「それは本当なのですか、兄上」
シュナイゼルの言葉ではあるが、できれば間違いであって欲しい。そう思いながらクロヴィスは聞き返す。
『残念だがね。皇帝陛下から直々のお言葉なのだよ』
困ったことにね、と彼はため息をつく。
『慎重に事を運んでいたつもりではあったが……あの方には全てお見通しだったらしい』
相変わらず恐ろしい方だ……という言葉にはクロヴィスも同意だ。
だが、と彼は心の中で呟く。
「……姉上ですら、ルルーシュに避けまくられて落ちこんでいらっしゃるのに」
はたして彼女が父に「会いたい」と言うだろうか。
『それでも、ルルーシュに納得してもらわないといけないだろうね』
皇帝のあの様子では、本気で自分たちの計画をつぶしにかかるだろう。それでは意味がない。
「わかっています、兄上……」
しかし、その分、ルルーシュにかかる負担が大きくなるのではないか。そのせいで彼女の心が壊れては意味がない。
『あの子に話をしなければならないだろうね。必要ならば、私からしようか?』
側にいるクロヴィスよりも自分の方が適任だろう。そうも彼は続ける。
『少なくとも、君だけはあの子の味方だと認識していて欲しいからね』
それだけで、ルルーシュは安心できるのではないか。そうもシュナイゼルは付け加えた。
「いえ、兄上」
その言葉にクロヴィスは静かに首を横に振ってみせる。
「私の口から、ルルーシュに話をします」
良いことも悪いことも、自分は彼女に隠しておきたくない。隠すことこそが彼女への裏切りになるのではないか。そう考えるのだ。
「たしかに、あの子の心の傷は深いかもしれません。しかし、あの子も自分が負わなければならない義務を知っています」
だから、きちんと説明をすれば理解をしてくれるのではないか。
「……おそらく、それしかないという結論に達すれば、本国にも足を踏み入れるでしょう。枢木とチャウラーを側に付けておけば、皇帝陛下との会談だけは乗り越えることが出来るのではないか。
「問題は……」
自分たち以外の者が彼女に向ける視線ではないか。
『それに関しては、私がきちんと手配をしておこう』
少なくとも、私的な場でルルーシュを迂闊な者に接触させないよう、とシュナイゼルは口にする。そのための権力だしね、と続けられた言葉には首をかしげざるを得ないが、それでもルルーシュのためならば気にしない方がいいだろう。クロヴィスはそう結論づける。
「お願いします。おそらく、一番厄介なのはあの子でしょうから」
他の者達は排除できても、彼女だけは止められないだろう。
『あの子に関しては、コーネリアに何とかしてもらうしかないだろうね』
彼女の気持ちはわかるが、とシュナイゼルもため息をつく。
『取りあえず、ルルーシュに話す前にコーネリアとも相談をしておくといい。それと、チャウラー達にも』
「わかっています」
自分一人では判断を誤る可能性がある。何よりも、ルルーシュのために少しでもよい環境を整えてから話を伝えたい。
『問題なのは、時間的猶予がさほどないことだけど、ね』
引き延ばせるのであれば、一年でも二年でも引き延ばしたいが……とシュナイゼルはため息をつく。
「しかたがありません。一月とはいえ、考える時間を与えられたのです。それだけでもよしとしましょう」
もっとも、最後はルルーシュに任せるしかないのだが。
その事実が辛い。そう思ってしまうクロヴィスだった。
クロヴィスから聞かされた言葉に、ルルーシュはきつく唇をかみしめた。
「……ルルーシュ……」
それだけではこの恐怖は抑えきれない。それを感じ取ったのか、そっとスザクが抱きしめてくれた。
「大丈夫、だ」
それだけで、力がわいてくるような気がする。そう感じるのは錯覚ではないはずだ。
「ルルーシュ。君がいやならば、無理をしなくてもいいのだよ?」
確かに、状況はより困難になるかもしれない。だが、シュナイゼルが皇帝になった後であれば叶えられるだろう。
「もっとも、それまで彼等にはまってもらわなければいけないが……」
それもまた、一つの方法だろう。だが、とルルーシュは心の中で呟く。
「ですが……私が本国へ戻れば、その日はもっと早く訪れるのですよ、ね?」
スザクの手をそっと握りしめながら彼女はクロヴィスに問いかける。
「……皇帝陛下のお言葉を信じるのであれば、その可能性は高いだろうね」
少なくとも、黙認はしてくださるだろう。彼が知っていたとなれば、他の者達もそれ以上文句を言えなくなるはずだ。クロヴィスはそう言って頷く。
「でも、だからといって君がまた傷つくことはないのだよ?」
傷ついたルルーシュを見るのは、自分が辛い。クロヴィスのこの言葉は本心からのものだろう。
「……でも、これ以上、兄さん達の足手まといにはなりたくありません」
何よりも、と彼女は付け加える。日本人達の気持ちを考えれば、少しでも早くシュナイゼルとクロヴィスの計画を完成させなければいけないだろう。
「ルルーシュ……」
「大丈夫です……私の騎士、と言うことは、スザクを連れて行ってもいいと言うことでしょうから」
スザクが一緒ならば、多分、謁見の間ぐらいは耐えられるだろう。ルルーシュはそうも付け加える。
「……君がそのつもりならば、私たちは何も言わない」
でも、本当に無理をしなくていいのだよ? と彼は念を押すように口にした。
「一緒に、来てくれるよな?」
クロヴィスに言葉を返す代わりに、ルルーシュはスザクの顔を見上げながら言葉を唇にのせた。
「当然だよ。そのために、僕がここにいるんだから」
それに彼は微笑み返してくれる。
「……わかった。兄上にはそのように連絡しておこう」
あちらでの対処は、全て彼に任せておくのが一番確実だろう。このクロヴィスの言葉に、ルルーシュも頷いてみせる。
「……ルルーシュ様。それにクロヴィス殿下」
どうやら話が一段落した、と判断したのだろう。ジェレミアが口を挟んできた。
「何かな?」
もちろん、ブリタニアには君も同行してもらうよ……とクロヴィスは微笑みながら付け加える。
「……それもありますが……」
「ジェレミア?」
いったい、彼は何を言いたいのだろう。言いよどんでいる彼にルルーシュは次の言葉を促す。
「ルルーシュ様さえよろしければ、私をルルーシュ様の騎士にしてくださいませ」
言葉とともに、彼はルルーシュの前に膝を着く。
「枢木が騎士としてルルーシュ様のお側にいることに不満があるわけではありません。ですが、枢木は日本人。今一人、ブリタニア人の騎士がお側にいた方がルルーシュ様にとって有利になるかと」
貴族や何かの対処は自分が引き受ければいい。その代わりに、スザクはルルーシュの側にいることに専念できるだろう。彼はそうも付け加えた。
「ジェレミア、だが……」
それでは彼のためにはならない。
自分の側にいても彼にとってのプラスになることはないのだから。ルルーシュはそう言おうと口にする。
「これは、昔から考えていたことです、ルルーシュ様。貴方様が日本に行く、と決まったあの日からずっと」
あの時は許されなかった。だからこそ、今度は側にいたいのだ。そう彼は続ける。
「だが、ジェレミア……皇帝陛下が何を言われるのか、わからないのだぞ?」
ひょっとしたら、皇位継承権どころかその身分すら奪われるかもしれない。そこまで行かなくても幽閉される可能性はあるだろう。
ルルーシュは静かな口調でそう告げた。
「ルルーシュ!」
「……ルルーシュ様、それは……」
ジェレミアだけではなくクロヴィスまでがその言葉に『信じられない』というように声をかけてくる。だが、スザクはルルーシュを抱きしめる腕に力をこめるだけだった。
「……私の役目は、日本で死ぬこと。そう、言われておりましたから」
それなのに、自分はこうして生きている。あの父がそれを快く思っていない可能性があるから、とルルーシュは言葉を重ねた。
「誰、が……」
クロヴィスの声が震えている。
「誰が、そんな馬鹿なことを君に言ったんだ!」
そう叫ぶ彼に、ルルーシュはすぐに言葉を返すことが出来ない。どうしても言葉が出てこないのだ。
「ルルーシュを殺そうとしたバカです」
代わりにスザクが答えを返している。
「……その馬鹿者は、今どこに……」
怒りを押し殺せないまま、ジェレミアはスザクへと視線を向けた。
「どっかに埋まっている」
どこに埋めたのかなんて、とっくに忘れたから……と告げられた言葉の意味を、彼等が間違えるはずがない。同時に、それについてスザクがとがめられることもないはずだ。
「そうか。個人的には残念だが、それならば構わない」
相応の罰を受けているのであれば、とジェレミアは笑う。
「だから」
ともかく話を元に戻さなければ。そう考えてルルーシュは口を開く。
「私がこれからどうなるのか、それを確認してからでなければ、お前の気持ちは受け入れられない」
自分のためにジェレミアまで道連れにするわけにはいかないだろう。
「もし、私が無事にここ戻ってこられたら、その時、改めて考えよう」
それで我慢をして欲しい。ルルーシュはそうも付け加える。
「ルルーシュ様!」
「心配はいらない。スザクは……スザクだけは、いつでも側にいるから」
皇帝は自分の騎士も一緒に、と言った。それは間違いなく、スザクのことだろう。だから、大丈夫だ。ルルーシュは言葉とともに微笑む。
「ですが……」
「兄さんが証人になってくださるから。だから、もうしばらく待ってくれ」
ジェレミアの未来を奪いたくないから。微笑みと共にルルーシュは視線をクロヴィスへと向けた。
「そうだね。兄上に相談しなければいけないだろうからね」
ルルーシュの騎士と言うことになれば、と彼は頷いてくれる。
「ただ、その気持ちだけはきちんと受け止めておくよ。取りあえず、今は我慢してくれ」
それよりも、今はルルーシュを無事にここに連れて戻れるように手を打たなければ。クロヴィスはそう口にする。
「こうなると、姉上がまだこの地においでなのは幸運だったかもしれない」
彼女にも協力を扇ぐことになるが、構わないか。こう問いかけられて、ルルーシュは静かに首を縦に振ってみせた。
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08.05.02 up
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