藤堂鏡志朗。
 奇跡の、と冠される彼の態度からは敗者の卑屈さは感じられない。むしろ、力を尽くして負けた以上、何も言うまい。そういうすがすがしさすら感じられる。
「良く来てくれたね」
 だから、と言うわけではない。それでも、こちらとしても自然と背筋が伸びてしまうと言うことも事実だ。そんなことを考えながら、クロヴィスは彼に呼びかける。
「……よろしいのですか?」
 自分にそのような態度を見せて、と藤堂は言葉を返してくる。
「構わないよ。君は捕虜ではなく客人だからね」
 それに、とクロヴィスは微笑みを深めた。
「何よりも君達は大切な妹を守ってくれた恩人でもある」
 そんな君達にいくら礼を言っても足りないだろう。ここまで言ったとき、藤堂の表情に安堵の色が浮かぶ。
「二人とも、無事ですか」
 それは良かった、と吐息と共に彼ははき出した。
「二人とも元気、と言えればいいのだろうがね」
 言葉とともにクロヴィスは視線を落とす。
「と、申されますと?」
 それに藤堂もまた眉を寄せた。
「枢木は、打ち身だけだからね。まぁ、動くときに多少の痛みがある程度だろうが……」
 問題はルルーシュの方だ、と隠すことなく口にする。
「姫、ですか?」
「そうだよ。枢木が側にいないと眠ってくれなくてね」
 これからのことを考えれば、それではまずいと思う。そのせいで自分たちの計画が失敗をしては、藤堂達にとってもマイナスになる。だから、完全にとは言わなくてももう少しましな状況へとルルーシュを導かなければいけない。
「だが、その理由を子供達に聞くのもはばかられる」
 そのせいで、あの子達の心を傷つけるわけにはいかないだろう。だからといって、ルルーシュは薬を飲むことも嫌がっている。だから、それも無理強いは出来ない。
 そう告げれば、藤堂は静かに目を閉じた。そのまま、身じろぎもしない。
 おそらく、どうするべきか考えているのだろう。
 逆に言えば、それだけ重い内容なのだろうか。
 それでも、とクロヴィスは心の中で呟く。何があっても、自分はそれを受け止めなければいけない。そして、必要があれば対策をとらなければいけないのだ――他の皇族が関わっていればなおさら、である――それも覚悟をして、自分たちはこの計画を桐原に持ちかけたのだ。
 心の整理が付いたのか。
「……我々が二人を保護したときには、姫はスザク君以外の相手を拒絶していました」
 藤堂は静かな声で言葉を口にし始めた。

「……スザク君……」
 どうして、と言わなくても、理由は想像できてしまう。
 全ては日本政府が招いたこと。それはわかっていても《ブリタニア皇女》であるルルーシュに憎しみをぶつけるものは多いのではないか。実際、自分の部下達にもスザクはともかく、彼女を保護することを快く思っていなかったものがいた。
 それでも認めたのは、日本政府の彼女に対する態度が間違っていたと認識していたからだろう。同時に、千葉が《少女》であるルルーシュを心配してのことだ。
「大丈夫だよ、ルルーシュ。藤堂先生があんな連中と違うって、ルルーシュも知っているだろう?」
 キョウトからの指示だというのであれば、きっと、神楽耶から頼まれたに決まっている。だから、とスザクはそっと腕の中の少女に話しかけている。だが、ルルーシュは短くなってしまった黒髪を宙に舞わせながら首を横に振ってみせた。
「ルルーシュ」
 大丈夫だから、とスザクは繰り返し言葉を重ねている。
「それとも、俺の判断が信じられないのか?」
 少しだけ強い口調で彼が問いかければ、ルルーシュは一瞬動きを止めた。
「……でも、怖い……」
 信じて裏切られたときが。そう付け加えたルルーシュの声には深い絶望が滲んでいる。
 それを耳にした瞬間、自分だけではなく部下達も目の前の少女が味わったであろう事実を思い描いて、痛みすら感じてしまった。
「俺がいるだろう? ルルーシュを傷つけるなら、誰であろうと許さないから」
 スザクの言葉に、何か特別な意味が含まれているように感じられるのは自分の錯覚ではないのではないか。
「……わかっている」
 スザクが自分を裏切らないと言うことは、とルルーシュは頷いてみせた。その時の表情がどこか辛そうに思える。
「だから、大丈夫だよ。それに……俺だけじゃ、ルルーシュを守れないし、まだ」
 この言葉は、間違いなくスザクが自分自身の力量不足を認識しているからだ。だが、逆に言えばそれだからこそこれから確実に力を付けていくことが出来るだろう。
「子供だけじゃ、そのうち不審に思われる……って言ったのはルルーシュだろ?」
 この言葉に、ルルーシュの判断力は落ちていないのだと理解できた。
「……確かに、そうは言ったが……」
「だから、藤堂先生達を今は信用しよう?」
 スザクもまた、大人を信じていない。彼が口にした言葉からもそれはわかる。
 だが、それはどうしてなのか。その理由を知らなければいけないと思うのはいけないことなのか、とそんなことも考えてしまった。
「納得して頂けたのならば、早速移動をしたいのですが」
 だが、今はこの場に留まり続けている方が危険だ。だから、と藤堂は二人を促す。
 それに、何があったのかを聞くのはいまでなくても構わないだろう。自分たちが信頼を取り戻すことができれば二人は自然と話してくれる。それだけの絆を作ってきた。そう信じているのだ。
「……わかりました」
 先に頷いたのはスザクである。
「ルルーシュ」
 そのまま腕の中の少女に呼びかけた。そうすれば、彼女もまた小さく頷いてみせる。
「では、急ごうか」
 言葉とともに、二人に手を貸そうかと差し出す。だが、スザクはそれを無視して立ち上がった。そして、そのままルルーシュが立ち上がるのを手助けしている。
「大丈夫。俺が、必ずルルーシュを守るから」
 スザクのこの言葉が、口惜しいと思えてならなかった。

 藤堂の言葉に、クロヴィスは唇を噛む。
 ルルーシュは元々警戒心が強い子供だった。それは彼女たちが置かれていた環境も関係していたのだろう。
 しかし、それを他人に悟らせるようなことをしてこなかったことも事実。
「あの子は、決して弱くない……それなのに、どうして外面を取り繕うことが出来なくなったのか……」
 それだけショックなことがあったのだ。それはわかる。しかし、マリアンヌとナナリーを失っても必死に外面を保っていたのだ、ルルーシュは。
「……スザク君と故人の名誉のために、これからお伝えする事実は殿下の胸だけに納めておいて頂けますか?」
 できれば、知っていることを二人にも気付かせないで欲しい。
「……君が知っていることを、あの子達は知らないのかね?」
 その言葉から導き出せる答えはこれだけだろう。そう考えながら、クロヴィスは確認の言葉を口にする。そうすれば、藤堂は重々しい仕草で頷いてみせた。
「わかった。ただ、一人にだけ伝えることを許して欲しい」
 自分よりももっと力を持っている存在。自分の共犯者である人物にだけは伝えておきたい。そう告げる。
「……シュナイゼル殿下、でしょうか」
 どうやら、藤堂にはわかっていたようだ。確認の言葉を投げつけてくる。
「あぁ。構わないね?」
 彼であれば、秘密は確実に守ってくれるから、と付け加えた。
「あの方ではしかたがありますまい」
 確かに、隠しておいた方が後々困った状況になるのではないか。口ではこう言いながらも、藤堂はどこか気が進まないといった表情を崩さない。
「すまないね」
 だが、これだけは飲んでもらわなければいけないのだ。クロヴィスは心の中でこう呟く。
「お気になさらず」
 低い声で言葉を返してきた。そのまま、彼はまた目を閉じる。彼のそんな仕草は、今から出撃しようとしている者達が気を落ち着かせようとしている様子に似ている。
 それだけ、これから彼が話そうとしている内容は重いのか。改めてその事実を認識させられる。
「……姫の黒髪を切ったのは枢木前首相だそうです。それに関しては――言葉は悪いかもしれませんが――まだ、妥協の範囲ではないかと思われます」
 宣戦布告をするためには必要なことだったかもしれない。彼はそう続ける。
「ただ……まだ幼かった姫を陵辱しようとしたものがいたことと、それを容認したことは許せることではない。私はそう思います」
 ある意味想像をしていたことだ。だが、実際にその事実を突きつけられれば、言葉もでない。
「ご安心を。未遂で終わったそうです」
 実行しようとした者も逃げてしまったらしい、という言葉に、たとえは悪いがクロヴィスはほっとした。自分の手で、その相手を処分できるかもしれない。その可能性があるから、だ。
「……スザク君も姫も、追いかける余裕がなかったようです。もっとも、それは当然でしょうが」
 あの時起こったことを考えれば、と告げる藤堂の表情は本当に辛そうだ。
「あの時……その凶行を止めるために、スザク君は実の父である枢木首相を撃ったのだそうです」
 まさか、と口にしかけて、クロヴィスは何とか言葉を飲み込む。他の誰かであればともかく、自分だけは藤堂の言葉を否定してはいけない。
 何よりも、と彼は言葉を口にする。
「……彼は、本当にルルーシュのことを大切に思ってくれているのだな」
 自分が知りたいのはその事実だけだ。言外にそう付け加える。
「だが、それならばルルーシュだけではなく彼もカウンセリングが受けられるよう、手配をした方がいいかもしれないね」
 余計なトラウマが残っては彼が成長をしたときに困るだろう。真実は告げなくても、ラクシャータであればにおわせるだけで察してくれるのではないだろうか。
「総督閣下?」
「もちろん、秘密は守るよ。ルルーシュの様子だけではなく彼のことを気にかけてくれるよう、命じておくだけだ」
 彼女はルルーシュも信頼しているからね、とそう付け加える。
「もっとも、君達がここにいてくれれば、その必要もないかもしれないが」
 あくまでもそれは自分の希望で、無理強いをするつもりはない。そうも付け加える。
「……総督閣下」
「もちろん、君達に同胞を傷つけろと言うつもりはないよ。今までと同じようにルルーシュ達の側にいて欲しいだけだ」
 彼女が信頼できると思うものを側に付けてやりたい。その方がルルーシュの心の安定にはよいのではないか。
「返答は急がないよ。ここに来て話を聞かせてくれただけでも、十分だ」
 命じてしまえば楽なことはわかっている。だが、それでは彼等の関係にひずみが生まれるのではないか。だから、自発的に選択をしてくれるまで待とう、とクロヴィスは自分に言い聞かせる。
「そのお言葉に、感謝をいたします」
 その上で、今しばらく返事を待って頂きたい。藤堂はそう言った。
「もちろんだよ。でも、あの二人に会っていってくれるね?」
 君達が無事かどうか、とても心配していたから。そう付け加えれば、藤堂の表情に初めて笑みらしきものが浮かぶ。
「ご許可頂けるのでしたら、是非に」
 その表情のまま、彼はこう言った。
「では、少し待っていてくれるかな? 今、案内の者を呼ぶから」
 これでルルーシュが少しは落ち着いてくれればいい。そして、スザクも安心してくれれば、と心の中で呟きながら、クロヴィスはジェレミアを呼び寄せるために護衛の者を呼びつけた。




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08.03.28 up