「あぁ、そうだ」
 不本意だがな……とルルーシュは苦笑を浮かべてみせる。
「この前の一件があるから、余計に神経質になっておいでなのだろう」
 でなければ、ユーフェミアに悟られないように、自分にまで護衛を付けるとは言い出さないはずだ。ミレイも一緒にいる以上、それなりの対処が取れる。それは彼もわかっているはずだし、とも付け加える。
「だから、僕たちなんだ」
 確かに、ブリタニア軍の一組織ではあるが特派はエリア11ではイレギュラーな存在だ。だからこそ、どこで何をしていようとも気にするものはそう多くないのではないか。スザクはこう言って頷く。
「……ついでに、ロイドの存在がな」
 クロヴィスの話から判断をして、どうやら自分がブリタニアにいたころと彼は変わっていないらしい。あのころですら、シュナイゼルの《友人》という立場がなければ、周囲から鼻つまみ者扱いをされていたのではないか。そんなことも考えてしまう。
 だが、彼は自分たちに普通に接してくれた。
 幼いころによく遊んで貰った記憶もある。
 だから、嫌いではない。それでも、信じられると言い切れないことも事実だ。
 目の前にいるスザクですら、ひょっとしたら自分たち――自分を裏切っているのかもしれない。そんなことがあるはずはない、と思いたくてもできないのだから、しかたがないのか。そう考えて、ルルーシュは苦笑を浮かべた。
 自分が無条件で信じられる存在は、ナナリー一人だ。
 クロヴィスもミレイも、信用はしているが完全に信頼できていない。そんな自分が嫌いだ、とも思う。
「ルルーシュ?」
 黙り込んでしまったせいか――それとも表情に出てしまったのか――スザクが不審げに声をかけてくる。
「何でもない。あいつ一人にプリンを作ってやるべきか、それとも付き合ってくれた人全員に作るべきか……と悩んでいただけだ」
 一人だけだと申し訳ないような気もする。そうも付け加えた。
「ロイドさんのプリン好きって、そんなに有名なの?」
 それで納得をしたのか。それとも、ルルーシュが触れて欲しくないと言うことに気が付いたのか。スザクはこう問いかけてくる。
「……昔、俺たちの手みやげには毎回持ってきたな」
 その中に、自分の分がしっかりと入っていた程度には好きだと思うぞ……と言葉を返す。
「ふぅん」
 それを耳にした瞬間、スザクは目をすがめた。そんな表情は、ともに暮らしていたころの彼を思い起こさせる。
「ルルーシュのプリン食べたさ……って言うのは嘘じゃないんだ、それじゃ」
 やっぱり、セシルさんに報告かな……と彼は続けた。
「スザク……相手は一応上司で、伯爵だからな」
 彼の性格が昔通りなら気にしないだろうが、それでも万が一と言うこともあるだろう。だから、と注意をしておく。
「わかってるよ。そのあたりのさじ加減は、セシルさんの右に出る人はいないから」
 だから、報告……とスザクは笑う。
「でも、ルルーシュの作ったプリンなら、僕も食べたいな……とは思うよ」
 この前も今日も、ごちそうして貰った手料理は、ほっぺたが落ちそうなくらいおいしかったから……と彼は付け加えた。
「ナナリーにまずいものは食べさせられなかったからな」
 もっとも、最初から今のようにできたわけではない。それを彼女は何も言わずに食べてくれた。今だって、何を作っても旨いと言ってくれるだろう。でも、それでは自分の気が済まない。そんなことも考えてしまうのだ。
「ルルーシュらしいね」
 ナナリーが一番、という所も変わってない……とスザクは口にする。
「ナナリーだけが、ずっと俺の側にいてくれたからな」
 彼女がいなければ、ひょっとしたら《死》を選んでいたかもしれない。そう思える状況に何度も直面してきた。スザクには隠しても無駄だろうと思って、素直にそう告げる。
「……ルルーシュ……」
 スザクが複雑な視線を投げつけてきた。
「もっとも、今は違うがな。兄上もミレイもいてくれる。お前も戻ってきてくれたしな」
 そうだろう、とルルーシュはそんな彼に笑みを向ける。
「もちろんだよ、ルルーシュ。君は僕が守るから」
 だから、安心して……とスザクは口にした。そのままさりげなく立ち上がるとルルーシュの側に歩み寄ってくる。
「スザク?」
 どうかしたのか? と問いかけようとしたときだ。
 すぐ間近まで彼の顔が近づいてくる。
 そう認識するよりも先に何かがルルーシュの唇に触れてきた。
 いったい、何が起きているのだろうか。
 それを確認しようとする前に、それが離れていく。そこで初めて、それがスザクの唇だとわかった。
「……スザク……」
 いったい何を……とか、どうして……とかと言った単語がルルーシュの脳裏をグルグルと駆けめぐっていく。
「いきなり、ごめん。でも、今したことは謝らないから」
 そういう問題なのか、とルルーシュは心の中で呟いた。しかし、それを言葉にしようとしても、口の中がからからで舌が張り付いていてできない。
「そういう意味で、君が好きなんだ」
 代わりにスザクが言葉を重ねてくる。
「でも、口にしただけだと信じてもらえないかなって、そう思ったんだ」
 だからといって、とルルーシュは心の中で呟きながらスザクをにらみつけた。
「うん。君の同意をもらわなかったのは悪かったと思っているよ。だから、こんなことはもうしないから」
 だから、自分を遠ざけないで欲しい。スザクはこう言ってくる。
 それを耳にしながら、ルルーシュは自分の分のカップを取り上げた。そして、その中に入っている、少し冷めた琥珀色の液体を口の中に流し込む。そうすることで、ようやく口の中の乾きが癒やされた。
「だったら……先に、口で説明しろ……」
 しかし、ルルーシュの口から出たのはこんなセリフだけだった。
「うん。わかっているよ。だから、もうしないって」
 だから、許して……とスザクは口にする。そして、それを証明するように、ルルーシュから離れていく。
「……いつから、だ?」
 そんな彼に向かって、ルルーシュはこう問いかけた。
「……多分、一目ぼれ、かな?」
 最初にあったときから、と言うことになるんだ……と今更ながら認識した、とスザクは言葉を返してくる。
 それにしては、ずいぶんとあれこれしてくれたよな……と記憶の中の出会いの場面を思い出してルルーシュはため息をついた。
「自覚をしたのは、再会したあの瞬間だけどね」
 それまでは、ただの家族や友人に向けられる好意だとばかり思っていたんだけど……と彼は笑みを浮かべた。
「そうしたら、昔の行動の一つ一つが、いわゆる『好きな子ほどいじめたい』ってあれだったのかって、わかったんだよね」
 そういう問題なのか。声を大にしてそう問いかけたい。しかし、ここで下手にあれこれを言ってしまえばやぶ蛇になりかねない、と我慢をする。
「だから、もう絶対に、君を失いたくない。そう思うんだ」
 ルルーシュが自分の感情が嫌だというなら我慢するから、とスザクは言葉を重ねてきた。だから、自分を遠ざけるようなことだけはしないで欲しい、とも。
 その様子が、拾われてきた犬のように思えるのは錯覚だろうか。
「……絶対に、不意打ちはするなよ?」
 それで妥協してやるから……とルルーシュはため息混じりに口にした。
「ありがとう、ルルーシュ!」
 嬉しそうにこう言ってくる。もし、許可が出たならば、即座に抱きついてきそうな気配だ。それでも我慢しているというのは、先ほどの言葉が嘘ではないという証拠なのだろうか。
「別に……取りあえず、お前は俺の数少ない《友達》だからな」
 それ以上になるかどうかはわからないが、とさりげなく付け加える。
「それでもいいよ。ひょっとしたら、それ以上になれるかもしれないんでしょ?」
 焦らないで待っているよ、とスザクは笑う。
「君やナナリーを見失ってからの時間に比べれば、こうして側にいられるだけでも雲泥の差だよ」
 ひょっとして、二度と会えないのではないか。そんな不安と戦うことに比べれば、自分の劣情を押さえ込んでいる方がずっといい。こんな風に告げる彼に、何と言い返せばいいのか。ルルーシュにはすぐに判断ができない。
「そういえば……ナナリーちゃんは、こっちに残るんだよね?」
 さりげなさを装って、スザクが話題を変えてくる。
「あぁ。まぁ、ここには咲世子さんがいるし、それに兄上も様子を見に来てくださるとおっしゃっていたからな。心配はしていない」
 そういった意味で、クラブハウスをはじめとしたアッシュフォード学園のセキュリティは総督府のそれよりも厳しいから……とルルーシュは微笑んだ。
「だから、バトレー将軍も兄上がここにおいでになることに反対をされないんだろうな」
 仕事さえ終わらせているのであれば、彼は文句を言わない。むしろ、変な女性の所に行かないと言うことで喜ばれているのかもしれない、とも思う。
「そうなんだ。それで、ここのセキュリティがここまで厳しいんだ」
 アッシュフォードの気持ちもわかるかな、とスザクは頷いた。
「クロヴィス殿下もそうだと思うんだけど……もう、二度と君達を失いたくない。そう考えているんだよ」
 今、君達を守れるだけの力があるから、余計に……と彼は言葉を続ける。
「スザク……」
「ナナリーちゃんは君が守るんだろう? だから、君は僕が守るよ。昔、そう約束しただろう? 僕の気持ちは、あのころと変わってないから」
 何も心配しないで……とスザクは微笑む。
「……スザク……」
 それも好意、と取っていいのだろうか。それとも下心があるからなのか。本気で悩んでしまう。
「ありがとう」
 それでも、スザクが自分だけではなくナナリーのことを気にかけてくれたのは嬉しい。そう思って、こう言葉を返した。


「ルルーシュって、本当に突発事項に弱いよね」
 頭はものすごくいいのに……とそう付け加える。
 それとも、頭がよすぎるからなのか。
 人がどう動くかを何パターンも即座に推測できるから、それ以外の行動を取られるとパニックを起こしてしまうのかもしれない。
「そういうところが可愛いんだけど」
 キスをした後のあの表情が凄く可愛らしかった。だから、できればそのままことに進んでしまいたかった、というのが本音だ。
 しかし、彼のあの時の反応からおそらくこれまでは恋愛感情を抱く余裕もなかったんだろうな、と推測できる。間違いなく、彼の意識はナナリーを守ることだけに向けられていたんだろう。
 今ですら、ルルーシュは自分自身よりも彼女のことを優先するに決まっている。
 そんな彼の反応が嬉しいと思う反面、かわいそうになってしまうのはどうしてだろうか。
「俺なんかに、こんなに思われているから、かな」
 だから、かわいそうなのかもしれない。でも、とスザクは続けた。
「見つけた以上、逃がして上げられないよ」
 どんなにかわいそうだと思っていても、と彼は笑みを浮かべる。それでも、自分が彼を失えないのだ。
「君もそうなってくれればいいのに」
 だが、ナナリーがいる以上、それは難しいのはわかっている。それに、そんな風に彼女を気遣う彼も嫌いではないのだ。
 それでも、やっぱり、自分を一番に考えて欲しい。そう考えるのはワガママなのか。でも、彼の場合、今までナナリーしか側にいなかったから、という可能性もあるな……とそんなことも考える。
 ならば、これから変えていけばいいだけだ、とそう思い直す。彼にも言ったが、側にいればいくらでもアピールする方法はあるのだ。そして、幸か不幸か、自分は経験豊富だし……と微かに自嘲の色を笑みに浮かべる。だから、彼を絡め取ることも不可能ではないだろう。そうも考える。
「さて、いい加減戻らないと、ね」
 ルルーシュが許可をくれたとはいえ、いつまでもここでうろうろしていれば疑念をもたれるに決まっている。そうなったら、また彼の側に行くのが難しくなるかもしれないし。それでは面白くないだろう。こう考えながら、歩き出す。
 しかし、その足もすぐに止まった。
「今のは、なんだ?」
 間違いなく、人影がルルーシュ達の住んでいるクラブハウスから外へと向かっている。しかも、その人影が出てきたのはナナリーの部屋のすぐ側ではなかったか。
「……ルルーシュとの約束だし、な」
 だから、と呟くと、スザクはその後を追いかけた。




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07.06.15up