いったい、どこから自分たちがここにいるとばれたのか。
そう考える間も惜しい。
「……ここまで派手な行動を取るとは……」
目の前にブリタニア軍から奪取したと思えるナイトメアフレームの存在を確認して、藤堂が忌々しそうに呟く。
「ブリタニア軍に気付かれようとも、我々を始末しようと言うことか」
だが、どうして……と彼は顔をしかめる。今までもルルーシュを狙ったことはある。しかし、ここまで派手な行動を取ったことはない。
逆に言えばそうしなければいけない理由が出来た……と言うことではないだろうか。
「藤堂……」
言うべき言葉を見つけられないまま、ルルーシュは彼に呼びかける。
「ご心配なく、姫。逃げ道は確保してありますよ」
ルルーシュも確認しただろう、と彼は微笑んだ。
「それはわかっている。だが、この調子ではどこまでも追いかけてくるのではないか?」
あんなものまで持ち出しているとなると、とルルーシュは言い返す。
「可能性はありますが……何とかなるでしょう」
それが彼なりの強がりだ、と言うことはわかっている。だが、そうしなければ自分やスザクが不安に思うであろうことも彼は知っているのだ。
「それよりも、スザク君と姫は、一足早く避難を。その方が、我々も動きやすい」
しかも、こう言われてはそれ以上反論をすることも出来ない。
「……わかった……」
ルルーシュは素直に引き下がる。
「でも、気を付けてくれ」
必ず、無事で迎えに来て欲しい。そうも付け加えた。
「もちろんですよ。スザク君?」
「わかってます。ルルーシュは、ちゃんと俺が守ります」
だから、心配しないで欲しい。スザクはこう言って胸を叩く。しかし、本音では間違いなく不安を感じているはずだ。
「任せたぞ」
藤堂は優しい表情でスザクの頭に手を置く。それに、スザクは嬉しそうに笑ってみせた。その光景が少しだけうらやましいと思えるのはどうしてなのだろう。もっとも考えても意味はないことだ、と言うこともわかっている。自分とスザクでは、藤堂との絆の強さが違うのだ。
それは、彼の部下達にも言える。
「ルルーシュ」
行こう、とスザクがそのままルルーシュに手を差し出して来た。
「あぁ」
素直にその手を取る。このまま自分がここにいることが彼等には負担にしかならないことをルルーシュはきちんと理解できていたのだ。
「では、ポイント6で」
落ち合おう、と言う藤堂の声に頷くと二人は走り出す。もっとも、ルルーシュにあわせてくれるのか、スザクのスピードは控えめだ。それでも時々追いつけなくなる自分の不甲斐なさに、ルルーシュは怒りすら感じてしまう。
せめて、自分の手元にナイトメアフレームがあれば話は変わっただろうか。
基本だけは身につけていたから、藤堂達に操縦方法を教えられたことは事実だ。もっとも、今では彼等の方がうまく扱っている。元々の運動神経が違うのだから、それも当然なのかもしれないが。
「ルルーシュ……」
小さな声でスザクが呼びかけてくる。少しも息切れをしていないのは流石だと言うべきなのか。
「何、だ?」
自分は既に息が上がり始めているのに。そんなことを考えながら聞き返す。
「余計なことを考えていると転ぶぞ」
しかも、こんなセリフを言われては機嫌が悪くならないはずがない。
「……悪かった、な……」
だが、反論も出来ない。こう言い返すだけが精一杯というのが事実である。それがまた悔しいと思う。
「悪くはない。ただ、ルルーシュがケガをするところを見るのは、俺がいやなんだ」
藤堂達のように抱き上げて逃げることも背負って逃げることも出来ないから、とスザクは口にする。だから、せめて注意だけはしたいのだ、とも彼は続けた。
「バカ……」
そう言うことを気にする余裕はないだろうに。
いや、それ以前にこの状況は自分がここにいるからだ。それなのに、自分を守ろうとする彼らにルルーシュは感謝と申し訳なさとふたつの気持ちを感じてしまう。
しかし、それを口に出せる余裕はない。
「バカでいいよ。ルルーシュが無事でいてくれるなら」
だから、後少し頑張って……とスザクは声をかけてくる。それにルルーシュは頷き返す。
「大丈夫。藤堂先生も四聖剣のみんなも強いから」
だから、必ず自分たちを迎えに来てくれる。それは自分に言い聞かせているのかもしれない。彼もまた不安なのだ。そして、自分の無力さをかみしめている。
結局、自分も彼も同じだ。
それだけで安心できるのはどうしてなのか。
それはきっと、自分だけがそうではないとわかったからかもしれない。
同時に、そんな自分の考え方がいやになる。自分が無力だと認識することがどれだけ悔しいのか、自分が一番よく知っているはずなのに。
「着いたよ、ルルーシュ」
あそこだ、とスザクの声が耳に届く。
「……隠し部屋?」
「という訳じゃないけどね。藤堂さん達が迎えに来るまでは隠れていられると思うよ」
大丈夫、と囁きながら、壁の仕掛けを手慣れたように操作していく。
「ルルーシュ、開いたよ」
早く、と促す声にルルーシュは小さく頷く。そして、その小さな空間へと体を滑り込ませた。
「いいか?」
目の前の部下達に向かってジェレミアは視線を向ける。
「日本解放戦線の者達はどう処理しようとかまわん。だが、藤堂鏡志朗とその配下の四人、そして彼等が保護していると思われる子供二人には、決して傷を付けるな」
取り逃がしても構わないから、とそう付け加えながらも、できれば子供二人――いや、ルルーシュは保護したいと心の中で呟く。
「よいか。これはクロヴィス殿下だけではなくシュナイゼル殿下からのご命令だ。決して違えるな!」
個人的な遺恨は捨てろ、とそう続ける。
「もし、それができぬと言うのであれば、即座にこの場から去れ!」
しかし、その言葉に従うものはいない。たとえ個人的にどう思っていようと、皇族の命令は絶対。それがブリタニアの軍人だ。
まして、ここにいるものは騎士かそれに準ずるものである。
シュナイゼルとクロヴィスの命令と聞けば無条件に従うよう教育されていると言っていい。あるいは、これも己の忠誠心を試すための試練だと思っているのかもしれない。
それならばそれで構わない、とジェレミアは心の中で呟く。
重要なのは結果だけだ。
「全員、出撃準備をしろ!」
ジェレミアのこの言葉を合図に、それぞれが自分のナイトメアフレームへと乗り込んでいく。もちろん、ジェレミア自身もだ。
「ルルーシュ様……今、ジェレミアが参ります」
ですから、無事でいて欲しい。
シートに腰を下ろしながら祈るようにこう呟く。
「準備は出来たか」
だが、すぐに表情を引き締めるとオープン回線でこう問いかける。それに誰もが『是』と答えを返すのを聞いてジェレミアは頷いた。
「出撃!」
言葉とともにサザーランドを前進させる。その背後を、ヴィレッタをはじめとした部下達が付き従った。
敵の方が一枚上手だったのか。それとも……とルルーシュは唇を噛む。
どちらにしても、自分たちが、今、とても追いつめられているということだけは事実だ。
「……逃げ道は?」
「ない」
一縷の望みと共に問いかけた言葉を、スザクはあっさりと否定する。
「……スザク……」
では、どうすればいいのか。
相手を確実に倒せるのであれば、それが一番いい。しかし、自分たちだけで出来るのか。そう考えていたときだ。
「これ持って、ルルーシュ」
スザクが何かをルルーシュに握らせる。
「……木刀?」
いったい何かと思って視線を向ければ、それは見覚えがあるものだった。しかし、どうしてそれを自分に渡すのかがわからない。
「俺が相手の足をはらうから、ルルーシュは力一杯、後頭部をぶん殴れ」
多分、それで気絶してくれると思う……と彼は続ける。その間に逃げて次の避難所に行けばいい。そう言いたいらしい。
「そう、うまくいくか?」
「いかせるんだよ。うまくいけば、銃をもらえるだろう?」
大丈夫任せておけ、と彼は笑う。
「……わかった……」
確かに、スザクの運動神経であれば可能かもしれない。それでも、危険なことには変わりないだろう。しかし、それ以外に突破口がないというのも否定できない事実だった。
「でも、無理はするな」
スザクが傷つく姿を見るのはいやだ。ルルーシュはそれだけはきっぱりと言い切る。
「当たり前だろ。ケガをしたらルルーシュを守れなくなるじゃないか」
ルルーシュを守るのは自分の義務だ。その義務を果たすために努力するのは当然じゃないか、とスザクは真顔で付け加えた。
「それよりも、いいか?」
「……大丈夫だ」
自分たちが生き残ることが先決だ。だから、とルルーシュは渡された木刀を握りしめる。
「タイミング、あわせろよ?」
スザクが声をかけてきた。
「わかっている」
ルルーシュが頷いたのを確認して、スザクは視線を前へと向けた。そして、そのまま彼は真っ直ぐにかけ出していく。その後を、ルルーシュも追いかけた。
日本解放戦線の人間らしきものがあちらこちらで昏倒している。
「……何があったのだ?」
何かを追いつめようとして逆に返り討ちにあったのだろうか。だとするならば、これを行ったのは子供達のような気がする。この者達の動きを止めるのに銃が使われていないことからジェレミアはそんな風に感じていた。
「ルルーシュ、さまか?」
この場で追われている可能性がある子供、と言えば、ルルーシュとスザクしか考えられない。だから、とジェレミアは足を速める。
「ジェレミア卿?」
声をかけてきたのはキューエルか。しかし、それに言葉を返す代わりにさらに速度を上げた。そのまま半ば全力疾走で突き当たりを曲がる。
「スザク、放せ!」
その瞬間、ジェレミアの耳にこんな言葉が飛び込んできた。それは、まさしく記憶の中にあるルルーシュのものと同じだ。
「バカ! 放せと言っているだろう!」
お前が傷ついてどうする! とさらに言葉が重ねられる。その声に涙が混じっているような気がするのはジェレミアの錯覚ではないだろう。
反射的に、ジェレミアは声がしている方向へと飛び出した。
視線の先で、がっしりとした体の男が狂ったように何かを殴り続けている。それが子供の体だと認識した瞬間、ジェレミアの中で何かが音を立てて切れた。
「貴様! それでも元とは言え軍人か!!」
相手が何者であろうと子供にそのようなマネをして恥ずかしいとは思わないのか! と怒鳴りつけると同時に、彼はその男の体に遠慮なく蹴りを入れた。予期していなかった場所からの攻撃だったのか、予想よりもあっさりと男の体は吹き飛ぶ。
その瞬間、男が殴りつけていたのが見覚えのある子供だと気付いていた。しかし、その子供の無事を確認するよりも先にあの男の動きを完全に止めなければいけない。
そう判断をして、ジェレミアは腰に付けていた銃を抜く。
「スザク! しっかりしろ、スザク!!」
この叫びに心が引き裂かそうになるのをこらえて引き金を引いた。銃弾は狙いを外すことなく男の肩と足を撃ち抜く。これで、しばらくは動けないだろう。
「スザク! このバカ……返事をしろ!」
「ルルーシュさま、動かしてはなりません。頭を打っているかもしれません」
ですから、とジェレミアはようやく大切な主に向かって呼びかけた。
その瞬間、小さな体は動きを止める。
まるでスローモーションのようにその視線が彼に向けられた。高貴な紫の瞳に己の姿が映る。
「……ジェレミア……」
ルルーシュの唇が、しっかりと彼の名を綴った瞬間、彼の全身を歓喜が貫いた。
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08.03.07 up
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