ドアが閉まった瞬間、ルルーシュはその双眸から涙をこぼした。
 少しでも嗚咽を漏らしてくれれば、まだ安心できたのかもしれない。しかし、彼女は無言でただ涙で頬を濡らしているだけだった。
「ルルーシュ……」
 きっと、今の自分の反応がショックだったのだろう。
 それがわかるから、スザクはそっと彼女の体を抱き寄せる。そのまま、自分の胸に彼女の顔を埋めさせた。
「大丈夫だよ。きっと、コーネリア殿下もわかってくださるから」
 ね、とそっとその耳元で囁く。
「……だが、姉上は……ナンバーズは区別すべき、とお考えだ」
 悪い意味ではなく、自分たちに負けた者達は自分たちよりも力がない存在。だから、自分たちが守るのが当然なのだ。そう考えている。ルルーシュはそう告げる。
「でも、藤堂先生がいるよ?」
 彼は、唯一ブリタニアに土を付けた存在だ。その相手をいくらコーネリアでも彼を『弱い』とは言えないのではないか。スザクはそう言い返す。
「それに、ラクシャータさんとロイドさんがいる。あの人達がルルーシュが困るようなことをするはずがないよ」
 だから、今は休もう? とスザクはルルーシュの背中をそっと叩く。
「スザク」
「大丈夫。側にいるから」
 ルルーシュが目覚めるまで、とさらに言葉を重ねれば、彼女は顔を伏せたまま、小さく頷いてくれた。
「じゃ」
 それを確認してから、スザクは軽々とルルーシュの体を抱き上げる。
「……スザク?」
 不思議そうに彼女はスザクの顔を見つめてきた。だが、それよりもスザクは腕にかかる重みが、ここ数日で軽くなったことのほうが気にかかる。
「起きたら、一緒にご飯食べようね」
 それを告げる代わりにこういった。
「……おかゆ、食べたい」
 ルルーシュが甘えたようにこう言ってくる。
「いいよ。俺が作ったのでいいなら、作ってやる」
 だから、今は眠って……とスザクは口にしながら、そっと彼女の体をベッドに横たえた。そのまま彼女の足から靴を脱がせてやる。
「……ごめん」
「気にしなくていいから。ルルーシュの面倒を見るのは、俺の特権なんだからな」
 こういった瞬間、ルルーシュがふっと微笑む。
「その口調も久しぶりだ」
 懐かしい、と呟くと彼女は瞳を閉じた。
「お休み、ルルーシュ」
 その髪の毛をスザクはそっと撫でる。
「俺は、ずっとここにいるから」
 ばれたらジェレミアにまたお小言を言われるな。そう思いながらも、スザクはこう囁いた。
 そんな二人の様子を追いかけてきた千葉達が痛ましそうに見つめている。それでも、彼等にしてもある意味見慣れた光景だからか。静かにそこにいてくれる。その気遣いがありがたいな、とスザクはそうも心の中で付け加えていた。

 周囲に己の足音だけが響く。
「……いったい、何の御用事なのか」
 自分たちの父であるにもかかわらず、現皇帝――シャルル・ジ・ブリタニアが何を考えているのかはわからない。シュナイゼルは心の中でそう呟く。
「あちらでも厄介ごとが起きていると言うし……少しでも早く、連絡を取りたいのだが……」
 それでも、皇帝の呼び出しを無視するわけにはいかない。まして、自分は宰相という立場にあるのだ。何をおいても向かわなければいけない義務を負っている。
 だが、とシュナイゼルは心の中で呟く。
 今はそれよりも優先したいことがある。
「私も、人の子だった……と言うことかな」
 それとも、あの子だけが特別なのか……と口の中だけで付け加える。
 だが、それも扉の前に着くまでのことだ。
 少なくとも、まだ父にルルーシュの生存を知られるわけにはいかない。何よりも、自分たちの計画を潰されては困る。
 表情を引き締めると、一歩前に踏み出す。
 まるで、そんな彼の行動を見ていたかのようにドアが開かれる。
 それを当然のことと受け止めながらシュナイゼルは静かに足を進めた。そして、玉座の少し前で膝を着く。
「お呼びとお聞きしましたが」
 何のご用でしょうか、と完璧な作法で問いかける。
 それに、シャルルは一瞬だけ考え込むような表情を見せた。あの父にしては珍しいことを……とシュナイゼルは心の中で呟く。
「……何やら、面白いことを画策しているようだの」
 しかし、すぐにこう問いかけてくる。
「いったい、どれのことでしょうか」
 自分が抱えている案件は一つではない。だから、その中のどれをおっしゃっているのかわからない。そう続ける。
「……儂が気付かない、と思っておったのか、お前達は」
 それに、シャルルはあきれたように言い返してきた。
「では、はっきりと言おう」
 シャルルがシュナイゼルを見下ろす。
「我が娘、故マリアンヌが長女、第三皇女ルルーシュとその騎士をこの地に連れてくるがよい。その態度如何により、お前とクロヴィスの計画を認めるか否か、決めよう」
 名誉ブリタニア人の軍人としての地位を与えるかどうか。あれの騎士を見て決めさせて貰おう。さらにシャルルは言葉を重ねた。
 その言葉を福音ととらえるか、それとも逆なのか。一瞬悩む。
 しかし、シュナイゼルにはシャルルにルルーシュの生存及び自分たちの計画がばれていたことの方がショックだった。
「……何のことでしょうか、陛下」
 何よりも、今のルルーシュをシャルルにあわせるわけにはいかない。
 あの異母妹が恐怖を感じる存在。その象徴が父である目の前の男ではないのか。そうも考える。
「……それとも、エリア11の総督を別の者に替えた方がよいのか?」
 しかし、シャルルはさらに追い打ちをかけるようにこう告げてきた。
 つまり、ルルーシュをここに連れてこない限り、皇帝としての権限でシュナイゼル達の計画をつぶす、と言っているのだ。それは、せっかく収まったテロの火種をまた煽ることになる。
「……クロヴィスと相談をしてから、ご返答をさせて頂きたいのですが……」
 彼の地の総督も、そして、あの子を守っているのも彼だ。だから、自分の一存では決められない。
「彼の地にいる者は、クロヴィスの支配下にありますから」
 彼の許可がなければ、いくらシャルルの命令でも迂闊なことは出来ないだろう。まして、ルルーシュの場合、現在の後見人はクロヴィスなのだ。そうも告げる。
 もっとも、彼の勅命であればクロヴィスにしても従わざるを得ない。それもわかってはいた。
「よかろう」
 しかし、予想外にシャルルはあっさりとこう告げる。
「ただし、猶予は一月、だ。それ以内に返答を寄越すように」
 でなければ、全ては白紙に戻させる……と告げる彼の真意は何なのだろうか。
「了解致しました」
 だが、今のシュナイゼルにはこう言い返すしかできない。
「話は、それだけだ」
 言外に『退出しろ』と命じられて、シュナイゼルはまた頭を下げる。そして、そのまま立ち上がるときびすを返した。
 真っ直ぐに歩いていけば、背後で扉が閉められる。
「本当に……」
 小さなため息とともに言葉をはき出す。どうして、今、自分が皇帝の座にないのだろうか。もし、そうであれば、ルルーシュの心を傷つけさせるようなことはさせないのに。
 だが、現状では、自分の力はシャルルに遠く及ばない。
「ならば……少しでもあの子を守れるように、手を打たなければいけないね」
 自分が現在持っている全ての力を使ってでも。そう呟くと、シュナイゼルは前を見据える。そして、そのまま力強い足取りで前に進み始めた。

 キュウシュウへの中華連邦の介入事件の後始末は、予想外に手間取っていた。
「いったい、どうやってあそこにあれだけの機体を運び込んだのか……」
 それがわからない、とコーネリアは呟く。
「海岸警備についていた者達も、レーダーに映らなかったとそう報告してきております」
 もっとも、自分たちだけでどうこうできるとは思っていなかったのだろう。澤崎はキョウトに協力を要請したらしい。だが、彼等は既に自分たちの共犯者だった。そのキョウトが報告をしてこなければ、今頃どうなっていたことか。
「……となると、可能性があるのは水中か」
 潜水艦であれば、レーダーに引っかからない。つまり、海上だけを警戒していても意味はないのだ。
「それがわかっただけでも、収穫とすべき、だろうな」
 コーネリアはため息とともにこう呟く。
 いや、自分にとっての収穫はそれだけではない。失ったと思った存在をまた取り戻すことが出来たのだ。
 もっとも、と彼女は小さなため息をつく。その存在を取り戻したというのとはまだいいきれないのではないか。彼女はまだ、自分の姿を見るだけで体を強ばらせてしまうのだ。
「共に食事をとってくれるだけ、ましなのかもしれん」
 スザクも共に、というのは少し気にかかる。だが、その存在があるからこそルルーシュが自分と共にいる時間を作ってくれているとなれば、妥協するしかないだろう。何よりも、クロヴィスがそれを認めているのだ。
「姫様」
 体に似合わない小さなバスケットを手にしながら、ダールトンが歩み寄ってくる。
「どうした?」
「少し、お休みになられませんか?」
 そう言いながら、彼はテーブルの上にそのバスケットを置く。そして、その蓋を開けた。そうすれば、中に数種類のタルトが入っているのが確認できる。
「ダールトン?」
 手作りらしいそれを、彼はいったいどこから手に入れてきたのだろうか。そう思いながら問いかければ、
「ルルーシュ様からです」
 想像もしていなかった言葉が返ってきた。
「ルルーシュが?」
 自分に? と思わず聞き返してしまう。
「はい。下げた方がよろしいでしょうか」
 甘いものはあまり得手ではないだろう? とからかうような口調で彼が問いかけてくる。
「食べるに決まっているだろう!」
 ルルーシュが自分のために作ってくれたのであれば、とコーネリアは言い返す。
「では、お待ちください。今、ギルフォードが茶の準備をしておりますから」
 その後で、また仕事に戻ればいい。彼はそう続ける。
「そうだな」
 その方が色々とよい考えも出てくるだろう。コーネリアはこう言って頷き返す。
「後で、クロヴィス殿下もこちらにおいでになるとか」
 先ほど、これを持ってきたヴィレッタがそう言っていた。その言葉にコーネリアは頷き返す。
「では、それまでに報告書を書き上げてしまうか」
 もっとも、お茶を飲んでからのことになるだろうが。コーネリアはそう言って微笑む。
「そうなさってくださいませ」
 ダールトンの言葉に、彼女はさらに笑みを深めた。
「なら、お前達も付き合え」
 複数入っていると言うことは、ルルーシュは彼等の分も持たせて寄越したのではないか。そう判断をしてコーネリアはこう告げる。
「姫様のお許しが出ましたから、ご相伴をさせて頂きましょう」
 見かけに反して甘い物が好きなダールトンは少し口元をほころばせながらこう口にした。





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08.04.29 up