中華連邦のナイトメアフレーム――ガン・ルウはブリタニアのそれとは基本的な設計思想が異なっている。だが、その性能は少なくとも第四世代のナイトメアフレームと互角と言っていい。
 だが、戦闘となれば話は違う。
「……さすがはジェレミアとヴィレッタ、と言ったところか」
 特派のトレーラーの中から戦況を見つめながら、ルルーシュはこう呟く。
「姉上の騎士達に劣らぬ働きをしているようだな」
 それでも、機体の差は埋められないようだが……と少しだけ眉を寄せた。
「ダールトン将軍やギルフォード卿と比較するのはかわいそうだよぉ」
 彼等は歴戦の勇者だから、とロイドが声をかけてくる。
「わかっている」
 確かに、このエリアではせいぜいテロの制圧程度しか任務はない。それに対して、コーネリアは最前線で戦う人間だ。その側にいる者達は生半可な実力で務まるはずがない。
「……ただ、せめてヴィレッタにもサザーランドを使わせてやりたいな、と思っただけだ」
 グラスゴーも悪い機体ではないのだろうが、とルルーシュはため息をつく。
「まぁ、それはしかたがないよねぇ」
 だからといって、ランスロットを渡すわけにはいかなかったんだし……とロイドは付け加える。
「あれはスザク君しか動かせないしねぇ」
 その方が、色々と都合がいいんだけど……と彼は笑った。
「……それに関しては、感謝している……」
 本来であれば、名誉ブリタニア人――いくら、ルルーシュが違うと思っていても、立場上はそうでしかない――のスザクがナイトメアフレームに騎乗できるはずがないのだ。
 それが許可されたのは、クロヴィスの思惑よりも、ロイドが作ったナイトメアフレームを動かせるのがスザクだけだった、という方が大きいのではないか。
「僕としても、データーが取れるのは嬉しいんですけどねぇ」
 でも、やっぱり、実戦でテストをしたかったなぁ……と彼はため息をつく。
「それに関しては、また機会もあるだろう」
 だから我慢しろ。そう言いながら、ルルーシュはまた状況を確認しようとモニターへと視線を戻す。その瞬間、彼女の眉間にしわが刻まれた。
「ダメよ、ルルーシュ様。女の子がそんな表情をしちゃ」
 からかうようにラクシャータが声をかけてくる。それに言葉を返すことはない。
「セシル」
 代わりに側で同じように状況を確認していた彼女に声をかける。
「何でしょうか?」
「あれは、味方か?」
 それとも、と少しだけ焦りの色を滲ませながら、ルルーシュは口にした。そうでなければ、かなり厄介な状況になる。最悪、誰かの命が失われるかもしれない。
「確認します」
 どうやら、彼女も気付いたらしい。即座に言葉を返してくる。
「……何かあったのぉ?」
 セシル君、とロイドが自分の副官に向かって問いかけた。
「別働隊がいます。それが、コーネリア殿下と他の者達を分断する可能性があるのです」
 気のせいであればいいが、と彼女が言葉を返している。その言葉に、ルルーシュも頷いてみせた。
「ずいぶんとまた、こった作戦をとってくれますねぇ」
 ロイドもその可能性に気が付いて顔をしかめる。
「ですが、この状況では、誰もコーネリア殿下の救援に行くことは不可能ですよ?」
 いくら歴戦の勇者でも、物理的に不可能だ……と彼は口にした。
「やはり、遊軍を用意しておくべきだった、な」
 だからといって、このまま放っておくわけにはいかない。このままでは、最悪、コーネリアを失ってしまう可能性だってあるのだ。
 そうなれば、ユーフェミアが悲しむ。
 あんな想いをするのは、自分だけで十分だ、とルルーシュは心の中で付け加える。
 しかし、これから自分が口にしようとする言葉は、別の意味で怖い。だが、そうしなければこの状況を覆せないだろう。
 震える指先を隠すかのようにルルーシュは拳を握りしめた。
「ロイド……それにラクシャータ」
 声だけは震えさせたくない。そう思いたいのに、実際には不可能だ。
 それでも、とルルーシュは自分を振り立てる。
「責任は私がとる……ランスロットと月下の発進準備を」
 最悪な状況になる前に介入をさせる、と言い切った。
「ルルーシュ様!」
 それは、とラクシャータが声をかけてくる。
「……姉上を見殺しにすることより、ましだ……」
 シュナイゼルとクロヴィスだけは間違いなく自分を味方してくれるだろう。そして、スザクはどこにいようとも自分の側にいてくれるはず。
 だから、いい。
 ルルーシュはそう告げる。
「わかりました。その時は、私もどこであろうとお供させて頂きますからねぇ」
 ルルーシュの主治医の役目は自分のものだ。言葉とともに、ラクシャータはそっとルルーシュの頬に触れる。その温もりが心強い。
「僕だってぇ! その時には、特派そのものをルルーシュ様の支配下に移してもらいますからぁ」
 大丈夫。自分たちもルルーシュの側にいる。ロイドも負けじとこう言ってきた。
「そうか」
 その言葉がどこまで信頼できるか。それはわからない。だが、そう言ってもらえるのは嬉しい、とルルーシュは頷いてみせた。

 自分が完全に味方と切り離されている。
 その事実に、コーネリアはもちろん気付いていた。
「……己の力を過信したか」
 自嘲の笑みをその口元に刻む。
 どのような状況であろうと、自分は勝利を収めてきた。だから、今回も大丈夫であろう。相手は、ごく少数なのだから。そう考えていた自分が、どれだけ傲慢だったのか、今ならわかる。
『姫様!』
 ギルフォードの悲鳴のような呼びかけが耳に届く。
「私は大丈夫だ。まずは、そちらを制圧しろ!」
 その程度の時間であれば、何とか保たせることが出来るだろう。彼を安心させるようにこう告げた。  もっとも、それが難しいと言うことは自分が一番よくわかっている。  これだけ激しい動きを続けていれば、エナジーフィラーの消費が大きい。それが尽きるのも、間近なのではないか。
 それでも、だ。
 自分のためにこの作戦を失敗させてはいけない。それでは、何のためにクロヴィスから指揮権を取り上げたのかわからないではないか。
「こうなれば、一人でも多く倒すだけだ」
 そして、自分の身柄を相手に渡さぬようにするだけだろう……とコーネリアは呟く。
 その瞬間、彼女の脳裏にこの地で消息を絶った異母妹の悲しげな視線が浮かぶ。
「大丈夫だ、ルルーシュ。お前達の側に行くだけだ」
 そんな彼女に、コーネリアは微笑みかける。
「もっとも、私が逝くべき所は地獄かもしれないが、な」
 こう呟いた瞬間だ。
 彼女のグロースターへ照準を合わせていたガン・ルウがいきなり吹き飛ぶ。
 代わりにその場にいたのは、白と黄金を基調にした、見覚えがない機体。
 そして気が付けば後二機、見覚えがないナイトメアフレームがまるで彼女を守るかのように近づいてきた。
『ご無事ですね、コーネリア殿下』
 モニターに顔は映らない。だが、問いかけてくる言葉は真摯だ。
「何者、だ?」
『……特別派遣嚮導技術部所属の、テストパイロット、です』
 コーネリアの問いかけに、相手は微妙に言葉を濁す。
『殿下のご指示に従うよう、上司に言いつかって参りました』
 ひょっとしたら、軍属ではないのか。あの男であれば、その位やりかねない。だが、使えるのであれば使うしかないのか。コーネリアはそう判断をする。
「わかった。では、指示に従え」
『Yes.Your Highness』
 即座に帰ってくる言葉に、コーネリアは見えないとわかっても頷いていた。

 これらの参入は予想外だったのだろう。
 澤崎をはじめとした元日本政府の者達、そして、中華連邦から彼等の支援としてやって来た曹将軍の身柄はその後、程なくして拘束することが出来た。
 それは喜ばしい。だが、釈然としないものが残っているのは、自分の犯した失態のせいだろうか。
「姫様」
 そんな彼女の耳にダールトンの呼びかけが届いた。
「あいつらは拘束の上、トウキョウ租界に運べ。すぐにブリタニアの国法に則って裁いてやる」
 ルルーシュを傷つけた以上、それが当然だ。きっと、シュナイゼルも同意をしてくれるだろう。そう彼女は続ける。
「……その前に、特派に行く」
 先ほどのナイトメアフレーム。そのパイロットが気にかかる、と告げれば、ダールトンはわかったというように頷いてみせた。
「既に、あちらには連絡を入れてあります」
 そして、こう言ってくれる。
「そうか。あのパイロットについては何かわかったか?」
 特派所属のテストパイロットだ、と言った声。それに聞き覚えがなかったとしても、あれだけの動きを出来る存在が自分の耳に入ってこないということがおかしい。だとするならば、あれらが故意に隠していたと言うことにはならないか。
 だとするならば、どうしてなのか。
 そう考えながら、問いかける。
「残念ですが……」
 特派の結束は予想以上に堅かった。だから、誰に問いかけても、それに関しては守秘義務の一言だけしか返ってこないのだ、とダールトンは言葉を返してくる。
「上司があれでも、部下達の士気は高いと言うことか」
 逆に、彼が上司だからこそ部下達の士気が高まるのか。どちらにしても、シュナイゼル直属だけのことはある。コーネリアはそう心の中で呟く。
「では、あれらの機体についても何もわからないのか?」
 自分の命を救ったあの機体。目を見張る以外出来なかったあの性能に興味が行くのは、自分もまたパイロットだからだろうか。
「白いのが、アスプルンド伯の開発した機体で、ランスロット、と言うそうです」
 他のは、チャウラーが開発した月下だとか。その微妙な響きに、コーネリアは少し首をかしげた。
「ブリタニア語ではないようだな」
「……イレヴンの言葉らしいです。響きが気に入ったとか」
 正式に採用されていない以上、呼び名は開発者に任されている。だから、それに関しては文句を言えないだろう。
「そうかもしれぬが、気に入らぬ」
 ともかく、それに関しても本人達に確認しなければ。
「まぁ、いい。行くぞ」
 あれこれ考えていても答えは見つからない。それならば、直接問いかけた方がいいに決まっている。そう判断をするとコーネリアは歩き出す。その背中を守るかのように、ダールトンも後に続いた。





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08.04.20 up