スザクが持ってきてくれたソファーに、取りあえず腰を下ろす。
「ルルーシュ……寄っかかっていいよ?」
 その方が楽でしょう? と彼は即座に声をかけてきた。
「スザク、だが……」
「大丈夫。僕は鍛えているし……昔から『体力バカ』だから」
 だから、ルルーシュの背もたれにはなれるよ、と笑みを向けてくる。でも、クッションになるには堅いかもしれないけど、とも彼は付け加えた。
「……バカ」
 何を言っているんだ、お前は……とルルーシュは呟くように口にする。それでも、彼の手が促すままにそっとその肩に頭を乗せる。
「ねちゃってもいいよ。何かあったら、すぐに起こしてあげるから」
 優しい声が耳に届く。同時に、少し荒れた指先がそうっとルルーシュのまぶたを覆った。
 優しい温もりと闇がルルーシュの意識を夢の中へと誘う。
 おきていなければいけないのに。
 そう思うのだが、予想以上に体は休息を求めていたのだろうか。どうしても抗うことができない。
「おやすみ、ルルーシュ」
 スザクの柔らかな声がまるで子守歌のようだ。そう心の中で呟くと同時に、ルルーシュの意識は夢の中に吸い込まれていった。


「失礼をいたします」
 言葉とともにダールトンが滑り込んでくる。
「ダールトン」
 どうだった、とコーネリアは視線だけで問いかけた。その隣では、ユーフェミアが不安そうに彼を見つめている。
「間違いなく、あの方でした」
 二人の視線に、ダールトンはこう告げる。
「そうか」
 そうであって欲しい、という希望は叶えられたと言うことか……とコーネリアは心の中で呟く。
「ですが、今はそっとしておいて差し上げた方がよろしいかと」
 せめて、ナナリーの容態が安定をしクロヴィスの意識がもどるまでは……と彼は続けた。
「何故、そう思う?」
 ユーフェミアだけではなく、彼までこう告げる。その理由は何なのだろうか。こう考えて聞き返す。
「お二人を保護していらしたのはクロヴィス殿下でいらっしゃいます。あの方が姫様やユーフェミア様にもお二人の生存を告げておられなかったのです。それには、それなりの理由がおありになったのではないか、と愚考しております」
 だから、せめて彼等を保護してきたクロヴィスが目覚めるまでそうっとしておいた方がいいだろう。ダールトンはそう告げる。
「……それほどまでに、あの子は《ブリタニア》を恨んでいるのか?」
 ため息とともにコーネリアはさらに問いかけた。
「いえ……どちらかというと連れ戻されることを怖れておいでのようです。あるいは、また、道具として使い捨てにされると思っておいでなのかもしれません」
 あの二人がこの地に送られたときの状況を考えればしかたがないのではないだろうか。それはコーネリアも十分にわかっている。
「クロヴィス殿下もそんなあの方々のお気持ちをご理解していらっしゃったのでしょう」
 もっとも、それは自分の推測にすぎないが……とダールトンは付け加えた。
「なるほど。だから、私たちにも報告をしなかったのか、あの子は」
 ルルーシュの気持ちを優先したのか、とコーネリアは頷く。
「詳しいことは、バトレーに説明させればいいだろうが……おそらく、それが真実だろうな」
 特にルルーシュの方が、とコーネリアは心の中で呟く。
 彼が自分に負けないくらい妹を愛していることはわかっていた。しかもナナリーはあんな体だ。そんな彼女を守るためにあの子がどれだけ傷つき、また嘘を重ねてきたか。想像に難くない。
「では、何故クロヴィスお兄さまは……」
 ルルーシュとナナリーに会いに行っても拒まれなかったのか。ユーフェミアが不思議そうな口調でこう告げた。
「クロヴィスだからこそ、ルルーシュとナナリーは安心できたのだろう」
 彼は昔からあの二人を可愛がっていた。
 この地の総督の座に着いたのも、間違いなくあの二人を見つけ出し保護するためだったはず。
 どのような経緯があったかはわからないが、彼はその願いを叶えたはずだ。だからこそ、ルルーシュは素直に軍――それが特派のものだとしてもだ――のヘリコプターに乗ったのではないか。そんなことも考える。
「……クロヴィスが逃げ出さなかったのも、ナナリーを守るためだったのかもしれん」
 それとも、ナナリーが彼の側にいたところを狙われたのか。
 どちらにしても、クロヴィスがナナリーを見捨てなかったことだけは事実だろう。
「そんなクロヴィスの気持ちに免じて、しばらく我慢するべきだろうな」
 この言葉に、ユーフェミアも小さく頷いてみせる。
「ルルーシュにも気持ちを整理するための時間が必要だろう。クロヴィスとナナリーがここにいる以上、あの子が一人だけ姿を消すはずがない」
 今まで待ったのだ。後少しぐらい待つことは苦ではない。いや、今までよりは状況がいいのではないか。確実に、あの二人がここにいるとわかっているのだし、とそう思ったときだ。
「……失礼をいたします」
 遅くなってしまい、申し訳ありません……と続けられた言葉とともにバトレーが姿を現す。
「バトレー。犯人の捜索についてはどうなっている?」
 その姿を確認すると同時に、コーネリアはこう問いかける。
「現在、実行犯に関しては割り出し中です。ゲットーに手を回しておきましたので、間違いなく情報が集まるかと」
 その後で、彼は一瞬何かを言いよどんだ。
「……ルルーシュ様のご指示で、包囲網をしいておりますので、大丈夫ではないかと……」
 だが、すぐにこう口にする。
「そうか。クロヴィスの功績がのびていると思ったのだが……それはあの子の助言があったから、か」
 クロヴィスは芸術方面での才能は兄弟達の中で最も優れているだろう。その代わりに行政や軍事に関わる才能は決して優秀とは言えない。しかし、最近、エリア11の業績が伸びていると思っていたのだ。それが、ルルーシュの助言ゆえなら、あの子の心も少しは和らいだと言うことだったのではないか。
「このたびのことが、あの子の心に悪影響を及ぼさなければよいのだが」
 それだけが不安だ、とコーネリアはため息をつく。
「まぁ、よい。あの子はナナリーの所にいる。医師団にはあの子を必ず助けろ、といっておいたからな。心配はいらぬと思うが……」
 しかし、こればかりは努力だけではどうもならぬかもしれない。そうも思う。
「此度のこと……クロヴィス様のお怪我が予想以上に軽かったのは……ナナリー様のおかげでございます」
 ナナリーの車いすが盾になったのだ、とバトレーは口にする。
「ですから、何があってもあの方には生きて頂かなければ……」
 そして、幸せになってもらわなければいけないのだ。この言葉にコーネリアも頷いてみせる。
「そのためには、クロヴィスにも元気になって貰わなければならぬか」
 可愛い弟妹達が笑っていられる世界が自分の理想なのだ。その中にはもちろんユーフェミアだけではなく、クロヴィスもルルーシュもナナリーも含まれていた。
「あぁ……テロリストの目星がついたら即座に報告を。私が直々に出る」
 クロヴィスには無理だ。だからといって、ルルーシュにさせるわけにはいかないだろう。
「かしこまりましてございます」
 本来ならば越権行為と言われてもしかたがない。しかしバトレーはあっさりと頷いてみせた。あるいは、彼にも何か思惑があるのかもしれない。
「それと……そうだな。ルルーシュに顔を見せてやってくれ。先ほどダールトンを行かせたら怖がらせてしまったようだからな」
 だが、それは追及しなくてもいいだろう。彼がクロヴィス達のためにならないことをするはずがないのだ。そう判断をしてこう告げる。
「……やはり、まだ無理でいらっしゃいましたか……」
 クロヴィスにはようやく甘えられるようになってきたようだが、とバトレーはため息をつく。
「もっとも、殿下もルルーシュ様に受け入れて頂けるまで一年近くかかられましたから……」
 クロヴィスが無事であれば状況は変わっていたのかもしれない。それを期待して、このたびのコーネリア達の訪問を受け入れたのだから、とバトレーは告げる。
「そうか。シュナイゼル兄上ではなく私たちから、と考えてくれていたのだな」
 だとするならば、余計に彼の気持ちを汲んでやらなければいけないだろう。コーネリアはそう思う。
「取りあえず、私たちは休ませて貰おう。何かあれば遠慮なく起こせ」
 何があっても、一番物を言うのは判断力だ。そのためには休憩を取ることも重要なことだと言っていい。
「イエス、ユア・ハイネス」
 誰もがその言葉に頷いてみせる。
「ユフィ?」
 ならば、休もうか……と妹に声をかけた。
「わたくしは、今しばらく起きております。クロヴィスお兄さまが起きられるかもしれませんし」
 ナナリーの容態が変わったときに、すぐに駆けつけられるだろうから。そういって、彼女は微笑む。
 おそらく、強引に連れて行っても彼女は休もうとしないだろう。そう判断をする。
「わかった。ギルフォードを置いていく。迷惑をかけるなよ?」
「はい、お姉様」
 ユーフェミアは素直に頷いてみせた。それを確認してから己の騎士へと視線を向ける。そうすれば、わかったというように彼も頷いていた。
「バトレー。あの子のことを頼む」
 ナナリーも心配だが、それ以上にルルーシュが無理をしていないかの方が気になってしまうのは、間違いなく彼の性格を知っているからだ。
「仰せのままに」
 バトレーが頭を下げる。それを確認して、コーネリアは歩き出した。


 不意に誰かに揺り起こされた。
 元々深くはない眠りだ。ルルーシュの意識はあっさりと覚醒をする。
「何だ?」
 それでも不機嫌な声が出てしまったのは、きっと、この眠りが予想外に心地よかったからかもしれない。
「ルルーシュ。バトレー将軍がおいでだよ」
 しかし、スザクのこの言葉でルルーシュはすぐに思考を切り替えた。
「バトレー?」
 彼がここにいると言うことは、犯人を追いつめるための手だてを全て整えてきたと言うことなのだろうか。そう思いながら、ゆっくりと目を開く。そのまま視線を向ければ、彼の姿が確認できた。
「取りあえず、ナナリー様は命の危機を脱せられたそうでございます」
 もっとも、意識が戻るまでにはもうしばらくかかりそうだが……と彼は続ける。どうやら、こちらに来て真っ先に彼はナナリーの容態を意志に確認したらしい。
「……総督閣下は?」
 誰が聞いているかわからないからルルーシュはあえてこう問いかける。
「おそらく、一両日中に意識が戻られるかと。ナナリー様の車いすが盾になったのです」
 ナナリーの前に彼が跪いていたからこそ、クロヴィスは直撃を受けなかったのだ。ナナリーの方が容態が重いのも、それが原因だろう、と彼は続ける。
「そうか……あれが二人の命を救ってくれたのか」
 あの日の母上の代わりに、とルルーシュは小さな声で呟く。
「よかったね、ルルーシュ」
 ナナリーの容態が好転して、とスザクが囁いてくる。それにルルーシュも頷いてみせた。
「取りあえず、容態が安定されたなら、殿下と同じ病室へと移動させて頂きます。その方が皆様方安心ではないかと」
 言外に、コーネリアとユーフェミアの二人もナナリーのことを心配しているのだ、と彼は告げる。
「……そうか」
 彼女たちの言葉に嘘はないと思う。いや、思いたい。
 それでも、まだ直接顔を合わせる勇気がでないのだ。
 しかし、それもクロヴィスが側にいてくれれば話は変わってくるのだろうか。自分自身でもそれはよくわからない。
「それで、犯人については?」
「……ルルーシュ様の御推測通りかと。おそらく、こちらも一両日中には目処を付けさせて頂きます」
 その際にはコーネリアが直々に指示を出すだろう。彼はそうも告げる。
「あの方なら、そうなさるだろうな」
 実戦経験がない自分の机上の論理よりも、彼女の方が的確な処理をしてくれるだろう。それに、そうしてくれるのであれば、自分はここでナナリーが目覚めるのを待っていられる。
「全て、お任せします……とそう伝えてくれ」
 ルルーシュの言葉にバトレーは頷く。
「ただ……お認めいただけるのなら、特派も出撃を、と」
「ルルーシュ!」
「ロイドのことだ。実践でのデータを欲しがっているのだろう?」
 そして、少しでも手柄を立てれば、スザクの立場も強くなるのではないか。もっとも、彼がそれを望んでいればの話だが。
「……アスプルンド主任と相談をしておきましょう」
 確かに、そうすればスザクをルルーシュ達の側に置いていても誰も何も言わないだろう、とバトレーも頷く。それで、スザクにもどうしてルルーシュがそんなことを言い出したのかがわかったらしい。
「僕、頑張るからね、ルルーシュ!」
 スザクはこう言うと同時にルルーシュの手をしっかりと握りしめてきた。




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