ゆっくりとブリタニアが変わっていく。
その中心にいるのは、間違いなくルルーシュではないか。
壇上にいる彼女を見つめながらスザクはそんなことを考えてしまう。
白を基調としたそのドレスが、ルルーシュの美しさを引き立てている。さすがはクロヴィス、と心の中で呟く。
そう考えているスザクもまた、純白の礼服に身を纏っている。それは、騎士にだけ許されたものだ。
そんな彼に向かって、ルルーシュが微笑みを向けてきた。それを合図に、彼はゆっくりと足を前へと進めていく。
壇から少し離れた場所で足を止めると、出来るだけ優雅に見えるようい気を付けながら膝を着く。
「枢木スザク」
そんな彼の耳に、ルルーシュの硬質的な声が届いた。誰に呼ばれるよりも、彼女のその声で自分の名を呼ばれることが誇らしい。そう感じてしまうのはどうしてか。
「汝、ここに騎士の誓約を立て、我が騎士として戦うことを願うか?」
だが、次の言葉に一瞬目を丸くする。本来であればそこは『ブリタニアの騎士』と言わなければいけないのではないか。だが、それが彼女の気遣いなのだろう。
「Yes.Your Highness」
たとえ、人前で誓わなかったとしても、自分は彼女のためだけに戦うことは事実だ。
しかし、この誓いを立てれば自分が彼女のために戦うことを誰も否定できない。何よりも、彼女の側にいることを公に許される。だから、と誇らしげにスザクは告げた。
「汝、我欲を捨て、大いなる正義のために剣となり盾となることを望むか?」
ルルーシュはさらに確認の言葉を投げかけてくる。
「Yes.Your Highness」
これ以外に言うべき言葉はない。
ルルーシュの剣であり盾であること。そして、彼女を支えられる存在になること。
それだけが、自分の望みだったのだ。
心の中でそう呟きながら、腰に履いていた儀礼用の剣を抜く。そして、それをルルーシュへとさしだした。ルルーシュはそれを受け取る。そのまま、流れるように壇から降りると、スザクの首に腕を回し抱きしめた。
その事実に、スザクの方が焦る。本来であれば、手にした剣でスザクの肩を一打ちするはずだったのだ。
もちろん、これも間違いではない。だが、彼女がこちらを選ぶとは思えなかったのだ。
だが、スザクの内心の動揺を気にすることなく、彼女はその手を放す。
「私、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアは、汝、枢木スザクを騎士として認めます」
そのまま、彼女はきっぱりと宣言をした。そして、手にしていた剣をスザクへと返して来る。それを受け取ると、スザクはまた鞘へと収めた。
無意識のうちに、安堵のため息が唇からこぼれ落ちる。
だが、まだ儀式が終わったわけではない。
表情を引き締めると静かに立ち上がった。そのまま、後ろを振り向く。
そこには大勢の貴族や皇族達が興味津々といった様子で自分たちを見つめていた。その視線をいたいと思うのは、錯覚なのか。
その場を、一瞬、沈黙が支配をする。
しかし、すぐに拍手の音が耳に届いた。それも複数だ。
誰かと思えば、ジェレミアとヴィレッタ、ロイドとラクシャータ達。そして、シュナイゼルをはじめとした皇族達が自分たちに向かって祝福の拍手を贈ってくれていた。
こうなれば、他の者達も――心の中ではどう思っていようとも――自分たちを祝福しないわけにはいかない。渋々といった様子で拍手を始める。
そんな連中にではなく、自分たちを認めてくれる者達へ感謝の意をこめてスザクは静かに頭を下げた。
控え室へと戻れば、そこには既に親しい者達が顔をそろえていた。
「ご苦労さまぁ、枢木少佐」
真っ先に声をかけてきたのはロイドだ。普段のどこかだらしなく感じる白衣ではなく貴族の正装を身に纏っている。そうすれば、普段のうさんくささが感じられなくなるのはどうしてなのか。
「いえ。覚悟はしていましたから」
ある意味、自分が歓迎されていないと言うことは……とスザクは苦笑と共に告げる。
「それでも、あなたがルルーシュ様の騎士よ?」
今のところは唯一の、とラクシャータが楽しげに声をかけてきた。
「……そうだねぇ。近いうちに、ルルーシュ様はもう一度叙任式を行われるかもしれないしねぇ、オレンジくん?」
ロイドはロイドでこんなセリフをジェレミアへと投げつけている。
「ルルーシュ様ならばともかく、貴様に『オレンジ』呼ばわりされるのは不本意だ」
即座にジェレミアがこう言い返してきた。
「それに……私を騎士にしてくださるかどうかは、ルルーシュ様がお決めになること」
自分からねだるようなことはしない。そうも彼は続ける。
「またまたぁ。やせ我慢しちゃってぇ」
そう言いながら、歩み寄っていくロイドにジェレミアが渋面を作った。このままではまたいつもの口論――と言うよりは口げんかだろうか――に発展しそうだ。それでは、ルルーシュが来たときに困惑するのではないか。
「ジェレミア卿」
ロイドにそんなことを言っても無駄だ、とわかっている。だから、ととっさにジェレミアに呼びかけた。
「どうかしたのか、枢木」
彼もロイドに付き合うつもりはなかったのか。即座に言葉を返してくれる。
「……親衛隊の隊長、というのは、直属の騎士でなくてもなれるものなのでしょうか」
きっと、ルルーシュの親衛隊には藤堂達が選出されるだろう。しかし、彼等は騎士になれない――いや、ならない。
ならば自分が、と言いたいところだが、藤堂に命令が出来そうもない以上、無理だ。
「不可能ではないだろうな」
騎士を持たない皇族もいる。その者達は普通の軍人を親衛隊の隊長にしていたはずだ。ジェレミアはこう言って頷いてみせる。
「そうなると、ジェレミア卿でも構わないわけですね」
むしろ、そうしてもらえると色々と都合がいいのだが、とスザクは呟く。
「私が……?」
予想もしていなかった言葉だったのだろうか。彼は一瞬に驚いたように目を丸くする。
「確かに、その役目、私が担うのが一番都合がよいだろうな」
ブリタニア側とキョウト側。
どちらとも付き合いがあるのはスザクと自分だけだ。だが、スザクにはルルーシュのことを第一に考えてもらわなければいけない。そうなれば、周囲の信用度も考えて自分が親衛隊を率いるのがいいだろう。ジェレミアはそう告げる。
「そうよねぇ。それが一番無難でしょうね」
何よりも、自分が楽だし……とラクシャータも頷いてみせた。
「確かにねぇ」
珍しくも、ロイドまでもがこういう。しかし、それを自分でぶち壊すのも彼だ。
「もっとも、ルルーシュ様が任命してくださればの話だけどね」
早口で告げられた言葉ではあるが、聞き逃す者はこの場にはいない。
「……もう少し、周囲の空気を読んだらぁ?」
「後で覚えておけ、アスプルンド」
ラクシャータとジェレミアがそれぞれこのようなセリフを口にしている。でも、その程度で彼に通用するだろうか。
「……ロイドさん……」
小さなため息とともにスザクは口を開く。
「何かな?」
彼の言葉に何か不穏なものを感じたからだろうか。少しだけロイドの頬が引きつっている。
「セシルさんとルルーシュの、どちらに今のことを伝えればいいですか?」
一応、選ばせて上げます。そう言ってスザクは彼を見つめた。
「そんなぁ!」
どちらにしても、自分にとっては地獄だ。即座にロイドはこう主張をする。
「あんなに、あれこれ手を貸して上げたのにぃ」
さらにこう続ける彼の前で、わざとらしいため息をついてみせた。
「実験材料にされた記憶の方が多いですけどね。それに、ロイドさん以上に僕はジェレミア卿にお世話になっていますから」
自分たちを保護してくれたこともその中には含まれている。そして、自分がルルーシュの側にいられたのは、間違いなく彼の口添えがあったからだ。だから、自分としてはどちらに味方をするか明白だろう。スザクはそう言い返す。
「……そのようなこと。私は当然のことをしただけだ」
だから、気にすることではない。ジェレミアは微笑みと共にこう告げた。
「それでも、僕がここにこうしていられるのは、間違いなくジェレミア卿があれこれ教えてくださったおかげだ、と思っていますから」
その彼に、スザクは感謝の気持ちをこめてこう告げる。
「でなければ、いくらルルーシュの希望でも、こんなに早く叶えられなかったと思いますし」
時間がかかればかかるだけ、ルルーシュの周囲がうるさくなったのではないか。それが彼女にとって苦痛にならないとは言い切れないから。スザクはそうも付け加えた。
「全ては、ルルーシュ様のためだ」
そのために努力をする者に手を貸すのは、年長者として当然のことだろう。そう言ってジェレミアはさらに笑みを深める。
「個人的に言えば、初めてあったときから私は枢木が気に入っていたからな」
あのまま何事もなく、二人で成長していって欲しい。そして、華燭の宴をあげて欲しいと願うほどに。
「ルルーシュ様がお前を否定していたら、手を貸すどころか逆に遠ざけていただろうな」
さらに付け加えられた言葉に、スザクは苦笑を返す。
「わかっています」
でも、そのような事態にはならなかっただろう……と彼は言い切った。
「確かにな」
それに、ジェレミアも頷いてみせる。
「……なんだか、ものすご〜く、気に入らないんだけどぉ」
二人の会話を聞いていたロイドが憮然とした表情と共に口を挟んできた。
「何で、オレンジの方がいいわけぇ?」
自分だって、ルルーシュに対する気持ちは負けないのに、と彼は唇をとがらせる。
「そんなの、決まっているじゃない?」
言葉とともに、ラクシャータがたばこの煙をロイドに吹き付けた。
「いつでも真面目な人間とぉ、物事を斜めにしか見ていない人間の態度の違いよぉ」
その差は大きいと思うわ、と彼女はしっかりとロイドにとどめを刺してくれる。
「……ラクシャータ……」
もっとも、すぐに復活するのがロイドではあるが。
「そういう君はどうなわけぇ?」
「何を言っているのぉ? 私はルルーシュ様の主治医よ? これ以上に信頼されている役目なんてないじゃない」
騎士や恋人ならばともかく、と彼女は笑う。
「ルルーシュ様が、医師にどのような感情を抱いているか。それはあんただって知っているでしょぉ?」
だが、自分が処方した薬は素直に口にしてくれる。それ以上のことを望むのは、太陽を手にするのと同じではないか。そこまで言われて、ロイドは悔しげに顔をゆがめる。
「こうなったら……ルルーシュ様にほめてもらえるようなナイトメアフレームを開発してやる!」
絶対に、同じランクまで上がってみせるんだ!
そう叫ぶロイドは前向きなのか。だが、他人を蹴落とそうとしないあたりは彼もブリタニアの中では異色の存在なのかもしれない。そうでなくても十分異色だけど、とスザクは本人に知られれば怒られるだけではすまないことを心の中で呟く。
「まぁ……頑張ってください」
「そぉねぇ。私だって負ける気はないしぃ」
「……期待しないで待っていよう」
三者三様の励ましの言葉――もちろん、そう思っているのは自分たちだけだ――をロイドがどう受け止めたのか。それは本人だけにしかわからない。
「しかし……プリン伯爵のせいで、せっかくのお祝い事に水を差された感じじゃなぁい?」
ごめんね、とラクシャータはスザクに謝ってくる。
「気にしないでください」
これはこれで楽しいから、とスザクは微笑み返す。
「そうだな。本当の祝いは離宮に戻ってからでいいだろう。ここに、藤堂達も呼べればよかったのだが」
そうすれば、彼等も一緒に喜べただろうに、とジェレミアは少しだけ眉根を寄せる。
「まぁ、いい。それに関してはあちらに戻ってからクロヴィス殿下にお願いをすればよいだけだ」
彼であれば、喜んでそのための場を用意してくれるだろう。そう言ってくれる彼の気持ちが嬉しい。
「そうですね。今度は、もう少し肩のこらない席にしてくれると嬉しいです」
だから、スザクはこう言って笑った。
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08.05.19 up
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