「……会長……」
ルルーシュは手渡された書類に目を通した瞬間、思わず眉を寄せた。
「だって……みんなからのリクエストが一番多かったんだもの……」
てへっと笑い声を漏らす彼女に、一瞬、殺意に似た感情を抱いてしまう。もちろん、あくまでも似た感情であって殺意ではない。
「だからといって、俺の女装ですか?」
男女逆転祭りであればまだしも……とルルーシュは握りしめた拳に力をこめる。
「だって……やっぱり、見たくない連中もいるわけだろ? ルルーシュなら、ものすごく似合っていたけど」
ルルーシュは目の保養だったけど、他の連中は……と付け加えるリヴァルには遠慮をするいわれはない。ためらうことなくルルーシュは彼の頭を、手にしていたファイルの角で殴りつけた。
「……ルルーシュ、酷い……」
そんな彼に向かって、リヴァルが恨めしそうな声を上げる。
だが、ルルーシュは相手をねめつけただけだ。もっとも、その視線がかなり恐かったのだろう。リヴァルは素直に黙ってしまう。
「ともかく、俺はやりませんからね」
そんな行事があるとクロヴィスに知られたらどうなることか。絶対にその目で確認しようと侵入してくるに決まっている。ルルーシュはそう心の中で呟く。
いや、それだけならばまだいい。
最悪、彼は自分がデザインをしたドレスを着るように強要してくるのではないか。彼の好みであれば、絶対に死んだ母がかつて身に纏っていたそれによく似たものを用意してくるに決まっている。
それがいやというわけではないが……アッシュフォード学園に通っている学生の保護者の中には軍人や軍の技術者も多い。その中に、マリアンヌの姿を覚えているものがいたとしてもおかしくはないだろう。
「ルルちゃぁん!」
諦めきれないのか、ミレイがこう言ってくる。
「完全にカメラ禁止にしてくださるならともかく、できないならいやです!」
ただでさえ、先日の件で自分の姿がマスコミに流れてしまった。もっとも、すぐにバトレーがそれを放映することを禁止してくれたから、自分の顔が確認できる映像が流れたのは一度きりだ。
だからといって、安心できるはずがない。
どこに誰の手の者がいる以上、気を緩めるわけにはいかないのだ。
「……せっかく、美人なのに……」
諦めるにはもったいない、とミレイは呟いている。
しかし、彼女もバカではない。
ルルーシュの言葉から何かを感じ取ったようだ。
「でも、この調子だと、ルルちゃんに何をされるかわからないものね」
そのくらいだったら、今は諦める方がいいのかしら……と彼女は呟く。
「そうしてください」
もしやったら、しばらく生徒会の仕事はボイコットさせて頂きますからね、とルルーシュは付け加える。
「そっちの方が困るわ」
真顔で口にしたミレイに、誰もが小さな笑いを漏らす。
「でも、それなら、次の祭りは何にしようかしら……絶対無言祭りはものすごく評判が悪かったし……」
それに、一度やった祭りはいやよね……と彼女はあれこれ考え込む。
「……何もしない、という選択肢はないんですか、会長……」
リヴァルがこう呟く。
「諦めるんだな、リヴァル。会長は楽しいことが大好きだ」
そして、学園祭はまだまだ先だ……とルルーシュはため息をついてみせる。
「ルルーシュ……」
そんな本当のことを言わないでくれよ、とリヴァルがその場に崩れ落ちた。その瞬間、他のメンバーから笑いが漏れる。
こんな穏やかな時間が、ずっと続けばいい。
ルルーシュはそう考えていた。
「取り合えずぅ、使い物にはなりそうですよぉ、彼は」
他のものが聞けばいらいらするかもしれない口調にも、クロヴィスはいつものように笑みを浮かべたまま頷いてみせた。
「それはよかった」
いろいろな意味で……と付け加える。
「ところで、総督閣下」
そんな彼に向かってロイドが問いかけの言葉を投げつけてきた。それに、クロヴィスは先を促すように頷いてみせる。
「どうして、彼を僕に?」
確かに、ランスロットのデヴァイサーが欲しいのは事実だ。そして、彼は現在の所、最高のパーツだが……とまで付け加える。その口調に、クロヴィスは小さな笑いを漏らした。こう言うところが次兄と彼が話が合う由縁かもしれない、とそう思ったのだ。
「君の所であれば、何の偏見もなく受け入れてくれるかな、と思ったのだよ」
そして、不必要とあれば何のためらいもなく処分できるだろう。そう判断したのだ、とはあえて口にしない。
「たとえ、私の声がかりで受け入れて貰ったとしても、ね」
そうだろう? と問いかける。
「それは、信頼して頂いたと考えていいのでしょうかぁ」
「そう考えてくれてかまわないよ」
目の前の人物もまた、あの子には優しい人物だったから……とクロヴィスは笑みを深めた。問題があるとすれば、彼の上司である方だろう。できれば、今しばらくあの人にもあの子の存在は伝えたくないのだが、と心の中で呟く。
「では、アッシュフォード学園に我々が移動をしなければならない理由は何でしょうかぁ」
さらに彼はこう問いかけてきた。
これもまた、予測していた問いではある。
「あの学園にいらっしゃる方々が理由ですか?」
だが、この言葉には一瞬目を丸くしてしまう。まさか、その事実を気付いているとは思わなかったのだ。
「一度だけですが、あの方の姿がテレビに映ったのですよ。他のものは気づかなかったかもしれませんが、僕にはそれで十分です」
自分が見間違うはずがない、とロイドは胸を張る。
「それに、枢木スザク、ですからね」
気付かない方がおかしい、と彼は付け加えた。
「……できれば、今しばらく、兄上には内密にしてくれるとありがたいのだがね」
未だに、ルルーシュはブリタニアの貴族を怖がっているから、とクロヴィスは口にする。自分やバトレーには何とか心を開いてくれているが、他の物の存在は怖がっているのだ、とも。
「自分とナナリーの存在が他の者達に知られることに、恐怖に近い感情を抱いているのだよ、あの子は。だが……君が気付いたように他のものもあの子達のことに気づいているかもしれない。だから、私の配下ではなく、兄上の旗下にある君達に、あの子のフォローをたのみたい」
ダメだろうか、とそう付け加えながら彼の顔を見つめた。
「あっはぁ……つまり、うちの殿下よりも早く、あの方に会ってもかまわないと?」
そういうことですか? とロイドは問いかけてくる。その瞳が別の意味で楽しげだ。
「そうだね。いずれは、兄上や姉上達とも対面させなければならない。その練習、という事であれば、伯爵は適任だろうしね」
ルルーシュも彼に懐いていたから……とクロヴィスは心の中で呟く。それにこの場にいる者達の中では――ルルーシュに関しては、だが――バトレーと同じ程度には信頼できるのではないか。そう思うのだ。
「わっかりましたぁ」
そういうことでしたら、引き受けさせて頂きます……とロイドは頷く。
「それと、ね」
もう一つ、だめ押しをしておこうか。そう考えて、クロヴィスは笑みを深める。
「あの子の元に、マリアンヌ様のガニメデがある。うまくいけば、見せてもらえるかもしれないよ?」
そしてこう告げた。
「マリアンヌ様のガニメデ! 本当ですか!!」
てっきり、失われてしまったと思っていたのに……とロイドは興奮をする。どうやら、本気でそちらも気にかかっていたらしい、とその様子からもわかった。
「本当だよ。もっとも、あの子に信頼してもらえないと、触れるどころか見せてももらえないだろけどね」
そのきっかけに《枢木スザク》はなるだろう、とそうも付け加える。
「それはそれは……なら、セシル君にも協力をしてもらいますよ」
いろいろな意味で、と彼は頷く。
「それと……あの方の身柄の安全も確保できるように頑張らせて頂きますよぉ」
まずは、スザクという存在が信用できるかどうかでしょうかね……と小さな声で付け加えた。そんな彼の言葉に、クロヴィスはさらに笑みを深める。本当に彼は、的確に自分たちの希望を読み取ってくれる、と思ったのだ。もっとも、それができなければシュナイゼルの《友人》など、やっていられないのかもしれないが。
「任せる。あぁ、頑張れば、ルルーシュの手作り料理が食べられるかもしれないよ?」
先日食べたケーキの味を思い出して、クロヴィスはついつい唇に言葉を乗せてしまう。
「バトレーにも世話になっているからと言って、手渡してくれたからね、あの子は。本当に、拝むようにして食べていたよ」
ルルーシュの手作りだ、というだけで、皇族大事のバトレーにとっては至上の味だろう。だが、実物ももう美味などと言うものではないのだ。あの後の彼の感激ぶりは、今思い出しても笑える。
「そうなんですかぁ?」
「そうだよ。ナナリーは、刺繍が上手にできるようになったと言っていたね。本当にあの子達は……」
ナナリーの刺繍に関しては、皇女のたしなみと言えるのかもしれない。だが、それを教えたのがルルーシュだと聞けば別の感情がわき上がってくる。
「それは、絶対に頑張らないと!」
そして、シュナイゼルよりも先にルルーシュの手料理を! とロイドは拳を握りしめている。どうやら、彼の中で別のスイッチが入ってしまったようだ。
だが、とクロヴィスは心の中で付け加える。それがルルーシュのためになるのであればかまわない。むしろ煽らせて貰おうか。心の中でそうはき出す。
「しかし、あの子の顔を見ているものがいたとは……失態だったな」
これは内々に、自分があの子達の保護者なのだと知らしめておいた方がいいかもしれない。そんなことも考える。
「まぁ、アッシュフォードが側にいるのでしたら、大丈夫じゃないですかぁ?」
これからは自分も動きますしぃ、とロイドが声をかけてきた。
「そうだね。そうあって欲しいよ」
あの二人には、いつでも微笑んでいて欲しい。それだけが、自分にとっての願いなのだから。クロヴィスはそう考えていた。
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07.05.09 up
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