アッシュフォードが用意してくれたドレスは、皇帝の前へと出ても決して不敬と言われるようなものではない。それでも、クロヴィスはどこか不満そうだ。
「やはり、皇族服を用意すればよかったね」
それはルルーシュによく似合っているが、と彼は付け加える。
「……ですが、兄さん。私は……」
正式に皇族に復帰したわけではない。ルルーシュはそう言い返そうとした。しかし、それよりも先にクロヴィスが口を開く。
「まぁ、枢木もその姿だし……今日の所は我慢しよう」
次の時にはきちんと自分がデザインから手がけるから、と彼は微笑む。
「兄さん……」
その日が来るのかどうかわからないのに。そう言おうとしてルルーシュはやめた。せっかく彼が楽しげなことを考えているのに、それに水を差すことはない。そう思ったのだ。
「お願いですから、あまり派手なのは作らないでください」
自分には似合わないから。ルルーシュは心の中だけでそう付け加える。
「ルルーシュ! どうしてそんなことを言うのかな?」
君ならば、どのような衣装だって着こなせる! とクロヴィスは力説をした。しかし、ルルーシュにはとてもそう思えないのだ。
ブリタニア人が理想とする体形と、自分のそれとでは大きく乖離している。だから、いくら着飾っていても意味がないのではないか。
それでも、スザクがこんな自分でも構わないと言ってくれているから、取りあえずは自分を卑下せずにすんでいる。そんなことも考えてしまう。
「そう思うだろう、枢木」
しかし、何故かクロヴィスはスザクに話題を振ってしまった。
「はい、クロヴィス殿下」
ルルーシュは何を着ても可愛いです、とスザクはきっぱりと頷いてみせる。
否定されるのも悲しいが、だからといってそこまで言い切るか? とルルーシュは思わずため息をつく。
「やはりそう思うか」
ほら、ルルーシュ……と満足げな笑みを彼は彼女に向けてきた。
「……兄さん、お願いですから、少し静かにしていてくれませんか?」
普段であればそのはなしに付き合っても構わないが、今はそんな気持ちになれない。きっぱりと言わなければわかってもらえないだろうと判断をして、ルルーシュはそう告げる。
「ルルーシュ」
次の瞬間、そっとスザクが側に歩み寄ってきた。そのまま、手袋に包まれた彼女の手を取る。
「大丈夫だよ。僕は、ずっと側にいるから」
何があっても君を守る、と付け加えると同時に、彼はルルーシュの指先に口づけてきた。
「……スザク、お前……」
頼むから、もう少し空気を読んでくれ……とルルーシュは思わず脱力してしまう。
「いい加減にしないと、藤堂に言いつけるからな」
これが脅し文句でも何でもないことはわかっていた。でも、彼であればスザクのこの性格をよくわかっている。だから、きっと理解してくれるだろう。そう思いたいのだ。
「……ルルーシュ……トウキョウに戻ってから、みんなのお小言を聞け、と僕に言うんだね、君は」
苦笑と共にスザクはこう言い返してくる。
「でも、君を守るのは僕の義務で権利だから。他の誰にも譲らない」
違う? と問いかけてくる彼にルルーシュは小さく頷いてみせた。そのことに関しては自分の願いと同じなのだ。
ただ、もう少し周囲の状況を気にかけて欲しい。そう思うだけで……とルルーシュは小さなため息をつく。
「ルルーシュ。ため息をつくとそれだけ幸せが逃げちゃうんじゃなかった?」
小さな笑いと共にスザクがこう告げる。それは、自分が彼に教えた言葉だ。
「そうさせているのは、いったい誰だ」
「僕じゃないよね?」
ルルーシュの言葉に、スザクが真顔でこう聞き返してくる。
「それでは、私と言うことになるが?」
クロヴィスがからかうように口を挟んできた。
「そういうわけでもないです……」
完全に分が悪くなったと理解したのか。スザクがすがるように視線を向けてくる。
「これに懲りたらもう少し状況を読め」
ルルーシュはこう口にしながらスザクの頬に手を添えた。
「……そうする」
今回ばかりは反論が出来ないのか。スザクは素直に頷いてみせた。
「兄さんも、そのあたりで勘弁してやってください」
それを確認して、ルルーシュはクロヴィスに視線を向ける。
「今回はね。その代わり、次はないからな、枢木」
どこまで本気なのだろうか。彼は微笑みながら言葉を返す。
「君のせいでルルーシュの立場が悪くなるようなら……そうだね。コーネリア姉上のところでしっかりと教育し直して貰おうか」
ギルフォードはジェレミアと違って厳しいぞ、と彼は笑う。
「確かに厳しそうだな」
それに関してはルルーシュも否定できない。おそらく、スザクにしても同じ事ではないか。
「……気を付けます」
ため息とともに彼はこう言う。それにクロヴィスが満足そうに頷いたときだ。
誰かがドアをノックする音が室内に響く。
その瞬間、ルルーシュは自分の肩が大きく震えたのを自覚した。
「ルルーシュ」
「僕が側にいるから」
即座に、二人がこう声をかけてくれる。それはわかっているのだが、反射的なものだから自分でも止められないのだ。
「……枢木」
それに気が付いたのだろう。クロヴィスは少しだけ眉を寄せている。だが、それでもスザクに向かって言葉を投げかけた。それに頷いてみせると、スザクはルルーシュから離れていく。
「……あっ……」
彼の温もりが離れていくのを止めようとするかのように、ルルーシュは手を伸ばす。しかし、指先は空を掴むだけだ。
「大丈夫だよ、ルルーシュ。枢木はこの部屋からは出ない」
その手をそっと握りしめてくれたのはクロヴィスだった。
「兄さん……」
困ったようにルルーシュは彼に呼びかける。
「このようなときに相手を確かめるのも騎士の役目だよ。そして、枢木は十二分な技量を持っている、とジェレミアが言っていただろう?」
だから、心配しないで待っていなさい。その彼の言葉はもっともだと思う。それでも、スザクの温もりが離れていくのが怖いのだ。
あるいは、とルルーシュは心の中で呟く。
ここで自分は大切な存在を失った。そのことが、今でも忘れられないからだろうか。そして、スザクまで失うかもしれない、と言う恐怖が自分の中に根強く刻まれているからかもしれない。
「何よりも、ここには私もいる。だから、いきなり襲撃をしてくることはないと思うよ」
ルルーシュの隣に移動してきながらクロヴィスがこう言ってくる。
「兄さん、ひょっとして……」
「無駄に高位の継承権をこう言うときに使わなくてどうするのかな?」
小さな笑いと共に彼はこう告げた。と言うことは、間違いなく彼がここにいるのは自分たちのためだと言うことになる。
「何よりも、私が君達を失いたくないのだよ」
もう、あの時のような気持ちを抱くのはごめんだ。彼はそう言いきる。
「だからね。気にしなくていい。あくまでも、私自身がそうしたいと言うだけなのだからね」
そう言われても、結局は自分が彼に負担をかけているのではないか。ルルーシュはそう考えて目を伏せた。
「ルルーシュ」
クロヴィスが彼女のその仕草をたしなめるようにその名を呼ぶ。
「申し訳ありません、兄さん。でも……」
それにルルーシュが言葉を返そうとしたときだ。
「クロヴィス殿下。それに……ルルーシュ様」
スザクが呼びかけてきた。普段は呼び捨てているルルーシュの名前に尊称を付けているのは、扉の外にいる相手をはばかってのことだろう。しかし、それがルルーシュの心を凍り付かせる。
彼は、自分の隣を歩くべき存在なのに。そう決めたのは、そもそも皇帝をはじめとした者達ではないか。それなのに、どうして今は、こんな風に上下関係を付けなければいけないのだろう。
もちろん、そんなことを言っても今更しかたがないことだ。
「何かな、枢木」
ルルーシュの代わりにクロヴィスがこう問いかけている。
「……お時間だそうです」
気遣うような眼差しをルルーシュへと向けながらスザクが言葉を返してきた。
「そうか」
小さなため息とともにクロヴィスが小さく頷いてみせる。そのまま視線をルルーシュへと向けた。
「……大丈夫だね、ルルーシュ」
この問いかけに、ルルーシュは静かに頷いてみせる。
ここまで来てしまった以上、今更逃げ出すわけにもいかない。そして、どのような結果になろうとも、スザクは側にいてくれるはず。
だから、大丈夫だ。
そう、自分に言い聞かせる。
本当のことを言えば、父の顔を見るのは怖い。しかし、怖いからと言って逃げていれば前に進むことは出来ないだろう。だから、とルルーシュは唇をかみしめる。
「スザク」
だが、すぐにその唇はほどかれ、代わりに彼女の《騎士》の名前を綴った。
「ここにいるよ」
いつもの笑顔を浮かべながら、彼はすぐに歩み寄ってくる。
その彼に向かって、ルルーシュは静かに手を差し出した。それだけで彼には意味がわかったのだろう。そっと手を取ってくれる。そのまま、ルルーシュが立ち上がるまで支えてくれた。
「……行こう」
しっかりと前を見据えると、ルルーシュはこう告げる。
「それが君の望みなら」
スザクが静かに頷いてくれた。それに頷き返すと、ルルーシュは瀟洒な靴に包まれた足で静かに前へと踏み出した。
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08.05.13 up
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