こんな生活をしている以上、荷物を増やすのは得策ではない。それは自分よりも彼らの方がわかっている、と思っていた。
だが、そうではなかったのだろうか。
それとも別の理由からなのだろうか、とルルーシュは悩む。
「……本当に……」
これを片づけるだけでも一苦労なのに、と呟きながら、目の前にある本の山へと手を伸ばす。
本当は、どうして彼らがこれを手に入れてきたのかわかっている。
迂闊に外を歩けない自分の無聊を慰めようとしてくれているのではないか。あるいはスザクあたりからチェスセットをなくしてしまった、と聞いたのかもしれない。
「俺は、まだ子供だと思われているのか……」
それとも、と呟きながら適当に取った本の中を確認する。
「……和食の本か」
それも、今まで千葉に教わったようなものよりももっと手が込んだものばかりが載せられているようだ。
スザク達も、やはりこういうメニューの方がいいのだろうか。そう思いながらぱらぱらとページをめくっていく。
「……時間つぶしにはちょうどいいな」
これを作るとなると、それなりに時間がかかる。チェスという暇つぶしが失われてしまった以上、料理に時間を費やすことに問題はない。それに、うまくできれば、スザク達も喜んでくれるだろう。だから、一石二鳥ではないか。
「……調味料や食材が足りるかな」
後は自分の技量だろうが、これだけ懇切丁寧に手順や何かが書かれていれば、見栄えはともかく味の方はそれなりのものができるのではないだろうか。
だから、と思いながら本を片手に部屋を出る。
そのまま真っ直ぐに、既に自分の領域となりつつあるキッチンへと歩いていった。
「ルルーシュ?」
途中でスザクが駆け寄ってくる。
「どうかした?」
心配そうに問いかけてくるのは、本当はルルーシュが一人でいることがきらいだと知っているからだろう。
「じゃなくて……」
そう言いながら、ルルーシュは手にしていた本の表紙を彼に見えるように持ち上げた。
「持ってきて貰った本の中にあったから、何か作ってみようかなって思っただけだ」
食材や調味料を確認しに来ただけだ、とそう付け加える。
「本当に?」
「あぁ。どうせなら、みんなももっとあれこれ食べたいだろうし」
自分には時間があるから、と微笑んでみせた。
「それは嬉しいけど……でも、そのレシピ集……」
自分は選んでないぞ、とスザクは憮然とした表情で告げる。
「スザク?」
「うん。今日持ってきた本の中に、それは入れてない」
と言うことは誰かがこっそりとその中に忍ばせたんだ、と彼は続けた。
「……そうなのか?」
と言うことは、誰だろう。ルルーシュは藤堂やスザクと共に荷物を抱えてきた者達の顔を思い浮かべる。
「ともかく、ちょっと付き合えよ」
その本持って、とスザクはルルーシュの腕を掴んだ。そのまま、藤堂達がいる部屋へと歩き出す。
「スザク?」
「念のため、だよ。発信機みたいなのが付いてたら困るだろ?」
その気になれば、針の先ぐらいの発信機を作ることもできるのだから警戒をしてしすぎることはない。スザクはそう主張をする。
「そうだな」
その言葉に、ルルーシュも同意だ。だから、素直に彼と共に藤堂達の元へ足を運んだ。
結論から言えば、発信機に関しては杞憂だった。
たんに、あれこれ食べたい四聖剣の中でも若手の男性陣がこっそりと追加しただけだ、と言うことだったらしい。
それに関して藤堂に絞られていた二人は自業自得なのだろうか。
よくわからない、と思いながら、ルルーシュは取りあえずこの場にある食材だけで出来そうな料理に挑戦していた。
自分たちの姿を認めた瞬間、桐原が驚いたように目を見開いた。だが、すぐにそれは消える。
そのあたりは流石だと言っていいのだろうか。
こんなことを考えながらシュナイゼルは口元に完璧な笑みを作る。
「呼び出してすまなかったね」
その表情のまま彼はこう告げた。
「いえ……ですが、宰相閣下がおいでだとは……」
本国から彼が動くとは思わなかった。言外に彼はそう言い返してくる。
「頼み事をするのだ。直接あって話をさせてもらうのが礼儀だ、と思うが?」
かなり厄介な内容だからね、とシュナイゼルはさらに言葉を重ねた。
「……我々に何が出来ましょうか」
ブリタニアに支配されている自分たちに、と彼が言いたいことは伝わってくる。その中に悔しさが滲んでいることも、だ。
「だが、その形もこれから変えていける……いや、変えていきたいと私たちは思っているのだよ」
クロヴィスがそんな彼に向けて微笑みかける。
頼りないとはいえ、この地の総督は彼だ。だから、この場は彼に任せよう。足りない部分は自分がフォローすればいいだけだ。そう判断をして、シュナイゼルはそのまま彼に言葉を綴らせる。
「いずれ、名誉ブリタニア人の権利をもう少し緩和したいと思っている。当面は、伝統産業を担う者達への助成と軍務に付いている者達の地位向上を考えているのだよ」
そう。
このままではよいものも失われてしまう。
それだけではなく、いつまでもテロの芽を摘むことが出来ない。
現状はともかく、いずれはEUや中華連邦と直接ぶつかることになるだろう。その時に、各エリアで一斉にテロリストが蜂起をすればどうなるか。
皇帝には皇帝の考えがあることはわかっている。それでも、自分たちはそれに無条件で従えなくなっていることも否定できない事実だ。
兄弟同士で切磋琢磨をすることは悪いとは思わない。だが、それが暗殺と言ったことまで引き起こしているのは間違いなくおかしい。
何よりも、我が子を捨て駒にするような父の考えには絶対に賛同できない。
あの聡明だった異母妹の存在はブリタニアにとってプラスになってもマイナスになることはなかったのに。
「だからこそ、ある人物がどうしても欲しい」
その人物と君が知己だと聞いたからね、とクロヴィスが口にしたのがわかった。
「……私、とですか?」
「そうだよ」
だからこそ、これからのために話を聞いて欲しい、とさらに言葉を重ねる。
「その人物がどこにいるか、我々は知らない。だが、近いうちに見つけられるはずだ」
だが、できれば自分から我々の前に出てきて欲しい。そうすれば、無用な遺恨が残らないはずだ。こう告げるクロヴィスの言葉には真摯な気持ちが満ちあふれていた。本来であれば、後でたしなめなければ、と思うところだ。しかし、本当の目的のためにはこのくらいの方がいい。シュナイゼルはそう判断をする。
「……取りあえず、その人物の名をお聞きしても構いませんか?」
どうやら、自分たちにとって不利益にはなり得ない。少なくとも、他のエリアと違って、自分たち固有の文化を残すことが出来る。今であれば、技術の継承も可能であろう。
そう判断したらしい桐原が問いかけてくる。
「藤堂鏡志朗。あの、奇跡の藤堂だよ」
さらり、とクロヴィスは言い返す。
「……藤堂ですか?」
これは予想外だったのか。桐原の声が震えている。
「そう。彼さえ受け入れてくれるなら、いずれこの地に作る予定の名誉ブリタニア人も含めた部隊の指揮官になって貰おうと思っているよ」
それも、皇族の親衛隊の……とクロヴィスは続けた。
「親衛隊? 閣下のでしょうか」
クロヴィスにもシュナイゼルにも、既に親衛隊が存在しているではないか。それとも、他の誰かなのか、と彼は問いかけてくる。
「私たちの異母妹である、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。あの子の生存がわかったのでね。近いうちに引き取ろうと思っている」
今から経験を積ませ、いずれはこのエリアをあの子に譲るつもりだ……とクロヴィスは微笑む。
「あの子は《日本》を好きだったからね」
だから、彼女がこのエリアの総督になることは桐原達にとってもマイナスではないだろう。
「もし、我々の計画が成功すれば、あの子が誰を自分の婚姻の相手として選んでも周囲は何も言えなくなるだろう」
言外に、枢木スザクを選んでも……と彼は付け加えた。
それはすなわち、再びこの地の支配者に《皇》の血が混じったとしても構わない。少なくとも自分がちはそう考えているのだ、とシュナイゼルが締めくくる。クロヴィスよりも自分がそう口にした方がよいという判断だ。
「……すぐにご返答をしなければいけませんか?」
桐原がこう聞き返してきた。
「いや。じっくりと考えてくれて構わないよ。もっとも、どれだけ時間の猶予があるのかは、私にもわからないがね」
今、一番心配なのはルルーシュの身の安全だ。
イレヴンのテロリストからだけではなくブリタニアの誰かからも狙われているあの子を早急に保護したい。そのためには、藤堂達がこちらの提案を受け入れてくれるのが一番早道なのだが……と思う。
「出来るだけ早く、ご返答をさせて頂きます」
桐原のこの言葉にシュナイゼルとクロヴィスは頷き返す。
「よい返答をもらえることを期待しているよ」
言外に下がってよい、とそう告げれば桐原は律儀に頭を下げる。そして、自分たちの前を辞していった。
「……兄上……」
その姿がドアの向こうに消えたところでクロヴィスが呼びかけてくる。
「なんだい?」
不安そうな彼の口調にシュナイゼルは親しいものにだけ見せる笑みを浮かべながら聞き返した。
「桐原達は、この提案に乗ってくると思いますか?」
それでもまだ不安げな表情を作りながらこう問いかけてくる。
「十中八九、乗ってくるだろうね」
侵略された彼等が――どのような形かは別にして――この地を合法的に取り戻す方法はこれしか残されていない。しかも、その核となっているのがクロヴィスではなくルルーシュなのだ。
「乗ってこないとしても……あの子の存在が重要だと改めて認識しただろうからね。我々があの子を見つけるまでは少なくとも命は無事だろう」
それに、とシュナイゼルは笑みを深める。
「ゴットバルト辺境伯が言っていたのだろう? 枢木スザクは何があってもルルーシュを守るだろうと」
今はその言葉を信じよう。この言葉とともに会話を切り上げる。その代わりに、彼は腰を上げた。
「お戻りになりますか?」
彼のその仕草だけで全てを察したのだろう。クロヴィスが確認の言葉を口にする。
「今回の訪問は、視察の途中で君の顔を見たくなったから……と言う口実だからね。あまり長々と滞在は出来ない」
何よりも、とシュナイゼルは苦笑を浮かべた。
「私が留守の間に何をしでかしてくれるかわからない方がいるからね」
それでさっさと表舞台から退場してくれればいいが、そうでないから困る。
「オデュッセウス兄上が代行してくださっているが……」
彼は無能ではないが詰めが甘い。それに、彼にはルルーシュが生存していることを伝えていないのだ。誰かが何かを計画していても気付かない可能性の方が高いだろう。
「……申し訳ありません。私が無能なばかりに……」
自分一人で交渉を進められるのであればシュナイゼルを呼び出す必要はなかったのに……と彼は視線を落とす。
「気にする必要はないよ。君が声をかけてくれなかったとしても、私は押しかけてきただろうからね」
ルルーシュが関わっているのだから、と言外に告げた。
「それに、君が私に相談を持ちかけてくれたのは、私であればあの子のために手助けをするとわかっていたからだろう?」
それはとても嬉しかったのだ。だから、多少の苦労などどうと言うことはない。
「内密にされていたら、そちらの方が問題だったと思うよ」
小さな笑いと共にこう告げる。その瞬間、クロヴィスの表情が強ばる。
「どうかしたのかね?」
あくまでも仮定の話であって、現実はそのならなかっただろう……と思いながら問いかけた。
「……コーネリア姉上にも話をしておくべきでしょうか……」
まだ彼女には伝えていないのだ、とクロヴィスはおそるおそると言った様子で聞き返してくる。
「姉上は、ブリタニア人とナンバーズをきっちりと区別される方ですから……」
今回のことに反対をするかもしれない。それはシュナイゼルも懸念していることだ。
「そちらに関しても私に任せておきなさい。君は少しでも早くルルーシュを見つけて保護すると言う目的に専念するように」
その後であれば、いくらでも言いくるめられる。
そう。ルルーシュが自分たちの手の中に戻ってくれば、だ。
「あぁ。そうだ。それとラクシャータをこちらに派遣しておこう」
彼女は医者としての資格も持っている。それには精神的なものも含まれていたはず。万が一の時のルルーシュを任せることも出来る。何よりも、彼女もまたマリアンヌを信奉していた一人だ。彼女の忘れ形見であるあの異母妹を傷つけるはずがないと言い切れる。
「ご配慮、感謝致します」
「当然のことだよ」
こんなことをしても、あの子は喜ばないかもしれないが。それでも、いつかはこの気持ちが伝わってくれればいい。
「では、クロヴィス」
「はい、兄上。次回にはよい知らせをお伝えできるように努力します」
彼のこの言葉に頷くと、シュナイゼルは歩き出した。
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08.02.29 up
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