翌日、ルルーシュはスザクやジェレミアと共にヴィレッタが運転する車に乗り込んでいた。他にこの車に乗り込んでいるのはラクシャータだ。ロイド達と共に特派のトレーラーに、と言う話もあったのだが、二人の仲の悪さにジェレミアが譲歩をしたという状況である。
「……醜いな……」
 サクラダイトを得るためとはいえ、かつて目にしていたあの優美な曲線は目の前の霊峰から失われていた。その事実に、ルルーシュは思わず眉を寄せる。
「しかたがないよ、ルルーシュ。それでも、神社仏閣はそのまま残されているんだし」
 それだけでも満足しないといけないだろう? とスザクが声をかけてくる。その彼の言葉遣いが穏やかで礼儀正しいものになったのはいつからだったろうか。
「そうだな」
 ブリタニアの中で生きるには必要なことだった、とはわかっている。それでも、その事実が少し悲しい。そう思ってしまうのはどうしてなのだろうか。
「ルルーシュ様」
 その時だ。ルルーシュの耳にジェレミアの少し緊張した声が届く。
「心配いらない。迎えだ」
 視線の先に顔見知りの相手を見つけてルルーシュはそう告げる。
「珍しいね。藤堂先生じゃなく千葉さんと卜部さんがこう言うときに顔を見せるなんて」
 普通、藤堂が出迎えてくれるのに……とスザクも首をかしげてみせた。
「何かあったのかもしれない」
 ルルーシュは少しだけ表情を強ばらせると、こう呟く。
「ルルーシュ様?」
 何故、そのようなことを言うのか。言外にそう滲ませながらジェレミアが問いかけてくる。
「あぁ、そうかもしれないね」
 だが、スザクは何かに気が付いたのだろう。ルルーシュに同意をしてくれた。
「どうしてそう思うのか、説明してくれないか?」
 しかし、どうしてもわからないのだろう。ジェレミアが今度は質問の矛先をスザクへと向ける。
「そうだな。教えてもらえれば、私もありがたい」
 さらにヴィレッタまでもがジェレミアに賛同するように口を開いた。
 こんな風に、スザクに対しても普通に接する二人だからこそ、クロヴィスは今回、自分の護衛として付けてくれたのだろう。ルルーシュは異母兄の配慮に改めて感謝をする。
「ルルーシュ?」
 どうする、とスザクが問いかけてきた。そんな彼に、ルルーシュは小さく頷いてみせる。それだけで、彼は理解したようだ。後は、彼の言葉の補足をすればいい。そう思いながらも、ルルーシュは次第に近づいてくる二人へと視線を向けた。
「二人とも、帯剣しているから、です」
 確か、NACの護衛の任に当たる者は、武器を持つ許可を得ているはずだから、違反には当たらないのではないか……とスザクは続ける。
「おそらく、銃も持っているとは思いますが……四聖剣の方々は名前の通り、剣が得意なので」
 それでも、平時には決してそれを身につけない。余計な軋轢を産む可能性がある、と彼等はわかっているから……とスザクは言葉を締めくくった。
「……言われてみれば、ルルーシュ様に面会を求めてくるときの藤堂は、平服の場合が多いな」
 決して軍服を身に纏っていることはない。それは、政庁に足を踏み入れているから、と言うだけではなかったのか……とジェレミアは呟く。
「ジェレミア。それにヴィレッタ」
 ルルーシュはあるものを見つけて、眉を寄せた。だが、逆に言えばあれらを用意しなければ行けない状況だ、と言うことなのかもしれない。
「何でしょうか」
「今から何を見ても、見て見ぬふりをしろ」
 同時に、それは自分がここにいるからだ……と言うことも簡単に想像が付く。
「ルルーシュ様がそうおっしゃるのでしたら……」
 納得は出来ないかもしれないが……とジェレミアは口にする。
「一応、兄さんの許可は出ていることだ。内密にだが、な」
 さりげなく付け加えれば、それだけで彼には十分なはずだ。
「ラクシャータ」
「大丈夫ですわ、ルルーシュ様。藤堂も四聖剣も、才能十分。他に、トレーラーにはジェレミア卿とヴィレッタ卿の機体、それにプリン伯爵の新型も積んできてありますからねぇ」
 何があっても、ルルーシュを傷つけさせない。そして、ルルーシュになにも失わせない。そう言って、彼女はいつもの笑みを浮かべた。
 それに、ルルーシュは静かに頷いてみせる。
「……ルルーシュ様……」
「ルルーシュ」
 それだけでスザク達にも状況が飲み込めたようだ。一斉に表情を引き締めた。
 同時に、車が千葉達の前で停車する。その瞬間、真っ先にジェレミアが動いた。ドアを開けると、外へと滑り出る。
「わざわざご足労いただき、ありがとうございます」
 そんな彼に向かって、千葉がそう声をかけてきた。
「本来であれば、藤堂さんがお出迎えすべき所ですが……現在、情報を確認中ですので……」
 彼女はさらにこう続ける。
「姫に確証のないことはお伝えできない。そう言っておいででした」
 卜部もまたこう続けた。
 その言葉に、ルルーシュは小さな笑みを漏らす。
「藤堂らしいな」
 彼は、行動を共にしていた頃から必ず情報の裏をとってから動いていた。もちろん、ルルーシュの身に危険が及びそうな時を除いてではあるが。
「わかった。取りあえず、桐原公と神楽耶に挨拶をしたい。案内を頼めるか?」
 そのころには藤堂の方も確認が終わっているのではないか。そう言えば、千葉は小さく頷いてみせる。
「では、君は助手席に。そちらの方は申し訳ないが後ろのトレーラーに同乗して頂けるだろうか」
 ジェレミアが卜部に向かってそう問いかけた。
「承知」
 最初からその予定だったのか。一言こう告げると、卜部は当然のように離れていく。
「では、参りましょうか」
 助手席に腰を下ろした千葉が隣にいるヴィレッタに声をかけている。
「あぁ。案内を頼む」
 どうやら、この二人も相性は悪くないようだ。彼等の雰囲気からそう判断をして、ルルーシュは安堵のため息をついた。

 シャルルやシュナイゼルとは違った意味で彼女は迫力がある。
 だが、身内にはとても優しい人だ……と言うことをクロヴィスはよく知っていた。もっとも、彼女が《身内》と認めているのは、数多い兄弟達の中でも本の一握りでしかないが。
「ようこそ、コーネリア姉上」
 間違いなく、自分はその中の一人として認められているはずだ。だから、お小言はあっても本気で怒られるはずはないはず。そんなことを考えながら、彼女の元へと歩み寄っていく。
「すまないな、クロヴィス。急に押しかけて」
 苦笑と共に彼女はこう告げる。そのまま、そっとクロヴィスの頬に触れてきた。
「いえ。久々にお会いできて嬉しいです」
 この言葉は嘘ではない。
 だが、自分は彼女からあの子の事を隠さなければいけないのだ。それだけが心苦しい。しかし、あの子がまだ彼女に会えないというのであれば、自分はその希望を優先しなければいけないのだ。
 ルルーシュを守るのが自分の義務だから、と心の中で呟く。
「取りあえず、政庁の方へ。歓迎パーティとも思いましたが、姉上はそのようなことはお嫌いでしょうから」
 苦笑と共にこう告げれば、コーネリアも同じような表情を返してくる。
「すまないな。どうしても気になることがあったのだよ」
 だから……と続ける彼女の言葉にクロヴィスは内心の動揺を抑えきれない。まさか、どこからかあのこの事が彼女の耳に入ってしまったのか。そう思ったのだ。
「姉上?」
 それでも、それを表情に表すことはない。あくまでもにこやかに彼女に問いかけた。
「詳しいことはあとで、だ。ここで話せるようなことではない」
 お前もその方がいいと思うぞ、と言われて、クロヴィスは初めて表情を変える。もっとも、それは驚愕ではなく困惑へ、とだ。
 演技とはいえ、そうできた自分をほめてやりたい。心の中でそう呟く。
「……クロヴィス?」
 その反応が意外だったのか。コーネリアは不審そうに目を細めた。
「取りあえず、部屋を用意致します。そこでお茶でも飲みながら、でよろしいでしょうか」
 すぐに微笑みを作ると、クロヴィスはそう問いかける。
「……そうだな」
 その方がよかろう、とコーネリアは堅い表情のまま頷いてみせた。彼女のそんな表情を見て『これはヤバイかも』と心の中で呟く。
 でも、頑張らなければ、とそう付け加えた。ようやくルルーシュが甘えてくれるようになったのだから、その地位を失いたくない。そのためには、ここで引き下がるわけにはいかないのだ。
「では、こちらに」
 こう言いながら、視線だけでバトレーに指示を飛ばす。
 彼にしても、自分たちがどれだけルルーシュを大切にしているのかを知っている。だから、協力をしてくれるだろう。彼の期待に違わずにバトレーはすぐに指示を飛ばしていた。
「車は、私と一緒で構いませんか?」
 その様子を確認してから、クロヴィスはコーネリアへと視線を戻す。
「もちろんだ」
 そうすればゆっくりと話が出来るからな……と彼女は笑う。
「そうですね」
 思わず頬が引きつってしまうのは、過去のあれこれを思い出してしまったからだろうか。
「取りあえず、安心しろ。お前の総督としての手腕には何も言うつもりはない」
 そんな彼に向かってコーネリアは笑みを向ける。
「このエリアは予想以上によい形にまとまっている。だからこそ……別の問題が出てくるだけだ」
 この状況を《是》としない者達がいる。そう彼女は続けた。
「姉上?」
 ルルーシュのことがばれたのではないのか?
 だが、もし何かが起きようとしているのであれば、あの子を手元から話したのは失敗だったのかもしれない。
 だからといってコーネリアと再会させるには、ルルーシュの心の準備が整っていない。
 あの子には、ジェレミアとヴィレッタをつけてやった。他にも特派の面々も、だ。
 何よりも、スザクが一緒にいる。
 だから、大丈夫だ。
 何があっても、あの子の心が壊れることはない。
 クロヴィスは自分に言い聞かせるように心の中でこう呟く。
「……あぁ、車が来たようですね」
 それでもコーネリアの瞳を見つめているのは怖い。そう考えた瞬間、まるでクロヴィスの内心を読み取ったかのように彼の専用車が近づいてくる。そのまま、音もなく、止まった。
「姉上。どうぞ」
 言葉とともに、クロヴィスは貴婦人に対するように手を差し伸べる。
「……お前と兄上だけだぞ。私を女扱いしても殴られないのは」
 そんな彼の仕草にコーネリアは苦笑を浮かべた。
「ですが、姉上は姉上です」
「わかっている」
 そう言いながら、彼女はそっと手を重ねてくる。
「まぁ、たまには悪くはない」
 この言葉を合図に、二人は歩き出した。




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08.04.07 up