いくらナイトメアフレームが小回りがきくとはいえ、屋内での運用は想定されていない。まして、ルルーシュは生身なのだ。破壊されたガレキでケガをする可能性だってある。
それはあちらも考えていたのだろう。
操られているとはいえ、軍人として訓練されてきた本能は消すことができないらしい。
気が付けば、彼等は屋外へと出ていた。
士官学校の校舎を多少壊したが、それは気にしないでおこう……とスザクは思う。
「スザク!」
その瞬間、ルルーシュの声がヘッドセットから響いてくる。
「はい?」
「連中の後方に回れるか? こちらは、紅蓮弐式で支えられる」
ルルーシュの問いかけに、スザクは反射的に周囲を見回した。
目の前に多少邪魔な連中はいるが、ランスロットの性能を考えれば問題ではない。問題があるとすれば時間だけだろうか。
「ちょっと時間がかかってもいい? 三機ばかり動作不能にしてからの移動になるから」
無視をしてでもいいが、それでは後々面倒だろう。
「そうか……わかった。こちらはまだ大丈夫だ。でも、できるだけ迅速に頼む」
スザクの言葉だけでルルーシュは即座に対応を考えたのだろう。自信に満ちた口調でこう言ってくる。
「了解」
こう言いながらも、視線を前にいる機体へと向けた。
その連携から判断をして、教官が含まれているだろう。しかし、逆に言えばその方がやりやすい。
「教科書通りだよね」
これに比べれば、コーネリアとともに赴いた先で出逢った者達の方があれこれ作戦を組み立てていたと思う。もちろん、彼等の方が真剣だったのだから、それは当然だろう。
それに、教官達にしてみれば、このようにナイトメアフレーム同士の戦闘に出くわすなんて想像もしていなかったに決まっている。
だから、自分に有利だといえるのではないか。
もちろん、それを過信するわけにはいかない。
さりげなく周囲の様子を確認する。両側を校舎で囲まれているから、彼等は背後に回られることはないと考えているはずだ。
しかし、それはグロースターを含めた第四世代のナイトメアフレームでは、の話であろう。ロイド曰く、第七世代のランスロットは、それらの機体とは比べものにならない機動性がある。そして、それをスザクはよく自覚していた。
相手の機体が三列縦隊で迫ってくる。
その一機を踏み台にして大きく飛び上がらせた。そのままランドスピナーをフル回転させて相手の頭上を移動する。
想像もしていなかったその動きに、相手のフォーメーションが崩れた。
「……今だ!」
その瞬間を逃さず、スザクはランスロットを反転させる。そして、手にしていたヴァリスで膝関節だけを正確に撃ち抜く。
「よし!」
これで、あれらは動くことができないはず。そして、パイロットも無傷であるはずだ。
「ルルーシュ! こちらは終わったよ」
移動ポイントを指示して! と彼女に呼びかける。
「ご苦労、スザク。そのままB−2ブロックに移動してくれ」
合図をしたら、そのまま背後から撹乱を……と彼女はすぐに指示を返してくれた。 「了解」
その言葉から、おそらく時を同じくしてジェレミアとその指揮下にある者達が飛び込んでくる予定なのだろう。
確かに、そろそろエナジー・フィラーが心許なくなっている者達も多いはず。それが敵であればよいが味方であればルルーシュの身柄が危険にさらされる。
その前に片を付けなければ。
それでも、焦る気持ちを抑えつけてランスロットのエナジー・フィラーの残量を確認する。
「よし! まだ、いける」
まだ、ルルーシュを守れる!
その呟きとともに、スザクはランスロットを指示された場所へと移動させていった。
「……何で……」
しかし、その場で目にしたのは信じられない情景だった。
校庭の真ん中に、ルルーシュ達が固まっている。その周囲をまだ動くことができるナイトメアフレームが取り囲んでいた。
「何を考えているんだ?」
ルルーシュが敵に囲まれるような失態を犯すはずがない。と言うことは、何か作戦があってのことだろう、というのはスザクにもわかっている。
それでも、見ていると心臓に悪いというのも事実だ。
だからといって、ルルーシュの指示を無視するわけにはいかない。
少しでも冷静さを取り戻せるだろうか。そう考えて周囲をよく観察していたときだ。
「……あれ?」
何やら、ルルーシュ達と敵の間の地面に何かが埋められているのが確認できる。
と言うことは、あれがあるからこそ、あそこに彼女たちは集まったと言うことなのだろうか。
そうならばいいのだが、とスザクは心の中で呟く。
「……ロイドさんかラクシャータさんが作った物だろうし……」
ならば、取りあえずは信用していいのではないか。もっとも、たまに予想以上の効果をもたらすことがあって、本人達が慌てることがある、というのも事実ではあるが。
「それでも、ルルーシュの安全は確保されるよね」
ロイドもラクシャータも、彼女の存在を必要としているのだから、とスザクは呟く。いや、二人だけではない。もっと多くの人々がルルーシュを必要としている。でも、彼女が『必要だ』と言ってくれたのは自分だけだろう。
だから、と呟きながら気持ちを切り替える。
「僕がこの位置と言うことは……」
ジェレミア達はどこから来るのだろうか。
考えられるのは、校門側と駐車場のある西側だが……と考えて視線を向けたときだ。
「……嘘、だろう?」
空にあるはずのない影を見つけて、スザクは思わずこう呟いてしまう。
「何を考えているんだ、あの人は!」
だが、それはルルーシュも同じ事だったらしい。彼女にしては珍しき呆然とした口調でこう呟いている。
『で〜んか! それにスザク君もぉ! 助けに来ましたよぉ』
そんな彼等の耳に、どこか間延びをした口調で呼びかけてくる声が届いた。それが誰であるのか、確認しなくてももうわかってしまう。
「うるさい、ロイド!」
即座にルルーシュはこう言い返した。
「スザク! ジェレミア!!」
だが、この状況を利用しない手はない。あれの出現に、敵も意識を奪われているのだ。これならば、そう苦労せずに状況を終了させられるのではないか。
そう判断をしたのだろう。
ルルーシュの鋭い声が響く。
考えるよりも早く、スザクはランスロットを敵へ向けて発進させる。
同時に、西側の壁を壊してサザーランドを先頭にした一隊が現れた。先陣を切っているそれがジェレミアのものであることは確認しなくてもわかる。
それが敵を現実に引き戻したのだろう。彼等は迷うことなくルルーシュへと銃口を向けた。
「ルルーシュ!」
『殿下!』
スザクとジェレミアが同時にルルーシュに呼びかける。
まるでそれを合図にしたかのように、彼女たちの周囲に光る壁が出現をした。
「あれは……」
ランスロットの防御システム。それと同じものがルルーシュ達を包み込んでいる。
「あの人が、よく、あんな地味なシステムの開発に協力したな」
防御システムとか脱出機能はそそらないから研究したくないんだよねぇ、と口にしていたことをしっかりと覚えているのだ。
それでも、ルルーシュのためであれば――いくら、ランスロットのシステムを流用したとはいえ――防御システムを開発するのか、と思う。
だが、逆に言えばこれで当面は彼女たちの安全を確保できたと言うことだ。
「ジェレミア卿! そちら側の半数はお任せします!!」
だから、後は全力で敵を排除するだけ! とスザクはランスロットを敵にめがけて突入させる。
『承知!』
言葉とともにジェレミアの隊が同じように敵に突入をしていく。おそらく、彼の隣を進んでいるグラスゴーにはヴィレッタが乗り込んでいるはずだ。だから、自分に向かって流れ弾が飛んでくる可能性は低いはず。だから、安心して自分の戦闘に集中できる。
そんなことを考えながら、スザクは士官学校用のグラスゴーを次々と動作不能に陥れていく。
ジェレミア達にしても同じだ。使っているナイトメアフレームは同一でも、彼等の経験は一朝一夕には身につけられるものではない。教官だって、実戦経験という点では、彼等の足元にも及ばないのだ。
あちらも次々にナイトメアフレームを動作不能にしていく。
それだけではない。
どうやらジェレミアが引きつれてきたらしい地上部隊が次々とパイロット引きずり出しては拘束している。そのあたりの手際の良さは、自分にはないものだ。
ルルーシュの側にいるなら、いずれ身につけなければいけないかもしれない。
そんなことを考えていたせいだろうか。
あるいは、相手の意地なのか――ひょっとしたら、自棄になっただけかもしれない――脇から飛び出してきたグラスゴーが真っ直ぐにランスロットにつっこんでくる。
「スザク!」
一瞬、反応が遅れたせいで腕を掴まれた。
しかし、それを強引にふりほどく。
同時に、その機体が自爆をする。とっさに防御シールドを展開しなければ、自分だけではなく周囲の者達も危なかっただろう。
『僕のランスロットはぁ!』
ロイドの叫び声が頭に響く。
「無事です。外装は、少し傷ついてしまったかもしれませんが……」
しかし、あの機体のパイロットは無事だったのだろうか。そう思う。
「……驚かすな、スザク……」
ルルーシュの声が後に続く。その声が微かに震えているような気がするのはスザクの聞き間違いではないはずだ。
「申し訳ありません、殿下」
これは間違いなく自分の失態だ。
ルルーシュの前でこんなことをしてはいけなかったのだ。
彼女が自分の大切な存在を失うと言うことに、どれだけ恐怖を抱いているのか、自分が一番よく知っている。
それでも、自分が騎士である以上、同じような場面があるのかもしれない。そのようなときにでも決して命を失わないよう、もっと強くならなければいけないだろう。
『ルルーシュ殿下。全てのものを拘束しましたが?』
絶妙のタイミングでジェレミアが報告を入れてくれる。
「そうか。では、私たちは撤収だな。後のことは任せてもかまわないか?」
『もちろんです、殿下。こちらはお任せください』
それよりもあの方々を……と付け加えられた瞬間、ルルーシュが嫌そうな呟きを漏らした。きっと、これから何が待ち受けているのかわかっているのだろう。
「しかたがない。ラクシャータ。学生達を頼む」
彼等に関しては連れて行くわけにはいかないだろう、とルルーシュは付け加える。
「わかってます。お任せくださいな」
ちゃーんとフォローしておきます、と彼女は頷いた。
「スザク」
最後にルルーシュは呼びかける。同時に、ランスロットへ向かって手を差し伸べてきた。
「帰るぞ」
「Yes.Your Highness」
言葉とともにスザクは慎重にランスロットを彼女の側へと近づけていく。同時に、彼等を隔てている防御シールドが消えた。
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07.11.09 up
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