一度目の再会は偶然。
 では、二度目は何なのだろうか。
 スザクは目の前にいる相手を見て、そんなことを考えてしまう。
「……ルルーシュ……」
 思わず、名前を口にすれば、彼の視線がこちらに、向けられた。
「スザク? 何故、ここに……」
 思わずこう問いかけてしまう。
 ここが街中であれば何の問題もない。いくら軍人とはいえ、休暇はあるに決まっている。それが名誉ブリタニア人でも、だ。
 だが、ここはアッシュフォード学園の敷地内である。ここに名誉ブリタニア人がいないとは言い切れない。実際、自分たちの世話をしてくれている咲世子のように自由に歩いている者達もいる。しかし、軍人はいないはずだった。
「技術部に配置換えになったんだ。そこが研究のためにここの大学のラボを借りているんだよ」
 だから、自分も大学部内にある技術部のラボに住居を移すことになったのだ。そういって、スザクは笑う。
「そうか」
 自分の存在があるから、アッシュフォードとクロヴィスの関係は強いと言っていい。だから、このような無理も通るのだろうか。
 しかし、個人的に言えばスザクが危険な部署を離れ、なおかつ側にいてくれるのは嬉しいと思う。この距離であれば、こっそりとクラブハウスに招くことも可能だろうし、とそうも考えるのだ。
「それよりも、重そうだね」
 さらに笑みを深めるとルルーシュの腕からさっさと本を取り上げる。
「スザク……いいのか?」
 仕事中ではないのか、とルルーシュは問いかけた。
「大丈夫。今は休憩時間なんだ」
 そうすれば、スザクはこう言って微笑む。だから、敷地の端までは手伝って上げられるよ、とも彼は付け加えた。
「……いい。休憩時間なら、体を休ませろ」
 軍務というものはよくわからないが、休めるときに休んでおくのは鉄則なのではないか。何よりも、上司に見つかったらどうするのかとそう思う。
「このくらい、運動にもならないって」
 それなのに、スザクは明るい口調でこう言ってくる。
「……相変わらず、体力バカなのか……」
 言われてみれば、昔からそうだった。自分では往復するだけで疲れてしまった本宅と土蔵の往復も、彼には何ともないことだったらしい。その上、道場で修行もしていたように記憶している。
 あのころよりも体が大きくなった今であれば、さらに体力がついているだろう。まして、彼は軍の訓練もこなして来ているのだからなおさらだ。アッシュフォード学園の敷地からほとんどでない自分とは比べものにならないに決まっている。
「それに、うちの上司は、そういう細かいところは気にしない人だから」
 だから、ルルーシュの手伝いをしているところを見られても怒られないよ……と彼は笑う。
「本当か?」
 そんな軍人がいるのだろうか。ルルーシュは不審そうな視線をスザクに向ける。これが全ての事情を知っているバトレーであれば何も心配はいらない。しかし、彼がクロヴィスの側を離れるはずがないこともわかっていた。
 そうなれば、いったい誰だろうか。
 スザクに偏見を持たず、なおかつ、クロヴィスが自分たちの存在に気付かれてもかまわないと考えている人間。
 その顔を思い浮かべようとして、すぐに諦める。後者であればいくつか思い浮かぶものもあるが、前者ともなれば難しい。それとも、クロヴィスの部下ではないのだろうか。
「ルルーシュ。時間はいいの?」
 ふっと、スザクがこう問いかけてくる。
「……そうだったな。急がないと、会長がうるさい」
 それだったら、自分で取りに来ればいいものを……とルルーシュはため息をつく。
「なら、行こうか」
 にっこりと笑いながら、スザクが歩き出す。
「そっちじゃない」
 そんな彼の背中にルルーシュはこう投げつける。
「そういうことは早く言ってよ」
「言う前にお前が歩き出したんだろうが!」
「そうだっけ?」
「そうだ!」
 こっちだ……といいながら、ルルーシュは歩き出す。同時に、何故か楽しいと思ってしまう。それはきっと、こんな風に自分を偽らずに、対等に話ができるからだろう。
 あるいは、彼が自分にとって初めての《友達》だったからか。
 そんなことを考えながらも、ルルーシュは小さな笑いを漏らしていた。


 しかし、そんな柔らかな雰囲気はすぐにかき消えてしまった。
「と言うわけで」
 にっこりと微笑みながらミレイが口を開く。
「……何が『というわけで』なのですか?」
 そんな彼女に、遠慮なくルルーシュがつっこみを入れる。というよりも、彼以外、誰もつっこみを入れられないと言うべきだろうか。
「決まっているでしょ! 次の祭りよ、祭り」
 彼女の言葉を耳にした瞬間、周囲から盛大にため息が漏れる。まだ覚えていたのか、とか忘れていてくれればよかったのにとか、そんなことを考えているのだろう。もっとも、ルルーシュにしても同じ気持ちだから何も言えないが。
「……それよりも、先に今日の仕事を終わらせて頂けるとありがたいのですけど、ね」
 これが終わらないうちは帰れないのだから……とルルーシュはため息をつく。今日は咲世子が休みを取っているから、自分が夕食を作らなければいけないのだ。そう考えれば、できるだけ早く帰りたい。
「……あぁ、咲世子さんがでかけていたわね」
 その事実をミレイも思い出したのだろう。こう言って頷いてみせる。
「ご理解頂いてありがとうございます。ですので、さっさと仕事をしてください」
「何よ。いざとなったら、私が残るからいいでしょ」
 付き合ってくれても、とミレイは頬をふくらませた。その様子に、リヴァルが「可愛い」と呟く声が聞こえる。彼女にあこがれているらしい友人に、彼女の本性を伝えたくなるが、あえてやめておく。
「高等部全体での男女逆転祭りはやめるわ」
 この言葉に、ルルーシュは即座に嫌な予感を感じてしまう。
「取りあえず、全校にアンケートを採って、一位になった人間にだけ一日、逆転生活をして貰うわ」
 これならば、見たくない相手のものは見ずにすむでしょう? と彼女は笑った。
「……男子の一位は決まったようなもんだな」
 ぼそりと呟かれたリヴァルの言葉が全てを物語っているような気がするのはルルーシュだけではないだろう。
「だから、俺は絶対にいやだ、と言っているだろうが」
 そんな彼に向かって、ルルーシュはこう言い返す。
「もし、しなければならないとしたら、その時はお前も巻き添えにしてやるから安心しろ」
 さらにこうも付け加える。
「そんなぁ……ルルーシュ!」
 泣きそうな声でリヴァルがこう言い返してきた。
「うるさい。いやなら、会長を止めて見せろ!」
 実行されたら、性根を据えて画策するからな……とルルーシュは宣言をする。
「そんなの無理だよぉ!」
 リヴァルの悲鳴が室内に響き渡った。


「……誰が一人で処理をするんですか?」
 予想通りと言うべきか。結局ルルーシュはミレイに付き合わされていた。
「だって、ルルちゃんが本気を出したらすぐじゃない」
 だからお願い……と彼女は手を合わせてルルーシュを拝む。そんな彼女の仕草にしかたがないというようにルルーシュはため息をついた。
「この貸しは大きいですからね」
 後で覚えていろ……と言外に付け加えながら、目の前の書類に手を伸ばす。
「はいは〜い! わかっていますってぇ」
 今日の晩ご飯の支度を手伝います……と彼女は付け加えた。
「……デザートをお願いしますよ」
 こう言いながら、素速く目を通す。そして、そのまま処理を進めた。
「そういえば……」
 何という事はない書類だから、確かに負担にはならない。だから、だろうか。ついつい余計な事を考えてしまうのは。
「大学部に軍関係者がいたが……どこの部署のものだ?」
 スザクは『心配いらない』とは言っていたが、それでも彼女に確認しなければいけない。そう判断をして問いかける。
「特別派遣嚮導技術部……と聞いています。確か、シュナイゼル殿下直属だったはずです」
 この言葉に、ルルーシュは微かに眉をひそめた。
 シュナイゼルの部下であれば、少なくとも自分たちの存在を知ったとしても害しようとは思わないだろう。だが、ブリタニアに連れ戻される可能性は否定できない。それとも、そうさせないようにクロヴィスが何か手を打っているのだろうか。
「現在、このエリアにはここの大学部にしかない分析装置を使いたい、と言うことでしたので。クロヴィス殿下からも『よろしく』と頼まれています」
 もっとも、大学部の敷地以外からは出るな……と言ってありますが、とミレイは付け加えた。
「他にも、ニーナの研究にも手を貸してくれることを条件にしておきましたが、彼等が何か?」
 いやであれば、すぐにでも追い出すが……とも言う彼女にルルーシュは小さく首を横に振ってみせる。そういうことを言いたかったわけではないのだ。
「……スザクがいた……」
 そんな彼女に向かって呟くようにこう告げる。
「スザク、とおっしゃいますと……枢木の息子、ですか?」
「あぁ。俺の、初めての友人だな、あいつは」
 彼がいなければ、いまこうしてここでこんな風に過ごすことはできなかっただろう。そういってルルーシュは笑った。
「ルルーシュ様……」
 そんなルルーシュにミレイはショックを隠せないという表情で視線を向けてくる。
「ミレイは友ではないだろう? お前は、俺たちの家族で……保護者だったからな」
 昔から、と付け加えれば別の意味で彼女は驚いたような表情になった。
「……そんな、もったいない……」
 そして、こう呟く。
「お前達が迎えに来てくれなかったら……俺は、ナナリーを守れなかったかもしれないからな。クロヴィス兄上とも、こうして親しくしていられなかったかもしれない」
 だから、ミレイの判断であればかまわない……とルルーシュはそうも付け加える。
「ナナリーも会いたがっていたからな。あるいは、スザクをクラブハウスに招くかもしれない。その時は、見逃してくれ」
「ルルーシュ様とナナリー様がそうお望みになるのでしたら、私に依存はございません。必要であれば、枢木スザクには、こちらにも入れるIDカードを用意しますが?」
 どうするか、とミレイは問いかけてきた。
「いずれ頼むかもしれない。取りあえず、俺が一緒であれば問題はないだろう?」
 しばらくは様子を見たい。
 不本意だが、どこにつながっているかわからないのだし……と心の中で呟くと同時に、ルルーシュは自嘲の笑みを口元に刻む。
 友達だと言いながらも無条件で相手を信じられない。
 そんな自分がいることに、少しだけ嫌気を感じる。だが、それも自分が成長してきた環境故だ。それも含めて自分である以上、妥協するしかないのだろうな。そんなことも考えていた。




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07.05.18 up