さりげなくスザクと会話を交わしながら、食事に招く日を決めた。
「……と言うわけで、今日は和食だから……かまわないよな?」
ナナリーにそう問いかければ、彼女はふわりと微笑む。
「本当に、枢木のお家に御邪魔していた時みたいですわね」
彼女の視力は、その時にはもう失われていた。だから、自分たちがどのようなくらしを強いられてきたのかを知らない。気付いていないはずはないが、それ以上にスザクの心遣いの方が印象に残っているのだろう。
ならば、自分のやせ我慢も無駄ではなかった……と言うことだろうか。
「そうだな」
そう考えて、ルルーシュは口元に微笑みを浮かべる。
「あいつも、一人のようだからな。久々に懐かしい料理を食べたいのではないか、と思うんだ」
もっとも、自分が作るのだから、味に違いはあるだろうが……とも言葉を重ねた。
「大丈夫ですわ。私、お兄様がお作りになる料理は大好きですもの」
だから、きっと、スザクも気に入ってくれるのではないか。彼女は優しい口調でこう告げる。
「それは、ナナリーのひいき目だよ」
ナナリーは自分がすることならば何でも受け入れてくれるが、スザクもそうだとは限らないだろう? とルルーシュは笑い返す。
「そんなことはありませんわ。お兄様がお作りになるお料理は、咲世子さんもほめていますもの」
特に和食に関しては、自分も知らない料理を作ることがあると言って驚いていた……ともそう付け加える。
「たまたまだろう?」
それでも、咲世子がそういってくれるのであれば、少しは自信を持ってもいいと言うことだろうか。ルルーシュはそう呟く。
「何よりも、スザクさんはお兄様が作ってくださることを一番喜んでくださるかもしれませんわ」
軍であれば、その人のためだけに料理をすると言うことはないだろう。だから、とナナリーはルルーシュが気付かなかった点を指摘してきた。
「……あいつが自炊できているのかもわからないしな」
ふっとこんなセリフも漏らす。
「そうですわ、お兄様」
自分は、ルルーシュに作ってもらうととても嬉しい。だから、きっとスザクも嬉しいはずだ。そういうナナリーにルルーシュはようやく納得をする。
「わかった。味のことは二の次に考えて、取りあえずそれなりのものを作っておけばいいんだな」
和食と言うことで納得をして貰おう。こう付け加えれば、
「それでよろしいと思います、お兄様」
とナナリーも同意をしてくれる。
「後は……兄上が押しかけてこないことを祈るか」
彼ならば、ルルーシュの手料理を食べたいと言うだけの理由で仕事を放り出して押しかけて来かねない。そんなことも考えてしまう。
「……バトレー将軍が止めてくださいますわ、きっと」
思い切り希望をこめて、ナナリーがこう告げる。
「……だよな」
「はい」
二人は思わず、こんな言葉とともに頷きあっていた。
しかし、クロヴィスは別の理由でそれどころではなかった。
「……姉上……もう一度、おっしゃって頂けますか?」
何か、聞いては行けないような一言を聞いたような気がするのは、自分の錯覚だろうか。いや、できれば錯覚であって欲しい。そう思いながら、また問いかける。
『ユフィが、そちらに向かう。学校の行事だそうだ。すまないが面倒を見てやってくれ』
しかし、そんなクロヴィスの願いを打ち砕くかのように、コーネリアはあっさりとこう言ってくれた。
「学校の行事、ですか?」
何でブリタニア本国からこのエリアに学校行事で来るのか! と企画をした人間に問いかけたい。もっと近くのエリアでいいではないか、とも。
「……それは構いませんが、こちらには報告があがってきておりません」
そんなことであれば、自分の所に連絡が来るはずだ……とクロヴィスは口にしてみる。
『ユフィが止めていたらしい。だから、私がこうして連絡を入れているのだよ』
でなければ、自分が他人のエリアの総督にこんなことを頼むはずはない……とコーネリアはため息をつく。
『あの子は自分の立場を十分に理解できていないからな……もっとも、そうなるように私がしてしまったのだが』
それに関しては反省しないといけないだろうな、というのであれば、もっと早くに気付いて欲しかった。そう思うのは自分だけなのだろうか。
もっとも。そんなことを面と向かって言えるはずもない。
「そうですか。でも、事前に知らせて頂いてよかったですよ。対処する時間をいただけましたから」
でなければ、非常にまずいことになる。たとえ内密の訪問であろうとも、警護の者を付けないわけにはいかない。一応、安全には気を付けさせているとは言え、完全だとは言い切れないのだ。
そう考える根拠は、もちろん、先日、ルルーシュが巻き込まれてしまったあの一件だ。あれだけ彼の周囲には危険な存在を近づけまいとしていたのに、それでも巻き込まれてしまった、とそう心の中で呟きを漏らす。
しかし、詳しい行事の内容は何なのだろうか。
ルルーシュのことを思い出したからだろう。こんなことを考えてしまう。
この地にあるブリタニアの名門学校と言えば、真っ先に思い浮かぶのはアッシュフォード学園だ。
ユーフェミアが通っている学校も――彼女が身分を隠しているとはいえ――皇族がかようにふさわしい格式の所だったはず。そうなれば、必然的に交流があると言っていいだろう。
ルルーシュとナナリーをどうするか、早急に話し合っておいた方がいいだろうな、と心の中で判断を下す。
「できれば、詳しい日程を知りたいのですが……誰に聞けばよいでしょうか」
リ家の執事だろうか、と付け加える。
『そうだな。彼であれば知っているだろう。あぁ、お前の手を煩わせるつもりはない。私の方から命じておく』
明日までには全ての情報がクロヴィスの元に届くように、とコーネリアは口にしてくれた。
「姉上」
『私から頼んだのだ。そのくらいは当然のことだろう?』
全ては、ユーフェミアのワガママが発端だしな。そう付け加える彼女に、クロヴィスは苦笑を返す。
「それでも、久々にあの子に会えることを楽しみにしていますよ」
これは本心からの言葉だ。あの二人と同じように、彼女もまた可愛い異母妹だと言うことは事実である。だから、と優しい表情を作って告げた。
『ユフィには告げておこう。うまくいけば、私もその時期にそちらに足を運べるかもしれないからな』
だから、どうしてそう心臓に悪いセリフをぽんぽんと口にしてくれるのか。
「おいでを楽しみにしておりますよ」
しかし、こう言うしかできないクロヴィスだった。
テーブルに並べられている食器は、この部屋にそぐわないものだと言ってもいいかもしれない。だが、今日の献立を考えれば妥協するしかないだろう。
「ナナリー」
そう判断をすると、ルルーシュは部屋の隅で手を動かしている妹へと声をかける。
「スザクを迎えに行ってくる。しばらく一人にするが、大丈夫だな?」
「はい、お兄様。いざとなったら、咲世子さんをお呼びしますから」
だから、安心していってきて欲しい。そういってナナリーは微笑む。そんな彼女にルルーシュはゆっくりと歩み寄った。
「できるだけ早く戻る。そうしたら、食事にしよう」
それまで我慢してくれ、とそうっと頬に触れながら告げる。
「はい」
大丈夫です……とナナリーは微笑み返してくれた。
「でも、できるだけ早く戻ってきてくださいね」
そうすれば、少しでも早くスザクと話ができるから。彼女はそう付け加える。
どうして彼女がそんなセリフを口にするのか、ルルーシュはわかっていた。昔から、彼女はスザクに淡い恋心にも似た憧憬の念を抱いているのだ。
「わかっている。では、行ってくるよ」
そんな彼女の気持ちを少しでも叶えてやりたい。そう思うのは、自分が兄だからだろう。こう考えながら、ルルーシュはクラブハウスを後にする。
「……しかし、これだけ広い敷地が必要だったのか?」
自分たちを隠すために学園を作った、というルーベンには感謝しているし、ミレイの心遣いもありがたい。しかし、それとこれとは話が別だろう……と思う。もっとも、自分に体力がないことは既に棚上げしていたが。
「リヴァルではないが……バイクの免許ぐらい取っておくか」
彼が乗っているようなサイドカーであれば、ナナリーと共に出かけることも可能だろう。短い距離であれば彼女を抱えて移動だってできる。もちろん、落とすなんて事をするくらいなら、自分が下敷きになった方がいい、とそう考えているのは事実だ。
それでも、もう少し体力を付けた方がいいのだろうか。
ルルーシュは本気で悩む。
「問題は、ナナリーに知られずにそれができるかどうか、だな」
もしくはミレイをはじめとした生徒会のメンバーにだ、とそうも付け加える。そういうところが、自分の欠点かもしれないな……と苦笑を浮かべたときだ。ようやく待ち合わせの場所に着いた。
「……いつから待っていたんだ、あいつは」
予定よりも五分ほど早く到着するように出てきたのに、そこにはもう、スザクの姿が確認できる。彼の方もルルーシュの姿を見つけたのだろう。嬉しそうに手を振っているのが見えた。
「ルルーシュ!」
それだけではなく、彼の方から駆け寄ってくる。その様子は、昔、コーネリアとユーフェミアの姉妹が飼っていた大型犬を連想させてくれた。しかし、スザクは優美な洋犬ではないよな……と意味もなく考えてしまう。同時に、幼い頃のたわいのない会話まで思い出してしまった。
「……焦らなくても逃げないぞ、俺は」
苦笑とともにこう言い返す。
「だって、ルルーシュの手料理だよ! 少しでも早く食べたいし……ナナリーの顔も見たいから」
ナナリーはおまけか。そういいたくなってしまった。
それでも、この年代の男であれば色恋沙汰よりも食欲の方がまだ強いのだろうか。
自分はそのどちらの感情も薄いから、よくわからないのだが……とルルーシュは心の中で呟く。
「わかった。ナナリーもお前に会うのを楽しみにしているからな」
だから、早く戻るか……と代わりに口にする。
「ナナリーも楽しみにしてくれているんだ!」
なら、急がないとね……とスザクは付け加えた。それだけならばまだしも、彼はいきなりルルーシュの体を抱き上げたのだ。
「スザク!」
何をする! とルルーシュは叫ぶ。
「このまま行った方が早いよ。方角だけ教えて?」
大丈夫、落とさないから……と言われても、だ。
「俺は男だぞ」
「わかっているよ」
スザクはにこやかにこう言い返してくる。しかし、ルルーシュにしてみれば、少しもわかっていないだろう! と言いたくなってしまう。
いったい、どこにお姫様抱っこをされて喜ぶ男がいるというのか。
そう反論をしたいのだが、スザクがさっさと走り出してしまったせいで口を開くことができない。そんなことをすれば、間違いなく舌を噛んでしまいそうなのだ。
本当にこの男は!
そう思いながらも行く先を指で示すのが精一杯のルルーシュだった。
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07.05.25up
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