普段は大勢の貴族で埋められているはずの謁見の間にいるのは、僅かな護衛達と皇族のみ。
それは一体どういうことなのだろうか。
ルルーシュは心の中でそう呟く。
もっとも、あの蔑むような視線を感じずにすんでいる、というのは気が楽だと言うことも否定しない。
しかし、それは誰の配慮なのだろうか。そんな疑問もわいてくる。
皇帝であるはずがない。ならば、その隣にいるシュナイゼルだろうか。その可能性が一番近いような気がする。
そんなことを考えながら、ルルーシュは玉座に座っているにらむように見つめた。そのまま、スザクやクロヴィスと共に歩み寄っていく。
玉座から十メートルほど離れたところでルルーシュは足を止めた。
「ルルーシュ?」
どうかしたのか、とクロヴィスが囁いてくる。
「……近づけるのは、ここまでではありませんか?」
自分たちが、とルルーシュは彼に囁き返す。確か、貴族達が近づけるのはここまでだったはず、と記憶していたのだが……とも告げた。
「だが、ルルーシュ。君は……」
自分たちの異母妹ではないか。クロヴィスは視線でそう告げてくる。しかし、それをルルーシュは静かな笑みで遮った。事実はそうだとしても、自分は既に切り捨てられた存在ではないか。少なくとも、あの男はそう思っているはずだ。
ルルーシュが心の中でそう呟いたときだ。
「もっと近くによるがよい」
シャルルが何の感情も感じさせない声でこう命じてくる。
いったい、何故そのようなことを言うのか。その意図がわからない。
「いえ。今の私は皇族とは言えぬ身ですから」
生きているとは言えない――いや、周囲の者達の好意で生かして貰っていると言うべきか――存在だから、と自嘲の笑みを口元に刻みながらルルーシュは言い返す。
あの日、自分にそう言ったのは目の前の相手ではないか。
「ルルーシュ」
低い声が己の名を呼ぶ。その瞬間、彼女の肩が震えたことに気が付いたのか。スザクがさりげなく近づいてきてくれる。それだけで勇気がわいてくるような気がするのは、錯覚ではないだろう。
「私が死んでいる、とそうおっしゃったのはあなたではありませんか?」
皇帝陛下、とルルーシュは口にする。
「そんな存在が皇族にいるはずがない。違いますか?」
挑むようなその問いかけに、シャルルは初めて口元に笑みを浮かべた。
「言うようになったわ」
そして、呟くようにこう告げる。
「……陛下?」
いったい何を言いたいのか。そう思っていたのはルルーシュだけではないらしい。シュナイゼルがそっと壇上の彼に問いかけている。
「七年前は、儂の顔すら見られなかったものを」
それに答えを返そうとしているのか。それとも、ただ、感想を口にしているだけなのか。ルルーシュにも判断が出来ない。
「にらみつけてくるだけではなく、口答えもしてくるか」
ずいぶんとまた成長したものよ。この言葉とともにシャルルはルルーシュの側にいるスザクへと視線を向けた。
「枢木スザクよ」
まさか、自分の名前を呼ばれるとは思っていなかったのだろう。微かに体を強ばらせている。
「お前の実力は聞いておる。そやつではなく儂の騎士とならんか?」
それを気にすることなくシャルルはこう言った。
「……何を……」
その瞬間、ルルーシュの中にわき上がってきた感情は、まさしく《怒り》だ。
「お前達の計画のためには、その方がより都合がいいはずだが?」
名も知られていない皇女の騎士よりは、皇帝の騎士の方が……とシャルルはさらに言葉を重ねてくる。
確かに、そうなのかもしれない。
理性ではそう理解できる。だが、感情はそういうわけにはいかない。
「スザクは、私の騎士です!」
たとえ皇帝と言えども、渡すつもりはない!! とルルーシュは気が付いたときにはスザクを引き寄せていた。
「たとえ、皇帝陛下だろうと渡すつもりはありません!」
自分でも、どうしてそのようなセリフを口にしたのかわからない。しかし、スザクまでとられたくないとそう思っていたのは事実だ。
ルルーシュのこの宣言に兄たちが心配そうな表情を作っている。このままではシャルルの機嫌を損ねるかもしれない。それだけならばまだしも、ルルーシュが処分されるかもしれないと言うことを気にかけてくれているのか。
だが、スザクを取り上げられるくらいならその方がマシだ、と思う。
「ほぉ」
シャルルはシャルルで、楽しげな光をその瞳に浮かべている。
「そやつはそう言っているが、お前はどう考えておるのだ、枢木スザク」
お前はどちらを選ぶのか。彼が口にした問いかけに、ルルーシュはすぐ側にいるスザクの顔へと視線を向ける。そんな彼女に、スザクは一瞬、優しい微笑みをみせた。
「恐れながら、皇帝陛下」
だが、すぐに表情を引き締めるとシャルルへと視線を移す。
「自分は、既にルルーシュ様に忠誠を誓っています。七年前から、ずっと。それを、今更違えるつもりはありません」
たとえ、そのために自分たちの計画がついえようともルルーシュの側を離れるよりはましだ。彼はきっぱりそう言いきる。
「スザク……」
「約束しただろう? ルルーシュを守るのは俺の権利で義務だって」
今でも、それは変わらない。そう言って彼は笑みを浮かべる。
「枢木スザクは日本男児だ。日本男児は、一度口に出した事柄を翻したりしない」
この言葉に、ルルーシュは小さく頷いてみせた。
「……なかなか、楽しいものを見せて貰ったな」
二人の会話が終わったと判断したのか――それとも、本当に楽しんでいただけなのか――シャルルが口を挟んでくる。その声に、ルルーシュは反射的に彼をにらみつける。
「今のお前は、間違いなく生きておるの」
その視線を真っ正面から受け止めながら、シャルルはこういった。
「……何を……」
自分が『死んで』いる。そう言ったのは、自分のくせに。ルルーシュは心の中でそう毒づく。もっとも、それも彼にはわかっているのかもしれないが。
「マリアンヌとナナリーが死んだ後、お前の心は死んでおったからな。お前が望むように復讐を果たさせれば、その肉体すら死に逝きそうなほどに」
違うか? と言われれば『是』としか言い返せない。
「それはあれの望みを違えることになる。何よりも、ブリタニアの損失になろう」
本当に何を言おうとしているのか。
「だが、今のお前は生きている。ならば、その身に流れる血の義務を果たせ」
言葉とともにシャルルは玉座から立ち上がる。
「今この時より、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの皇位継承権を復活。エリア11の副総督に任命する」
その口から出た言葉に、ルルーシュは一瞬目を丸くした。
「己の望む道を行くがよい、我が娘よ」
そんな彼女に向かって、シャルルはこの一言だけを残す。そのまま、彼はきびすを返した。
「……父上?」
その背中に、ルルーシュの呟きは届いたのだろうか。確かめる術はない。
「ルルーシュ」
呆然としたまま動けないルルーシュの体を、スザクがそっと抱きしめてくれた。
その後のことは、シュナイゼルが全て引き受けてくれた。だから、すぐにエリア11に戻ってもよかったのかもしれない。だが、それでは逆に人目に付きすぎる。そう判断して、ルルーシュ達はまだ、シュナイゼルの離宮に身を寄せていた。
「……皇帝陛下には、全てお見通しだったわけだ」
お茶の時間に顔を出したシュナイゼルが苦笑と共にこう告げる。
「と言うよりも、最初から計画されていたのかもしれないね」
自分たちが動かなければ、皇帝自らが何かをしようと考えていたのではないか。ただ、それよりも先に自分たちが行動を起こしたから、彼は傍観することを選択したのだろう。シュナイゼルは苦笑と共にこう続ける。
「結局は、父上の掌の上で転がされていただけ、と言うことですか」
それはそれで悔しいような気がする、とクロヴィスはため息をついた。
「しかたがあるまい。どうあがいても、父上の経験には勝てぬのだから」
そうだろう、と話を振られて、ルルーシュは困ったような表情を作る。どう反応をすればいいのか、まだわからないのだ。
「焦らなくてもいいよ、ルルーシュ」
君が人前に出られる用になるまで、クロヴィスが頑張ってくれるだろうからね。そう言ってシュナイゼルが微笑む。
「そうだよ、ルルーシュ」
任せておいてくれていい。クロヴィスはこう言って頷いてみせた。
「すみません、兄さん」
そんな彼に、ルルーシュは静かに頭を下げる。
「何を言っている。当然のことだよ。そう思うだろう、枢木」
だから、どうしてここでスザクを巻き込むのか。ルルーシュはそう考えてしまう。
「クロヴィス殿下は、ルルーシュを大切に思ってくださっているんだよ。だから、もう少し甘えていいんじゃないかな?」
気を遣っているのか。スザクはこう言ってくる。
「スザク……」
「ジェレミア卿やラクシャータさん達もそう思っているよ。それ以上に、僕に甘えてくれると嬉しいけどね」
要するに、最後の一言が言いたかったのか。ルルーシュはそう判断をした。
「考えておく」
小さなため息とともにルルーシュはこう言い返す。だが、それだけでもスザクには十分だったのか。彼は柔らかな笑みを浮かべた。
「……ところで、ルルーシュ」
僅かに口調を変えながらシュナイゼルが呼びかけてくる。
「何でしょうか、兄上」
「……どうしても、君に会いたい、と騒いでいる者がいるのだよ。ここに呼んでも構わないかね?」
シャルルとの対面前は何とか退けていたのだが、ルルーシュの皇族復帰が認められたと知った瞬間、抑えが効かなくなったようだ。彼は苦笑と共に言葉を重ねる。
「ユフィ、ですか?」
そんなことをする人間、と言えば後一人しかいない。そう考えて、ルルーシュは聞き返す。
「その通りだよ。コーネリアが諫めても聞き入れないのだそうだ」
すまないね、と言われてルルーシュは小さく首を横に振ってみせる。
「皇帝陛下とお会いするよりは、まだ、ましです」
彼が自分を見守ってくれていたことはわかった。それでも、一度刻まれてしまったトラウマを打ち砕くことは出来ない。
だが、ユーフェミアであればまだましかもしれない。
「本当に、君は優しいね」
言葉とともに、シュナイゼルはさりげなく側に控えていた執事を呼ぶ。そのまま、彼女たちを呼ぶように指示を出した。
「ルルーシュ?」
その光景を見ながら、ルルーシュは少しだけきつく拳を握りしめていた。それに気が付いたのだろう。スザクがそっと声をかけてくる。
「大丈夫だ……」
コーネリアはまだ少し怖い。ユーフェミアも、だ。
でも、彼女たちが自分を傷つけないことも知っている。
だから、とルルーシュは視線をドアへと向けた。
その瞬間、大きくドアが開かれる。
「ルルーシュ!」
柔らかなピンクの髪が揺れながら真っ直ぐにこちらに駆け寄ってきた。
「本当に、生きていてのですね」
だが、何かを思い出したかのように、少し離れた場所で彼女は足を止める。
「……ただいま、ユフィ」
そんな異母妹にルルーシュは、静かに微笑んでみせた。
「よかった」
それだけで十分だったのか。彼女もまた静かに微笑み返してくる。その瞳が潤んでいるように見えるのは、ルルーシュの錯覚ではないだろう。
「もう、消えたりしませんね?」
ユーフェミアがこう問いかけてくる。それに、ルルーシュは頷いてみせた。
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08.05.16 up
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