それでも、行かなければならないことだけは間違いない。仕方がなく、変装をしてなおかつできるだけ表に出ないように、と言うことで妥協をする。
「……護衛の方は、特派を行かせよう」
 自分の直属ではないから逆に融通が利く……とクロヴィスは口にした。
「私の部下を使えば、君のことがばれるかもしれないからね。もっとも、ユフィにはばれないように付けるのだが……君の顔は知らない者達を選ぶようにバトレーに命じてあるから、心配はいらないよ」
そして、特派の方はルルーシュの存在に気が付いても見て見ぬふりをしてくれるはずだ……とそうも付け加える。
「僭越ですが、殿下……どうしてそういいきられますのでしょうか」
「……特派の主任が、アスプルンド伯爵だからだよ」
 この言葉だけで、ルルーシュにもクロヴィスがそういった理由がわかってしまう。
 シュナイゼルの悪友でもある彼は、興味があること以外は眼中に入れない。それどころか、そうなったら相手が皇族だろうと何だろうと無視をするというある意味見事な性格の持ち主だ。それでも許されているのは、彼本人が優秀だと言うこととその後ろ盾にシュナイゼルがいるからだろう。
 しかし、と思う。
「……何か取引を?」
 おそらく、ロイドの見て見ぬふりはシュナイゼルも含まれているのだろうとルルーシュはそう判断をした。その理由は何なのか。そういいたいのだ。
「……君の手作りのプリン、だそうだ」
「はぁ?」
 思わずこんな呟きがこぼれ落ちてしまう。
「ルルちゃんのプリン! なんて贅沢な……」
 しかし、ミレイのこのセリフはいったい何なのか。
「ミレイ……」
「だって、ルルちゃんの手作りのプリンよ! あの絶品の!! 私でさえ滅多に食べさせてもらえないのに……」
 いつでも好きなときに食べさせてもらえるのはナナリーぐらいだろう。それでも、彼女の性格を考えればそう頻繁におねだりをしているはずがない。何よりも、二人の生活の世話をしている咲世子は家事のプロフェッショナルだから、とミレイは一息にまくし立てた。
「それほどおいしいのかい?」
 ミレイがここまで言えばクロヴィスが興味を持たないはずがない。こう問いかけてきた。
「あれを食べると、迂闊なところのプリンは食べられません! ルルちゃん自身がプリン好きだから余計に!!」
 しかし、話がずれてきているような気がするのは自分の錯覚か? とルルーシュはため息をつく。今は、そういう話をしている場合ではないような気がするのだが、とも思う。
「……ともかく」
 こうなったらしかたがない。自分が何とかするしかないだろう。そう判断をして、ルルーシュは口を開く。
「護衛の件は、多少引っかかりはありますが納得しました。それと、俺は表に出られない分、事前にしっかりと準備を整えておきたいのですが?」
 会長? とルルーシュはミレイに呼びかける。
「当日の朝、行く予定だったけど……前日からにする? でも、クロヴィス殿下の部下がうるさいかしら」
 だとするなら厄介よね……とミレイも頷く。既に決まっている予定を全て邪魔されるのではないか。そんなことを考えているらしい。
「それは絶対にさせないから安心しなさい。せいぜい、ホテル側のスタッフと後は食事関係かな? 口を出させるのは。君達の立てたスケジュールに関しては絶対邪魔をしないように命じておこう」
 もっとも、事前に提出して貰うことになるだろうが……それに関しては、バトレーに任せておく。彼であればきちんと処理をしてくれるはずだ……とも付け加えた。
「……あぁ、そういえば……」
 そこまで口にしたときだ。急にクロヴィスが眉を寄せる。
「兄上?」
 どうかしたのかと思って、ルルーシュは問いかけた。何かまずいことを思い出したのでなければいいが、とも考えてしまう。
「姉上がご自分の騎士を一人、ユフィにつけて寄越すようなことを言っていたことを、今思い出しただけだよ」
 その瞬間、ルルーシュの表情が思い切り強ばってしまう。
「……誰、ですか?」
 自分が知らない《誰か》であればいい。だが、もしダールトンが同行してきたら、間違いなく気付かれるのではないか。彼等の前に自分が姿を現さなくても、だ。
「そこまではわからないよ。あれこれ聞く方がまずいとそう思ったのだが」
 いけなかったかな? とクロヴィスは問いかけてくる。
「いえ……確かに、下手にあれこれ確認しようとすれば、姉上のことです。不審を抱かれるに決まっていますね」
 その結果、自分たちのことが気付かれるのは困る。ルルーシュはそう付け加える。
「まだ、ダメなのかな、ルルーシュ」
 少なくとも、コーネリアとユーフェミア、そしてシュナイゼルはルルーシュとナナリーに危害を加えないと思うが……とクロヴィスは口にする。その言葉は、ルルーシュも納得できた。それでも、だ。
「すみません、兄上……」
 まだ恐い、と思ってしまう。
 彼等と再会することがではない。また、裏切られるかもしれない、とそう考えてしまうことが、だ。
 何よりも、そんなことを考えてしまうかもしれない自分が嫌だ、とそう思う。
「いいよ、ルルーシュ。それはしかたがないことだからね」
 無理をしなくていい……とクロヴィスは微笑む。
「こればかりは、焦ってもいいことはない。何。後で私が兄上方にイヤミの一つも言われればいいだけのことだよ」
 それも、ルルーシュやナナリーの笑顔を独り占めしていれば当然のことだろうね、と彼は続けた。
「兄上」
「生きていてさえくれれば、いくらでも取り戻せるよ。君達を傷つけたのは私たちの力不足のせいだからね。そのくらいは当然の罰だよ」
 自分たちにとっては、と言って微笑む彼に何と言葉を返していいのか。それがわからなくて、ルルーシュは視線を落とす。
「失敗したね。君を困らせるつもりではなかったのだが」
 ユフィのことを注意したかっただけなのだが、とクロヴィスの方がおろおろし始める。自分の方こそ、彼にそんな表情をさせるつもりではなかったのに、とそう思う。
「……兄上……」
 ともかく、彼が自分のことを責めるような事をやめさせなければ。そう思って、ルルーシュは口を開く。
「なんだい?」
 即座に彼は笑みを向けてきた。
「ご都合がよろしければ……俺たちがいない間、ナナリーをお願いできませんか?」
 そうすれば、あの子が喜ぶから……とルルーシュは付け加える。
「ナナリーを私に預けてくれるのかい?」
 しかし、ルルーシュの提案は予想以上にクロヴィスを喜ばせたらしい。彼の表情がものすごく明るくなった。
「はい。ただし、兄上のご迷惑になるようでしたら、話は別ですが」
「そんなことはないよ。むしろ喜んであの子に付き合おう」
 ルルーシュが任せてくれるのであれば、なおさらだよ……と彼は口にする。気分を浮上させようと思ったが、実は逆効果だったのだろうか。ルルーシュはそんなことも考えてしまう。
「その日、午前中は検診だったわよね、ナナちゃん」
 取りあえずフォローしようと言うかのようにミレイが口を挟んできた。
「あぁ。咲世子さんが付き合ってくれるはずだ。だから、そちらは心配いらないのですが……できれば、夕食だけでも一緒に取って頂ければ、と思います」
 ナナリーのせいではないのに、検診から帰ってくると決まって少し落ちこむのだ、彼女は。それがあるからこそ、出発を翌日にしていたのだが、この状況であれば彼に頼むしかない。
 それに、ナナリーが一緒であれば、彼も無茶はしないだろう。そうも考えたのだ。
「大丈夫だよ。任せておいてくれていい」
 ユフィのこともあるから、ろくに仕事にならないだろうしね……とクロヴィスは苦笑とともに付け加える。
「夕食と……うまくいけば、こちらに泊まれるかな。取りあえず、スケジュールを調整しておくよ」
 だから、任せておいてくれ。そういうクロヴィスに、ルルーシュは微笑みとともに頷いてみせた。


「……実戦訓練、ですか?」
 ロイドの言葉に、スザクがこう聞き返す。
「ん〜〜、ちょぉっと違うかなぁ」
 それに彼は苦笑とともに口を開く。
「よぉするに、クロヴィス殿下の個人的なお知り合い――とは言っても、間違いなく要人なんだけどねぇ――の護衛役、が今回のお仕事。そのついでに、野外でのテストもしていいよぉ、って事かな?」
 だから、あまり大がかりなことはできないんだけどねぇ……と彼は付け加える。
「その人は僕にとっても大切な方だからねぇ。二つ返事で引き受けたってわけ」
 だから、協力をしてよねぇ……と付け加えられる。それに関しては、スザクとしても文句はない。というよりも、彼の言葉に異論を唱えられる立場にはない、と言うべきか。
「あぁ……君にも関係があるかもしれないよぉ」
 その人に関してはねぇ……と付け加える彼の言葉に、スザクは『まさか』と心の中で呟いてしまう。
 ロイドが口にしているのは《彼》のことなのか。
 そうだとするのであれば、ロイドも《彼》の生存を知っていることになる。
 でも、と心の中で付け加えた。考えてみればルルーシュ達は今、クロヴィスの庇護下にあるらしい。特派はクロヴィスの指揮下にはないが、このエリアにいる以上、それなりに彼の命令に従わなければいけないのだろう。
 それはわかる。
 だが、どうして自分たちが《ルルーシュ》の護衛に付かなければいけないのか。
「ここからは、内密の話だけどねぇ」
 不意にロイドが声を潜めた。
「どうやら、その場にユーフェミア皇女殿下がおいでのようなんだよ。正規軍の方々は、そちらの護衛に借り出されるというわけ」
 だが、クロヴィスとしてはもう一人の方も守りたい。だが、その存在はあまり公にしたくない、というか本人がして欲しくないと思っている。だから、自分たちにおはちが回ってきたのだ……と彼は笑った。
「と言うことだからねぇ。せいぜい頑張ってね、クルルギ准尉」
「……僕、ですか?」
「そぉだよぉ。特派は開発メインだからねぇ。どうしても、頭でっかちのメンバーが多いんだよぉ。実戦は苦手」
 だから、いざというときにはスザクに動いてもらうしかない、とロイドは口にする。
「そうなんですか?」
 ロイドやセシルを見ているとそうとは思えないのだが……と心の中で呟く。特に、ロイドは何気ない動きのそこここに、武道を嗜んだものだけが持つ鋭さが感じられるのだ。
「そぉだよぉ……第一、そうじゃないと君の存在意義がなくなると思うけどぉ」
 体力仕事をして貰うために来てもらったんだからぁ、と言われては反論のしようもない。確かに、それは自分でも自覚しているのだ。
「まぁ、何事もないのが一番なんだけどねぇ」
 帰ってきたら、手作りのプリンが待っているはずだしぃ……という言葉に、スザクの眉が跳ね上がる。
 ひょっとして、それは彼の手作りなのか! とその勢いのまま確認をしようとした。しかし、それよりも先に動いたのはセシルだった。
「貴方って言う人は、食べ物につられたんですか!」
 そのまま、手に持っていたファイルで、彼女はロイドをはり倒す。
「……セシルさん……」
 ひょっとして、それは命令に付随した特典ではないだろうか……と、取りあえずスザクは上司のフォローを試みる。
「スザク君?」
「ロイドさんのプリン好きは、もう周知の事実でしょう?」
 だから、それを知ったクロヴィスが相手に働きかけたとしてもおかしくはないのではないか。そうも付け加えた。
「まぁ、そうかもしれないけど……でも、ねぇ」
 何か納得できなかったのよ、と彼女は呟く。それに関しては、スザクも同意見だ。まるで、ロイドが手作りの絶品プリンを食べたいがために任務を引き受けたように思えてならない。
「とはいうものの……ユーフェミア殿下がおいでだというのであれば、万が一に供えることは必要でしょうし。決まっちゃったことはしかたがないわね」
 何か、ものすごくアバウトなお言葉ですね……とスザクは心の中だけで呟く。しかし、それを口にするようなことはない。そんなことをすれば、ロイドの二の舞と言うことは簡単に想像が付いた。
 それよりも、とスザクはそっと息を吐き出す。自分たちが護衛をする対象が彼なのかどうかを確認しないと。それが先決かな、とそう考えていた。




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