ルルーシュが作ってくれた料理は絶品だった。
 しかも、自分のためにわざわざ和食を作ってくれたのだとか。今のこの地では材料を手に入れるだけでも苦労をするだろうに、とそう考えれば喜びも一入だ。
 ベッドの上に体を横たえながら、スザクはそんなことを考えている。
 同時に、胸の中が暖かくなってきた。こんな風に穏やかな気持ちになれるのは、本当に久しぶりかもしれない。
「……ナナリーもさらに可愛くなっていたし」
 ルルーシュは美人に磨きがかかっていたけれど……と口元に笑みを刻みながら付け加える。彼女の目がまだ見えないことだけは気にかかるが、それでも無事でよかった、とそう思うのだ。
「それに、流石にルルーシュの妹だよね」
 予想以上に鋭い。洞察力だけならばルルーシュよりも上なのではないだろうか。そんなことも考えてしまう。
 いや、思い出してみれば昔からそうだったかもしれない。ルルーシュが関わっていれば、彼女の洞察力にはさらに磨きがかかっていたはず。それが成長するに従って他の方面にも向けられるようになっただけではないか。
「スザクさんは、いつからご自分のことを『僕』と言われるようになりましたの? か」
 ルルーシュも何か違和感を感じていたらしい。だが、それがわからなかったのは、彼がかつて自分のことを『僕』と呼んでいたからだろうか。ナナリーの言葉で、ようやくその正体に気づいたらしい。
「ルルーシュは、ものすごく頭はいいんだけどね」
 しかし、基本的に思いこみが強い。だから、だろうか。彼がその事実に気が付かなかったのは。それとも、彼も男だからかもしれない。
「何か……お兄様とスザクさん、入れ替わったみたいです……とも言っていたな」
 こう言われた瞬間、ルルーシュが思いきり複雑そうな表情を浮かべていた。それは、彼には予想もしていなかった言葉だったからだろうか。
「ナナリーちゃんを守るため、とはいえ……僕を真似してくれたというのであれば嬉しいけど」
 自分がそうだったように、とスザクが何気なく呟いたときだ。窓に何かがぶつかるような音が周囲に響く。それを認識した瞬間、彼の表情が曇る。
「せっかく、いい気持ちだったのに……」
 どうして、そういう時を狙って邪魔をしに来るのかな。そう呟きながら、スザクはゆっくりと体を起こす。そして、そのまま窓の方へと歩み寄った。
 外を確認すると同時にスザクの表情はさらに険しくなる。それでも、彼は黙って窓を開けた。
 一瞬の間をおいて何かが部屋の中に投げ入れられる。
 同時に、窓の下にいた人物はその場から離れていった。
「何なんだよ、まったく」
 いったい何を投げ入れていったのか。そう思いながら視線を向ける。そうすれば、何やら手紙らしきものに包み込まれたものが確認できた。
「何かな」
 本当に、あれこれ面倒なことばかりだ。そう呟きながらそっとそれを拾い上げる。
 中を確認した瞬間、スザクの顔が忌々しそうにゆがめられた。
「本当に、厄介なことばかりだ」
 昔のように、自分と彼等のことだけを考えていられれば、周囲のことはどうでもいい。そういいきれる立場であればどれだけよかっただろうか。
 もっとも、そうできないことはわかっている。
 自分は名誉ブリタニア人という立場から。そしてルルーシュはナナリーを守らなければいけないという自分自身の枷から、どうしてもはずれることはできないだろう。
「俺もルルーシュも……結局は、しがらみから逃れられないんだろうな」
 それとも、全てを壊してしまえばいいのだろうか。
 そうしたら、あのころのように何も考えずに傍にいることができるかもしれない。いや、そうでなくてもルルーシュの傍にいられればどうでもいいのかもしれないが……とスザクは心の中で呟いた。
「それを邪魔する人間の方を排除すればいいだけだしね」
 それだけを考えられる立場ならどれだけいいだろう。
 もっとも、これに関しては可能性がないわけではない。
「……まずは……もう少し地位を上げないとダメかな」
 ついでにルルーシュからもっと信頼されるようにならないと、とも呟く。
「そのためなら、何でもするさ」
 今までだってそうしてきたのだ。
 これからだってできるに決まっている。
 何よりも、今は自由に、とは言えないまでもルルーシュが望んでくれればいつでも会えるようになったのだし、とも。何の手がかりもなかった時期に比べれば、まさしく天国ではないだろうか。
 少なくとも、既に彼等が死んでいるのではないか……と言う不安からは逃れることができたのだし。
「ルルーシュ……」
 大好きだよ、とスザクは呟く。同時に、手の中の紙を握りつぶす。
「君だけは、僕が守るから」
 だから、自分のことを同じくらい好きになって……と祈るように付け加えた。


 翌朝、リビングへ向かえば、そこには何故かクロヴィスがいた。
「……兄上?」
 いったい、どうして……とルルーシュは顔をしかめる。何か厄介なことが起きたのだろうか、とも。
「すまないね。緊急に君とミレイに確認したいことがあったのと、久々に朝食をともにしたくてね」
 今日は、午前中の予定がないから……と彼はさりげなく付け加える。しかし、その表情が何か引っかかるな、とルルーシュは心の中で付け加えた。
「何か、ありましたか?」
 悩むよりは問いかけた方が早い。そう判断をして、ルルーシュは彼を見つめる。そうすれば、クロヴィスはふっと視線をそらした。それだけで、ものすごく厄介なことがあったのだと推測できるようになってしまった自分はいいのか悪いのか。ルルーシュは思わず悩んでしまう。
「兄上」
 あるなら、さっさと白状して欲しい。言外にそう付け加えながら、ルルーシュは彼の方へと一歩近づく。
「だからね……ミレイが来たら話すよ」
 てへっと笑いを漏らして可愛いのは、女性か子供だけだろう。どう考えても成人男子がそれをやったとしても不気味なだけだ。そう思うのは自分だけではないはずだ、とルルーシュは考える。
 だが、どうやら人命に関わるようなことでないことだけは確かなようだ。
「……しかたがありません。それに、ナナリーが喜びます」
 夕べはスザクで今日はクロヴィスと一緒、というのであれば、普段、限られた人間としか接する機会をもてない彼女にしてみれば嬉しい限りだろう。だから、自分が妥協をするしかないのだろうな……とルルーシュは考えた。
「しかし、それが終わったら、きっちりと話を聞かせて頂きますからね」
 にっこりと微笑みながら言葉を投げつければ、クロヴィスは壊れた首振り人形のように頷いてみせる。そんな彼の様子にあれこれ言いたいことはあるが、それより先にナナリーの車いすがリビング内に滑り込んできた。
「お兄様、クロヴィス兄様がおいでというのは本当ですか?」
 そして、嬉しそうな声でこう問いかけてくる。
「本当だよ、ナナリー」
 ルルーシュはそれに言葉を返すよりも先に、クロヴィスが言葉を返した。
「時間が空いたからね。悪いとは思ったけど、押しかけさせて貰ったよ」
 そのまま彼は立ち上がる。そして、大股に彼女に歩み寄ると、そうっとその体を抱きしめた。
「おはよう、ナナリー」
 その言葉に、ナナリーは柔らかな笑みを浮かべる。
「おはようございます、クロヴィスお兄様」
 お疲れではありませんか? と彼女は口にするとそっと彼の頬にキスを贈った。その瞬間、他人には見せられないくらいクロヴィスの顔が伸びる。もっとも、自分もそんな表情になっているだろうとわかっているので、それについてはあえて何も言わない。
「ナナリー、おはよう。よく眠れたようだね」
 代わりにこう言って彼女の頬にキスをした。
「お兄様も」
 ナナリーもこう言ってキスを返してくれる。そんな時間が、本当に大切なものだ。だから、守りたい。そう思うのは、失うことを知っているからなのか。幸せなはずなのに、そんなことを考えてしまう自分に、ルルーシュは小さなため息を漏らしてしまった。


 朝食が終わると同時にミレイが姿を現した。きっと、咲世子がタイミングをあわせて連絡を入れたのだろう。
「ミレイさん? どうかなさったのですか?」
 その事実に、何も知らされていないナナリーが不安そうに首をかしげた。
「あぁ、私が頼み事があるのだよ」
 総督府に来てもらうよりもここで話をした方がいろいろと都合がいいからね……とクロヴィスは微笑みとともにこう告げる。それはもっともらしい理由のように聞こえた。
「そうなのですか」
「大丈夫だ、ナナリー。俺も同席するから、兄上とミレイがとんでもない企画を計画するようなことはない」
 ルルーシュが苦笑とともにこう告げれば、
「ちょっと、ルルちゃん、酷いわ!」
 と即座にミレイが反論をしてくる。
「本当のことでしょうが。そのたびに誰が苦労をしていると思っているんですか?」
 何なら、みんなも呼びましょうか? とルルーシュは開き直る。それとも、企画書を全部積み上げましょうか、とも。
「いいじゃない……この学園の中だけのお祭りでしょ。ここから巣立っちゃったら、できない事じゃない」
 それまでの楽しみなのだから……と言う気持ちはわかる。そして、それは間違いなく自分たちのためなのだ、と言うこともだ。
「だったら……せめてもう少し、負担を減らしてください」
 ただでさえクロヴィスからの仕事が回ってくるのに、と少しイヤミを交えてこう言ってみる。
「ルルーシュ、それは、ね……」
「という話をするからね、ナナリー。先に学校に行っていてくれるかな?」
 兄上の名誉のためにも、ルルーシュは優しい声で告げた。
「はい、お兄様。あまりクロヴィスお兄様をいじめないで上げてくださいませね」
「わかっているよ」
 苦言は言わせてもらうけどな……とルルーシュは笑う。
「……お手柔らかに頼むよ、ルルーシュ」
 苦笑とともにクロヴィスが言い返してくる。その隣で、ミレイも大きく頷いていた。
「そういうことだからね。ナナリーは学校に行きなさい。帰ってくる頃まではいられないけど、またすぐに時間を作って顔を見に来るからね」
 さらに彼はこう続ける。そういわれては、ナナリーもこれ以上わがままを言えないのだろう。
「わかりました。必ず、またいらしてくださいね、クロヴィス兄様」
「もちろんだよ、ナナリー。今度は、一日君のために時間を空けられるように頑張るからね」
 その時はちゃんと付き合ってくれ、という言葉に、ナナリーはふわりと微笑む。
「では、行って参ります」
 この言葉とともに、彼女は咲世子とともに部屋を後にする。その背中がドアの向こうに消えた瞬間、その場の空気が一変した。いや、ルルーシュがさせたと言うべきか。
「それで、兄上。ミレイまで呼んで、どのようなご相談でしょうか」
 厳しい視線を彼に向ける。それに対し、クロヴィスも口元を引き締めた。
「その前にミレイ。ちょっと確認したいのだが」
 そのまま、視線を彼女に向ける。
「何でございましょうか、総督閣下」
 彼女の顔にもまた緊張が浮かんだ。
「来週末に河口湖で行われる交流会に、アッシュフォード学園も参加するのかな?」
 いったい、いつの間に彼の耳に入ったのだろうか。ルルーシュはそう思う。
「はい、閣下。私どもがホスト役になります」
 それが何か? とミレイも何やら不安そうに問いかけた。
「……それにユフィが参加するのだよ」
 夕べ、コーネリアから連絡があった。その言葉に、ルルーシュだけではなくミレイも表情を強ばらせる。
「ユフィが?」
 考えてみれば、自分と一つ違いだ。その可能性がないとは言えないだろう、とはわかっている。しかし、何故今回なのか……と心の中ではき出してしまう。
「どうするのよ、ルルちゃん……ルルちゃんが来てくれないと、困るわ」
 表向きはともかく、裏方は全てルルーシュが采配をすることになっている。そんな彼が抜けたら、間違いなく混乱を引き起こすだろう。
「だからといって、俺は顔を出せませんよ」
 でなければ、変装をするしかないのではないか。しかし、迂闊な変装をしては逆に不審がられるだろう、とも思う。
「……いっそ、女装する?」
 それなら、絶対にばれないわ! とミレイが口にした。
「ミレイ!」
 だから、どうしてクロヴィスの前でそんなことを言うのか。それを耳にしたら、絶対に彼はおもしろがることは目に見えているだろう。ルルーシュはそう思う。
「……それは楽しそうだね」
 予想通りと言うべきか、こんなセリフを口にしてくれる。
「……兄上も……」
 どうすればいいのか。本気で悩みたくなるルルーシュだった。
「……俺が女装すれば、別の意味で正体がばれますよ……」
 取りあえず、苦し紛れにこう言ってみる。
「ルーベンのあの反応を見れば、なおさらだ」
 この言葉に、ミレイも何かを思い出したらしい。
「確かに……引率や護衛の者の中にはマリアンヌ様のお姿を覚えているものもおりますしね」
 ルルーシュは本当に彼女そっくりだった……と言われてもあまり嬉しくない。
「ユフィなら、間違いなくマリアンヌ様のお姿を覚えているだろうね」
 彼女の手元には、マリアンヌが騎士に任命されたときの絵皿もあった。それでなくても、自分の描いた絵を何枚か贈った記憶もある……とクロヴィスも頷く。
「……だから、どうしてそういうことを……」
「決まっているだろう。ユフィだけではなくコーネリア姉上もマリアンヌ様のファンだったからだよ」
 描くたびに強奪されたのだ、とクロヴィスはため息を吐く。この言葉をどこまで信じればいいのか。それはそれで頭が痛いルルーシュだった。




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