「ルルーシュ、この姉を、忘れたのか?」
ショックを隠せないという様子でコーネリアが声をかけてくる。
それでも、ルルーシュ自身どうすることが出来ないのだ。
彼女は敵ではない。今でも自分のことを大切に思ってくれている。それはわかっていても、どうしてもこの体の震えを止められない。
「ルルーシュ様、ご無理はなさらないように。でないと、また、クロヴィス殿下までも近づけなくなりますわ」
そんな彼女の様子に気が付いたのだろう。ラクシャータがそっと声をかけてくる。
「わかって、いる……でも……」
コーネリアに申し訳ない、とルルーシュは思わず呟いてしまう。
「それでもです。ルルーシュ様の心の傷は、まだ表面がふさがっただけなのですから」
コーネリア殿下もご理解して頂けます、と口にしながらラクシャータは視線を移動させた。
「……チャウラー?」
何を言っている、と彼女が問いかけている。その声にも、無意識のうちに反応してしまう。
「姫様。もう少し落ち着いてください。ルルーシュ様が本気でおびえておいでです」
ダールトンがこう言ってコーネリアを諫めてくれる。
「……ダールトン!」
「戦場でのお姿は、我らにとっては見慣れたもの。ですが、ルルーシュ様には恐怖の対象になるのかもしれませんぞ」
ですから、落ち着いて……と言えるのは、昔から彼女の側にいたからだろうか。
「……あ、あぁ……そうだな」
ここまでルルーシュにおびえられてはそれも否定できないと思っているのだろう。コーネリアは素直に引き下がる。そんな割り切りの良さも、彼女らしいと思う。
心ではこんな風に彼女のことを懐かしいと思っている。
それなのに、どうして怖いと感じてしまうのだろうか。
「どうやら、ルルーシュがどうしてそのような反応を見せるのか。お前に聞くのが早そうだな、チャウラー」
ため息とともにコーネリアが言葉を投げつけてきた。
「そうでしょうねぇ。プリンよりも先にルルーシュ様のお側に来ましたしぃ。何よりも、私がルルーシュ様の主治医ですからぁ」
まるで自慢をするかのようにラクシャータは笑みを浮かべる。
「もちろん、ルルーシュ様の姉君でいらっしゃるコーネリア殿下にご説明をするのはやぶさかではありませんわぁ」
肉親としては当然の気持ちだろうし、と彼女は続けた。
「ですが、その前に」
ふっと口調を変えるとラクシャータはルルーシュへと視線を向ける。
「スザク君。ルルーシュ様を仮眠室に連れて行って。できれば、そのまま眠って頂いてね」
添い寝までは許可をするから、と彼女は付け加えた。
「ラクシャータ?」
スザクと添い寝をするのはいつものことだから、自分は気にしない。だが、どうしてコーネリアの前でそのようなことを言ったのだろうか。
「スザク君の側が一番安心できますでしょう?」
何よりも、と彼女は付け加える。
「今のルルーシュ様には休息が必要です。トウキョウに戻る前に倒れられたら意味はありませんよ?」
そうなったら、どれだけクロヴィス殿下がご自分を責められると思いますか?
こう言われてしまっては、ルルーシュはそれ以上反論が出来ない。この状況は、自分のワガママが引き起こしたことだ、と言うこともわかっているのだ。
「大丈夫ですよぉ。取りあえず、クロヴィス殿下と連絡が取れましたからぁ」
時間が空けば、顔を出すと言っていました……とロイドが口を挟んでくる。どうやら、ラクシャータとコーネリアが話をしている間に、あちらと連絡を取ったようだ。
「……わかった」
それでも不安がないわけではない。だが、これ以上ここに自分がいてもどうしようもないと言うことはわかっていた。
「大丈夫ですわ。ルルーシュ様がお顔を出してくださいましたから、少なくともコーネリア殿下が私たちを罰することはないはずです」
そうですよね、と問いかけているのは牽制なのか、それとも、とルルーシュは心の中で呟く。
「……そうだな。お前が命じた、と言うのであればこの者達を罰する理由がない」
だから、それに関して約束をする……とコーネリアは口にする。
「それよりも……確かに顔色が悪い。休めるなら休んでこい」
話はその後でも出来るだろう。時間はまだあるのだから……と告げる口調は優しい。それは、あのころと同じものだ。
何よりも、とルルーシュは心の中で呟く。彼女は一度、口にした言葉を違えるような人間ではない。だから、と小さく頷いてみせる。
「ゆっくり休め」
その言葉に、ルルーシュはスザクに導かれるままに仮眠室へと向かった。
二人の姿がドアの向こうに消える。その後を当然のようにイレヴン――おそらく、藤堂の部下だろう――が追いかけていった。
どうして、ルルーシュの側にイレヴンが当然のようにいるのか。
だが、とコーネリアは心の中で呟く。誰もそれをとがめるものはいない、と言うことはこれが日常なのではないか。
「……さて……」
言葉とともにコーネリアはイスに座り直す。
「あの子の症状は何なのか。きっちりと説明をして貰おうか」
自分が納得できるまで、と付け加えれば、誰もが小さなため息をつく。
「長い話になりますが……あぁ、藤堂。間違っていたり足りなかったところはフォローよろしくねぇ」
視線を流すとラクシャータはこう告げる。それに彼は静かに頷いてみせた。
「何故、藤堂だ?」
「あのころのルルーシュ様を知っているのが、ここにいるメンバーでは彼だから、ですよぉ」
だから、ルルーシュがどうしてそうなったのか、一番よく知っている。そうロイドが説明の言葉を口にした。
「悔しいけど、僕が一番知らない」
その言葉が、彼の本音なのだろう。しかし、ある一点が引っかかる……とコーネリアは心の中で呟く。
「この中では、と言ったな。では、ルルーシュ以外で一番事情を知っているものは、誰だ?」
どうして、その人物に説明をさせないのか。言外にそう問いかける。
「一番よく知っているのは、枢木スザクです。ですが、今のルルーシュ様から彼を取り上げるわけにはいきませんので」
どのような薬よりも、彼の存在がルルーシュにとっては必要なのだ。それを取り上げられれば、きっと、彼女は心のバランスを崩してしまうだろう。ラクシャータはそう口にする。
「……気に入らないが……まずは、お前達の話を聞いてからにしよう」
先ほどのルルーシュの様子を見ていれば、あの男を信頼していることだけはわかった。だが、その理由がわからない。
いや、待てよ……とコーネリアは呟く。
「枢木スザク、と言えば……ルルーシュの婚約者だった男か」
「そうです。ですから、一番長い時間を一緒に過ごしています」
自分たちが二人を保護するまでの間のことは、彼からの伝聞でしか知らない。藤堂が冷静な口調でコーネリアの言葉を肯定した。
「……取りあえず、今のルルーシュ様の状態ですが……あの方が恐がっているのはブリタニアの皇族及び貴族、です。クロヴィス殿下ですら、その壁を乗り越えられるのに一年近くかかりました」
シュナイゼルは現在、壁の上によじ登ることが出来た状態だと言っていい、とラクシャータが説明の言葉を口にする。
「……皇族と貴族?」
いったい何故、と問いかけなくても想像が付く。それでも、あのクロヴィスに対してまでもそうしなければいけなかったのか。そちらの方が驚きだ。
「辛うじて、ジェレミア卿と私だけが、あのころはお側によれましたわぁ」
それでも、スザクが側にいなければ不可能だっただろう。そうも彼女は続ける。
「……ルルーシュはいつ、クロヴィスの元に?」
まずはそれを聞きたい。
「三年……いえ、もうじき四年になりますでしょうか」
「……その位だ、と記憶している」
問いかけるように視線を向けられた藤堂がこう言って頷いてみせる。
「もっとも、最初の一年ほどはクロヴィス殿下を見ただけでおびえておいででしたけど」
あのころ、ルルーシュの側に近づけたブリタニア人は少ない。だが、それもしかたがなかった、とラクシャータは口にする。
「しかたがあるまい。我々と行動を共にされていたとき、たしかに日本人達の襲撃もあった。だが、それ以上にブリタニア人に襲われる方が多かった、と記憶している」
自分たちがあの二人を保護するまでの間にどれだけの襲撃があったのかはわからない。だが、スザクまでもが自分たちに対し警戒心を抱いていたことから判断をして、一度や二度でなかったことだけは事実ではないか。
藤堂はそうも付け加えた。
「……ブリタニア人、だと?」
日本人――イレヴンが、と言うのであれば――言葉は悪いが――まだ納得できる。自分たちの鬱憤と怒りをあの小さな体に向けようとしたのだろう。
しかし、どうしてブリタニア人が……と思わずにはいられない。
「……それに、皇族の誰かが関わっているらしい。姫はそう口にしておられましたから」
「ルルーシュが?」
あの子がそう口にしたのであれば、きっと根拠があってのことだろう。
しかし、とコーネリアは心の中で呟く。いったい誰が黒幕かはわからないが――自分の母という可能性だってあるのだ――全てを失ったあの子にさらに追い打ちをかけてどうするというのか。
「……それほど、マリアンヌ様が驚異だった、と言うことか……」
だが、それは自分たちがその身分にあぐらを掻いているからだろう。マリアンヌは己自身の才能で后妃という地位を得たのに、だ。
「……ルルーシュ様がクロヴィス殿下に保護されてからも、何度か襲われましたからぁ。まぁ、その犯人はクロヴィス殿下とシュナイゼル殿下が処分されたようですけどぉ」
そのせいで、ルルーシュの猜疑心が一時的とはいえ強まったのは否定できない。ラクシャータはそう告げた。
「本当。スザク君がいてくれてよかったですわぁ」
でなければ、本当に誰も近づけなかっただけではなく、ルルーシュの心が壊れていた可能性すらある。
「……あの男か……」
ナンバーズであることは気に入らない。しかし、ルルーシュを守ってくれたことを考えれば認めなければいけないのだろうか。
何よりも、彼をはじめとしたナンバーズに助けられたのは事実だ。
「しかし、どうしてクロヴィスは……」
コーネリアはこう呟く。
『それについては、私から説明をさせて頂いた方がよろしいのでしょうか』
いったいいつの間に回線をつないだのか。クロヴィスの姿がモニターに映し出されている。
『ただし……ご協力頂けないまでも、我々の計画を邪魔しないようにお約束して頂かなければいけませんが……』
でなければ、自分たちの努力だけではなくルルーシュのそれも無駄になってしまう。
「……人の知らないところで何をしているんだ、お前達は」
コーネリアは思わずこう呟いてしまった。
『決まっているではありませんか』
「ルルーシュ様を幸せにしたいだけですよぉ」
「そうですわぁ。あの方がおわされた重荷の分、幸せになって頂かないとぉ」
ルルーシュを置いて逝かなければいけなかった二人の分も、とラクシャータは告げる。
「……姫が幸せになるのであれば、多少の矜持は捨ててもよいと考えている」
つまり、ここにいる者達はみなクロヴィス達の共犯と言うことだろうか。
「……何をするつもりだ?」
納得するかどうかは別にして、話だけは聞いておいてやろう。コーネリアは彼等の顔を一人一人順番に見つめながらこう告げた。
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08.04.26 up
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