そのころ、ジェレミアは藤堂と――あまり必要だとは思わないが――ロイド、それにラクシャータとこれからのことを打ち合わせていた。
ルルーシュも同席をしたいと言っていたのだが、藤堂が何かを言って諦めさせたらしい。
「ルルーシュ様には聞かせたくない話なのかしらぁ?」
ある意味、藤堂と一番親しいと言える間柄だからか。ラクシャータが直接的に問いかけている。それに彼は頷いてみせた。
「後は、スザク君だな」
さらに彼はこう言葉を重ねる。
「その理由を、聞いても構わないだろうか」
ジェレミアは慎重に言葉を選びながら問いかけた。
相手は敗戦国の将だった男。自分がどのような態度をとったとしても文句を言える立場ではないというのが現実だ。
それでも、彼はあの混乱期にルルーシュとスザクを守ってくれていた。何よりも、彼の経歴と顔を合わせたときに見せる言動は尊敬に値すると考えている。
問題は、それとブリタニアの騎士としてのバランスなのだが……と心の中で付け加えた。
「……その前に、確認をさせて頂いてよいだろうか」
藤堂がどこか苦渋に満ちた表情を作りながら、口を開く。
「何を、かなぁ?」
いつもの口調でロイドが聞き返している。その口調に藤堂が気分を害さなければいいのだが。こう考えてしまうのは、彼の口調がなれていないものにはバカにしているように受け止められてもしかたがないものだから、だ。
「総督閣下と宰相閣下から、我々が姫を保護したときのいきさつを、どこまで聞いておられるかどうかを」
しかし、藤堂は予想外にロイドの言動に関しては何も言わない。その事実が少しだけ意外だった。だが、すぐにルルーシュ達から事前に情報を得ていたのかもしれないと思い当たる。
「残念だが、我々は何も聞かされていない。チャウラーは違うかもしれないが」
「……私も、詳しいことは聞いてないわぁ。貴方とお話ししたときに聞いたことだけよ」
それでもロイド達よりは詳しく知っているのかもしれないが、と彼女は付け加えた。
「そうだったな」
藤堂は静かに頷く。そのまま、彼は何かを考え込むかのように目を閉じた。
沈黙が周囲を覆う。
しかし――意外なことに、あのロイドですら、だ――彼に次の言葉を急かすものはいない。
それは、彼が今から口にしようとしていることがとても重い内容だ、とわかっているからではないだろうか。
「枢木政権を担っていた者の中で、戦後裁かれなかった者が二人いることは、ご存じのことと思う」
この言葉に、ジェレミアは頷いてみせる。
「一人は枢木首相……スザク君の父親だ。もう一人は、官房長官だった澤崎敦。彼は戦時中の混乱をついて中華連合に亡命した」
それはブリタニアの軍人であれば誰もが知っていることだ。しかし、それを彼がこの場で口にした、と言うことには何か意味があるはず。
「……まさか、キュウシュウに澤崎が?」
ジェレミアのこの言葉に、藤堂は静かに頷いてみせる。
「その報告がある。だからこそ、姫とスザク君には知られたくない」
できれば、ぎりぎりまで……と彼は口にした。
「……どうして、と聞いてもいいのかなぁ?」
でないと、本人達に聞きに行くよぉ……とロイドが声をかける。いつもの口調ではあるが、その目が真剣だ。
「……宣戦布告のため、姫の髪を切ったのは元首相だ。それに関しては、謝るつもりはない。あの情勢では、その程度のことはしかたがないことだ、と思う」
それに関しては否定しない。ブリタニアであれば、もっと悲惨なことになっていただろう。髪の毛程度ですめばまだましなのではないか。
「……澤崎という男は、表面上は紳士のように振る舞っていたが、実のところ、まだ幼い少女をいたぶることで快感を得る、と言う性癖の持ち主だ……」
そんなことを考えていたジェレミアの耳に、藤堂が吐き捨てるように告げたセリフが届く。
「……まさか……」
最悪の想像に手が震える。それは怒りのためだ。自分だけではなく他の者達も同じだと言っていい。
「未遂だった、と聞いている。危ないところで、スザク君がその場に踏み込んだ、と」
そして、ルルーシュを守るために銃を撃ったのだ。彼はそう言った。
だが、スザクが撃った銃弾は澤崎にではなく枢木ゲンブに当たったのではないか。それがあの少年にどれだけの衝撃を与えたのか。
「……私が、彼に渡したのだ……ルルーシュ様を、守ってくれ……そういって」
銃を、とジェレミアは苦渋の表情で告げる。
その可能性は既に気付いていた。しかし、それを現実として突きつけられると、予想以上の衝撃を受けるのだ、と彼は初めて知った。
「そのお気持ちは理解できる。そして、私にはその是非を判断することは出来ない」
だが、そのことでルルーシュが無事だったことは事実だ。藤堂は告げる。
「……それが、あの子の傷なのね」
ようやく納得したわぁ、とラクシャータが頷いてみせた。
「スザク君にとって、澤崎は許し難い存在だからね……自制が効いていてくれればいいが……」
藤堂は藤堂でこう告げる。
「姫が止めてくださるとは思うのだがね」
スザクのことは、と藤堂がため息をつく。
「ルルーシュ様にはおつらいことかもしれませんけどねぇ」
それでも、法に則って相手を裁くことは重要なことだ、と彼女はわかっているだろう。いや、そう思いたい……とラクシャータは口にした。
「同行させて貰ってよかったわ。側にいれば、いくらでもフォローができるもの」
ルルーシュだけではなくスザクに関しても、と彼女は付け加える。
「……そちらに関しては、貴殿にお願いをするしかない。私たちでは、あの方の身を守ることしかできないだろうからな」
彼女のように医師としての資格を持っていればもっと違ったのだろうか。だが、自分はルルーシュの盾であり剣でありたかった。だから、今の地位を得るためにしてきた努力を悔やむつもりはない。
「……あの方には、枢木スザクの存在だけではなく、私たちの存在も必要なのよ。だから、そんなに自分を卑下しないの」
ラクシャータはこう言いながら、周囲の者達を見つめる。
「わかっているだろうけど、あんた達、何があっても絶対死ぬんじゃないわよ。ルルーシュ様のためにねぇ」
多少のケガなら、ちゃーんと治してあげるから。そう言って彼女は笑う。
「当たり前だ。死んでしまえば、ルルーシュ様をお守りすることが出来なくなるからな」
だから、何があっても生き残る。そう宣言をするジェレミアにラクシャータは満足そうに頷く。
「まぁ、君達のナイトメアフレームに関してもちゃんと整備はしておくよぉ。僕のランスロットに比べたら面白くない作業だけどねぇ」
それでも、ルルーシュのためであれば……と続けるロイドの頭を、ラクシャータが遠慮なく殴りつけた。
「今のセリフ、ルルーシュ様に伝えてやろうかしらぁ?」
それとも、セシル? と彼女が問いかければ、ロイドが慌てて謝罪の言葉を口にしている。だが、それよりもジェレミアは別のことが気になってきた。
「藤堂殿」
本来であれば、呼び捨てでも構わないのだろう。しかし、自分よりも年上で、なおかつ経験豊富。その上、ルルーシュの信頼を得ている相手にそのようなことは出来ない。そう考えて、ジェレミアはいつも彼にこう呼びかけていた。
「何ですか、ジェレミア卿」
それに対し、どのような感想を持っているのか、彼の言葉からはわからない。それでも、礼儀正しい対応をしてくれていることに取りあえず安堵している。
「先ほど、どうやってルルーシュ様をこの場から遠ざけられたのか、お聞きしても構わないか?」
使えるようであれば、後でクロヴィスにそっと耳打ちしておこう。そう思ったのだ。
しかし、藤堂はそれに複雑な表情を返してくる。
「私も興味あるんだけどぉ」
だが、ラクシャータにまでこう言われては口を割らざるを得ないらしい。
「……久々に、姫の手料理を食べたいのだが……と」
そう言ったのだ、と彼は視線を彷徨わせながら告げる。
「まだ、我々と行動を共にされていたときに、食事を作ってくださっていたのが姫だったので……」
彼女も料理は好きだったようだから……と付け加える彼に、何と言葉を返せばいいのか。ジェレミアは一瞬悩む。
「……ちょっと待って……」
そんな彼の前でラクシャータがあることに気がついた、と言うように口を開く。
「確か、ルルーシュ様にセシルを付けたわよねぇ?」
「……まずいよぉ! せっかくのルルーシュ様の手料理が台無しになっているかもしれない」
彼女の味覚だけは、信用できないから……とロイドが腰を浮かす。
「そんなに酷かったかしらぁ?」
昔はそうじゃなかったと思うけどぉ、とラクシャータが彼の襟首を掴みながら問いかけている。
「こっちに来てから、半端に和食の知識を入手したからねぇ。問題なんだよぉ」
おむすびにブルーベリージャムとか、お刺身にカラメルソースとか……と指折り数えながらロイドが口にする料理の数々に、藤堂が思いきり嫌そうな表情を作った。どれも彼にはなじみ深い料理だから、だろうか。
しかし、それでなくても想像するだけで怖い。そんな破壊的な料理はできれば食べたくない、とジェレミアですら思ってしまう。
「……千葉もいるから、止めてくれるだろうと思いたいが……」
蒼白になりながらも、藤堂がこう呟いた。その時である。
「あの……」
ドアの所からひょっこりとスザクが顔を見せた。
「話し合いは終わりましたか?」
食事が出来たのだが、とタイミングがいいのか悪いのか、わからないセリフを彼は口にする。
「……枢木……」
取りあえず、これだけは確認しておかなければいけない。決死の思いでジェレミアは口を開いた。
「何ですか?」
自分に何を聞くつもりなのだろうか、と彼は首をかしげながらも言葉を返してくる。
「……料理の味付けは、誰が?」
「ルルーシュですよ。料理に関しては、誰にも手出しさせませんから」
下ごしらえの段階ならばともかく、と彼は真顔で告げた。
「もちろん、セシルさんは近づけていません」
そんな恐ろしいこと、ときっぱりと言い切った……と言うことは、彼もセシルのとんでも料理を食べたことがあるのかもしれない。
「スザクくぅん! よくやった」
ロイドが手放しでほめている。それに対し、他の者達も内心では同意だった。
「……ひょっとして、それを心配していたんですか?」
スザクが微妙な表情でこう問いかけてくる。それに、誰もが苦笑を浮かべることで答えを返した。
しかし、スザクの行動に本当の意味で感謝をしたのは、料理を口にしたときだった。
ブリタニア人にはなじみのないはずの味付けなのに、うまいとしか言えないのだ。
「……どうした? 口に合わなかったか?」
箸を止めてルルーシュがこう問いかけてくる。
「いえ……そういうわけではありませんが……」
「こんなにお料理が上手だなんて思わなかったんですよぉ」
ものすごくおいしいです、と言う一言がなければ周囲から殴られそうなセリフを口に出来るのは、ブリタニアひろしと言えどもこの男しかいないだろう。
「うまいものを作れば、みなが喜んでくれるからな。頑張ってみただけだ」
もっとも、最近はミレイの所に行ったとき以外はさせてもらえないが……とルルーシュは少しだけ残念そうな口調で告げる。
「まぁ、いい。ここにいる間は普段出来ない分、憂さ晴らしに付き合ってもらうさ」
こう言いながら、ルルーシュはさりげなくスザクの手から茶碗を受け取った。そして、ご飯のお代わりを盛りつけてやっている。
その光景を微笑ましいと言っていいのだろうか。
だが、そんなルルーシュがとても幸せそうに微笑んでいたから、ジェレミアは見て見ぬふりをすることにした。
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08.04.14 up
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