藤堂から聞いた内容に、流石のシュナイゼルも一瞬言葉を失った。
「……そうか」
それでも、すぐに口を開く。
「そうであるのなら、あの二人の絆を壊すようなことだけはさせないようにしないといけないね」
今は、まだいい。クロヴィスの元で静かに傷を癒やすことが優先だろう。
しかし、いずれ彼女には表に出てもらわなければいけない。もっとも、その前に自分たちがもっと力を手に入れなければいけないだろうか。
「それと、藤堂だが……」
『取りあえず、本人だけはこちらに足を運んでルルーシュ達と話をしているようです』
おそらく、近いうちによい返事が聞けるのではないか。クロヴィスはそう続けた。その前に片づけなければならないことが彼にはあるのだろう、とも付け加える。
「確かにね」
少なくとも、彼等を除外しようとする者達はエリア11の総督府から駆逐しなければいけない。代わりに、自分たちがルルーシュの側に置いても大丈夫だと思える者達を配置していかなければならないだろう。それも、他の者達に気付かれずに、だ。
「それでも、大切なものを失わないためには、その程度は苦労とは言わないよ」
一日でも早くルルーシュの微笑みを見ることができれば、それだけで報われるだろうからね、とそうも付け加える。
『わかっております、兄上』
自分も同じ気持ちだ、とクロヴィスは頷いてみせた。
『ですが、最近はお茶だけとはいえ付き合ってくれるようになりました』
時々、ルルーシュの口からシュナイゼルやコーネリア達の近況を問いかけるような言葉が聞かれるようにもなった、と彼は教えてくれる。
それでも、まだ――回線越しとはいえ――直接、顔を見るのは怖い。そう思っているのではないか。そうは思うが、やはり嬉しいと思う気持ちは否定できない。
『どうやら、ジェレミアとラクシャータがあれこれ画策してくれているおかげのようですが……』
ルルーシュの表情が軟らかくなってきた、とクロヴィスは泣き笑いのような表情を浮かべる。
「ならば、少しでも早く特派をそちらに行かせるべきだろうね」
その二人にロイドが加われば、ルルーシュもよく知っている光景が見られるだろう。それが彼女の気持ちをもっと和らげてくれれば嬉しい。そうも思う。
「それと……ルーベンが乗り気だからね。アッシュフォードも近いうちに一族をあげてそちらに渡る予定らしい」
『それは良かった。ルルーシュが信用できる者がまた増えますね』
彼女の世界が、それでまた広がってくれればいい。そう告げるクロヴィスの言葉からはルルーシュに対する気遣いが十分感じ取れる。
だからといって、今は昔のようにべたべたしているわけではないようだ。
「……君もずいぶんと成長したね」
適度な距離を保てるようになったとは、とシュナイゼルは思わず口にしてしまう。
『兄上……』
その瞬間、クロヴィスの眉が情けないほど下げられた。
「いや。君のことだから執務を放り出してルルーシュにまとわりついていないか、と心配していたのだよ」
ブリタニアにいた頃は、毎日のようにチェスをやりに行って、ルルーシュに嫌がられていただろう? と苦笑と共に問いかける。
『今は……そうすれば、嫌われそうですから……』
ただでさえ、既に一度失敗をしているのだし、と彼はため息とともに口にした。
『そう言えば、ジェレミア相手にチェスもしているそうですから、今度、久々に付き合ってくれるように頼んでみましょうか』
藤堂達とは将棋とやらを楽しんでいるようだし、とクロヴィスはすぐに復活をする。そして、次々と楽しげな計画を口にし始めた。
「それは君に任せるよ。でも、執務もおろそかにしないようにね?」
クロヴィスが総督を解任されるようなことになれば困るのはルルーシュなのだから。こう彼に釘を刺しておく。
『わかっています、兄上。そこまでバカではないつもりです』
ルルーシュを守るために力が必要だと言うことは理解している、と彼は続ける。それでも、少しでも早く昔のような関係に戻りたいのだ。そうも付け加えた。
それは自分も同じだ。だから、苦笑だけを返す。
「では、頑張ってくれ」
次にはもっとよい報告が聞けることを期待している、と付け加える。
『もちろんです、兄上』
クロヴィスがこう言って微笑む。それを確認してから、シュナイゼルは通信を終わらせた。
部屋の中にばかりいては気が滅入るだろうから。そう言ってジェレミアがルルーシュ達を連れてきたのは総督府の屋上だった。
「……何か、凄いな、これ……」
そこには予想もしていなかった本格的な庭園が広がっていた。しかも、ルルーシュはその光景に既視感を覚えている。
「アリエスの……離宮?」
昔、自分たちが暮らしていた離宮の庭園によく似ているのだ、ここは。
「ルルーシュ?」
その言葉に、スザクがどうしたのかというように視線を向けてきた。
「……俺たちが昔住んでいた離宮の庭園に、よくにているんだ、ここは」
それを喜べばいいのか、悲しめばいいのか、今の自分にはわからない。ルルーシュはそうも付け加える。
「懐かしいと思う気持ちもある。でも……」
あそこには悲しい記憶が色濃く焼き付けられているのだ。同時に、優しい想いが満ちあふれていたことも覚えている。
どちらの記憶を優先させればいいのか、わからないのだ……とルルーシュは小さな声で告げた。
「……バカだな、ルルーシュ」
そうすれば、いきなりスザクがこんなセリフを返してくる。同時に、彼の腕がしっかりとルルーシュの体を抱きしめてくれた。
「どういう意味だ?」
スザクにバカと言われるのはちょっと――いや、ものすごくしゃくに障る。
「そう言うときは、さ。楽しいことや幸せだったことを優先した方がいいだろう?」
だから、今は幸せだったときのことだけを思い出せばいいよ。自分はそうするようにしているし……と彼は続けた。
「そう、かもしれないな」
確かにその方がいいことはわかっている。だが、あの《赫》の記憶を消すことは難しいのではないか。
「そうだよ」
それでも、同じ《朱》の記憶を共有してくれる彼がいるのであれば、少しはあの時の衝撃が和らぐような気がする、と言うのも事実だ。
「それに、いざとなったら、新しい記憶で塗りつぶしてしまえばいいって、ラクシャータさんが言ってたぞ」
だから、と言う言葉にルルーシュは苦笑を浮かべる。どうやら、スザクの言葉の半分はラクシャータからの受け売りだとわかったからだ。それでも、彼が本気でそう言っていることもしっかりと伝わってきている。
「……それができれば、いいだろうな」
「大丈夫だよ。俺がいるだろう?」
一人では無理でも、二人なら何とかなるのではないか。そう言ってスザクは笑う。
「そうだな……お前は、ずっと俺の側にいてくれると約束してくれたな」
スザクだけは絶対に自分を置いていかない。
必ず側にいてくれる。
そう考えるだけでルルーシュの心は安定を取り戻す。
「それにしても、あの芝生……寝っ転がったら気持ちいいかも」
それを感じ取ったのか。スザクはこんなセリフを口にした。
「確かに、きちんと手入れをされているからな」
クロヴィスであれば、そう言うことは抜かりはないだろう。他の政務もその位気を遣ってくれればいいのに。心の中でこんな呟きを漏らしていたことは、本人にだけは内緒だな。そう考えていた。
ルルーシュが落ち着くのを見計らったかのように、顔見知りの者達がこのエリアに集まってきた。
「ルルーシュ様!」
その中にミレイ・アッシュフォードがいたことに、ルルーシュは少し驚く。
「ミレイ……どうして?」
アッシュフォードが爵位を取り上げられた、とは聞いていた。それでも、十分に名門と言える一族だ。このような辺境のエリアに落ち延びてくる必要はないはず。
「もちろん、ルルーシュ様がおられるからです」
本国での地位も名声も、ルルーシュという存在のためであれば捨て去っても構わない。ミレイはきっぱりとした口調で言い切った。
「祖父も同じ気持ちです。それに……」
と不意に彼女は少しだけ苦笑を浮かべる。
「アスブルンド伯爵の特派もこちらに派遣されてくるようです。ですので、アッシュフォードもそちらに協力をすることになっておりますわ」
他にも、学校を作るのだ……ルーベンが張り切っているらしい。
「そうか」
あの老人がそこまで張り切っているのであれば、自分が下手に水を差さない方がよいのではないか。その結果、予想外の方向に走り出しかねないと言うことは経験上、よく知っている。
「それよりも、ルルーシュ様」
ミレイの表情が何かを企んでいるようなものへと一瞬ですり替わった。そんな風に表情が豊かなところも彼女の魅力だと言っていい。
しかし、それが時には自分に恐怖を与えるのだ、と本人は気付いているのだろうか。
「何だ、ミレイ」
しかし、声音にはその感情を表すことはない。
彼女の前でそんなことを口にすれば、どのような騒ぎになるのか。それも知っている。
「……ルルーシュ様の婚約者にはあわせて頂けないのでしょうか」
しかし、このセリフには目を丸くするしかない。
「ミレイ!」
どうして彼女が、と心の中で呟く。自分が日本に行く前に、一番その事実に憤りを感じていたのは彼女だった。ならば、と嫌な考えが心の中で浮かんでくる。
「その男以外、ルルーシュ様はお側に寄せるつもりはないのでしょう?」
だから、と彼女は微笑む。
「日本人だろうと何だろうと構いません。ルルーシュ様にふさわしい相手であれば、認めます!」
だから、と彼女はいきなり手を握りしめる。
「教養や立ち振る舞い。全て、ルルーシュ様にふさわしい存在になって貰いましょう」
にっこりと微笑みながら告げられた言葉が、別の意味で怖い。
「……スザクは、今のままでいいのに……」
それなのに、どうしてみなが彼を変えようと言うのか。ルルーシュは思わずこう呟いてしまう。
「彼の本質をゆがめようと言うわけではありません。ただ、ルルーシュ様の側にいることをあれこれ言わせないために必要なことを覚えてもらうだけですわ」
そうすれば、誰も文句は言わなくなるだろう……と彼女は続ける。
「おじいさまが張り切っていますので……諦めてください」
最後の最後に付け加えられた言葉に、ルルーシュは思いきりため息をついた。
「ルーベンも、か」
と言うより、彼もまた、首謀者の一人なのか。
「……スザクと過ごせる時間が、減るじゃないか」
一番いやなのがこれだ、と思わず呟いてしまう。
「ルルーシュ様」
諦めてください、とミレイは言葉を返してくる。
「その代わりにはならぬかもしれませんが……私がお側におりますから」
この言葉に、ルルーシュは小さく頷いてみせた。
数日後、特派がこの地に足を踏み入れた。
「……ルルーシュ……」
その瞬間、まさしく喧噪が彼等が住んでいる一角を包み込んだ。今までの生活とのギャップに、スザクは思わず目を白黒させてしまう。
「懐かしいな。あの三人は、昔からああだった」
しかし、ルルーシュはこう言って目を細めている。
彼女がこのような表情を見せるのは珍しい。
だから、いいのか。
これから自分の身に降りかかるであろう厄介ごとには気付かないまま、スザクはこう結論を出していた。
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08.03.31 up
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