目の前の人物は、確かに優しげな微笑みを浮かべている。でも、本当にそうなのだろうか……とスザクは心の中で呟く。
「と言うわけでぇ……取りあえず、頑張ってランスロットのテストにはげんでねぇ」
そんなスザクの感情に気付いているのか、いないのか。特派主任と名乗ったロイドは、あくまでもにこやかな口調でこう言ってきた。
「でも……僕は、名誉ブリタニア人ですが……」
ナイトメアフレームに乗れるのは、ブリタニア人ではないのか……とスザクは言外に問いかける。
「だってぇ、仕方がないじゃない。ランスロットとの同調率で五割を超える人間がいなかったんだからぁ」
それなのに、スーツを着ていないはずの君がいきなり八割を超えたのは凄いことなんだよぉ! と大きな手振りを付け加えながらロイドは口にする。
「そういうことだから、名誉だとかなんだとかは関係なし!」
自分たちにとって、一番重要なのはこれを完成させることなのだ。でなければ、まったく意味がないのだから……と彼は笑う。
「そう、なんですか?」
自分が今までいた部署との違いに、スザクは目を丸くしてしまった。そんなアバウトなことでいいのだろうか。そう思ったのだ。
「そぉだよぉ。この子を最高の存在に育てるのが僕たちの役目。だから、そのパーツがどこの製品でもかまわ……」
さらに彼は何かを口にしようとしたらしい。しかし、それは最後まで綴られることはなかった。
鈍い音がした、と思った次の瞬間、彼がいきなり頭を抑えてうずくまったのだ。
「免疫のない人間に何を言っているんですか!」
その代わりに、黒髪の女性がファイルを片手に仁王立ちになっている姿が確認できる。と言うことは、あれで彼の頭を殴りつけたのだろうか、とスザクは心の中で呟いてしまう。
ロイドの言葉が正しいのであれば、ここの主任は彼のはずだ。つまり、あの女性は彼の部下だ、と言うことだろう。
「あぁ、気にしないでね。この人はあれのこととなると時々理性をどこかに吹きとばしちゃうの」
それをフォローするのが自分の役目だから……と彼女は綺麗な微笑みとともに告げた。
「はぁ……」
もう、何も言えない。いや、ここで下手に口を挟んではとんでもないことに巻き込まれてしまいかねない。そう判断をして、スザクは小さく頷いてみせるだけにした。
「実験部隊なんて、取りあえずこんな感じなの。だから、この人が暴走しそうなら命令を無視してもいいから」
もしも自分だけではダメだと判断したのであれば、私に声をかけてくれれば何とかして上げるわ……と彼女はさらに笑みを深める。
「……はい……」
それでいいのか、とそっとはき出す。だが、彼等はどうやら私的にも親しそうだ。だから、その延長なのだろう、とそう思う。
第一、今の自分にとって見れば彼等との関係はある目的のためのステップでしかない。それを叶えられるだけの力を手に入れられるのであれば、上司が多少おかしい人間でもかまわない。むしろ、その方がいいのではないだろうか。
「大丈夫よ。この人がおかしくなるのは、ランスロット以外だと片手の数ほどもないから」
それさえ気を付ければいいわ……と付け加えられて、取りあえず頷いてみせた。
「では、ここのことを説明するわね。と言っても、特派のラボは、ほぼこのトレーラーだけだと言っていいのだけど」
後は、訳ありで引っ越し中なの……とセシルは笑う。
「……そうなんですか?」
ひょっとして、とスザクは眉を寄せる。
「貴方のせいじゃないわ。ここの機材だけじゃ足りなくなったのよ」
誰かさんの暴走のせいで、と口にしながらセシルはロイドを見下ろす。
「僕だけのせいじゃないよぉ! 殿下方二人の結論だもん」
あれこれ頼んだら、そういうことになったのだ……とロイドが反論をしてきた。
「アッシュフォード学園の大学部にそれがあるって言うしねぇ……」
さらに付け加えられた言葉に、スザクの心臓は大きく脈打つ。
その名前に聞き覚えがあったのだ。
確か、彼が今身を寄せていると言っていた場所ではないだろうか。
だとするならば、どこかで会える可能性があるのか……と心の中で呟く。それならば、それで嬉しいとも考える。
何を裏切ってもかまわない。
自分が彼を守るのだ。
そう考え始めたのはいつだったのか、既にスザク自身、覚えていない。逆に言えば、それだけ自分自身の中では当然のことになっていたのか。
しかし、あの戦後の混乱の中で、自分は彼等を見失ってしまった。
それでも、彼等が死んだとは思っていなかった。だから、一縷の望みをかけてブリタニア軍に入ったのだ。
ここならば、いずれ彼等の足跡だけでもつかめるかと思ったのだ。もっとも、そのためにあちらこちらと軋轢を作ってしまったが、それすらも気にならなかった。
そのおかげと言うべきだろうか。ようやく、自分は彼と再会することができた。
だから、今度はどんなことがあってもその手を放すものか。
そのためなら、なんだってする。
心の中でそう呟いた自分を、ロイドとセシルが冷静な目で見つめていることに、スザクは最後まで気付かなかった。
ともかく、次の祭りが決まるまでは外出禁止! とミレイに言い渡されたのは下校直前だった。
「本当にミレイは……」
何を考えているのか、とルルーシュはため息をつく。
「お兄様がそうやってあれこれ考えていらっしゃるからではありませんか?」
自分には見えないが、眉間にしわが寄っているのではないか……と口にしながら、ナナリーがゆっくりとこちらに近づいてくる。
「酷いな、ナナリー」
そんな彼女に向かってルルーシュは苦笑を浮かべてみせた。
「でも、ミレイさんがよく、そうおっしゃっていましたわ」
やはり、あの人か……とルルーシュは心の中で呟く。そんな彼女には、いったいどのような仕返しが有効だろうか。そんなことも考えてしまう。
これがクロヴィスであれば、しばらく執務の手伝いをしないとか、ここへの出入りを禁止すればいいのだが、相手がミレイであるだけにこの方法は使えない。
本当にどうしてくれよう。
本気でそう考えていたときだ。
「お兄様」
再びナナリーがこう呼びかけてくる。
「あぁ、すまない、ナナリー。なんだい?」
誰よりも大切な妹をないがしろにしてしまった。その事実に自責の念を感じながら、ルルーシュは言葉を返す。
「……お疲れなのですか?」
「違うよ。こうなったら、ミレイが暴走をする前に俺が何か企画を立ち上げた方が身のためだろうか、と思っただけだ」
それに、シャーリーやリヴァル、それにできればニーナも巻き込めれば最高だろうな、とも付け加える。
「確かに、その方がお兄様の負担は軽くなりますわね」
小さな笑いとともにナナリーはこう言ってきた。
「でも、今はナナリーのお願いを聞いてくださいますか?」
「もちろんだよ、ナナリー」
何かな? とルルーシュは優しい微笑みを彼女に向ける。
「この前教えて頂いた縁編みなのですが……角のところがどうしてもうまくできません。もう一度教えて頂けますか?」
言葉とともに、彼女は膝の上に置いていたかごの中からそれを取り上げてみせた。
「あぁ、綺麗にできているよ、ナナリー」
それを見つめながら、ルルーシュはまず彼女の努力をほめてやる。
同時に、そうっと彼女の手に編み針を握らせた。ルルーシュのその動きが何を意図しているのか、当然彼女にはわかっている。だから、素直にもう片方の手にハンカチを持ち、レース糸を指にかけた。
「四隅の所はね。同じ穴の所に針を通して、カーブを作るんだ」
そういいながら、ナナリーの手の上から自分の手を動かす。
「触ってごらん。ほら」
「まぁ、本当に綺麗なカーブですわ」
指先でできあがったものをたどってからナナリーは感心したように言葉を口にした。
「だろう?」
慌てなくていいから、ゆっくりと確実にやれば綺麗にできるよ……と口にしながら、ナナリーの手を放す。
「わかりました。ありがとうございます、お兄様」
はんなりと微笑みながら、ナナリーはルルーシュに顔を向けてくる。
「気にしなくていい。取りあえず、忘れないうちに手を動かしてごらん」
この顔を、もう二度と曇らせたくないな。そう思う。
「はい」
ナナリーは素直に手を動かしていく。
「そういえばお兄様」
直線の部分は馴れているのだろう。ナナリーは指先で綺麗な模様を生み出しながらも声をかけてきた。
「なんだい?」
その手元を見つめながら、ルルーシュが聞き返す。
「クロヴィスお兄様が遊園地を作られるそうですわ。でも、遊園地とはどのようなものでしょうか」
ご存じですか? とナナリーは小首をかしげてみせる。その無邪気な様子に、ルルーシュは微かに眉を寄せた。そういえば、彼女はそのような場所に行ったことがないのだ。そして、これからもいけるとは限らない。いや、クロヴィスが計画をしているのであれば、あるいはナナリーでも楽しめるような施設があるのだろうか。
「いろいろな乗り物や、アトラクションがある……と聞いたことがある。そうだね。詳しいことは、今度兄上がおいでになったときに聞いてみてごらん。そうすれば、きっと兄上は喜ぶに決まっているよ」
ナナリーのお願いなら、特に……とルルーシュは付け加える。
「そうでしょうか?」
ナナリーは不安そうにこう問いかけてきた。
「そうだよ、ナナリー。それとも、俺の言うことが信用できないか?」
からかうようにルルーシュは口にする。
「いいえ、お兄様。お兄様は、ナナリーにだけは嘘をおっしゃいませんから」
だから信じている、とナナリーは微笑む。
「ナナリーがそう信じていてくれるなら、いつでもそうするように努力するよ」
そんな彼女にルルーシュは優しい口調でこう告げた。
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07.05.11 up
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