病院の食堂の食事にさほど期待をしていたわけではない。それでも、それなりに舌が肥えていると自負しているルルーシュから見ても、それなりのレベルの味だった。
 もっともそれでも半分ほどで満腹を覚えてしまったのはどうしてだろうか。
「……クロヴィス殿下は、意識を取り戻されたのだろうか」
 まだ料理が残っているお盆をさりげなく脇に避けながら、ルルーシュはこう呟く。そんな彼の仕草に、スザクが少しだけ非難をするような眼差しを向けてきた。
「まだ、だと思うけど……ロイドさんに頼めば確認してもらえるかな?」
 流石に、自分はそこまでの権限がないから……と申し訳なさそうな口調でスザクが付け加える。
「お前のせいじゃないだろう」
 しかし、これ以上ロイドに借りを作るのも考え物だ。心の中でそう呟いてしまう。あるいは、バトレーに連絡を取るか、だ。
 どちらかと言えば、後者の方が気分的に楽かもしれない。
「それに……忙しいんじゃないのか?」
 特派も正規軍とともに出かけるというのであれば、今頃、スザクがデヴァイサーをつとめているという機体――ランスロット――の最終調整をしているのではないか、とルルーシュは付け加える。
「その可能性はあるね」
 言われて初めて気が付いた、とスザクは呟く。
「と言うことは、僕も行かないとダメだよね……」
 自分が行かないとデータが取れないかも、と彼はため息をついた。
「今、ルルーシュ達の側を離れるのは、とても不安なんだけど……」
 側にいれば、いくらでもフォローできるが、離れてしまえばできない……とさらに言葉を重ねてくる。
「ナナリーも、取りあえず、命の不安はない。だから、俺だって馬鹿なことは考えないよ」
 それに、今はミレイもここにいるからな……とルルーシュは取りあえず笑ってみせた。
「……わかっているんだけど、ね……」
 こう言うときにルルーシュの側にいられないのは不安なのだ、とスザクは真顔で告げてくる。あの時、少しだけと離れて、そのまま別れ別れになってしまったから、とも彼は付け加えた。
「でも、こうして再会できただろう?」
 そんな彼に、ルルーシュは笑みを向ける。
「そうだけど……」
 だが、スザクはなかなか納得してくれない。それだけ、あの時離れ離れになってしまったという事実が彼の中で引っかかっているのだろうか。
 もっとも、それに関しては自分もあれこれ言えない。
 自分も、未だにコーネリアとユーフェミアと顔を合わせたくないと思っている。
 彼女たちが自分たちに危害を加えないとはわかっていても、どうしても会えないのだ。というよりも、会うことが恐いといった方が正しいのかもしれない。
 クロヴィスのように自分が気が付いたときにはナナリーやミレイを味方に付けていれば話は別かもしれない。それでも、あの異母兄を心から信頼できるようになるまでどれだけの時間を必要としただろうか。
 だから、スザクにしてもそう簡単に自分の側から離れたがらないのだろう。
「……それに、お前には俺の代わりにその目でナナリー達をあんな目に遭わせた者達がどう処分されるのかを確認してもらわなければいけないからな」
 スザクにとっては辛いかもしれないが……とルルーシュは申し訳なさそうに付け加える。
 テロリストも、元はと言えばスザクと同じ《日本人》だ。その《日本人》達が処断されているところに居合わせなければならないとなれば、彼にとっては辛いことではないか。そう思う。
「大丈夫だよ、ルルーシュ。ちゃんと割り切れているから」
 ブリタニア軍に入った時点で……と彼は何でもないことのように口にする。しかし、そんなはずはないだろう、ということはルルーシュにも推測できた。
「スザク……」
「それに、僕だってナナリーちゃんをあんな目に遭わせて、ルルーシュをこんな風に悲しませている連中は許せないから」
 できることなら、自分が先陣を切って相手を処罰したいくらいだ……とスザクは付け加える。
「スザク」
「うん。だから、今回のことはちょうど良かったと思っているよ」
 ルルーシュはだから心配しないで。こう言ってさらに笑みを深めた。その笑顔の意味をどう判断すればいいのか、と悩む。
「……取りあえず、食べ終わったならナナリーの所に戻ろう」
 その後で、軍に足を運ばなければいけないのかどうかを確認してこい。そう告げれば、彼は素直に頷いてみせた。


「お姉様……」
 ユーフェミアの声にコーネリアはすぐに意識を覚醒させる。
「ユフィ。どうかしたのか?」
 体を起こしながら問いかけた。
「クロヴィスお兄さまが……」
 何かを言おうとしているようだが、うまく言葉をつづれないらしい。それはどうしてなのか。
「クロヴィスがどうかしたのか?」
 昨日までの状況から判断をすれば、急変したとは考えられない。だが、万が一の可能性がある。そう思って聞き返す。
「目を、さまされました」
 予想していた内容ではあるが、改めて聞かされるとほっとする。
「そうか」
 髪をかき上げながら、コーネリアは微笑んだ。
「でも、またすぐに眠ってしまわれましたの」
 それでも、自分の姿を見て少し微笑んでくれた……とユーフェミアは付け加える。それが嬉しくて泣きそうになっているのだろう。コーネリアはそう判断をする。
「よかったな、それは」
 確かに、これで一安心というのは事実だ。
 しかし、と彼女は心の中で付け加える。
 まだもう一人、気にかけなければならないものがいるのだ。彼女が意識を取り戻して、初めて安堵すべきだろう。そう考える。
「それと、ナナリーですけど」
 まるでコーネリアの内心を読み取ったかのようにユーフェミアが口を開いた。
「容態は安定しているそうですわ。ただ、まだ麻酔が効いているので、意識を取り戻すのは明日以降になるそうです」
 それでも、当面の危機は脱したのだ……とこれもまた嬉しそうに告げてくる。
「ルルーシュも安心しているだろうな」
 彼にとっては、ナナリーだけが常に側にいてくれた存在なのだ。苦楽を共にしてきた妹の存在が、彼にとってどれだけ重要なのか、バトレーの言葉だけでも想像ができる。
「……あの子は、クロヴィスのことを知らぬな?」
「はい。お兄さまのことは、病院内でも極秘扱いですから」
 同じ事件の被害者とはいえ、ルルーシュ達に伝えられるとは思えない。それは、問いかければ何でも答えが返ってくる自分たちとの大きな違いだと言っていいだろう。彼が自分で選んだ結果だとしても、それではかわいそうだ。
「なら……誰かに命じて言付けさせるか」
 そうすれば、ルルーシュも安心できるだろう。心配事が一つ減っただけでも、あの子の気持ちはかなり楽になるのではないか。
「そうですわね。それがよいのでしょうが……誰に命じましょうか」
 ルルーシュの存在を教えても構わないと言える人間はさほど多くない。そういって首をかしげるユーフェミアの言葉はもっともだ。
 無条件で彼等の側に近づけても大丈夫だと思うのは、現在ルルーシュの護衛である枢木スザク――とは言っても、別の意味で引っかかってしまうが――か、己の騎士であるダールトン、そして今まで陰ひなたにクロヴィスとあの二人の補佐をしてきたバトレーぐらいなものではないか。
 その中で今すぐ動かせるのはダールトンだけだろう。
「ダールトンを行かせるか」
 彼であればルルーシュも顔を知っているし、信用はしてくれているはず。それに、そのくらいの時間的余裕はあるはずだ。
「お姉様」
「ルルーシュにも知る権利があるからな」
 それは当然の権利だろう、と彼女は笑う。そのまま大きく伸びをするとベッドから滑り降りる。
「それよりも、お前も少し休め。ずっと起きていていたのだろう?」
 意識が戻ったとはいえ、クロヴィスはまだ全快したわけではない。今しばらく、集中治療室から出られないだろう。
 そして、ナナリーはまだ当分意識が戻らないのではないか。
 どう考えても長丁場になると推測できる。
 だから、側に付いている者達が先に倒れるわけにはいかないだろう。そう判断をしての言葉だ。
「わかりました。ですが、ここを使ってよろしいのでしょうか」
 それとも、一度総督府に戻った方がいいのか……とユーフェミアは問いかけてくる。
「そうだな。あちらに戻った方がいろいろと都合はいいだろうな」
 万が一の心配はなくなったのだから、とは思う。しかし、ルルーシュはこの場を離れたがらないだろうと言うことはわかっていた。
「ここはルルーシュに使わせるか。それとも、ナナリーの側に仮眠ができる部屋を用意させるか、だな」
 バトレーに用意をさせるにしても、この状況では彼にも余裕がないだろう。
 掃討作戦に関しては、自分が指揮を執るとしても、だ。それ以外のことは彼でなければわからないことだろう。
 ならば、自分がここで命じていった方が楽かもしれない。
「ダールトンと、それから病院の関係者を呼んでくれ」
 この場に控えていたギルフォードに向かってそう命じる。そして、また、ユーフェミアに視線を戻した。
「二人に指示を出したところで、一度、総督府に向かおう」
 休息を取った後であれば、また戻ってきてクロヴィスの側に付いていてもいいのではないか。その間、ユーフェミアを護衛できる程度の人員は割けるはずだ、とそう思う。
 問題なのはルルーシュの方だが、病院そのものの警備を強化しておけば大丈夫ではないか。それとも、ユーフェミアとともにダールトンを置いていくか。
 それも、後で相談をすればいいだろう。
「はい、お姉様」
 コーネリアの言葉に、ユーフェミアも素直に頷いてみせた。


 スザクが上司だという女性に強引に連れて行かれたから、この場に残っているのは、ルルーシュとミレイだけだ。
 人数だけで言えば今までと変わらない。
 しかし、何故か心細さを感じてしまう。それはどうしてなのだろうか。
「ルルちゃん?」
 無意識に吐いてしまったため息を聞きつけたのだろう。ミレイが不審そうな視線を向けてきた。
「何度経験しても、この時間はいやだな……と思っただけだ」
 ナナリーのこんな姿を見るのは二度目だし、とルルーシュは付け加える。
「……でも、大丈夫よ。少なくとも、今は私もスザク君もいるでしょう?」
 だから、とミレイは彼の顔をのぞき込んできた。
「そうだな」
 あのころは許されなかったが、今はミレイがいてくれる。それに、スザクも仕事が終わればここに戻ってくるだろう。そう考えれば、あのころに比べてましだといえるのではないか。それに、ナナリーも取りあえず命の危機は脱しているのだし、とも思う。
 それでも、やはりどこか心細い。
 その気持ちの原因は何なのか。その答えを知らなければいけない、とルルーシュは心の中で呟く。
 その時だ。
「ルルーシュ様」
 背後からそっと声をかけられる。
「ダールトン卿」
 彼が来た、と言うことは、コーネリアあたりからの言付けでもあるのだろうか。それとも、と考えながら視線を向けた。
「クロヴィス殿下の意識が戻られましたぞ」
 微かな微笑みとともに彼はこう告げてくる。どうやら、そのことを伝えに来てくれたらしい。
「……よかった……」
 安堵のため息とともにルルーシュはこう呟く。これで、彼の方は取りあえず心配はいらない。後は、ナナリーさえ意識を取り戻してくれれば、今まで通りの生活が待っているのではないか。
「それと、取りあえず仮眠室を用意させました。そちらもおつかいください」
 シャワー室も付いているから、当面は困らないはずだ……と彼は苦笑とともに付け加える。
「ナナリー様の意識が戻られるまでは、ここから動かれぬおつもりでしょう?」
 ならば、せめて少しでも休んで欲しい……と言われて、ルルーシュは思わず苦笑を返す。
「ばれているわね、ルルちゃん」
 だから、そうはっきりと言うな……と心の中でミレイに言い返したくなる。しかし、それを口にすれば、十倍になって帰ってくることは目に見えていた。だから、聞かなかったことにする。
「それと……一両日中に掃討作戦が開始されるはずです」
 さらに声を潜めて、彼はこう囁いてきた。
「犯人の目星が?」
「はい。ルルーシュ様のご指示が的確だった、とバトレーが申しておりました」
 だから、そちらに関しては任せて欲しいとコーネリアが言っていた、と彼は続ける。
「そうか……全てお任せします、と、あの方にお伝えしてください」
 本来であれば、自分がこの手で……とは思う。しかし、その権限は自分にはない。だから、と続けたルルーシュの言葉に、ダールトンは『しかと』と応えてくれた。




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