自分のために部屋が用意されていることをルルーシュは知っていた。それでも、スザクの側から離れたくない。その気持ちのまま、ここに居座っている。
スザクが起きていてくれれば、あれこれ話をしたいところだ。しかし、与えられた鎮痛剤のためか、彼は早々にダウンしてしまった。
だから、自分も寝てしまおう。そう考えるが、ここにはベッドが一つしかない。と言うことは、と心の中で呟くと同時にルルーシュは行動を開始する。
それなのに、どうしてこのタイミングで彼が姿を見せるのか。
「……ルルーシュ様……」
スザクのベッドに潜り込んでいた彼女を見つけたジェレミアが、どうしたらいいのかわからないというように呼びかけてきた。
「……ここで寝る」
だから、気にするな。ルルーシュはこの言葉とともに目を閉じようとした。
「ですが」
しかし、ジェレミアには納得できないようだ。あるいは、クロヴィスから何かを命じられているのか。
「お前を信じていないわけではない。ただ、俺がスザクと一緒にいたいだけだ」
彼の側でなければ安心できない。
だが、それをジェレミアに言っても理解してもらえるかどうかがわからない。何よりも、彼の矜持を傷つけてしまうだろうことはすぐに想像が付いた。
「ですが、そのベッドは寝心地があまりよくないのではないか、と」
治療する側を優先して作られているので、とジェレミアが言い返してくる。
「心配するな。襲撃の心配もない、と言うだけで十分だ」
寝込みを襲われる心配もない――と思いたい――だろうから、とスザクの隣で寝心地のよい体勢を探しながらルルーシュは付け加えた。
「ルルーシュ様……」
しかし、ジェレミアは信じられないという視線を向けてくる。どうやら、まだ眠らせてもらえないらしい、とルルーシュは判断をした。
でも、と彼女は心の中で呟く。どうしても口にしたくない――それどころか思い出したくもない――ことは自分にだってあるのだ。
「……それでも、俺は生きてここにいる。それで十分だろう?」
お前は間に合ったのだ、とルルーシュは微笑んでみせる。
「……ルルーシュ様……」
「スザクが自由に動けるようになるまでだ。しばらく、目をつぶってくれ」
その時に、ここから逃げ出すかどうするかを決めよう。そう考えていたことは内緒だ。
「……取りあえず、クロヴィス殿下には報告させて頂きます」
ルルーシュが我を張り続けている以上、折れるのはやはりジェレミアの方だった。だからといって、無罪放免、と言うわけにはいかないのだろう。しかたがないというようにため息をつくと、彼はこう告げる。
「しかたがないな」
今のジェレミアは自分の護衛ではない。クロヴィスが好意で自分の側に付けてくれているだけだ。だから、あまり無理を言うわけにはいかないだろう。
「でも、何を言われてもスザクが動けるようになるまでは、ここにいるからな」
クロヴィスにも自分がそう言っていたと伝えてくれ……と口にすると同時に、ルルーシュはスザクの方に頬を押しつけるようにして目を閉じる。
「お休みなさいませ、ルルーシュ様」
本当は、まだまだ何かを言いたいことがあったのではないか。それでも、ルルーシュが眠いのであれば、それを妨げるわけにはいかない。そう判断したのか、ジェレミアは大人しく引き下がってくれる。
「お休み、ジェレミア。また、明日」
アリエス離宮にいた頃のように、ルルーシュは言葉を返す。その瞬間、ジェレミアが微笑んだような気配が伝わってきた。それは、そのまま遠ざかっていく。
ドアの向こうに彼の気配が消えたのを確認して、ルルーシュは小さなため息をつく。同時に、その細い肩から力が抜けた。
「ジェレミアが、悪いわけではないんだが……」
むしろ、彼は信頼できるとわかっている。
それでも、スザク以外の人間の気配は、今のルルーシュにとって警戒しなければならないものだと認識されてしまうのだ。
「……なれないと、な」
少なくとも、彼の存在に。彼は、自分たちに危害を加えないだろう。だから、とルルーシュは唇を噛む。
「もっとも、いつまでここにいるか、わからないが……」
いられるか、と言うべきか。
「……ともかく、寝よう」
体力を付けておかなければ、いざというときに動けない。だから、とルルーシュは体から力を抜いた。
「……ルルーシュ」
予想通りと言うべきか。クロヴィスが二十時以降、ルルーシュがスザクの病室にいることを禁止してくれた。
しかし、それを本人が聞き入れたかと言えば、もちろん答えは『否』だ。しっかりとスザクのベッドに潜り込んでいたところを、探しに来たクロヴィスに見つかってしまった。
「どうして、君は……」
小さなため息とともに彼はこう言ってくる。
「スザクの側でなければ、安眠できないからです」
そんな彼に向かって、ルルーシュはこう言い返した。
「俺も、ルルーシュが側にいてくれた方が安心できます」
スザクもまた彼女の言葉に同意をするように頷いてみせる。
「当事者がお互いに認めているんです。兄さんにどうこう言われるいわれはないと思いますが?」
こう言いながらも、ルルーシュはスザクにすがりつく。もちろん、彼のケガに触らないように細心の注意を払いながらだ。
「それでも、私としては認めるわけにはいかないのだよ」
こう言いながら、彼は手を伸ばすとルルーシュを抱き上げようとする。
「放してください!」
「ルルーシュ!」
それを二人は拒むように暴れた。
「ルルーシュを放せよ!」
スザクはこう言ってクロヴィスをにらむ。それでも、彼は決してクロヴィスに対して手を出そうとはしない。そんなことをすればルルーシュの側にいられなくなってしまうかもしれないとわかっているからだろう。
「俺は、スザクの側にいたいんです!」
だから、自分が頑張らなければいけない。ルルーシュはそう判断をして、こう叫ぶ。
「そのために、彼の立場が悪くなっても、かな?」
しかし、クロヴィスはルルーシュが予測していなかった言葉を口にした。
「……何故……」
スザクの立場が悪くなると言うのか。この程度のワガママであれば、他の皇族だってやっているはず。それとも、自分が死んだはずの人間だからか、とルルーシュは眉を寄せる。
「君が皇族だからだよ」
もちろん、皇族であるルルーシュがスザクを寵愛するのは構わない。しかし、それは他者の羨望と嫉妬と引き替えの行為だ。
これが、ジェレミアやバトレーのようなブリタニア人であれば誰も文句は言わないだろう。しかし、スザクは、現状ではただの《イレヴン》だ。彼等からすれば、それ以前にルルーシュと彼がどのような関係にあったのかは関係ない。
イレヴンのくせに、皇族に取り入って……とその感情をすり替えるものがいたとしてもおかしくはないだろう。
だからといって、ルルーシュにその鬱憤をぶつけるわけにはいかない。
そうなれば、その矛先はどこに向けられるか。聡いルルーシュであればわかるのではないか。クロヴィスはそうも付け加える。
「彼のことはジェレミアが守ってくれる。だから、君は私と一緒にいよう」
独り寝が寂しいなら、添い寝もしてあげるから……と彼は微笑む。
そういう問題ではないのだ。そう言ったところで、彼は耳を貸してくれそうにない。
「……わかりました」
だからといって、今のスザクを危険にさらすわけにはいかないか、とルルーシュは心の中で呟く。だから、自分が我慢をすればいいだけだ、とも。
「ルルーシュ!」
「大丈夫だ……会えなくなるわけじゃない」
昼間来る分は構わないだろう。そう言ってルルーシュは微笑んだ。
「でも……」
スザクが何を心配しているのかわかっている。だからこそ、周囲の者に理解させなければいけないのではないか。
「ジェレミアに、色々と教えて貰えばいい」
こう言いながらスザクから手を放す。それでも、彼の瞳からは不安の色が消えなかった。
半ば強引に、ルルーシュが連れ去られてしまった。
「クロヴィス殿下の側であれば大丈夫だ」
代わりに姿を見せたジェレミアが慰めるようにこう言ってくれる。それがイヤミに思えないのは、彼もまたルルーシュを大切にしているとわかっているからだろうか。
「……俺が心配しているのは、そんなことじゃない……」
しかし、説明してもすぐには理解してもらえないだろう。それもわかっている。だから、ルルーシュは素直にクロヴィスと共に行ったのだ。
「多分、俺が側にいないとルルーシュは眠れないと思う」
それでも、言っておかなければ自分の気持ちが収まらない。その思いのまま、スザクはこういった。
「……ルルーシュ様が?」
まさか、と言外に告げられて、スザクは少しだけむっとする。
「嘘じゃない」
その表情のまま、彼はこう言い返した。
「あぁ。お前の言葉を疑っているわけではない。ただ……私が知っているルルーシュ様と今のルルーシュ様のギャップになれないだけだ」
彼女がスザクを頼りにしていたことは知っている。同時に――ここだけの話だが、と彼は続けた――クロヴィスには今ひとつ信頼されていない。それなのに、大人しく引き下がったことが納得できないだけだ。ジェレミアはそう付け加える。
「……だから、怖いんだ」
無理をしそうで、とスザクはため息をつく。
「……それでも、クロヴィス殿下を信じるしかないのだろうな」
あの方もある意味頑固だが、それでもルルーシュ達には甘かった。そのルルーシュが体調を崩しかねないようなことになれば、間違いなく、きちんとした手を打ってくれるはずだ。ジェレミアはそう告げる。
「だといいけど」
基本的に、ブリタニア人は信用できない。スザクはこう吐き捨ててしまった。
「枢木?」
「もちろん、あんたは別だ。少なくとも、俺のことを『イレヴン風情』なんて言わないから」
それどころか、きちんと目線をあわせて話をしてくれる。それだけでも、自分のことを一人の人間としてみてくれる証拠だろう。
「それが、ルルーシュのためだったとしても、俺にしてみれば信用する理由になる」
この言葉にジェレミアは一瞬目を丸くする。だが、すぐに彼は口元に笑みを浮かべた。
「それを言うなら、私から見れば君は今までルルーシュ様を無事に守り通した。それだけでも十分に一人の《男》として遇するに理由になる」
それならば、未熟なところを補ってやることも一人の大人として当然のことだ。彼はそう告げる。
「取りあえず、今日は休め。お前が体調を崩してはルルーシュ様が悲しまれる」
それに、と彼は微妙に笑顔の意味を変えた。
「私としても、お前にあれこれ教えなければいけない以上、体調は整えていて欲しいからな」
この言葉に、スザクは首をかしげる。
「……何を?」
勉強は苦手なんだけど、と心の中で呟きながら問いかけた。
「まずは、ブリタニア式の行儀作法か」
その他にもいろいろとあるが、取りあえずそれさえ覚えれば、ルルーシュと共に政庁内のプライベートエリアを自由に動いても構わないだろう。
「……ずいぶんと寛大なんだな」
てっきり、ケガが治った時点でここを追い出されると持っていたのに。スザクは言外にそう告げる。
「そんなことをすれば、ルルーシュ様もお前を追いかけて出奔してしまいそうだからな」
それに、クロヴィス殿下が計画されていることに、ルルーシュとスザクの存在は必要らしい。
「詳しいことは、お前のケガが治ってからだ」
だから、今日の所はもう寝ろ……と彼は口にしながら、スザクの体をシーツの上に横にさせる。その手つきは慎重で優しい。
「まったく……みんな勝手だよな」
そう言いながらも、体の方が限界だと言うこともわかっていた。
「しかたがない。我々は大人だからな」
苦笑とともジェレミアがこう言葉を投げかけてくる。それを聞きながら、スザクは目を閉じた。
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08.03.21 up
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