その年、士官学校の卒業生は二種類に分かれた。
エリア11への着任を希望する者とそうでない者に、だ。前者に有能だが血筋は低い者が多かったのは否定できない事実だ。
「……やはり、ルルーシュ殿下とスザクの影響、かな」
早々にエリア11への着任が告げられたリヴァルが、同じ立場であるカレンにこう問いかけてくる。
「でしょうね。私としてはとてもありがたいけど」
半分だけとはいえ、あそこも自分のふるさとなのだ。そういってカレンは笑い返した。
「何言っているんだか。カレンは最初から決まっていたようなもんじゃん」
あの時に、ラクシャータが開発した新型を乗りこなしていたから、とリヴァルは笑いながら口にする。
「……そうは言うけど……それだって、確実だったとは言えないでしょう?」
あの場では、自分が適任だったのかもしれない。しかし、ルルーシュの元にはもっと有能なパイロットがいるかもしれないだろう。そう言い返す。
「でも、あれはルルーシュ殿下の指示だっただろう?」
彼女がふさわしいと決めたのであれば、カレン以外にパイロットはいないのではないか。そうもリヴァルは口にする。
「だとしても、確定じゃなかったわよ」
他の者達が『ダメだ』といったのであれば、きっと、許可は出なかったと思う。そうカレンは主張した。
「でも、カレンは――こう言っちゃ悪いけど――女性じゃん。皇女殿下の下に配属される可能性も高いんじゃ……」
「……あんたじゃなかったら、殴っているところよ」
リヴァルに他意がないとわかっているからそこまでしないが。
それでも、自分は実力でエリア11に配属されたのだ。決して、女だからという理由ではないはず。
「悪い。嬉しくて、ついつい」
ルルーシュの元に配属されるかどうかはともかく、近くで彼女のために力を使うことが出来るだろう。何よりも、スザクとまた会えることが……と彼は口にした。
「それは否定しないわ」
自分たちがルルーシュと過ごした時間は、半月もない。それでも、彼女の有能さはいやというほど記憶に焼き付いている。
だから、とカレンも頷く。
「ともかく、頑張らないとね」
カレンの言葉にリヴァルも頷いてみせた。
「ルルーシュ」
ファイルを手に、スザクは彼女の執務室のドアを開けた。
「お待ちかねのものが届いたよ」
さらに言葉を重ねれば、ルルーシュは山になっていた書類から顔を上げる。
「……と言うと?」
「今年、ここに配属されてくる新人の名簿。あの二人の名前もちゃんとあったから」
リヴァルはともかく、カレンは引く手あまたではないか。そう思っていたんだけどね……と彼は続けた。
「……兄上に、こっそりと頼んでおいた甲斐があったか?」
その瞬間、ルルーシュはこう言って笑う。
「ルルーシュ……それって、公私混同」
「そうは言うがな。私の元に配属されるとなれば、当然、藤堂達とも付き合わなければならないんだぞ? それを考えれば、少なくとも彼等に偏見を持たない人間でなければいけないだろうが」
親衛隊ではなく特派、ということであれば誰も文句は言わないだろう。ルルーシュはそうも付け加える。
「まぁ。そうだけどね」
それに関してはスザクも否定しない。
「何よりも、あのロイドとラクシャータに付き合わなければいけないんだ。そういったら、兄上はあっさりと納得してくれたな」
ルルーシュの言葉に苦笑しか浮かんでこないのは、あの二人の怖さを自分が一番よく知っているからだろう。
「まぁ……今はジェレミア卿がいらっしゃるから、大丈夫じゃないかな?」
仲が悪いにもかかわらず、何故あの二人が一緒にいるのか。それは、ルルーシュ用の機体を開発しているからだ。ラクシャータが以前言っていたように複座の機体になるらしい。その話を聞きつけた瞬間、クロヴィスがジェレミアをルルーシュの指揮下に移動させたのだ。
ルルーシュの方もそれを彼に頼むつもりだったから、文句は言わなかった。そのまま、ジェレミアが親衛隊の隊長におさまったのは言うまでもないことだろう。
そのジェレミアと共にルルーシュが乗り込んで指示を出せばいいのではないか――犬猿の仲であるロイドも、彼の操縦技術だけは認めているらしい――とラクシャータと盛り上がったあげく、あの二人で共同開発と言うことになったのだ。
そのパイロットとして、ジェレミアの名前が挙がってきたことも当然の流れだっただろう。
もっとも、ジェレミアの方は機体の調整のためにルルーシュから離れることを最後まで渋っていた。しかし、スザクと時間をずらすという条件で渋々ながら受け入れたと言っていい。
一番大きな理由は、それさえ完成すれば自分が一番近くで彼女を守れる。その一点だったのではないだろうか。
「……ジェレミア、か……」
その彼もあの二人は気に入っていた。だから、かばうのではないか。
ルルーシュもそういって頷いてみせる。
「だから、その点は心配いらないと思うけどね……後は、セシルさんに釘を刺しておいてもらう?」
彼女を味方に付けられれば確実だ。スザクはこうも提案をする。
「確かに。だが、俺が動くと目立つな」
「大丈夫。明日のテストの時に、こっそりと相談しておくから」
藤堂達もそれぞれの機体のことで来ることになっているから、ラクシャータ達の監視もゆるむだろうし。そういってスザクは笑う。
「わかった。任せる」
言葉とともにルルーシュは小さなため息をつく。
「これを片づけないうちは、俺は動けないからな」
そのまま、新しい書類をつまみ上げる。
「……クロヴィス殿下が?」
「あぁ。また逃げ出してくださった」
どうせ、アトリエだろうが……と彼女は小さなため息をつく。
「頑張ってね。あぁ、神楽耶から和菓子が届けられたんだけど、食べる?」
「あぁ。それとお茶を頼む」
できれば煎茶が言い、とルルーシュは注文を付けてくる。
「任せておいて。日本茶なら自信があるから」
そんな彼女に、スザクは微笑みと共にこう告げた。
長い廊下をカレンとリヴァルは一つの背中を追いかけて歩いていく。
その足があるドアの前で止まった。
「ここだ」
その言葉に、二人はとっさにお互いの服装を確認しあう。そして、どこにも乱れがないことを確認してほっと安堵のため息をついた。
「ルルーシュ殿下。ジェレミアです。ご命令通り、特派に配属される二人を連れて参りました」
端末を使って彼はそう中に呼びかけている。そうすれば、すぐにドアが開かれた。そこから顔を覗かせた人物を見て、リヴァルが驚いている。
まぁ、それは当然のことだろう、とカレンは心の中で呟く。知識として知っていることと実際に経験することはまた違うのだ。
「……ジェレミア卿」
その人物はすこし困ったような表情でジェレミアに呼びかけている。
「どうかしたのか、千葉」
「……この状況をどうしようか、と思いまして」
自分が来たときにはもう、この状況だったのだ……と千葉と呼ばれた女性は体の位置をずらしてジェレミアに室内の様子を確認させた。
「一応、スザク君は一瞬起きたのだが……私の姿を見てまた眠ってしまったようで……」
姫はもう、安心しきって眠っておいでだ。そうも彼女は付け加える。
「それは……貴殿らだから、だろうな」
ルルーシュにとって、藤堂と四聖剣の存在は自分をが害するのではないと認識されているのだろう。あるいは、スザクが自分を起こさないから、というのかもしれない。
「だが、起きて頂かなければいけないな」
ルルーシュのスケジュールは、叙任式以降、かなり過密になっている。今を逃せば次に、いつ、時間を空けられるだろうか。いや、空けることは可能かもしれないが、それだけルルーシュの負担が増す、ということだろう。ジェレミアはそう告げる。
「でしょうね」
今もかなり疲れているようだし、と千葉は口にしながらも体の向きを変えた。おそらく、眠っているであろう二人を起こしに行くのだろう。
そんなことを考えながら、カレンはそっと室内をのぞき込む。
次の瞬間、口元が自然にほころんでしまう。
「本当、仲がいいわね」
主と騎士という関係から見ればよいことかどうかはわからない。だが、あの二人は二人でいるときが一番自然で幸せそうに見えるのだ。だから、いいのではないか。心の中で、カレンはそっと呟く。
さりげなくリヴァルの顔を観察すれば、彼も同じような表情をしていた。
「……なるほど。ルルーシュ様と枢木だけではなく、チャウラーもお前達に太鼓判を押すわけだ」
小さな笑いと共にジェレミアがこう言ってくる。
「……ジェレミア卿……」
その言葉に、どう反応を返せばいいのか、すぐにはわからない。
「あの方の親衛隊は、枢木を筆頭に、日本人が多いからな。シュタットフェルトは心配いらないと思うが、カルデモンドのほうは心配していたのだよ」
すまなかったな、と彼は苦笑を向ける。
「我々が優先すべきなのは、ルルーシュ様の幸福だからな」
それが出来そうにない人間であれば、自分が追い出すつもりだったのだ。そうも彼は続ける。
「……大丈夫です。私も半分は日本人ですから」
だから、ここにいても違和感を感じない。カレンはそう口にした。
「俺たちも、ルルーシュ殿下にあこがれてここを志願しました。それに、スザクは友達だと思っていますし」
不遜な考えかもしれないけど、とリヴァルも続ける。
「それは良かった」
ジェレミアがこう言って笑ったときだ。
「……ごめん。ちょっと居眠りしちゃったね」
千葉さんがいたから安心しちゃった、と口にしながらスザクが顔を出す。
「枢木……」
「すみません、ジェレミア卿」
微苦笑と共に声をかけられて、スザクは同じような表情を彼に向ける。
「まぁ、お前がのんびりとしているのは平和な証拠だからな。それよりも、構わないか?」
彼等を中に入れて、と言われて、スザクはすぐに頷いた。
「殿下の準備も整っておりますから」
そういって、彼は微笑む。その言葉に、ジェレミアはカレン達へと視線を向けた。
「だそうだ」
この言葉とともに、彼はドアをくぐる。その後を二人とも付いていった。
「良く来たな」
同時に、奥から声がかけられる。視線を向ければ、ルルーシュが笑みを浮かべながら自分たちを見つめているのがわかった。それにとっさにカレンは膝を着こうとする。
「気にするな。ここではそんなことをする者はいない」
もっとも、公式の場ではそれなりの態度をとってもらわなければいけないが……と彼女は続けた。
「ですが……」
それでいいのか、とカレンは確認するように視線をジェレミアへと向ける。
「構わないよ。僕たちは、友達だろう?」
ね、とスザクがルルーシュに問いかけた。それに、ルルーシュも頷いてみせる。
「ルルーシュ様がそうおっしゃっているのであれば構わないだろう。ただし、他の者の前では気を付けるように」
ジェレミアにまでこう言われては、頷かざるを得ない。しかし、本当にいいのだろうかとも思う。
「とというわけで、これからよろしくな」
しかし、ルルーシュの笑顔を見れば、そんな気持ちは一発で吹き飛んでしまった。
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08.05.31 up
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