クロヴィスの元にジェレミアからの報告が届いたのは、三日ほど経ってからのことだった。
「ジェレミア……それで?」
本当は他のことを聞きたい。だが、すぐ側にコーネリアがいる以上、ルルーシュの名前を出すわけにはいかない、と言うのも事実だ。
『間違いなく元日本国官房長官の澤崎敦だ、と藤堂が確認致しました。その側に、中華連合の将軍と思われるものが同行しております』
彼の国の機動兵器も確認できた、と彼は続ける。
『ご許可さえいただければ、我々で対処できますが?』
言外に、ルルーシュがそうできると言っている、と告げられてクロヴィスはどうするべきか、と悩む。彼女であれば自分が赴くよりも早く確実にこのたびのことを収束できるだろう。ジェレミアや藤堂達が一緒であればなおさらだ。
だが、と思いながら彼は視線をすぐ側にいるコーネリアへと向けた。
「……少し待て」
予想通りと言うべきか。それとも、クロヴィスのその視線を許可と受け止めたのか。コーネリアが口を開く。
「私もその場に立ち会う。その方が、後々の処置が楽だ」
飛行艇を使うから、さほど待たせない……と彼女は続ける。
ジェレミアの立場であれば彼女の申し出を受け入れざるを得ない。だが、すぐに同意の言葉を口に出来ないのは、あの場にルルーシュがいるからだ。
どうすべきか、と言うように彼は視線をクロヴィスへと向けてきた。
「すまないね、ジェレミア」
彼女がつく前に、ルルーシュを隠して欲しい。その気持ちをこめながら、クロヴィスはそう告げた。
だが、まだ彼は言葉を返しては来ない。
不敬とも言えるその態度にコーネリアの表情が強ばってきた。それから逃れるようにジェレミアはモニターの向こうで視線をそらす。
次の瞬間、彼は目を見開く。そのまま小さく頷くと、視線を戻した。
『Yes.Your Highness』
そして、こう告げる。
その間に、いったい何があったのか。
おそらくは、ルルーシュが許可を出したのだろう。しかし、それがあの子にとってどれだけ厳しい選択だったのか。
もし、目の前に彼女の姿があれば、思い切り抱きしめてやりたい。クロヴィスはそう思う。
「そうだな……三時間ほどでそちらに着けると思う。あぁ、心配するな。NACからの使者には手出しはせん」
クロヴィスがその存在を認めているのであれば、と彼女は続けた。それに、少しだけジェレミアはほっとしたような表情を作る。
「藤堂には、会えるのを楽しみにしている、と伝えておけ」
それで、彼がその事実を心配していたのだ……とコーネリアは判断をしたらしい。そう言って笑う。
『確かに、承りました』
では、お待ちしております。この言葉とともにジェレミアは通信を終わらせる。
「と言うわけだ、クロヴィス」
勝手をするが許せ、と彼女は真剣な眼差しを向けてくる。
「あちらに澤崎がいるというのであれば、あの子のことを知っているかもしれん」
この言葉に、クロヴィスは一瞬目を見開いた。まさか、コーネリアが強引に物事を進めた理由がそれだとは考えてもいなかったのだ。
だが、考えてみれば彼女はすぐ下の妹であるルルーシュも可愛がっていた。それこそ、同母妹であるユーフェミアと同じくらい、だ。
それでも――それだからこそ、まだコーネリアにルルーシュのことを知らせたくなかった。あの子が生きているとわかれば、間違いなく彼女はブリタニアに連れ戻ろうとするだろう。それでなければ、公表するか、だ。
しかし、ルルーシュの心の傷はまだ癒えていない。
「……お気を付けて、姉上」
そんな彼女の事情を伝えておくべきかどうか。自分だけでは判断できない。
だから、早急にシュナイゼルに連絡を取らなければ。クロヴィスは心の中でそう呟いていた。
「ルルーシュ!」
大丈夫? という言葉とともに、スザクの腕が自分の体を抱きしめてくれる。それでようやく、ルルーシュは自分が震えていると言うことを自覚した。
「……大丈夫、だ……」
こう告げる言葉も、強がりでしかない。それもわかっている。
だが、それでも強がりを口にしなければ立っていられないのだ。
「……ルルーシュ様、申し訳ありません……」
ジェレミアがルルーシュの前で膝を着く。そのまま彼女の手をそっと取るとこう告げてきた。
「気にするな。皇族である姉上の言葉に逆らえるとすれば……それこそ、ナイト・オブ・ラウンズぐらいなものだ」
ただの辺境伯でしかないジェレミアであれば、諫めることは出来ても拒否は出来ない。だから、とルルーシュは何とか笑みを浮かべる。
「私にお前を失わせるようなことはするな」
そして、こう口にした。その瞬間、ジェレミアが驚いたように目を丸くする。
「他の者達も、だ……絶対に、私の前からいなくなるな」
いいな、とルルーシュは口にした。
「当然でしょ? ルルーシュの側以外に、僕はどこに行けばいいわけ」
真っ先にスザクが明るい口調で言葉を返してくる。それだけではなく、そっとルルーシュを抱きしめる腕に彼は力をこめてきた。
「私も、です。もう二度と、ルルーシュ様を傷つけさせるようなことは致しません!」
ジェレミアもまたこう言ってくる。それに頷き返して、そのまま周囲を見回せば他の者達も同じような言葉を口にしてくれた。
「……すまない」
自分が弱いから、と心の中だけで付け加える。
「ともかく……私は特派のトレーラーの中にいた方が良さそうだな。あそこであれば、隠れる場所も多い。もっとも、姉上がご自分で足を運ぶとは思わないが」
それでも、彼女の騎士は自分の顔を覚えている可能性があるから……とルルーシュは顔をしかめた。
「いい加減、隠れているだけでは意味がないと言うことも、わかっているんだがな」
それでも、まだ彼等の前に姿を出すのは怖い。だから、とルルーシュは視線を落とす。
「無理は禁物よぉ! シュナイゼル殿下と、直接お話が出来るようになるまでは、他の方のことは考えないの」
クロヴィス殿下に対しても、まだ時々『怖い』と感じてしまうんでしょう? と問いかけてくるラクシャータに、ルルーシュは素直に頷いてみせる。
「心の傷は、治るまでに付けられた以上の時間がかかるものなのよ。だから、焦らないの」
ちゃんと見つからないようにしてあげるから、とラクシャータも頷く。
「でも、そうなると……ランスロットはともかく月下は出番なし、と考えた方がいいかもしれないわねぇ」
データーが欲しかったんだけど、残念だわぁ……とラクシャータは大げさに嘆いてみせる。
「それはしかたがないでしょ。ランスロットも、出さない方がいいのか……でも、そうするとジェレミア卿とヴィレッタ卿の負担が大きくなるよねぇ」
そのあたりはきちんと話し合っておいた方がいいんじゃないかなぁ、とロイドが珍しくまっとうな提案をした。
「そうだな。姉上がおいでになるまで、まだ時間があるんだろう?」
それまでに色々と口実と対処方法を考えておかなければ……とルルーシュは呟く。
「コーネリア殿下が出発されたんだったら、クロヴィス殿下に連絡をしても大丈夫じゃないのかな?」
ルルーシュが顔を出しても、ばれることはないと思うよ……とスザクが口にする。
「そう、だな……どうして、それに気付かなかったんだ、俺は」
「ルルーシュは、昔から突発的な出来事に弱いじゃないか」
それ以外がものすごく有能なのに、と苦笑と共にスザクが付け加えた。
「でも、そう言うところが可愛いよね」
だから、どうしてこう言うときにこういうセリフを言うんだ、この体力バカは! とか、そう言うことは人前ではなく二人きりの時に言え、とかあれこれあれこれ言葉がルルーシュの脳内を駆けめぐっていく。しかし、それをうまく言葉に出来ない。
「……実は、スザク君が最強なのかしらぁ」
ルルーシュの言葉を封じるなんて、とラクシャータが別の意味で関心をしている。
「スザク君。姫が困っているだろう?」
ひょっとして、これに関して自分の味方は藤堂だけなのだろうか。そんなことすらルルーシュは考えてしまう。
「……ジェレミア、すまないが……」
それでも、このままでいるわけにはいかない。そう判断をして自分の前で膝を着いたままの彼に呼びかける。
「わかっております、ルルーシュ様」
そのために、自分がここにいるのだ。そう言ってジェレミアは微笑む。
「ですから、遠慮せずにご命令をお与えください」
それを叶えるのが自分にとっての幸せだ。そう付け加える彼に、ルルーシュは何と言葉を返せばいいのかわからない。だから、せめて……と考えて微笑みを浮かべてみせた。
クロヴィスが用意してくれた飛行艇は自分が普段使っているものよりも快適だと言っていい。
「……兄上のアヴァロンの試作機、とは聞いていたが……」
この技術は凄いな、とコーネリアは感心したように呟く。
「このエリアには特派のアスプルンド伯がおりますからな」
おそらく、これも彼が開発したものではないか。こう声をかけてきたのはギルフォートだ。
「あくまでも噂ですが、第七世代と言ってよいナイトメアフレームの実験機も既にロールアウトしているとか」
今回、ジェレミアに同行したのは、おそらくそのテストをかねてのことではないか。そう続ける彼に、コーネリアは頷いてみせる。
「なるほど。キュウシュウへ強引に向かったのも、そのせいか」
あの地であれば実践的なテストも出来るだろう。
そして、あの兄であれば、その理由だけであっさりと許可を出すに決まっている。
コーネリアはそう考えて納得をした。
「……それにしても、中華連邦が動くとは、な」
即座に意識を切り替える。
「あちらには澤崎という口実がありますからな」
今度はダールトンが答えを返してきた。その声に無念さが滲んでいるのは、きっとそのものがルルーシュの命を間接的とはいえ奪った人間の一人だからではないか。
彼もあのかわいそうな異母妹を可愛がっていた一人だ。そして、自分とは違ってあの時、この地にいたのだ。彼女を救えなかったことを後悔していたとしてもおかしくはない。
「……そうか……」
他のものたちと違い、今まで安寧と生き残ってきたことを後悔させてやろう。
コーネリアは心の中でそう呟く。
「ジェレミア・ゴットバルトが先行しているのは幸いといえるでしょうな」
この件に関しては、彼以上に信用できるものはいない。ダールトンはさらに言葉を重ねる。
「どうしてだ?」
彼がそういうのであれば嘘ではないだろう。しかし、その理由がわからない、とコーネリアは問いかける。
「あの者は、アリエス離宮でルルーシュ殿下とナナリー殿下の護衛をしておりました。ナイトメアフレームのパイロットしてもかなり有能で……ルルーシュ殿下が特に気に入っておられたのだ、と聞いております」
あのまま、何事もなく彼女があの場で成長をしていれば、間違いなくその騎士として選ばれていたのではないか。少なくとも、マリアンヌはそれに反対しなかっただろう。そう彼は続ける。
「……そうか。私と同じ気持ちだ、と言いたいのだな?」
「はい」
だから、自分が彼の地に向かうと告げたときに複雑な表情をしたのか、とコーネリアは納得をした。おそらく、自分自身の手でルルーシュを害したかもしれない相手を捕らえたかったのだろう。
だが、と心の中で呟く。
この役目だけは他の誰にも渡せない。
「あれを裁くのは姉である私でなければいけない」
彼女を可愛がっていた兄と弟には悪いが、とコーネリアは唇の端を持ち上げる。
「……ルルーシュを奪った者に慈悲など与えぬ」
そのためであれば、いくらでも悪名を鳴り響かせてやろう。そう続ける彼女に、その騎士達は静かに頭を下げた。
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08.04.17 up
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