特派のトレーラー内で、大人達は頭を抱えていた。
「まずい……まずいよぉ」
 このままでは、絶対コーネリアにルルーシュの存在がばれる。それだけは避けたかったのにぃ、とロイドが何度目になるかわからない言葉を口にした。
「外をがっちりと固められているものねぇ。逃がすことも不可能だわぁ」
 本当に困ったものね、とラクシャータもため息をつく。
「藤堂さん達のことに関しては、あちらもご存じですからここにおられても誰も何も言わないと思います。でもルルーシュ様とスザク君のことは、どうしても説明が付きませんから」
 隠すのが一番だろう。だが、この狭いトレーラー内ではそれも難しい、とセシルもため息をついている。
 ここにジェレミアがいれば、もっと鬱陶しい光景が見られたのではないか。
 その中で、ルルーシュ一人だけが一人静かに座っていた。その表情にあきらめの色が浮かんでいるような気がするのはスザクの気のせいではないだろう。
「ルルーシュ……」
 そっと呼びかければ、彼女は視線を向けてきた。
「大丈夫だ……最初から、覚悟はしていた」
 自分の存在がコーネリアにばれることは……とルルーシュはしっかりとした口調で告げる。それでも、握りしめられた彼女の手が白くなっていることにスザクは気付いていた。
「……私が、姉上を失いたくなかった……それだけのことだ」
 そのせいで、みなが困るとはわかっていても……と続ける彼女の体を、スザクはそっと抱きしめた。
「みんな、わかっているから」
 だから、全部自分の責任だと思わなくていいよ。そう囁く。
「わかっている」
 口ではこう言ってくれる。それでも、簡単に恐怖はぬぐえないのだろう。そうでなければ、もっと早くコーネリアには顔を見せていたのではないか。
「ともかく、ワンクッション置いた方がいいわね。ルルーシュ様は機器の影にでもいて頂くことにしましょうか」
「そぉだねぇ。下手に隠し立てするよりは、その方がいいかもしれないねぇ」
 むしろ、その方が目立たないかもしれない。大人達は結局、その結論に達したようだ。
「藤堂だけは付き合って貰って……四聖剣の方々は、デッキで待機していてくれるぅ? 何かあったら、すぐに来てくれると嬉しいな」
 いざとなったら、全部の責任はあの腹黒殿下に押しつければいいしぃ……とロイドは笑っている。
「……腹黒?」
 誰のことだ、とルルーシュが呟いた。
「さぁ」
 自分にわかるわけがないだろう、とスザクは言外に言い返す。
「ともかく、ルルーシュ様。こちらへ。スザク君もね」
 ラクシャータがこう言いながら二人を手招く。それを見て立ち上がろうとするルルーシュに、当然のようにスザクも手を貸した。
「いい? 何を言われても顔を出さなくていいですからね。私もプリン伯爵も、多少のことなら気にしませんからぁ」
 あれこれ陰口を言われるのはなれているしぃ、と彼女は付け加える。
「ラクシャータ……」
 ルルーシュが何かを言おうと口を開く。しかし、うまく言葉を見つけられないのだろう。すぐに視線を床に落とした。
「気にしなくていいですよぉ。このエリアのことじゃないですから。まだ研究室にいた頃のことですしぃ」
 バカに何を言われても、ただの負け犬の遠吠えとしか思えませんからぁ、とロイドはロイドで笑っている。
「それよりも、おいでになったようですよ」
 だが、すぐに表情を引き締めると、彼はこう口にした。その言葉に、ルルーシュの体がまた強ばる。
「セシルさん、用意は出来ているんですよね?」
 その華奢な体を抱き上げると、スザクはこの場で一番実務能力に優れていると思える相手に問いかけた。
「えぇ。イスの準備は出来ているわ。その前に藤堂さんに立っていて頂ければ、目隠しになると思うし」
 しばらくはコーネリアの目から確実にルルーシュを隠せるだろう。彼女はそう告げる。
「ルルーシュ、構わない?」
 腕の中の少女に問いかければ、彼女は頷いてみせた。それを確認して、そのまま、スザクは移動する。
 計器の間の僅かなすきまに、二人分のいすが置かれていた。と言うことは、自分もここで隠れていろ、と言うことなのだろう。
「……千葉。それに仙波は残れ」
 不意に藤堂がこう命じる。
「姫の前にいればよいわけですね?」
 ついたてとして、と仙波が言葉を返した。そのあたりの意思の疎通は流石だ、とスザクは感嘆をする。
「……私は、大丈夫だ」
 だから、そこまで気を遣うな……とルルーシュが主張をした。しかし、誰もそれに耳を貸す様子はない。
「ルルーシュ。みんなの気持ちは素直に受け取ろう?」
 ね、とスザクはそんな彼女に笑いかける。
「……わかっているが……」
 でも、納得できない。そう呟く彼女の頭を、スザクはそっと抱きしめた。

 彼等は開発のための部隊だ。それはわかっていたが、ここまで徹底しているとは思わなかった。コーネリアは案内されたトレーラーの中を見回しながら、そう心の中で呟く。
「申し訳ありません。シュナイゼル殿下は、形式を気になさらないのでぇ」
 このような場所でも報告を聞くだけならば十分だ、とおっしゃるんですよぉ……と告げるロイドに、ため息をつくしかできない。
 彼が自分の部下であれば、そのような態度を許すつもりはない。だが、シュナイゼルがそれを認めているのであれば、自分が口を出す問題ではないとわかっていた。
「気にするな」
 そう言いながら、示されたイスに座る。その座り心地は予想とは反して素晴らしいものだ。
「お気に召しましたか?」
 こう言いながら笑みを向けてきたのはラクシャータである。
「流石にこのスペースでは豪華なソファーは置けませんから。取りあえず、殿下方用に、座り心地だけは追求させて頂きました」
 それでご容赦を、といいながら、彼女はさりげなく紅茶を差し出してきた。
「悪くはない」
 それを受け取りながら、こう言い返す。
 お互い、腹のさぐり合いをしていると言ったこの状況は、逆に言えば彼等が何か隠し事をしていると言うことだろう。それは何なのか。
「ともかく、時間はない。先ほどのナイトメアフレームのパイロットにあわせて貰いたい」
 礼を言わねばならぬからな、と相手が逃げられないようにストレートに用件を口にした。
「あっはぁ」
 しかし、相手にしてもその程度は予測していたのか。それとも、たんに気に入らなかっただけなのか。
「パイロットではなくデヴァイサーですよぉ」
 即座にこう言い返してくる。
「ランスロットは乗り手を選びますからぁ」
 だから、パイロットの呼び名も特別なのだ……とロイドは付け加えた。その言葉に、思わず殺意がわき上がってきたとしても罪はないのではないか。
「いい加減にしな、プリン伯爵。コーネリア殿下はお忙しいところをわざわざ来てくださったのに」
 ちゃかすんじゃない、と彼女はロイドの頭を殴りつけている。
「チャウラー。なら、お前が答えろ」
 そう言えば、月下とやらの開発者はお前だったな……とコーネリアは矛先を彼女に向けた。
「取りあえず、クロヴィス殿下の許可は取っております。そのことだけは御了承頂けますか?」
 言外に、責任は彼にある。そう告げる彼女に、やはり一筋縄ではいかないと判断をした。だが、責任者がああである以上、こうならざるを得ないのか。
「内容次第だ」
「では、お話しできませんねぇ」
 シュナイゼルとクロヴィスの許可がなければ……とラクシャータは笑い返す。
「貴様!」
 言わせておけば! とコーネリアは腰を浮かせようとした。そんな彼女の肩にダールトンが手を置く。
「……姫様を激昂させ、何をごまかそうとしているのだ?」
 そして、そのままで彼は静かな口調でこう問いかけた。この言葉で、コーネリアはようやく彼等がわざとそんな口調をしていたか、と思い当たる。
「そんなことはありませんよぉ」
 しかし、ロイドはあくまでも口調を崩そうとはしない。
「……殿下にはご不満かもしれませんが、私たちにも守秘義務というものは存在しているのです」
 ですからぁ、とラクシャータも変わらない態度で口にする。
「……貴様ら……」
 それこそ、不敬罪で拘置してやろうか。シュナイゼルやクロヴィスが即座に解放するように要請してくるだろうが、少しは立場というものを理解できるだろう。
「ひょっとして、あの機体に乗り込んでいたのはナンバーズか?」
 ふっとある可能性に気が付いたのか。ダールトンが二人に向かってこう問いかけた。それに彼等は態度を変えない。しかし、その背後に控えていたロイドの副官が一瞬、表情を強ばらせた。
「そうなのか?」
 すぐに元の表情に戻したようだが、それを自分が見逃すと思っていたのか、とコーネリアは心の中ではき出す。
「だとしても、許可はちゃんと取ってますからぁ」
 コーネリアに文句を言われる筋合いはない、とロイドは言い返してくる。それは、言外にそれを認めたと言うことになるのではないか。
「……ほぉ……」
 それについては妥協しても構わない。だが、その態度が気に入らない……とコーネリアはそう呟く。
「貴様らは、ブリタニアに弓を引くかもしれん相手に機密を見せている。そう言うのか」
 取りあえず、彼等がどれだけの覚悟でそのような行為をしているのか。それを確認しよう。そう思ってこう問いかける。
「しかたないでしょぉ。他の軍人達では、僕のランスロットを起動することも出来なかったんだからぁ」
 文句があるなら、能力が不十分な連中に言え! と言外に付け加える彼の言葉に、コーネリアは内心苦笑を漏らす。しかし、それだけなのだろうか。
「……では、月下とやらには、いったい、誰が乗っていたのだ?」
 それでもここで追及の手を止めるわけにはいかない。そう思ってさらに言葉を重ねたときだ。
「……そこまでにしておけ……ロイドにラクシャータ」
 小さなため息とともに聞き覚えがある声が耳に届く。
「姫?」
 その声に真っ先に反応を示したのは藤堂だ。ロイドとラクシャータは予想外の事態に動くことも出来ないらしい。
「いいの?」
 さらにもう一つ――こちらは聞いたことがない――声が室内に響き渡る。
「構わない。それに、お前達に出撃を命じたときに言っただろう? 責任は、全て私がとると」
 兄さん達にこれ以上迷惑をかけるわけにはいかない。この言葉とともに機械の影から人影が現れた。
 一つは、特派の制服を身に纏ったイレヴンの少年。おそらく、彼がランスロットのパイロット――ロイド風に言うのであればデヴァイサー――なのだろう。
 だが、それはどうでも良かった。
 問題なのはその少年に寄り添いながら出てきた少女の方だ。
「……ルルーシュ……」
 その黒髪も、母であるマリアンヌによく似た容貌も、何よりも皇族の中でもっとも色の濃いアメジストの瞳を自分が見間違えるはずがない。
「ルルーシュ様……ご自分から出てきてどうするんですかぁ」
 とどめとばかりにロイドがこう呼びかけた。
「だが、このままではお前達に咎が行く。兄上からお借りしている以上、そのようなことをさせるわけにはいかないだろう?」
 ルルーシュは「当然のことだ」と付け加える。その潔さも、昔と変わっていない。
 同時に、これで全ての疑問が氷解した。
「生きて……生きていたのだな、ルルーシュ!」
 だが、それならばどうしてもっと早くに自分に伝えてこなかったのだろうか。周囲の者達の言葉から判断をしてシュナイゼルとクロヴィスは知っていたようなのに、だ。
 しかし、今はそんなことはどうでもいい。
 彼女の温もりを確かめたい。
 その一身でコーネリアはルルーシュの側に駆け寄ろうとした。しかし、その動きが止まる。
「ルルーシュ……」
 目の前で、彼女が体を強ばらせたのだ。
「……どうしたのだ、ルルーシュ……」
 どうしてそのような反応を見せるのか。コーネリアにはわからなかった。





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08.04.23 up