたくない。ルルーシュはそう思いながら、彼の肩に顔を伏せた。
捜索のためだろうか。狭いそこはごった返していた。
「……ブリタニア人が、何故このようなあばら屋に押し入ったのだ?」
もっともらしいいいわけを拘束された者達――彼らはここの入り口に違法な武器を持った状況でつり上げられていたらしい。流石にそれではいいわけもできないだろう――は口にしているという。
だが、それを信じられるかと言えば、答えは『否』だ。
何か他の理由がある。
しかし、それは何なのだろうか。
そんなことを考えながら、ジェレミアは再度狭い室内を見回した。
「……ちょっと待て!」
端にあったテーブルの上のものに手を触れようとした兵士をジェレミアは制止する。
「ジェレミア卿?」
「よいから、それには触れるな!」
慌てたように口にした彼に、兵士は目を丸くした。それでも、上官である彼の命令は絶対だ。
「Yes, My Lord.」
この言葉とともに、その場から離れていく。そんな彼と入れ替わるように、ジェレミアはテーブルへと近づいた。そして、その上にあるものにおそるおそる手を伸ばす。
「やはり、これは……」
自分があの日、ルルーシュに渡したものだ。大切に使われてきていたというのが十分にわかる。
それを置いていった、と言うことはこの襲撃が予定外のことだったのか。
いや、それはあり得ない。即座にその考えを否定する。
では、何か。
「……私に、何かを伝えられたかったのですか……」
ルルーシュ様、とジェレミアはそっと心の中だけで呼びかける。
「取りあえず、これは私が保護しておかなければ……」
必ず、これをルルーシュに返す。それまでは。そう呟きながら、ジェレミアはそれにそうっと手を伸ばした。
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08.02.15 up
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