久々に戻ってきた異母妹に、シュナイゼルは優しい笑みを向けていた。
「ご苦労だったね、コーネリア」
 彼女のおかげで、手間取っていたエリアを平定できたのだ。感謝の言葉をいくら告げても足りないような気がする。
「当然のことをしただけです」
 いつものようにコーネリアは言葉を返してきた。
「それでも、だよ。君でなければ出来なかったことだ」
 他の異母弟妹達はもちろん、有能だと言われていた騎士達ですらその地を平定できなかったのだ。他のエリアを平定して戻ってきたばかりの彼女をまたすぐに派遣するのは申し訳ない。そう思いながらも命じたのは、彼女以外にできるものがいないだろうと思ったからだ。
「ユフィにも寂しい思いをさせてしまったしね」
 ルルーシュが《日本》に行ってから、彼女がよく寂しげな表情を浮かべていたことをシュナイゼルは覚えている。それが消えるのは、コーネリアが一緒にいるときだけだ。
 あるいは、自分たちでも同じだったのかもしれないが、あまりの忙しさに顔を見に行くことも出来ない日々が続いていたことも事実。
 クロヴィスがエリア11に行ってしまってからはなおさらだ。
「あの子も皇族ですから、しかたがないとわかってくれているはずです」
 寂しい思いをさせているのはわかっているが、と彼女は続ける。
「それでも、ルルーシュとナナリーがいてくれれば、と考えてしまうこともあります」
 年が近かったこともあって、あの二人とは本当に親しくしていた。マリアンヌがユーフェミアを自分の子供と同様に可愛がってくれていたから、余計に彼女にとってアリエス離宮は居心地のいい場所になっていたのだろう。足繁く通っていたことを今でも覚えている。
「ユフィは……ルルーシュからの手紙を、今でも宝物にしているのです」
 周囲の者達が何を言おうと、今でもルルーシュが生きていると信じているのだ。コーネリアは淡い笑みと共に言葉を重ねた。
「もちろん、私も、です」
 ルルーシュには生きていて欲しい。そして幸せになって欲しいのだ。コーネリアはこう続ける。
「わかっているよ。私もクロヴィスも同じ気持ちだからね」
 彼女の言葉に偽りはないとわかっているから、シュナイゼルは頷いてみせた。
 その時である。
 さりげなく執事がシュナイゼルの元へと歩み寄ってきた。
「何かあったのかね?」
 また、皇帝から厄介ごとを押しつけられるのだろうか。それとも、異母兄弟達が何か失態をしたのか。心の中でそう呟きながら彼に問いかける。
「クロヴィス殿下から通信が入っております。いかがなさいますか?」
 コーネリアがここにいるから、後で改めて連絡をして貰うべきか、と判断を求めているのだと言うことはシュナイゼルにもわかった。
 さてどうしようか、と心の中で呟いたときだ。
「私は構いません。むしろ、久々にクロヴィスの顔を見たいと思いますが」
 ご一緒しても構わないでしょうか……と彼女は口にする。他の異母兄弟達であれば却下するところだ。しかし、彼女はクロヴィスとも仲がよかった。だから、彼も嫌がらないだろう。
 それでも、とシュナイゼルは考え込む。
「では、しばらく待っていてくれるかね? クロヴィスにしても、内密の話をしたくて連絡をしてきたのかもしれないからね」
 それが終わってからでも構わないか、と言外に問いかける。
「わかっています。あの子にしても総督として兄上に相談したいこともあるでしょうから」
 気持ちいいくらいコーネリアは快諾してくれた。親しくしている者達には本当に情が深い。ルルーシュがいなくなってから、その傾向がさらに強くなったような気がする。それは、彼女も失うことの怖さを実感したから、だろうか。
 だが、今はありがたい。
「すまないね」
 この言葉とともにシュナイゼルは腰を浮かせた。
「用事が済んだら、すぐに声をかけるよ」
 そのまま、微笑みを向けると歩き出す。
「……しかし、いったい何の用だろうね」
 クロヴィスは、と思わずこう呟いてしまう。
「残念ですが、それに関してはお教え頂けませんでした。ただ、とても嬉しそうでいらっしゃいましたよ」
 何かよいことでもあったのでしょうか、と言う執事の言葉にシュナイゼルは『まさか』と心の中で呟く。もっとも、その考えをすぐに押し殺す。もし、違っていたならば期待が大きければ大きいほど強い失望を感じてしまうものだ。だから、今はそれを考えないようにしよう。
 それでも、期待を捨てきれないのは、今、コーネリアとあの子の話をしていたからだろうか。
 あるいはクロヴィスが嬉しそうだ、と聞いたからかもしれない。
 嬉しそうに彼が自分に報告をしてくることと言えば、ルルーシュのこと以外考えられないのだ。
「……何か、よい情報がつかめたのであればいいが」
 こう呟きながら、案内された部屋へと足を踏み入れる。そうすれば、モニターの向こうにクロヴィスが待っているのがわかった。確かに、彼の表情はうれしさでゆるみきっている。それは総督としてどうなのか。そうも言いたくなってしまう。
「待たせたね、クロヴィス」
 だが、取りあえずその表情の理由を聞かなければいけない。そう思って彼に呼びかけた。
『兄上!』
 そのまま用意されたイスに腰を下ろそうとする。その間も待てぬ、と言うようにクロヴィスが呼びかけてきた。
『ルルーシュを無事に保護しました!』
「本当かね?」
 しかし、それも当然のことか……とその一言で納得してしまう。
『はい。ルルーシュ本人には大きな傷はありませんが……ブリタニアを嫌悪しているようです』
 辛うじて、ルルーシュが信頼しているのはジェレミアだけだ、と彼は少し悲しげな表情を作って告げる。もし、この場に彼とルルーシュをかばってケガをした枢木スザクがいなければそのまま飛び出していってしまったかもしれない。そう付け加える。
「……クロヴィス」
 いったい、誰がそれほどあの異母妹を傷つけたのだろうか。
 しかし、それよりも先に……と思いながら弟の名を呼ぶ。
『わかっています、兄上。少しでも早く、昔のようにとは言わなくてもあの子に信じてもらえるようになるよう努力はします』
 ですが、と彼は続ける。
『残念ですが、信じられる人員が私の元には多くありません……』
 自分にとってではなくルルーシュにとって、と彼は続けた。
「わかっているよ」
 確かに、高位の皇族である自分やクロヴィスにおもねるものは多いだろう。しかし、死んだと思われているルルーシュを気にかけるものがどれだけいるだろうか。
 クロヴィスにしても、確実にそうだといえる人物はジェレミア以外にいないと考えているはず。他にラクシャータもエリア11に向かわせたが、それだけではまだまだ十分ではない。
「……ルーベンに話を通しておく。それと……特派をそちらに行かせて構わないかね?」
 ロイドは性格的に言えば難がある。それでも、ルルーシュを気に入っていたことは間違いない事実だ。
 それに、彼の地には特派を送り込んでも文句を言われない口実がある。
 そんな彼等に、こっそりと別の任務を押しつけたとしても構わないだろう。
『わかりました。それに関しては異存はありません』
 むしろ、大歓迎だ……と付け加えたのは、彼もロイドが彼女を可愛がっていたことを覚えているからだろうか。
「では、そのように手配をしておくよ」
 シュナイゼルは微笑みと共に頷いてみせる。
「話は変わるがね」
『何でしょうか』
「今、コーネリアが訪ねてきているのだよ。君と話がしたいそうだ」
 どうするかね? とシュナイゼルは問いかけた。
『姉上ですか?』
 彼の腰が引けているような気がするのはどうしてなのか。それに関してはあえて聞かないでおいてやるのも情けというものだろうか。
「そうだよ。どうするかね?」
 ルルーシュのことも含めて、と言外に滲ませれば、彼は考え込むような表情を作った。しかし、すぐにいつもの笑みを浮かべる。
『お会いします。久々に姉上のお小言を聞くのも、頭を冷やすのにはちょうど良いかと』
 もっとも、そう知られたらただではすまないでしょうが……と彼は苦笑と共に付け加えた。
「そうだね。取りあえず、今のセリフは聞かなかったことにして上げよう」
 苦笑と共にシュナイゼルは言葉を返す。その声に隠しきれない喜色が滲んでいることに、シュナイゼル自身が気付いていた。

 体が痛む。しかし、どこが痛むのか、自分自身でもわからない。
 反射的に、スザクは顔をしかめた。
「……スザク?」
 その瞬間、そっと声をかけられる。それが大切な少女のものだとわかってスザクは知らず知らずのうちに笑みを浮かべていた。
「ルルーシュ、無事だったんだ」
 そして、こう言えば、スザクが大好きなアメジストが涙で濡れる。
「お前が、意識を失って……俺がどれだけ心配した、と思っているんだ……」
 ジェレミアが間に合わなければ、どうなっていたか。彼女はさらにそう続ける。
「……ごめん……」
 確かに、あれは失態だった。自分でもそれはわかっている。その上、自分の余計な意地がルルーシュをこんなに悲しませることになったのだ、と言うことも理解できていた。
「俺は……俺は、お前以外の人間に守られても、嬉しくはないんだぞ……」
 自分を守るといった言葉は嘘だったのか……と彼女は続ける。
「ルルーシュ」
 気が付けば、その白磁の頬を涙が濡らしていた。それを何とか止めたくて、スザクは何とか手を持ち上げる。そして、ルルーシュの頬へと触れた。
「ごめん。俺、もっと強くなるから……」
 そして、二度と、ルルーシュを泣かせるようなことはしない。スザクはそう決意をする。
「だから、泣くなよ」
 そのまま、そっとルルーシュの涙をぬぐってやった。
 そんな些細な仕草でも全身に痛みが走る。それでも、ルルーシュが泣き止んでくれるのであれば構わない。
「俺もルルーシュも、生きている。それだけで、十分だろう?」
 こういいながらも、ここはどこなのだろうか、とスザクは考える。どう見ても、普通の病院ではない。それよりも、遥に立派な設備が整っている。
 そう言えば、ルルーシュは『ジェレミアが間に合わなければ』と言っていた。
「……ひょっとして、ここって、ブリタニアの病院?」
 まずは確認しておいた方がいいだろう。そう判断をして問いかける。そうすれば、ルルーシュは小さく首を横に振ってみせた。と言うことは、誰か個人の所有物なのだろうか。
「……政庁の、医務室、だ」
 しかし、ルルーシュの口から出たのは信じられないセリフである。
「マジ?」
 思わずこう呟いてしまう。
 ルルーシュが一番来たくなかった場所だったはず。それなのにどうして……と考えれば答えは一つしかないだろう。
 自分が意識を失ったから、だ。
「……ジェレミアが、自分の命をかけてお前を助けてくれる……と言っていたから」
 だから、と彼女は続けた。
「そう、か」
 彼の言葉であれば信じてもいいのだろうか。
 それでも、いつまでこうしていられるかわからない。ルルーシュにもそれはわかっているはず。
「まずは、ケガを治せ」
 話はそれからだ、と彼女は口にする。それに、スザクは悔しげに唇をかみしめた。




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08.03.17 up