ようやく二人だけになれたのは、もう、夜も更けたときだった。
「疲れたか?」
いつものようにベッドに腰を下ろしているルルーシュの髪を梳いていれば、こう問いかける。
「僕は大丈夫だよ。むしろ、君の方が心配だな」
体力がないんだから、とスザクはからかうように付け加えた。
「悪かったな」
そうすれば、彼女の頬が大きくふくらむ。
「だって、心配なんだから仕方がないじゃない」
こう言いながら、スザクはルルーシュの髪を一筋指に絡める。そのまま自分の口元へと近づけると、そっと口づけた。
「……スザク」
そんな彼の仕草をどう思ったのか。ルルーシュは小さなため息とともにその名を呼んだ。
「何?」
「そこの箱。お前のだから」
言葉とともに彼女はサイドテーブルに置かれていた箱へと視線を向ける。そこには、瀟洒な飾りが付いた三十センチほどの箱が置かれている。
「これ?」
名残は惜しいけど……と心の中で呟きながら、スザクはルルーシュの髪から手を放す。そして代わりにその箱へと手を伸ばした。
「本来なら、剣を贈るのが慣習なのだろうが……お前にはブリタニアの剣よりも日本刀の方が似合うからな」
だから、それはあちらに戻ってからだ……と彼女は口にする。
「気にしなくてもいいのに。君からもらえるなら、何でも嬉しいよ」
そう言いながら、スザクは留め金を外した。そうすれば、同じように美しい装飾が施された短剣が深緋のビロードに包まれて収められていた。
「……女物で悪いが……お前にそれを持っていて欲しい」
「ルルーシュ?」
「それは……母上の形見だ」
彼女がナイトメアフレームのパイロットだったときに、常に身につけていたものだ……とルルーシュは付け加える。コーネリアが保存してくれていてくれたものを、今日返してもらったのだ、とも。
「いいの、そんな大切なものを」
「大切だから、お前に持っていて欲しいんだ」
そう言ってくれる彼女の言葉が嬉しい。
「ありがとう。大切にするよ」
満面の笑みと共にスザクはこう言い返す。
「……俺からも、ルルーシュに渡したいものがあるんだけど」
今ならばいいだろうか。
本当はもっと別の機会にと思っていたのだが。そう考えながら、スザクはベッドから降りる。そのまま、自分の荷物を収めているチェストへと足を向けた。
「スザク?」
彼女の視線を背中に感じながらも、引き出しを開ける。そして、小さなビロードの箱を取り出した。
そう言えば、前にも同じような箱を彼女に渡したことがあった。それに収められていたものは、既にサイズが小さくなってしまったが、今でもルルーシュの宝石箱に大切にしまわれていることをスザクは知っている。
だから、これもきっと受け取ってもらえるのではないか。
こう考えながら、静かに振り向いた。
「軍人の三ヶ月分の給料って、普通で考えれば、かなりいい方なんだけどね」
そう言いながら、蓋を開ける。そして、中身が見えるように彼女に差し出した。
「スザク……」
「ルルーシュ。お願いだから、俺と結婚してくれる?」
幼い頃の言葉と同じように問いかける。もっとも、あの時のことを思い出せば赤面ものだと言うこともわかっていたが。
「……バカ、だろう、お前」
ルルーシュが困ったように言い返してくる。
「私は、お前以外の人間と結婚する気なんて、ないんだからな」
そう言ってくれる彼女の手に、そっとその箱を握らせた。
「なら、ルルーシュを貰ってもいい?」
ここで、と問いかける。もっとも、無理強いはするつもりはなかったが。恐がるようであれば、もう少し待つかと思っていたことも事実。
「……返品は効かないぞ」
ルルーシュが微かな苦笑と共にこう言ってくる。
「大丈夫。俺が君を捨てるわけないだろう?」
むしろ、自分がルルーシュに捨てられるかもしれない。そちらの可能性の方が高いではないか。スザクはこう言い返す。
「それこそ、天地がひっくり返っても、あり得ないな」
ルルーシュは微笑みながら、そっと両腕を持ち上げた。そのまま、彼女はスザクの首にそれを絡めてくる。
「ルルーシュ?」
そのようなことをされるとは思わなかった。心の中でそう呟きながら、スザクは問いかけるように彼女の名を呼んだ。
「……言っておくが、俺は、知識しか知らないからな」
経験していないからつまらないと言われて、困る。この言葉とともにルルーシュはスザクの方に額を押しつけてくる。
「経験があった方が困る」
ルルーシュの初めては、やっぱり、僕が欲しいし……と呟きながら、スザクはそっとその体をシーツの上に押し倒した。
「でも、お前はあるんだろう?」
頬をふくらませながら、彼女はこう言い返してくる。
「……文句は、ダールトン将軍に言ってね」
この言葉とともにスザクは彼女の唇を自分のそれで塞いだ。
カーテンのすきまから朝日が差し込んでいる。
もう少ししたら、誰かが起こしに来るだろうな。そう考えて、スザクは体を起こそうとした。しかし、ルルーシュの腕が彼のそれをしっかりと抱きしめている以上、それは難しいだろう。
「……やっぱり、見られるとまずいかな?」
同じベッドで寝ているのはいつものことだ。
しかし、流石に一糸まとわぬ状況というのはまずいだろう。何があったのか、思い切り公言するようなものではないか。
「俺が殿下方に殴られるだけならば、いいんだけどね」
その位の覚悟はしている。でも、とさらに続けようとしたときだ。
「……大丈夫だ……」
掠れてはいるが、はっきりとした声が耳に届く。
「ルルーシュ?」
起きたの、と視線を向ければ、彼女の瞳とぶつかった。
「大丈夫?」
夕べ、無理をさせた自覚はある。だから、と思いながらこう問いかける。
「……だるい……」
それに、ルルーシュはこう言い返してきた。
「次からは、もう少し手加減しろ! この体力バカが」
さらに付け加えられた言葉には返す言葉もない。だが、あることに気付いてスザクは目を丸くした。
「スザク?」
どうかしたのか、と口にしながらルルーシュがゆっくりと体を起こそうとする。しかし、力が入らないのか――あるいは、どこかが痛むのか――その仕草はどこかぎくしゃくとしていた。
反射的に、スザクはその背中を支えるために手を差し出す。
「……次も、していいんだ……って、思っただけ」
へらりと笑いながら彼はこう付け加えた。
「つまらなかったのか?」
それに、真顔でこう言い返される。まさか、そういう意味にとられるとは思ってもいなかった。
「違うよ。無理をさせちゃったから」
もうしないって言われるかと不安だっただけ、とスザクは正直に告げる。
「……そんなことは言わない……」
バカ、とルルーシュは口にした。そのまま、スザクの肩にそっと額を押しつけてくる。
「お前以外の相手なら、お断りだが……」
さらに言葉を重ねた彼女の耳が真っ赤に染まっていることを見逃すようなことはない。
「俺だって、ルルーシュ以外いらない」
そっとその体を抱きしめながら、スザクは囁く。
「バカ」
それが彼女なりの許諾の言葉だと知っているのは自分だけだ。そして、それで十分だ、と心の中で呟く。
「愛しているよ、ルルーシュ」
その思いのまま、スザクはこう告げた。
朝食の席に行けば、何故かルルーシュと親しい皇族方が全員揃っていた。
それだけならばいつものことだと言っていい。
しかし、今向けられている視線の意味は何なのだろうか。自分の服装に何かミスでもあっただろうか、と思いながらルルーシュを見つめる。しかし、彼女にもわかっていないようだ。
「……おっしゃりたいことがあるのでしたら、はっきりと口にしてくださいませんか?」
こうなったら、問いかけた方がいい。そう呟くと、ルルーシュは彼等に言葉を投げつけた。
「いや……昨日の今日で手を出すとは思わなかったから、な」
視線を彷徨わせながら、コーネリアがこう呟く。
すぐには意味が飲み込めなかったのだろう。ルルーシュはきょとんとしたような表情を作った。だが、すぐにその白磁の肌が真っ赤に染まる。
「……あの、コーネリア殿下……」
このままでは、間違いなくルルーシュが憤死してしまう。そう判断をして、スザクは清水の舞台から飛び降りる気持ちで呼びかけた。
「あぁ、それが悪いと言っているわけではない。ただ……何と言えばいいのか……」
「綺麗になった、と言えばいいだろう?」
見事なロイヤルスマイルと共にシュナイゼルが口を挟んでくる。
「確かに。不安がなくなったせいか、表情も明るいよ」
その方がいい、とクロヴィスも頷いてみせた。
「……スザク……」
もう限界なのか。ルルーシュがすがるようにスザクの袖を握りしめてくる。
「殿下方。そこまでにしてください。ルルーシュが倒れます」
相手に対する敬意よりもルルーシュを守る気持ちの方が強い。だから、低い声でこう告げる。
「そうだね。あぁ、ルルーシュ。午後であれば、一緒にマリアンヌさまとナナリーの所へ行けるよ?」
さらりと受け流した彼は流石と言うべきなのか。
「……わかりました。ご一緒して頂ければ、嬉しいです」
ルルーシュは一瞬悩むような表情を作る。だが、すぐに微笑みとともに言葉を口にした。
「そう言うことで、食事にしましょう? その後で、わたくしに付き合ってくださいな」
ユーフェミアの華やかな声がその場の空気を和らげる。それに促されるようにルルーシュもまたテーブルへと歩み寄った。もっとも、その動きが多少ぎこちないことはしかたがないことなのか。
ルルーシュがいなくなった後で、あれこれ言われるのは覚悟しておいた方がいいだろう。スザクはそう覚悟を決めた。
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08.05.25 up
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