フジのサクラダイト採掘精製工場。
それはあくまでも表向きのことだ。もちろん、それ自体が重要な存在であると言うことは言うまでもない。
しかし、この地の本質は、その奥。普段は限られた者しか足を踏み入れることが出来ない場所にあると言っていい。
そこは、日本人達の中心だった。
「……いつ来ても、ここは凄いな」
千葉に案内されながらも、ルルーシュはこう呟く。
「確かに。クロヴィス殿下がおいでになったら、間違いなく奥まで進むのに一年がかかるかもね」
彼女の隣を歩いていたスザクが苦笑と共に頷いてみせた。
「……枢木……」
たしなめるようにジェレミアが彼の名を呼ぶ。それに、スザクはぺろっと舌を出してみせた。
「まぁまぁ。この光景を見れば、スザク君のセリフも納得できるよぉ」
「と言うより……よくもまぁ、ここにこれだけ集めたものね」
普段は仲が悪いロイドとラクシャータも、それは否定できないらしい。
「……ブリタニア側がどのような態度をとるかわかりませんでしたから。ここにある美術品は、我々だけの財産ではない、と思いますし」
後世に残さなければいけないものではないか。千葉がそう言ってくる。
「俺もそう思う。兄さん達にばれたら……その時は俺が責任をとるさ」
自分が頼んで集めてもらった。そう言えば、クロヴィスも文句は言えないのではないだろうか。
「姫……」
「気にするな。俺も気に入っているんだ、ここは」
見ていてあきないから、とルルーシュは微笑む。それに、その位のことは彼等が自分のためにしてくれたことを考えればどうと言うことはないことだ、とも付け加える。
「それよりも、藤堂は? 桐原公の所か?」
それとも他の場所なのか、と言外に問いかけた。それによってどれだけ厄介な情報なのか推測できると思ったのだ。
「おそらく、今頃は桐原公の元に向かっておるかと」
ルルーシュ達が到着するまでには御前に控えているだろう。千葉はそう告げる。
「そうか」
あるいは、その時にわかっていることだけ報告するつもりなのかもしれない。仙波と朝比奈がこの場にいないと言うことは、藤堂と共に行動をしていると推測できるのだ。
だとするならば、自分はどうするべきか。
「ジェレミア」
そう考えながら、側にいる彼に向かって呼びかける。
「何でしょうか、ルルーシュ様」
少しだけ身をかがめながら彼は聞き返してきた。
「いざというときに、すぐに兄さんと連絡を取れるようにしておいてくれ。それも、内密に」
状況次第では、自分たちだけで動かなければならないかもしれないが……とそう心の中で付け加える。
「ロイドにラクシャータ」
今度はさらに後ろにいる技術者達に呼びかけた。
「はい、は〜い!」
「何ですか、ルルーシュ様?」
二人とも、即座に言葉を返してくる。
「万が一の時には、出せるな?」
何が、とは言わない。それでも、彼等には十分なはずだ。
「もちろん」
「実践テスト……いいデーターが取れますよねぇ」
即座に帰ってきた言葉に、ルルーシュは頷き返す。
「スザク」
そのまま、彼女は隣にいる相手に向かって視線を向けた。
「僕のことは気にしなくていいよ。君以上に大切なものなんてないから」
相手が誰であろうと、ルルーシュを傷つけるのであれば自分にとっては排除すべき存在だ。そのことで傷つくことはないから……と彼は笑みを向けてくれる。
「……お前は……」
本当にバカだ、とルルーシュはため息とともに言い返す。
「でも、そのおかげでルルーシュの隣にいられるんだから、いいよ」
バカでも何でも、とスザクは真顔で口にした。そんな彼の態度は、あの日々から変わらない。それがルルーシュにとってどれだけ支えになっているのか。彼は知っているだろうか。
「ならば、あてにさせてもらう」
言葉とともにルルーシュは笑顔を向ける。その笑顔に、誰もが一瞬言葉を失ったのはどうしてなのだろうか。ルルーシュにはよくわからなかった。
政庁の屋上に案内した瞬間、コーネリアは目を見開いた。だが、すぐに微笑みを口元に浮かべる。
「この光景は、懐かしい気持ちにさせてくれるな」
幸せだったあのころを思い出させてくれる……と彼女は優しい声音で告げた。
「姉上もそう思って頂けましたか」
クロヴィスが微笑みと共にこう問いかけてくる。
「ここだけは、私が設計図から手がけたのです」
他の場所は部下達に任せたが……と彼はさらに言葉を重ねた。自分にも、心を癒やすための場所が欲しかったのだ。それがどのような場所かと考えれば、あの離宮の庭園しか思い浮かばなかったのだ、と彼は静かな口調で告げる。
「立場上、私は迂闊に出歩けませんからね」
屋上に庭園など、贅沢かと思ったのだが……と告げる彼に、コーネリアは苦笑を返す。
「それでも、お前の仕事が滞りなく進められているのであれば、誰もそのようなことは言うまい」
こう言いながら、彼女はクロヴィスが案内するがままに東屋へと足を向ける。そこにはやはり見覚えがある意匠のガーデンセットが置かれていた。
「だからこそ、お前をこの地位から引きずり落とそうとしているものがいる」
それも、自分の手を汚さない方法で、だ……とコーネリアはここに訪れた目的を口にする。
「……私を、ですか?」
クロヴィスは信じられないというように一瞬目を丸くした。だが、すぐに表情を引き締める。
「サクラダイト、ですか?」
その利権を狙っているのか……と彼はため息をつく。
「現状では、手ぬるい。そう思っているものもいると言うことだ」
「馬鹿なことを」
コーネリアの言葉に、彼は吐き捨てるようにこういった。
「その結果、このエリアをまた混乱の中に陥れるつもりか……」
ルルーシュがいるのに、と泣きそうな表情でさらに言葉を重ねる。
どうして彼がそんな呟きを漏らしたのか。それはコーネリアにもわかった。そして、自分が彼の立場であれば同じように考えただろう。
「……あの子の居場所は?」
この問いかけに、クロヴィスは静かに首を横に振ってみせた。
「そうか」
しかたがないことだ、とはわかっていてもやはり現実を見せつけられるのは辛い。
「できれば、ナナリーによい知らせを持って返ってやりたかったのだが……」
せっかくこの地に来たのだから……とコーネリアは呟く。あの子はルルーシュが大好きだった。だから、せめてどこにいるか――それ以前に、生きているかどうかをこの地の花と共にあの子に持っていってやりたかった。待っているのが、物言わぬ墓碑だけだとしても、だ。
「……そうですね」
クロヴィスがそう頷いたとである。こちらに向かって駆け寄ってくるバトレーの姿が確認できた。
「呼ぶまで来るな、と伝えてあったのですが」
何かあったのだろうか。そう口にしながらクロヴィスは腰を浮かせる。
「かまわん。ここで報告をさせろ」
そんな彼を、コーネリアはこの言葉で制止した。
「ですが、姉上……」
「気にするな。皇族としての義務もわかっている」
それとも、と彼女は少し目をすがめる。
「私が信用できないか? お前の足を引っ張るとでも?」
心外だ、と言う意味をこめてコーネリアは問いかけた。
「そういうわけではありません、姉上」
ただ、そのようなことでコーネリアの手を煩わせてよいものか。何よりも、この地の総督は自分なのだから……とクロヴィスは言葉を返してくる。
芸術面には非凡な才能を見せるこの異母弟も政治や軍事の面では頼りない。そう思っていたのだが、再会してからの言動を考えればずいぶんと成長しているのかもしれない。
「そうか。私の穿ちすぎだったか」
すまない、と謝罪をすればクロヴィスは苦笑を返してくる。
「姉上の目から見れば、まだまだだと言うことですね……もっと努力をしなければいけませんか」
さらに続けられた言葉に、コーネリアは「すまない」と言い返す。
「どうも、お前やユーフェミアは昔のままのような気がしてな。私が側にいてやらないといけないような気がしてしまうのだよ」
ルルーシュを失ってから、余計に過保護になってしまったような気がするのは、自分の錯覚ではないだろう。もうこれ以上、大切な者達を失いたくないのだ。
そんなことを考えている間にも、バトレーがクロヴィスの元へとたどり着いていた。
「……殿下……」
しかし、コーネリアの姿を確認して、彼は微妙な表情を作る。
「気にするな、との仰せだよ。構わずに報告をしてくれないかな?」
そんな彼に、クロヴィスはにこやかにこう命じた。しかし、何か違和感があるような気がするのは錯覚だろうか。
「フジに視察に言っているゴットバルト辺境伯とアスプルンド伯からの報告で……あちらがキュウシュウで妙な動きがあると言ってきた、と」
この言葉に、クロヴィスは大きく目を見開いた。
「……それで?」
取りあえず、冷静さを取り戻すと彼は続きを促す。
「未確定の情報ですので、自分の目で確認して来るとのことです……あちらからは藤堂鏡志朗とその部下達が同行しているとか……」
NACも虎の子といえる彼等を同行させるのだ。彼等の方が何かを企てているという可能性は低いだろう。あの方がそう言っていた、とバトレーが汗を拭きながら言葉を締めくくる。
「……そうか」
どうしたものか、というようにクロヴィスは考え込んだ。だが、すぐに視線をバトレーに戻す。
「取りあえず、彼等の報告を待とう。すぐに動けるように、準備をさせておけ」
キュウシュウに駐留している者達は彼等の指示に従うように、とクロヴィスは指示を出した。
「Yes.Your Highness!」
この一言を残してバトレーはその場を下がろうとする。それをコーネリアが視線で止めた。
「姉上?」
いったい何を、とクロヴィスが問いかけてくる。
「どうして、そのような勝手を認めるのか?」
ジェレミアもロイドも皇族ではない。先にクロヴィスの許可を得てから動くのが当然ではないか。それが、どれだけ緊急のものだったとしても、だ。
しかし、二人ともそれが当然だと思っている。その理由がわからない。
「……辺境伯だけでしたら、そうしておりました。ですが、アスプルンド伯が一緒ですから……彼が動くときには好きにさせるよう、シュナイゼル兄上から言われているのですよ」
今回はジェレミアが同行していてくれてよかった、とクロヴィスは盛大にため息をつく。でなければ、報告も来なかっただろう……と彼は続ける。
記憶しているロイドの奇行を思い出せば十分あり得る話だ。
しかし、まだ何かが引っかかる。
「クロヴィス」
だが、それを口にしては彼の統治に口を出すのと同じことではないか。そう思ってこらえる。
「万が一の時には、私に軍の指揮権を渡してくれないか?」
だが、これであれば構わないのではないか。
「姉上?」
「お前の部下達を信用していないのではない。だが、軍事面では私の方が上だ。それに……」
わざとらしいかもしれないが、先ほどの言葉から口実を見つけていた。
「藤堂鏡志朗がいるのであれば、その人となりを確認したい」
ブリタニア人とナンバーズは区別されるべき者達だ。だが、あの戦いの時のあの男の軍略は見事だった。だから、どのような存在なのかを確認したい。
「……わかりました。ただ、その時まで返事を保留して頂けますか?」
考える時間が欲しい。それはもっともな要求だろう。
「あぁ、構わない」
コーネリアが頷けば、彼は少しだけほっとしたような表情を作った。
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08.04.11 up
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