静かにドアが開かれる。
 反射的に視線を向ければ、そこにはルルーシュとシュナイゼル、クロヴィスにリ家の姉妹達がいた。
「ずいぶんと楽しそうだね」
 反射的に礼を取るスザク達に、顔を上げるよう指先で指示を出しながらシュナイゼルがこう問いかけてくる。
「えぇ。スザク君だけじゃなく、ジェレミア卿とラクシャータにまでルルーシュ様に対するのろけを聞かされましたよぉ」
 ものすごく悔しいことに、とロイドが真っ先に言葉を返す。
「それはしかたがないことだな」
 彼の言葉を、シュナイゼルはあっさりと受け流した。
「お前と彼等とでは、一緒に過ごしている時間が違うだろう?」
 それだけ、ルルーシュが彼等に与えている信頼は大きいと言うことだね……と彼は結論づける。
「……やっぱり、面白くないなぁ」
 こういうお祝いの席でなければ、盛大に文句を言ってやる所なのに。彼はそう続ける。
「これは無視していいからね、ルルーシュ」
 にこやかな表情と共にシュナイゼルはルルーシュへと視線を向けた。
「兄上……」
「今日の主役はロイドではなく君と枢木だろう?」
 だから、いいのだよ。そう言って彼はルルーシュの頬にそっと触れる。それがきょうだいの愛しみだとわかっていても、少し面白くない、と思ってしまうのはどうしてか。スザクはそんなことも考えてしまう。
「……いえ。今日の主役はスザクです」
 自分ではない、とルルーシュは口にした。
「ルルーシュ!」
 そんなことはないだろう、と言外に滲ませながらスザクは即座に声を出す。
「だって、そうだろう? お前の力をみなに認めさせられたんだ。そう考えれば、祝われるべきなのはお前の方じゃないか」
 自分は、たまたま皇族に生まれただけだ。こう言いながらも、彼女の細い指がスザクを手招くように揺れる。それにスザクは微笑むと、即座に歩み寄った。
「僕を騎士にしたのはルルーシュでしょう? ルルーシュが祝ってもらえないなら、僕も同じだよ」
 自分たちは一蓮托生なんでしょう? と付け加える。
「本当にお前は……」
 こう言うときぐらい、大人しく祝われておけ、とルルーシュは目を伏せた。
「だが、枢木の言葉はもっともなものだぞ」
 不意にコーネリアが口を挟んでくる。
「姉上」
「主と騎士は対等ではない。だが、主を諫められるのはその騎士だけだ。そして、主の名誉が騎士の名誉でもある。逆もまた然りだがな」
 言葉とともにコーネリアは己の騎士へと視線を向けた。それにダールトンとギルフォードが同意をするように頭を下げる。それを確認したのだろう。彼女はルルーシュへと視線を戻した。
「だから、お前も素直に喜べばいい。念願が叶ったのだろう?」
 スザクを手放さずにすむのだから。この言葉に、ルルーシュは小さく頷いてみせる。
「これからのことは、これから考えればいい。まずは、目の前の幸せを喜べ」
 もっとも、節度は必要だろうがな……とコーネリアは意味ありげな視線をスザクに向けてきた。
「……コーネリア殿下……それは、いったい……」
「ルルーシュが嫌がるようなことはするな、と言うことですわ、スザク」
 コーネリアの代わりにユーフェミアが微笑みと共に言葉を口にする。
「しかし、これでベールとブーケがあれば、本当に結婚式のようですのに」
 さらに付け加えられた言葉で、ようやくスザクは彼女たちが何を言いたいのかわかった。いや、彼だけではなくルルーシュにも理解できたようだ。白磁の肌が薄紅に染まっている。
「……スぅザクくぅん?」
 どうやら、今までの借りを返せると思ったのだろうか。ロイドが目を三日月のように細めながら歩み寄ってくる。
「ルルーシュ様に不埒なことをしようと思ったでしょぉ?」
 ダメだよぉ、と彼は囁いてきた。しかし、それはしっかりとルルーシュの耳にも届いていたらしい。
「何故、ダメなんだ?」
 真顔でこう聞き返してくる。
「スザクは、今でも私の婚約者だぞ?」
 別にそういう関係になったとしてもおかしくはないだろう、とルルーシュはさらに言葉を重ねた。
「確かにね。もっとも、兄としては複雑な気持ちになるが……枢木であればしかたがあるまい」
「……そうですね」
 まぁ、もう少し今のままの関係でいて欲しいような気はするが……とクロヴィスも頷いてみせる。
「ですが、クロヴィスお兄さま」
 それにユーフェミアが口を挟んできた。
「今でも、ルルーシュとスザクは一緒に眠っているのでしょう? なら、そろそろ許可をして上げないと、スザクが辛いのではありませんか?」
 いったい、誰が彼女にそんな知識を与えたのか。ルルーシュも知らないようなこともユーフェミアは知っていそうな気がする。
「……ユフィ?」
 実際、ルルーシュには意味がわからないらしい。確認をするように彼女へと視線を向けている。
「それだけ、枢木がルルーシュを大切にしていると言うことだよ」
 だから、あまりあれこれ言わない方がいい。わかるね、とシュナイゼルがユーフェミアに声をかける。
「ルルーシュも焦らなくていい。君の気持ちが最優先だよ」
 枢木も、その位ならば待ってくれるだろう。この言葉は間違いなく自分に対する牽制ではないか。
「……そうなのか、スザク?」
 ルルーシュが不安そうに問いかけてきた。ひょっとして、自分のせいでスザクに気苦労をかけているのではないか。だとするならば、と考えているのだろう。
「違うとは言えないけど……でも、こういうことは僕一人の感情で進めても意味はないから」
 だから、ルルーシュがその気になってくれるまで待てるよ……スザクは微笑む。
「それよりも、こんなことで時間をとっていたら殿下方に申し訳ないでしょう?」
 何よりも、離宮で待ってくれている人たちがいるだろう? と付け加えれば、ルルーシュは納得したらしい。
「そうだな……キョウトにも報告を入れておかなければいけないだろうし……」
 そうも付け加える。
「それならば心配入らないよ、ルルーシュ」
 満面の笑みと共にクロヴィスが胸を張った。
「先ほどの叙任式の様子は、エリア11でもきちんと放映されている。だから、あちらに残っている者達も目にしているはずだよ?」
 未来の総督とその騎士の晴れの舞台だからね。そういう彼の言葉に、スザクは目を丸くした。そのような表情をすれば、自分の童顔がさらに際だつとわかっていても、だ。
「いつの間に、そのような手配を?」
 自分は知らなかった、とルルーシュも口にする。
「君達は色々と忙しかっただろう? その間にね」
 言外に、二人が士官学校にいた間に……とクロヴィスは告げた。だから、時間だけはたくさんあったとも。
「あちらも、ね。それを希望していたし……もちろん、他の者達もだよ?」
 だから、気にすることではない。そうも付け加えられても、とスザクは思う。絶対に、朝比奈あたりにからかわれるに決まっているのだ。
「……兄さんが、それでよいとおっしゃるのでしたら……」
 納得します、とルルーシュは口にする。
「藤堂達も喜んでいるだろうな」
 ジェレミアがこう言いながら、スザクの肩を叩く。
「だと嬉しいです。でも……お酒を勧められるのだけはちょっと遠慮したいですが」
 あのメンバーと飲むのは、ある意味自殺行為になりかねない。そう言えば、ルルーシュも苦笑を浮かべてみせた。
「大丈夫だ、スザク」
 その表情のまま、彼女は視線をジェレミアへと移動させる。
「ジェレミアが付き合ってくれるだろうからな。半分はそちらに回せ」
 付き合ってやってくれるだろう? とルルーシュは彼に声をかけた。
「もちろんです、ルルーシュ様。藤堂達と飲む酒は、なかなか楽しいものですから」
 枢木は、まだ、未成年ですし……と彼は微笑みながら口にする。
「それほど楽しいのか?」
 別の意味で興味を感じたのか。コーネリアが口を挟んできた。
「はい、コーネリア殿下」
 少なくとも、自分にとっては楽しいものだ。ジェレミアはそう言って頭を下げる。
「ふむ。それならば、私も参加してみたいものだな」
 ルルーシュ達と共にエリア11に行こうか、と彼女は真顔で口にした。
「その時は、お前達も付き合えよ?」
 言葉とともにコーネリアは己の騎士達へと視線を向ける。
「お許しがいただけるのでしたら」
 ジェレミアの言葉で興味を覚えたのだろう。コーネリアの騎士二人も即座に頷いてみせた。彼等のその反応に、自分がどんどん追いつめられていっているような気がするのは錯覚だろうか。そんなことを考えてしまう。
「それに関しては、明日相談するといい。それでなければ、ゴットバルトとかな?」
 今優先すべきなのはルルーシュとスザクを祝うことだろう? とシュナイゼルがその会話を終わらせた。
「ルルーシュ、それに枢木。クロヴィスとユフィと一緒に、先に離宮に行っていてくれるかな?」
 準備をしなければいけないことがあるのを忘れていたよ、という言葉を、鵜呑みにしてはいけない。それはルルーシュにもわかっているはずだ。
「わかりました」
 しかし、彼等がこういうと言うことは、自分たちが知らない方がいいことなのだろう。そう判断したのか、素直に頷いている。
「ロイド、お前はこちらに残れ」
 ルルーシュの反応を確認してから、シュナイゼルはロイドに命じた。
「はいは〜い。面倒だけど、しかたがないよねぇ」
「そう言うことですから、行きましょう、ルルーシュ。スザクも」
 ひょっとしたら、何かを知っているのか。ユーフェミアがルルーシュの腕に自分のそれを絡めた。
「ユフィ。それは枢木の役目だ」
 だから、譲ってやれ……コーネリアが低い笑いと共に告げる。
「そうだね。だから、ユフィは私と一緒に行こう」
 そう言ってクロヴィスが自分の腕を差し出す。
「……ルルーシュと一緒がよかったのに……でも、しかたがありませんわ。クロヴィスお兄さまで我慢して差し上げます」
「ユフィ……」
 クロヴィスのその表情に、皇族達から笑いが漏れた。

 後日、彼等がルルーシュの婚約を潰していたのだ、とロイドから教えてもらえた。
 しかし、だからといって、どのような反応を見せればよかったのか。スザクには判断が付かない。
「気にしなくていいよぉ。ルルーシュ様の幸せが、僕らにとっては最優先なんだからぁ」
 そう言って笑うロイドに、スザクは困ったような笑みを返すしかできなかった。
 もっとも、それはまた別の話ではあるが。




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08.05.22 up