お隣のランペルージさん
01
それは修了式の日のことだった。意気揚々と家路をたどっていた時である。スザクはあることに気がついた。
「……あれ?」
たぶん枢木の土地であろう場所に重機が入っている。
「道場の広げるのかな?」
だとしたらうれしいんだけど、とそう思う。
しかし、そうではなかったらしい。
春休みになって自分が京都の母の実家に顔を出している間に、そこには西洋風の家ができあがっていた。
「神楽耶が引っ越してくるわけじゃないよな?」
そんな話が出ていたが、とスザクは首をかしげる。
しかし、それはないだろうとすぐに思い直す。彼女の生活パターンを考えれば、こんな洋風の家に住めるはずがない。何よりもあの父や桐原が彼女だけを別宅に住まわせるわけがないのだ。そのくらいなら神社の敷地内に離れを作るに決まっている。
では、誰が引っ越してくるのだろう。
「おばさんなら知っているかな?」
政治家として一年のほとんどを東京で過ごしている父の代わりに神社のことや自分のことを面倒見てくれているのは父の妹である彼女だ。当然、ここの家についても知っているだろう。
そんなことを考えながら長い階段を駆け上がっていく。
普通の人間ならばうんざりするであろうその距離も、スザクにとってはちょうどいいトレーニングコースだ。それでも、ここしばらくの間、サボっていたせいで体が重い。
「まずいなぁ……絶対、藤堂先生に怒られる」
そうつぶやくとさらに速度を上げる。明日からは朝と晩の鍛錬の時間を増やさないと。そうつぶやく彼の脳裏から、あの家の住人についての疑問はきれいさっぱり吹き飛んでいた。
珍しくゲンブも帰宅しただけではなく神楽耶と桐原までそろって隣の──と言っても鎮守の森を挟んでいるが──家の住人を待っていた。
そこに現れたのは姉妹らしき二人と少し年長の青年だった。
「初めまして」
ふわりとほほえみながらきれいな日本語でそう言ったのは年長の少女の方だ。その腕には妹らしい少女が抱きついている。
珍しいな。黒髪だ。
その少女を見た瞬間、スザクはそう思う。
「ブリキ?」
他の二人はそうだろうけど、と考えているうちに無意識のうちにそうつぶやいていた。
「スザク!」
即座にゲンブのげんこつが頭に落ちてくる。
「失礼なことを言うな、馬鹿者!」
「お従兄様、最低ですわ」
そういうことは最低でも本人達がいないところで言うのがマナーだろう、と神楽耶もあきれたような視線を向けてきた。
だが、スザクには何が悪いのかがわからない。ゲンブだってブリタニアを非難しているではないか。そう思ったのだ。
「私の知り合いのお子さんだ。日本について学びたいと言うことで預かることにしたのだ。礼儀のなっていないブリタニア人と一緒にするな」
彼らは『日本』と言う国をきちんと尊重してくれている。彼はそう続けた。だから、悪さをするなと副音声で告げる。
「ご、迷惑をおかけする、とおも、うが」
少々怪しい日本語で青年がこう言ってきた。
「事情は伺っている。何かあったときは遠慮なく声をかけていただいてかまわない」
そう言ったのは桐原だ。
「家の者にはきちんと言い含めておる。これ以外は、だが」
言葉とともにゲンブの手がスザクの頭を軽くたたく。
「父さん!」
スザクは抗議の声を上げる。しかし、ゲンブはそれをきれいに受け流す。
「妹君とは愚息が同じクラスになるはずだ」
さらに付け加えられた言葉にスザクはげっとつぶやく。つまり、校内でのフォローは自分がすることになりそうなのだ。
「神楽耶が転校してくればいいだろう」
「二学期からはそうする予定ですわ」
即座に彼女はこう言い返してくる。
「あれこれと片付けなければいけない問題がありますの。お従兄様のようにお気楽に考えられませんわ」
「悪かったな」
女につきあってられるか、とつぶやけばまたゲンブの拳が降ってきた。
「ブリタニアに渡った皇後を引く方々だ。それを忘れるな」
低い声で付け加えられた言葉にスザクは別の意味で驚く。
ブリタニアに開国を迫られ、その結果、和平の証という名の人質としてブリタニアに嫁ぐことになった姫の話は今までに何度も聞かされたいる。
そして、それ以前にブリタニアに渡った枢木本家の人間のこともだ。
だから、黒髪なのか。
隔世遺伝とか言うやつなのだろうと納得する。
「わかったよ」
ならば、この三人は他のブリタニア人とは違うのだろう。
「枢木スザク。あまりよろしくしたくないけど、まぁよろしく」
それでも女につきあえるかという気持ちもあるから、こう口にした。
「スザク!」
この短期間に何度父に怒られたか。すでに覚えていない。ただ、これだけは言える。自分がバカなのは父のげんこつのせいだ。
「ゲンブ殿。我々がこの国の方々にどう思われているかは知っております。同じブリタニア人として、傍若無人な言動をとるもの達には心を痛めております」
苦笑いとともに青年が口を開く。もっとも、そんな彼に向かって黒髪の少女がそっとアドバイスしていたことにスザクも気づいていた。
たぶん、日本語でなんと言えばいいのかわからなかったのだろう。
つまり三人の中で日本語が一番うまいのは彼女だと言うことになる。面倒くさくなったら丸投げすればいいか、とスザクは心の中にメモした。
「オデュッセウス・ランペルージだよ」
そして、青年はほほえみながらそう言う。その表情は温和という表現がぴったりだ。
「黒髪の方が弟のルルーシュで、茶色の髪の方が妹のナナリー」
しかし、彼の口から衝撃の事実が明かされた。
二人とも女だと思っていたのに。
「お前、男だったのかよ!」
好みだったのに、とスザクはそう叫んだ。
「スザク!」
「お前は何を言っている」
「最低ですわ、お従兄様」
「今のセリフは、おばさんもフォローできないわ」
「おじさんもだよ」
周囲にいる親戚が口々にこう言ってくる。
「……そうか。君はそういう人種か」
だが、それよりもはっきりと耳に届いたのはルルーシュの声だ。
「お兄様」
それにナナリーのものだと思える声が続く。
「ナナリー。本気で遠慮しなくていいみたいだよ。好きなだけつきあわせればいい」
母さんの代わりに。そう言って笑うルルーシュは本当に美人だ。そちらに意識が行って彼の言葉の意味がなんなのか、確かめることができなかった。
それがどういうことなのかわかったのは、三人で学校に通うようになってからのことだった。
18.06.04 up