ジェレミアの報告にクロヴィスが思い切り渋面を作る。もちろん、皇族であり総督である者がそのような表情を浮かべるべきではない。それでも、話の内容が内容だけにしかたがないだろう。
「つまり……その者達はルルーシュがその場にいるとわかった上で押し入った。お前はそう言いたいのだな?」
 ジェレミア、と呼びかけられて、彼は静かに首を縦に振る。
「それも……あの方のお命を狙っての犯行ではないかと」
 でなければ、あれほどの重火器を持っている説明ができない、とも付け加えた。
「ルルーシュの命を……」
 何故、とクロヴィスは呟く。彼にしてみれば考えられないことなのだろう。
「ルルーシュ様ご本人が原因なのではないのかもしれません」
 ジェレミアは、そんな彼に向けてこう告げる。
「ジェレミア?」
 どういうことだ、とクロヴィスが視線だけで問いかけてきた。
「こう申し上げるのは不敬なのでは、と思うのですが……」
 あくまでも自分の推測だから、と言外に告げる。皇族が関わっている以上、クロヴィスにも不快な思いをさせるかもしれない。
「構わない。聞かせてくれ」
 この場での話にしておく、と彼は言い返してくる。ある意味、皇族にあるまじき必死さは、それだけ彼がルルーシュを大切に思っていたからではないだろうか。
「……今でもマリアンヌ様は、民衆だけではなく軍人達にも慕われておいでです。それを面白く思っておられない方の仕業、と言う可能性もあるのではないかと愚考しております」
 マリアンヌ憎さに、自分の目の前からそれに関わるものを全て消し去ろうとしているのではないか。実際、ナナリーは病院で儚い命を散らしたのだ。放っておいても、彼女は皇位継承権争いから脱落したであろうのに、だ。
「否定、できないね」
 むしろそうだろう。
 クロヴィスも小さなため息とともに頷いてみせる。
「しかし、この地の総督は私だ」
 どれだけ力不足を自覚していようとも、と彼はそのまま苦笑を浮かべた。
「この地で勝手をされては困る」
 自分の知らぬところで、と彼は表情を引き締めるとこう言いきる。
「しかし……ルルーシュは私も信じてはくれないのか」
 自分が総督の座に着いていることは当然耳に入っているだろう。それなのに、どうして保護を求めてこないのか。その言葉には無念さが滲んでいる。
「殿下のことは信頼しておいででしょう」
 そんな彼を慰めたくてジェレミアは言葉を綴り始めた。
「ですが、この政庁にいる者達はどうかわからない。そう思っておいでなのではないでしょうか」
 実際、誰がルルーシュに危害を加える可能性があるのか、ジェレミアですら把握できていない。
「……そうかもしれないね」
 残念だが、とクロヴィスは頷いてみせる。
「でも、今の状況であの子は無事なのだろうか」
 ふっとクロヴィスがこんな疑問を口にした。そのまま答えを期待するかのような眼差しを彼は向けてくる。
「私見ですが」
 それは、自分がかつての《日本》でルルーシュと会っているからだろう。
「当面はルルーシュ様は安全か、と」
「何故、そう言いきれる?」
「枢木スザクが側にいる、と思われます故」
 ルルーシュの婚約者だ、と言ったあの少年。彼がどれだけルルーシュの存在を大切にしていたか。自分は今でも覚えている。そして、あの不可解な枢木ゲンブの死だ。
「それに、ルルーシュ様は現在、藤堂鏡志朗及びその部下と行動を共にしていると推測できます」
 捕縛した者達の言葉が事実であれば、だ。だが、それが真実だろうとジェレミアは考えている。
「何故、そう思うのだ?」
 しかし、クロヴィスはそうではないらしい。ジェレミアに向かってこう問いかけてきた。
「……先日、殿下があの地球儀を見つけた店へ足を運んで、あれを売った人間について聞いて参りました」
 その時に、売り主がルルーシュと思われる――黒髪に葡萄色の瞳だったことを店主が覚えていた――きちんとした身なりのブリタニア人の少年と側に付き添っていた同じくらいの年齢のイレヴンの少年、そして彼らの保護者役とおぼしきイレヴンの女性の三人だったと店主が証言した。
 さらに、たまたま持っていた四聖剣の一人の写真を見せれば、その女性だと店主は太鼓判を押したのだ。
「四聖剣は藤堂の子飼い。彼の命令以外は受け付けない、と聞いております」
 そして、彼は現在、日本解放戦線に参加していない。それどころか距離を置こうとしているようだ、と言う報告も耳に入っている。
「藤堂の性格を鑑みて、そうなのではないかと愚考したまでです」
 そして、それは間違ってはいないのではないか。
「なるほど……」
 可能性は高いだろうね、とクロヴィスも同意をするように頷いてみせる。
「ならば……ルルーシュの側にいる者達ごと保護するしかないのかもしれないね」
 その方が自分がどれだけ彼女を大切にしているのか本人にもわかるだろう。彼はこうも付け加えた。
「殿下」
「……わかっているよ、ジェレミア。シュナイゼル兄上とコーネリア姉上にも協力をお願いするつもりだ」
 あの二人の後押しがあれば、自分も話を進めやすい。
「それに……元々兄上にはご計画があるそうだからね」
 名誉ブリタニア人の処遇に関して、と彼は続けた。
 シュナイゼルが関わっているのであれば、クロヴィスの暴走はないと判断していいのだろうか。そう考えてしまうのは、今までさんざん振り回されたからだ。
「だから、ジェレミア」
「はい」
 そんな気持ちをおくびにも出さず、言葉を返す。
「少しでも早く、ルルーシュの居場所を見つけ出し、安全を確保するように」
 無理に連れ戻す必要はない。クロヴィスはそう告げる。
「Yes.Your Highness」
 ジェレミアはこの言葉に、深く頭を下げた。

 ルルーシュが魘されている。
 その事実に気付いて、スザクはそっと上半身を起こした。そして、隣で眠っている彼女の肩に手を伸ばす。
「ルルーシュ!」
 少し乱暴な手つきで、そのまま彼女の体を揺する。
「起きろって」
 そうすれば、彼女のまぶたがぴくり、と震えた。次の瞬間、印象的なアメジストの瞳がまぶたの下から現れる。
「ルルーシュ?」
 ほっとしたように小さなため息を吐きながら、スザクは彼女の顔をのぞき込んだ。
「……スザ、ク?」
 確認をするようにルルーシュは彼の名を呼ぶ。それだけではなく、手を持ち上げるとスザクの頬に触れてきた。
「そう、俺」
 ここにいるよ、と笑みを作りながら彼女の手を自分のそれで包み込む。
「怖い夢でも見たのか?」
 優しく問いかけると、ルルーシュは首をかしげる。そのまま彼女も布団の上に上半身を起こした。
「夢、だったのか……あれは……」
 この言葉とともにルルーシュは深く息を吐き出す。
「ルルーシュ?」
 どうしたの? とスザクは再度問いかけた。
「お前達が、血まみれで倒れていたんだ……」
 駆けつけようとしたのに、自分は間に合わなかった……とルルーシュは泣きそうな口調で告げる。
 それは、間違いなく彼女の母親が亡くなったときの記憶が強く記憶の中に刻みつけられているから、だろう。さらに今日のことがあったから……ではないだろうか。
「大丈夫だろ。みんな、生きてるじゃん」
 こう言いながら、スザクは慎重にルルーシュの体を自分の方に引き寄せた。
 昔から細いと思っていた彼女の体躯は、最近さらに細くなったように思える。少しでも力のコントロールを誤れば腕の骨ぐらい簡単に折ってしまいそうで、スザクはいつもこわごわ彼女に触れているのだ。
「ほら、ちゃんと心臓が動いているだろう?」
 ルルーシュの耳を自分の胸に押しつけてこう問いかける。
「うん……」
 ルルーシュは小さく頷いてみせた。そのまま、また彼女のまぶたがそっと閉じられる。元々自分たちに比べて体力がない――その事実を本人は気にしているようだが、鍛え方が違うのだからしかたがないことだとスザクは思っている――ルルーシュはそのまま眠りの中に戻っていった。
「今度は、嫌な夢を見ないといいんだけどな」
 眠れなければ体力はさらに消耗するから……とそう思う。
 何よりも、自分の温もりがルルーシュにとって救いになって欲しい。そう考えるのだ。
 その時、ドアが静かに開かれる。
「……姫は?」
 すきまから顔を出した千葉がこう問いかけてきた。
「魘されたけど、大丈夫」
 また眠ったから……と言葉を返す。
「そう。なら、君も眠りなさい」
 今晩は自分たちが見張りをしておくから、と千葉は続ける。
「二、三日中に藤堂さんとまた合流できるはず。だから、それまで姫には負担をかけることになるが……」
 だからこそ、今はゆっくりと休んで欲しい。そう告げる彼女の言葉はルルーシュを気遣う気持ちが満ちあふれている。
「わかっています」
 言葉とともに、スザクは慎重にルルーシュの体を布団に横たえた。そして、そのまま自分も隣へと横になる。
 そっと抱き寄せれば、彼女は小さく身じろぐ。まるでスザクの温もりにひかれるようにそのまますり寄ってきた。それがまるで猫みたいだ、と笑みを浮かべながらスザクも瞳を閉じる。
 そのまま、二人は朝まで寄り添っていた。

 モニター越しとはいえ、久々に顔を見る異母弟はどこか嬉しげだ。
「何か、いいことでもあったのかい?」
 あの日から彼の瞳に宿っていた憂いも消えていることに気付いて、シュナイゼルはこう問いかける。
『あの子の影を、ようやく見つけました』
 即座に帰ってきたこの言葉に、シュナイゼルは一瞬、自分の耳を疑った。
「本当、かね?」
『はい。ジェレミアが確実だと思われる情報を掴んできました』
 ただ、と彼は少しだけ表情を曇らせる。
『どうやら、ブリタニアにあの子を亡き者にしようと思っているものがいるようで……保護をする前に姿を消されてしまいました』
 その可能性を考えたことはなかった。そう言えば嘘になるだろう。しかし、こうして現実として突きつけられると怒りがわいてくる。
「それで?」
 あの子は聡いから、きっと、その気配を感じて姿を消したのだろう。だが、次も安全だとは言えないのではないか。
『あくまでも憶測ですが……どうやらキョウトの中に、あの子の味方をしてくれている者はいるようですよ』
 藤堂鏡志朗が側に付いているらしい。唇だけで彼はそう告げてきた。
「なるほど。それで、私に連絡を入れてきたのだね」
 以前、自分が告げた言葉を彼は覚えていたのだろう。
 確かにあの男であれば最適かもしれない。シュナイゼルはそう判断をする。
『あの子は、昔から心を許したものにはとことん甘いですから』
 そして、現在行動を共にしているのであれば、彼らを大切に思っているだろう。そんな存在をあの子から奪いたくない。クロヴィスがそういう気持ちも理解できた。
「わかった。そちらに関しては任せておきなさい」
 だから、少しでも早く、あの子を……とシュナイゼルは言外に告げる。
『もちろんです。既にジェレミアが動いています』
 あの子を絶対に傷つけないと思える相手に探させている、と言う彼の言葉に頷き返す。
「見つかったら、連絡を」
『わかっています』
 でも、あの子を手元に置くのは自分だ、とクロヴィスは笑う。そのまま通信を切る異母弟に、シュナイゼルは苦笑を禁じ得ない。
「本当に困ったものだね」
 それもこれも、あの子を大切に思っているからだろう。それはわかっている。
「しかし、忙しくなりそうだ」
 だが、あの可愛い異母妹のためであればそのくらい何でもない。大切なものを失ってしまった彼女から、もう何も奪いたくないのだ。
 そんなことを考えながらシュナイゼルはイスごと体の向きを変える。そして、デスクの上に積まれていた書類へと手を伸ばした。




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08.02.22 up