足音を響かせながら、コーネリアは病院の廊下を歩いていく。
「いったい、どうしてあれがそのような事件に巻き込まれたのだ?」
 しかも、病院で……と彼女は脇に控えている騎士に問いかけた。
「……姫様、落ち着いてくださいませ」
 そんな彼女に向かって、彼女の騎士であるギルフォードがこう告げる。
「これが落ち着いていられるか!」
「ですが、ここは病院でございます。他にも患者や怪我人がおります」
 ですから、というギルフォードの言葉にコーネリアは取りあえず怒りを静めた。確かに、病院で出すような声ではなかった。そう気付いたのだ。
「それに、この先にはバトレー将軍もおられます。彼であれば、事情を知っておりましょう」
 さらに言葉を重ねられて、コーネリアは小さなため息をつく。
「そうだな。あれは情に厚い子だ。あるいは、ここに部下の誰かが入院していたのかもしれぬ」
 そのものを見舞いに来てのことであれば、怒鳴ることではないだろう。ただ、護衛の者に関しては違うだろうが。そう思う。
「バトレーに事情を聞いてから、判断をしよう」
 そして、クロヴィスの容態を確認してから……と彼女は心の中で付け加える。
「……頼むから、お前までこの地で命を落とすな。あの子達が悲しむだろうが」
 この地で命を落としてしまった幼い弟妹のことを思い出しながら、コーネリアはこう呟いた。あの子達は、自分の力不足で救えなかった。その上、クロヴィスまでとあっては、悔やんでも悔やみきれないとそう思う。
「頼むから、あれを連れて行くな……ルルーシュ、ナナリー」
 この呟きは、彼女の唇の中で消えていった。


 同じころ、ユーフェミアはダールトンとともに特派が用意したヘリに乗り込もうとしていた。
「……どなたでしょうか……」
 その瞬間、奥の方にアッシュフォード学園の学生服を身に纏った少年の姿が確認できる。しかも、側には特派の軍服を着た少年が付き添っていた。
「同じ事故に家族が巻き込まれたのだそうですわ、ユーフェミア殿下。アッシュフォードの方から、できれば、彼も同行させて欲しいと要請が……」
 特派の軍人が側にいるのは二人が顔見知りだからだ、と案内をしてくれたセシルが説明をしてくれる。
「そうなのですか。わかりましたわ。そういうことでしたら、わたくしは構いません」
 むしろ、自分の方から命じても構わない。そうも彼女は思う。
 皇族であろうとなかろうと、家族を思う気持ちは一緒だ。ヘリの乗員に余裕がある以上、拒む理由にはならないだろう。
「ありがとうございます、殿下」
 ほっとしたような表情でセシルは感謝の言葉を口にした。
「いえ。家族を心配するのは当然のことですもの」
 こう口にしながらもユーフェミアは彼へと視線を向ける。うつむいているせいでその顔がはっきりと見えるわけではない。しかし、どこか見覚えがあるような気がしてならない。
「ユーフェミア様」
 だが、それを確認するよりも早く、ダールトンが彼女を促す。
 確かに、自分が席に着かなければ発進できない。それでは、万が一の時に困るのではないか。そう判断をして、ユーフェミアは促されるまま歩き出す。
 その気配に気が付いたのだろうか。
 少年が顔を上げる。
 一瞬だけ彼の顔が見えた。
「……マリアンヌ様?」
 その横顔が今は亡きあの方に似通っていたような気がするのは、自分の錯覚だろうか。
 慌てて確かめようとしたが、その時にはもう、彼は自分たちには背を向けていた。
「マリアンヌ様……が何か?」
 そっとダールトンが問いかけてくる。
「……わたくしの見間違いかもしれませんが……」
 そんな彼に促されるまま歩きながらユーフェミアは口を開く。それでも、ためらいを捨て切れたわけではない。この状況が生み出した錯覚かもしれないのだ。
「あちらの方がマリアンヌ様によくにておいでのような気がしましたの」
 他人のそら似、という可能性もありますが……と付け加える彼女に、ダールトンは頷いてみせる。
「きっと、このたびのことでルルーシュ殿下とナナリー殿下のことを思い出されておられるからですよ」
 それでも気になるのであれば、後で確認しておけばいい。そうも彼は付け加える。
「ですが、今はクロヴィス殿下のことを優先されてください」
 彼に関しては、アッシュフォードに問いかければわかるのではないか。そう口にした瞬間だ。彼の表情が変化をする。
「ダールトン?」
 シートに腰を下ろしながら、ユーフェミアは彼を見上げた。同じように座っていても、彼の方が目線が高いのだ。
「……マリアンヌ様の後見は、アッシュフォードであったかと記憶しております」
 そして、この地はあの二人が送られた《国》でもある。
 さらにこのエリアの総督であるクロヴィスはあの二人にとても同情的だった。だから、あるいは彼等が「自分たちの存在を隠していたい」と訴えたらその願いを叶えてしまうのではないか。
 ダールトンは静かな口調でそう告げる。
「ならば、今すぐにでも……」
 確認をしないと……とユーフェミアは腰を浮かせようとした。
「ユーフェミア様」
 しかし、ダールトンはそれを止める。
「ダールトン!」
「発進致します。それに……もし、ユーフェミア様があの方を追いつめたら……今すぐにでも姿を消されるかもしれません」
 ヘリから飛び降りるぐらいはするかもしれない。そういわれれば、もう何も言えない。
「……クロヴィス殿下のご無事を確認してからでも、十分間に合います」
 家族が同じ病院にいるというのであれば、接触する機会もあるだろう。そうもダールトンは付け加える。
「そうですわね」
 しかし、本当に彼がルルーシュなのであれば……と考えたところで、ユーフェミアはある可能性に気が付いてしまう。
「……だとするなら、お兄さまを狙ったテロに巻き込まれたのは……ナナリーだという可能性もあるわけですね」
 そうだとするのであれば、何故、彼女ばかりが……とそう思わずにはいられない。マリアンヌが亡くなったときも、彼女はその身に重すぎるほどの被害を受けているのだ。さらに今度、となれば、あの子はどうなってしまうのか。
「……それならばなおさら、ユーフェミア様は被害にあったみなの無事を祈っていてくださいませ」
 今のユーフェミアにできるのはそれくらいのことだろう。その言葉に、確かに反論をすることができない。
「彼がルルーシュ様で、巻き込まれたのがナナリー様なのでしたら、間違いなくマリアンヌ様が守っておられるのですよ」
 そして、それはクロヴィスにも向けられているのではないか。おそらく、表情を曇らせてしまった自分を気遣ってこう言ってくれるのではないか。ユーフェミアはそんなことを考えてしまう。同時に、そう考えてしまう自分が嫌だ、とも。
「えぇ。みなが無事であれば、それが一番ですわ」
 彼女がこう口にすると同時に、ヘリが離陸をした。


 医師が治療室から出てくる。そのまま、彼はコーネリア達の方に歩み寄ってくる。
「クロヴィスの様子は?」
 そんな彼にコーネリアはこう問いかけた。
「命の危機は、脱しました。おそらく、このまま快方に向かわれるかと」
 ただ、障害が残るかどうかは、経過を見なければわからない……と彼は続ける。
「それに関しては……しかたがあるまい。取りあえず、命が無事ならば、それでいい」
 ほっとしたような表情とともに彼女は医師を真っ直ぐに見つめた。
「取りあえず、できる限り最高の治療を施せ。わかっているな?」
 クロヴィスの将来に支障が出るような事があっては許さない。それ以前に、状況が急変することも、だ。言外に彼女はそう告げる。
「もちろんでございます。全力を尽くさせて頂きます」
「だからといって、他の被害者の治療も怠るな。よいな?」
 クロヴィスを助けるために他の者を犠牲にした。そのようなことを意識を取り戻した彼が知ったらどれほど悲しむか。それは簡単に想像ができる。
「わかっております。重体なのは、総督閣下の側にいた少女だけでございます。そちらにも医師をきちんと振り分けております」
 ですから、心配はいりません……と彼は慌てたように口にした。それがどこまで真実なのかはわからない。それでも、自分の言葉を無視はできないだろう。だから、きっとこれからは最良の治療が受けられるのではないか。
 それならば、後は任せておこう。
「バトレーは?」
 後は、今後の対策を考えなければいけない。そう判断をしてコーネリアはギルフォードに問いかける。
 自分は皇族なのだ。
 だから、自分にできることをしなければいけない。
 コーネリア達にこの場を任せて、彼は今回のことに関しての指示を出すために、一度総督府へと戻っている。だが、すぐに戻ってくると行っていたのだ。
「今、全ての指示を出し終えてこちらに向かっておられます」
 その時に、今後の相談もしたいと言っていた……とギルフォードは言葉を返してくる。
「そうか」
 軍事面では多少頼りない……と思っていたが、それだけ素速く行動が取れたのであれば、そうでもなかったのだろうか。それとも、最近噂になっているクロヴィスの優秀なブレーンが動いたのか。
「確かに、いろいろと話し合わねばならぬこともあるな」
 取りあえず、この地を誰が預かるか、だ。
「本国に連絡を取るか」
 せめて、彼が意識を取り戻すまではこの地に自分がとどまれるように……とコーネリアは付け加える。そうすれば、クロヴィスも安心できるだろう。何よりも、自分がこの手で彼を狙ったものを捕まえ、処罰してやらなければ気が済まないのだ。
「お姉様!」
 そんなことを考えていたときである。何よりも大切にしている妹の声が耳に届いた。視線を向ければ、彼女がこちらに歩み寄ってくるのが確認できる。もっとも、病院内と言うことを考慮してか、できるだけ静かに行動をしているらしい。
「心配をするな。クロヴィスは命の危機を脱したそうだ」
 だから、意識さえ取り戻せば何の不安もなくなる。そういって、少しだけ表情を和らげた。
「……よかった」
 安心したのだろうか。彼女は泣きそうな表情を作る。
 だが、すぐに表情を引き締めた。
「ユーフェミア?」
 彼女らしくない。そう感じてコーネリアは彼女の名を呼んだ。
「……ひょっとしたら……クロヴィスお兄さまは、ルルーシュとナナリーの居場所をご存じでいらっしゃるのかもしれません」
 彼女の口から出た言葉に、コーネリアは目を丸くする。
「いきなり何を……あの子達は死んだのだ」
 ひょっとして、クロヴィスのことを耳にした衝撃で、そのような妄想にとりつかれたのか。そうであるならば、カウンセリングを受けさせなければならないかもしれない。そんなことも考えてしまう。
「ですが……わたくしたちは二人の亡骸はおろか、遺髪すら見つけられませんでした」
 それどころか、開戦の混乱で、あの二人の存在を完全に見失ってしまったではないか。ユーフェミアはそう反論をしてくる。
「確かに、そうかもしれぬが」
 彼女の言葉に妙な自信すら感じられるのはどうしてなのか。
「そう言い出したのには、何か根拠があるのか?」
 まずはそれを確認しよう。そう判断をして問いかけの言葉を口にした。
「……こちらに向かうヘリで同乗した者の中に……マリアンヌ様によく似た少年がおりましたの」
 彼は、アッシュフォード学園の制服を身に纏っていた……ともユーフェミアは告げる。
「確か、マリアンヌ様の後見は、アッシュフォードであったかと」
「……それで、か」
 それでも、頭ごなしに否定できないのは、そう考えればあの一族がこの地に渡ってきた理由が納得できるからだろうか。それとも、自分もその可能性を心のどこかで捨てきれなかったか。
「今、ダールトンが確認に行っております」
 もっとも、それが真実だとするならば、しばらくひっそりとしておいた方がいいかもしれないが……とユーフェミアは目を伏せる。
「ユフィ?」
「その方の家族も、このたびのテロに巻き込まれたのだそうです。本当に彼がルルーシュであれば、巻き込まれたのはナナリーと言うことになります」
 彼女の容態が安定するまでは、自分たちのことでさらに衝撃を与えない方がいいのではないか。そう告げる彼女の気持ちに、コーネリアも頷いてみせた。




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07.06.29up