お隣のランペルージさん
02
上に立つ人間は実際に手を動かさなくてもいい。だが、最低限、知識として身につけておくべきだ。
そうでなければ、適切な指示が出せない。
それがシャルルの考えだ。
しかし、だ。
「まさか知識と現実が結びつけられぬとは」
ある意味、彼は世間知らずだとは思っていた。しかし、これが高位の継承権保持者だとすれば頭が痛い。
「さて、どうするべきか」
一番いいのは、一年ぐらい平民の暮らしをさせることだろう。もちろん、適切なフォローは必要だろうが。
「枢木が『日本との交流をさせてほしい』と言っておったな」
正確には自分の子供と彼の子供だろう。話を聞けば、幸い、年の近いものもいるようだ。
問題はその子供の母の許可が取れるかどうかだ。
だが、彼女であれば問題がないのではないか。
「ついでの他のもの達も社会勉強に行かせるべきか。しかし、全員ではまずいかもしれぬな」
護衛はつけるとしても、国から出たがらぬものもいるだろう。コーネリアのようにすでに軍で必要とされる立場にいるものもだ。
「まぁ、良い。その当たりは条件をつければ良い。それに、ふるいにもなるしなぁ」
そうであろう、と口にしながらシャルルは視線を移動させる。
「陛下のおっしゃる通りかと」
言葉を返してきたのは白いマントに身を包んだビスマルクだ。
「ただコーネリア殿下は士官学校で平民に混じってそれなりに経験を積んでおいでです。それに準じれば良いのではないかと愚考します」
「なるほど。民間人として学校に通ったことがあるものは免除とすれば良いか」
「その程度のことならば、すぐに調べられましょう」
自分の手のものにやらせる、とビスマルクはさらに付け加えた。
「うむ。任せる」
「Yes,Your Majesty」
シャルルの言葉にビスマルクはこう言い返してくる。それに静に首を縦に振った。
そちらについては問題ない。後は、とマリアンヌと子供達に会うためにアリエスへと向かう。
「一年ほど日本に行ってこぬか?」
エントランスで出迎えてくれたルルーシュとナナリーの顔を見た瞬間、シャルルはそう問いかけた。
「いきなり何を言っているのかしら?」
あきれたような口調でマリアンヌが問いかけてくる。
「皇から要請があったのだ。だが、他のバカどもを行かせるわけには行くまい」
彼の返事にマリアンヌは首をかしげた。さらりと音を立てて黒絹の髪が流れる。
「ここでする話じゃなさそうね。お茶を飲みながら聞かせてくださいな」
ほほえんでいながらも決して逃げることを許さないという空気を彼女は身にまとっている。
「お兄様。日本って、どんな国でしょうか」
「小さな島国だけど、豊かな自然と独特の文化を持っているそうだよ」
そんな彼女を挟んでナナリーとルルーシュがこんな会話を交わしていた。完全にマリアンヌが身にまとう空気を受け流している。
「二人とも。お父様をリビングまで案内しなさい」
マリアンヌの方も子供達には怒りをぶつけるつもりはないらしい。優しい視線を向けると二人にそう命じる。
「はい、母さん」
「お父様。ナナリーと手をつないでくださいませ」
許可が出たからか。二人はうれしそうに駆け寄ってくる。
ルルーシュとナナリーに年齢の近い子供は他にもいるが、こんな風に素直に好意を向けてくるのは、この二人だけだ。
「かまわぬぞ」
言葉を返しながら、まずはナナリーに手を差し出す。そして、次に反対側の手をルルーシュに差し出した。
「……僕は……」
「良かったわね。お父様に手をつないでもらいなさい」
遠慮しようとした彼に向かってマリアンヌが声をかける。それを耳にしてから、ルルーシュはおずおずと手を差し出してきた。
そんな仕草もかわいい。
シャルルは心の中でそうつぶやくと、小さな手をしっかりと握りしめた。
夕食まで四人でまったりと過ごした後、子供達はそれぞれの部屋へと下がっていった。ナナリーが少し物足りなさそうな表情をしていたが、ルルーシュに説得されたらしくだだをこねることはなかった。
そのことを残念に思うが、これからのことを考えれば都合が良いのかもしれない。
それに、とシャルルは心の中でつぶやく。
時間を作ってでもまたあの子達の顔を見に来ればいいだけのことだ。
だから、今は目の前で冷たくほほえんでいる妻を説得しなければいけない。
「どうしていきなりあんなことを口にしてくれたのかしら?」
マリアンヌはばっさりと切り込んでくる。
「枢木から『子供達を交流させたい』と言われたのは本当だぞ」
そして、と彼は続ける。
「オデュッセウスに世情を学ばせたいと言うことものぉ。あれは人は良いが常識を知らぬ」
だから日本に留学をさせようと思う。しかし、一人では不安だ。
「他のもの達では信用できぬしなぁ」
シュナイゼルをつければ今度はオデュッセウスが落ち込むだろう。
ギネヴィアやコーネリアでは性別が違うから別の問題が出てくる。クロヴィスはオデュッセウスとは違う意味で浮き世離れしているから、心配が倍になるだけだ。
「確かにあの子達ならオデュッセウスのフォローを任せても大丈夫でしょうね」
特にルルーシュは、とマリアンヌもうなずく。
「あの子の好奇心はとどまるところを知らないもの。最近は料理の腕もそれなりだしね」
大きくなったら何になるつもり頭、と彼女は首をかしげて見せた。
「何でも良かろう。自分でその苦労を知っておれば、どこにいようと良い上司になる」
たとえそれが玉座から出会ってもだ。もっとも、彼がそれを望んでいないことはよく知っている。
「オデュッセウスのフォローをしておれば、上を支えるにはどうすれば良いかも身につくであろうしな」
そういう意味でも問題はない。
「ついでに、バカをふるい落としておこうかと思ってのぉ」
ルルーシュよりも年長のもの達の、と彼は付け加えた。
「他の子達もどこかに行かせる予定なの?」
「民間人としての。そうでなければ意味はない。もっとも、シュナイゼルとコーネリアはそれぞれ民間の大学と士官学校に通っておった故、除外するが」
「いいんじゃない?」
シュナイゼルはともかく、コーネリアはそれなりに仕事の苦労を知っているはずだ。もっとも、とマリアンヌは苦笑を浮かべる。
「コーネリアも私と同じで家事については壊滅的だけどね」
士官学校程度ではそれは身につかなかっただろう。言葉とともに彼女は肩をすくめた。
「それで、護衛はどうするの?」
「日本であれば篠崎が使えるであろう。他にもあれらが通う予定の学校にも手を回す予定よ」
日本側からもある程度は協力してもらえるはずだ。
「兄さんにも声をかける」
だめ押しとばかりにそう告げる。
「……まぁ、いいわ。あなたがそこまで考えているのなら、あの子達を行かせるわ」
ただし、とマリアンヌが指を突きつけてきた。
「最低でも二ヶ月に一回、顔を見に行くことを許可してちょうだい」
本当はいっしょに行きたいのだけど、とそう続ける。
「わかっておる」
そのくらいは妥協しなければならないだろう。心の中でそうつぶやくと、シャルルはうなずいて見せた。
18.06.11 up