スイートピーにかすみ草。フリージア、ブルーレース、フランネルフラワー……
ルルーシュがナナリーのために選んだ花は可憐なものばかりだった。
「ルルーシュ?」
「ナナリーは、薔薇は刺があるから怖いと……そういっていた」
だから、と告げれば、シュナイゼルが温室の花ならばどれを選んでも構わないといってくれたのだ、と彼女は口にする。
「そうなんだ」
さすがはシュナイゼル、と言うべきか。やはり、彼には勝てないような気がする。それとも、これも経験の差なのだろうか、と考えてもしかたがないことを心の中で呟いてしまう。
「なら、こちらの薔薇の花束がマリアンヌ様に差し上げる分?」
テーブルの上に置かれたそれに視線を移動しながらスザクは問いかけた。
「あぁ。それは、母上の薔薇だからな」
彼女が后妃になったときに、ある園芸家から捧げられたのだと聞いている。ルルーシュはそう教えてくれた。
「じゃ、名前が《マリアンヌ》?」
「そうだ」
だから、園丁が用意してくれたのだ、と彼女は続ける。
「そうなんだ」
こう言いながら、スザクは慎重にそれを抱え上げた。
「スザク?」
「二つ抱えて歩くと、足元が危ないよ?」
大丈夫、振り回さないから……と彼は微笑みを向ける。だから、散らさないよ、とも続けた。
「……そういう心配をしているわけではない……」
ルルーシュはこう言い返してくる。
「じゃ、何?」
何か失敗をしてしまったのだろうか。そう思いながらスザクは彼女に聞き返した。
「お前が構わないのであれば、いい」
しかし、ルルーシュはこの一言だけを告げる。そうされると余計に知りたいと思ってしまうのはどうしてなのだろうか。
「それよりも、そろそろ時間だな」
兄上を待たせるわけにはいかない。ルルーシュはこの言葉と共に歩き始める。
「ルルーシュ……」
慌ててスザクはその後を追いかけた。もちろん、薔薇を散らさないように気を付けて、だ。
「後で、ちゃんと教えてよ?」
同時に、こう声をかける。でないと納得できないから、とも続けた。
「本当に、お前は執念深いな」
「だって、ルルーシュのことだもん。知らないことがあるのはいやだ」
全部というわけではないが、教えてもらえることは教えて欲しい。そうすれば安心できるから、と主張をする。
「……覚えていたら、な」
それに、ルルーシュはため息とともにこう言い返してきた。
「僕より、記憶力がいいくせに」
「お前が忘れやすいだけだ!」
「いいじゃない。本当に必要なことは忘れないよ」
それだけじゃダメなのかな? とスザクは問いかける。
「……それで、十分だな」
この言葉とともにルルーシュは微笑んでくれた。
そこは、宮殿内の外れにあった。それなのに、きちんと手入れをされているのは、きっと、それだけここで永眠している人たちが愛されていたからだろう。
「……これは、兄上のご指示ですか?」
だが、ルルーシュはそうは思わなかったようだ。隣にいたシュナイゼルにこう問いかけている。
「いや。私もコーネリア達も、出来る限りここに足を運んでいたが……この場を管理しているものは、我々が手配したものではないよ」
その言葉に、ルルーシュは『まさか』という表情を作った。
「皇帝陛下、が?」
そして、どこかおそるおそるといった様子で彼女は問いかけている。
「どうだろうね。私も確認したわけではないから、はっきりとしたことは言えないよ」
シュナイゼルはそう言って意味ありげな笑みを浮かべるだけだ。ルルーシュもどうしていいのかわからないというように、すこし幼い表情を見せている。
「だが、ここには誰も手出しできない。それだけでは不満かな?」
そんな彼女に、シュナイゼルは優しい口調でこう問いかけてきた。それに、ルルーシュは小さく頷いてみせる。
「なら、マリアンヌさまとナナリーに挨拶をしておいで。枢木も一緒に」
自分はここで待っているから、と彼は告げた。
「兄上?」
「久々だろう? 家族だけでゆっくりとしてくればいい」
私はここで待っているから、と彼はそっとルルーシュの頬を撫でる。その手をたたき落としたくなる自分を、スザクは必死に抑えていた。彼のその仕草が、親愛の情だとわかっているからだ。
「……ですが……」
「私は、来ようと思えばいつでも来られるからね」
だから、気にしなくて言い。それよりも、きちんとスザクを紹介しておいで、とシュナイゼルはさらに笑みを深める。
「シュナイゼル殿下!」
いくら、自分が空気を読めない性格だとはいえ、その言葉の意味がわからないはずがない。
「……楽しんでいますね、兄上……」
自分よりも他人の機微に聡いルルーシュであればなおさらだろう。あきれたようにこう告げる。
「否定はしないよ。次は、君達の結婚式を執り行わないといけないだろうしね。その前に、エリア11の衛星エリア昇格と君の総督就任式かな?」
彼の脳内では、既にその未来は確定しているものらしい。しかし、そのためには今まで以上に気を引き締めなければいけないのではないか。
「……まだまだ、先の話です。クロヴィス兄さんもおられますから」
それに、あちらもまだ準備ができていない。これからが始まりではないか。ルルーシュはそう言い返している。
「その通りだね。だから、その覚悟もお二人に話しておいで」
自分は聞かないから、とシュナイゼルは口にした。
「……ご配慮、感謝します……」
そんな彼に、ルルーシュはこの一言を告げる。しかし、一瞬とはいえ言葉に詰まったことから、納得をしていないのだろう、とスザクにも推測できた。
「スザク」
しかし、ルルーシュは何事もなかったかのように己の名を呼ぶ。
「うん、ルルーシュ」
だから、スザクも何も気が付かなかったふりをして彼女の方へと歩み寄った。
「では、兄上。行って参ります」
彼女はこの言葉を残すと歩き出す。その隣で、スザクもまた当然のように足を前に進めていった。
八年近く経っているだろうに、その場にあった墓石は、まだ白さと輝きを保っている。
その一つ――小さな方へと、ルルーシュは手にしていた花束を捧げた。
「ただいま、ナナリー。なかなか顔を出せずにすまない」
空いた手でそっと墓石を撫でながら、彼女はそう口にする。
「私は、元気だったぞ」
ついでに、幸せだから、安心しろ……と微笑む。
「スザク」
そのまま、彼女はスザクの名を呼んだ。
「はい」
今度はマリアンヌの墓に花を供えるつもりなのか。そう考えて、手にしていた花束を彼女に差し出す。
「……それもそうだが、その前にナナリーに挨拶をしろ」
でなければ、連れてきた意味がないだろう……とルルーシュはすこし頬をふくらませながら言ってくる。
「いいの?」
それに、スザクはこう聞き返す。
「当たり前だ。お前は、私の騎士で……婚約者だろう?」
ナナリーにとっては義兄になるはずの人間だ。挨拶をしなくてどうする、と彼女はさらに言葉を重ねてくる。それに、スザクの口元に笑みが浮かんだ。
「ルルーシュがそういってくれるのなら」
こう告げると、スザクはそっとルルーシュの隣に膝を着いた。
「初めまして……僕がルルーシュと一緒にいることを許してくれるかな?」
必ず幸せにしてみせるから、と真顔でそう付け加える。
ブリタニアではどうかはわからないが、日本では人は死んでも想いは親しい人の側に残ると言われてきた。だから、きっとルルーシュの側には彼女たちの想いが残されているはずだ。それは間違いなく、ルルーシュの幸せを願ってのものだろう。
だから、その想いに向かって、スザクはこう宣言をする。
「……スザク……」
ルルーシュが小さなため息とともに言葉をはき出す。
「……間違えた?」
その反応に、スザクは不安になってしまう。
「お前、それは日本の伝統か?」
それをするなら、父親の前で『お嬢さんを僕にください』というべきだろう、と彼女は続ける。
「そんな怖いこと、出来るわけないでしょう?」
あの皇帝の前でそんなセリフを口にしたらどうなるか。
「せめて、エリア11が衛星エリアになってからならばともかく」
それならば胸を張って言いにいけるけど、とスザクは付け加える。もっとも、自分の身の安全に関してはどうなのかはわからないが。
「……それじゃ、ダメだって言うなら……今から、謁見を申し込んでくるけど」
さらにこう言葉を重ねる。
「バカ! 逆だ」
とても嬉しい。
頬を染めると、ルルーシュは小さな声でこう告げてくる。
「よかった」
それに、スザクも微笑み返した。
そのまま、二人はユーフェミアとクロヴィスが乱入してくるまでその場にいた。
マリアンヌとナナリーの思い出話は今までに何度か耳にしていたが、この場で聞くとまた別のもののようにスザクには思える。
それは、彼女たちの想いが色濃く残されている場所だからか。スザクにもそれはわからなかった。
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08.05.28 up
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