「……そうだねぇ」
 どこか気怠げに医務室の主――と言っても、彼女がここに赴任してきたのはつい先日だが――は言葉をはき出す。
「その奥にでも放り込んでおきな。適当に護衛を用意してから調べるから」
 その間は強制的に眠っていて貰おう、と赤い唇が笑みを刻む。
「チャウラー先生。教官に報告は?」
 この騒ぎだから、もう伝わっているかもしれないが……とカレンが問いかける。
「あぁ。私の方からするから、お前達は戻っていいよ。どうせ、今日の授業は終わりだろう?」
 この騒ぎでは何もできないだろうし……とラクシャータは言葉を返してきた。初期にブリタニアに併合されたインドの血が色濃く出ている彼女だが、このメンバーではさほど目立たない。それはきっと、自分やカレンがいるからではないか……と意味もなくスザクは思う。
「それよりもランペルージ。私としてはお前の検査の方をしたいんだけどねぇ」
 報告をしろと、ダールトン将軍から頼まれているのさ……と付け加えられて、ルルーシュは小さなため息を吐く。
「本当にあの方は」
 自分は、もう小さな子供ではないのに……と呟くルルーシュにラクシャータが笑い返す。
「いくつになっても子供のころを知っている人間にはそのころの姿に見えるものらしいな」
 あぁ、クルルギも残れ……と彼女はさりげなく付け加える。同室の人間がいれば、いざというときに安心だからな、という言葉に他の二人は納得したようだ。
「そういうことでしたら……」
「また明日な、スザク、ルルーシュ」
 納得したわけではないが、上官と同等の権限を持っている医師の言葉には逆らえない、と判断したのだろう。二人はこう言って医務室から出て行く。
 それを見てから、ルルーシュが視線でスザクに合図を送ってきた。小さく頷き返してスザクは立ち上がる。そのまま気配を消してドアへと向かった。
 しばらく、外の気配を探る。
 間違いなく二人が立ち去ったことを確認してからドアに鍵をかけた。
「……ご苦労様。ついでに、そいつらはそっちに放り込んでおいてくれるかい?」
 肉体労働は任せた……と言うラクシャータに思わず苦笑を浮かべる。それでも、この三人の中では自分以外にする人間はいないだろうと言うこともわかっていた。
「……麻酔とかはいいんですか?」
 目を覚ますかもしれないが、と取りあえず確認のために問いかけてみる。
「そっちの部屋は隔離用だ。それこそ、ナイトメアフレームでも使わないと内部からは破壊できないよ」
 プリン伯爵と共同で開発した数少ない物の一つだ、とラクシャータは笑う。
「どうして、そんなに仲が悪いんだろうな、お前達は」
 ため息とともにルルーシュが口を開く。
「昔はそうではなかったように思うのだが」
 この言葉に、ラクシャータは複雑な表情を作った。
「ルルーシュ様がお小さかったころは、そこそこ信頼できると思っていたんですよ、あれでも」
 今は無理! 絶対無理!! と言い切る彼女の様子から、間違いなく何かあったのだろうと推測できる。しかも、それを聞いてはいけないという雰囲気も、だ。
「……そうか」
 それでは、二人に開発して貰おうと思っていた新型は諦めた方がいいのか……とルルーシュはまたため息を吐く。
「何おっしゃっているんですかぁ!」
 しかし、即座にラクシャータが反論を口にする。
「ルルーシュ様がお望みでしたら、プリンだろうと誰だろうと協力することはやぶさかではありません!」
 だから、後で詳しく話を聞かせてくださいませ……と彼女はルルーシュの顔をのぞき込む。
「それよりも、今はこちらの方を何とかしないといけませんわね」
 でなければ、ルルーシュの体調に支障が出てきかねない。こう言いながらそうっとラクシャータはルルーシュの頬に触れる。
「最近は、きちんとお眠りになっていらっしゃいますか?」
 そのまま彼女はこう問いかけた。
「抱き枕があるからな」
 それとも布団か? とルルーシュは首をかしげている。
「……ルルーシュ……」
 それが自分のことだと言うことはしっかりとわかっていた。別に、そう思われていることは気にならないが、でも面と向かって言われると辛い。そうも思う。
「それならばよろしいのですが……でも、まだ丸みが足りませんわ」
 もう少し食べて丸くならないと……と本気で口にする。
「気にするな。取りあえず、日常生活はもちろん、訓練にも支障はない」
「無くても気になるんです!」
 違う? といきなり話を振られて、スザクは反射的にに首を縦に振ってしまった。
「……スザク……」
 お前まで、とルルーシュが彼をにらみつけてくる。
「抱き枕の身としては……やっぱり、ルルーシュがもう少しふっくらとしていると嬉しいんだけど……」
 今だと、抱きしめると壊しそうで恐い……とスザクは正直に口にした。
「その程度で壊れるか!」
 ルルーシュがスザクを怒鳴りつける。しかし、その耳がうっすらと赤く染まっていることに本人は気付いているのだろうか。
「いくら、お前が馬鹿力の持ち主でも、だ」
「わかっているよ、そのくらいは。でも、気持ちの問題だよ」
 ルルーシュがルルーシュであればどうでもいいけど、でも……とスザクは言葉を口にする。
「はいはい、そこまで」
 あんたに話を振った自分がバカだったわ……とラクシャータがため息とともに言葉をはき出す。
「その後を続けたいなら、部屋に戻ってからにしてくださいます?」
 流石に見ている方が恥ずかしいですから、と彼女は付け加える。
「……ラクシャータさんが原因じゃないですか……」
 部屋に帰ってから、どうやってルルーシュを納得させるのか。それを考えれば胃のあたりがいたくなってくる。
「後で、プリン伯爵から秘蔵品をあれこれ巻き上げてきてあげるから」
 それで我慢をして、と言われても……と言い返そうとした。だが、すぐにあることを思い出してそれはやめる。
「……じゃ、バニラとキャラメルのプリンをお願いします」
 ルルーシュが好きだから……と言わなくてもおそらく本人にも彼女にも伝わったのではないか。
「りょ〜かい」
 ダメであれば、自分がちゃんと入手してくるよ……とラクシャータは笑った。
「……それで、現在の布陣は?」
 いい加減、ここに長居をするわけにはいかないだろう。そう判断をしたのか、冷静な口調でルルーシュが現状確認を求めている。
「ランスロットは既に校内に。また、特派もいつでも駆けつけられるように待機しています」
 だから、いざというときにはあちらに逃げ込んでくださいね……と口にしながらラクシャータはルルーシュの手に携帯端末を握らせる。それが特派特製のものだ、と言うことは日常的に使っているスザクには一目でわかった。
「それと、ゴットバルト辺境伯がいつでも出撃できる体制を整えているそうです」
「ジェレミアか」
 と言うことは、クロヴィスが許可を出したと言うことか……とルルーシュは頷いてみせる。
「しっかしぃ。本当にあの堅物とあの変人が同窓生だったんですか?」
 何か、ものすごい学校生活だったような気がするんですが……とラクシャータは呟く。それにスザクも同意を示してしまう。実際、彼等は顔を合わせるたびにとんでもない会話をしてくれるのだ。一人一人別々に会えばまだ尊敬できる――と言っても、ロイド相手には本当にまれにしか感じないが――と言っていいかもしれないのに。
「シュナイゼル兄上にも確認をした。間違いなく事実だそうだ」
 今でも黒歴史と言われているらしい、とルルーシュは付け加える。
「さもありなん、と言うところですね」
 ラクシャータが納得をしたというように頷いてみせた。
「あぁ、忘れるところでした。私の新型も持ってきてありますけど……お使いになります?」
 ルルーシュ様が、と彼女は付け加える。
 新型、とスザクは心の中で呟く。少なくとも、自分はその存在を知らない。いや、彼女が開発をしていたことは知っているが、完成していたとは聞いていないという方が正しいのではないだろうか。
「あれか?」
 だが、ルルーシュは違ったようだ。と言うことは、自分がここに来てから完成したと言うことなのかもしれない。
「はい」
 ランスロットに負けないと思いますよ、と付け加えるあたり、本気で彼女はロイドを目の敵にしているのだとわかる。まぁ、それはロイドも似たようなものかもしれない。
 それでも、ルルーシュという存在のためであれば手を取ることも厭わない。
 彼等がそう考えている以上、自分はルルーシュの側から彼等を排除しないだろう。
「……残念だが、俺が使うと逆に足手まといになりそうだ」
 普通の身体能力しか持っていないからな……とルルーシュはため息を吐く。
「スザク」
 だが、すぐに何かを思いついたのか。彼の名を口にした。
「何、ルルーシュ」
 すぐさま思考を切り替えて視線を向ける。
「カレンは……信じられるか?」
 そんなスザクの視線を真っ直ぐに受け止めながらルルーシュがこう問いかけてきた。
「少なくても信用はできると思う」
 信頼できるかどうかまではまだわからないが……とスザクは素直に言葉を返す。
「それに……彼女自身には変な虫が付いていないよ」
 親の方はわからないが、少なくとも彼女が素直に親の言葉を聞き入れることはないと思う……と付け加えた。
「そうか」
 この言葉に、ルルーシュは何かを考え込むような表情を作る。
「なら、彼女に使わせることも考えておいた方がいいかもしれないな」
 スザクと同レベルで動ける存在は貴重だ、と真顔でルルーシュは口にした。
「そうだね。そうすれば少なくともどちらかがルルーシュ様の護衛に回れる」
 ジェレミアがいれば彼が無条件でその役をするだろうが、とラクシャータも頷く。
「……でも、ルルーシュ」
 ふっとあることに気が付いて、スザクは問いかけの言葉を口にする。
「何だ?」
「ルルーシュは、いつ、あちらが動くと推測しているの?」
 それによって、こちらも根回しをしておくから……と付け加えた。
「……来週には、コーネリア姉上が監査のためにおいでになる」
 だから、その前に全てを終わらせようとするのではないか。ルルーシュはこう告げる。
「問題なのは、使われているのが薬だけなのかどうか、だ」
 催眠暗示も併用されているのであれば、穏便に済ますことは不可能になると言っていい。微かに眉をしかめられながらルルーシュはさらに言葉を重ねる。
「それに関しては、至急調べておきます」
 丁度いいサンプルも手に入ったことだし、とラクシャータは笑う。
「傷つけるなよ。あれでも一応有力な貴族の息子だ」
 種馬ぐらいにはなるだろう、と吐き捨てるようにルルーシュは口にした。
「何をおっしゃっているんですか、ルルーシュ様。選ぶ権利は女性にあるんですよ」
 種馬にもなりはしない、というラクシャータの言葉は何なのか。だが、少なくとも自分が知っている女性は彼を選ぶことはないだろうとは言い切れる。
「では、任せる」
 大変だろうが頼む、と付け加えるとルルーシュは立ち上がった。同時に、スザクも腰を上げる。
「お任せください」
 大至急、作業にかからせていただきます……とラクシャータは頭を下げた。それに頷き返すとルルーシュは歩き出す。反射的にスザクはドアのロックを外すために飛び出していた。




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07.10.19 up