ミレイと入れ替わるようにスザクは戻ってきた。それに関しては当然のこととルルーシュは思っている。
しかし、その両手に抱えられた荷物は別だ。
「スザク?」
何だ、それは……と言外に問いかける。
「ロイドさんから、お泊まりセットだって」
どうせ、ルルーシュと一緒に泊まるだろうから……と言われて渡されたのだ、とスザクは苦笑ともに続けた。何か、全部お見通しだったみたい、とも彼は口にする。
「……そうか」
あの男の考えていることはよくわからない。それでも、取りあえず、自分たちの存在をシュナイゼルに知らせるつもりはないようだ。それだけでも今はいいことにしておこうか……と考えて、ルルーシュは苦笑を浮かべる。
「ルルーシュ?」
どうしたの? とスザクが問いかけてきた。
「……クロヴィス兄上だけではなく、コーネリア姉上やユフィにまで俺たちのことがばれてしまった以上、ロイドが口をつぐんでいても、いずれはシュナイゼル兄上にばれるだろうな。そう思っただけだ」
そうなれば、いずれは連れ戻されることになるのか、とルルーシュは口にする。
「せっかくお前と再会できたのに、そうなったら、また会えなくなるかもしれないな」
本国に連れ戻されるかもしれないから、とため息を吐けば、いつの間にかすぐ側まで近づいていたスザクに抱きしめられた。
「大丈夫だよ、ルルーシュ」
そして、彼はそっと囁いてくる。
「ルルーシュが本国に連れ戻されるなら、僕は君の側に行けるように努力するだけだから」
これまでだって、ルルーシュ達を探すために努力をしてきたのだから、何でもないことだ。そういいながら、スザクはルルーシュを抱きしめる腕にさらに力をこめる。それが彼の本心を表しているのではないか。そんな風にも考える。
「スザク」
「……ロイドさんがね。今回のことできちんと成果を出せたら、ワガママも通りやすくなるよって言っていたし、ね」
自分にとって大切な存在の順位ではルルーシュよりも上に来るものはないから。そうも付け加える。
「……バカだな、お前は……」
自分なんかを選んで、とルルーシュはため息とともにはき出す。
今も昔も、自分は『生きて』いない存在なのに。ここにいる《ルルーシュ》も、ある意味、偽りの姿ではないのか。
こんな時でも、父のあの言葉の呪縛から逃れられない自分に、ルルーシュは自嘲の笑みを浮かべてしまう。
「バカでもいいよ」
この温もりは現実だろう? とスザクは言い返してきた。
「僕にとって、ルルーシュの温もり以上に大切なものはないんだって」
一緒に暮らしていたあのころから、と彼はさらに言葉を重ねてくる。
「そのわりには、あれこれされたような気がするが?」
「……だって……ルルーシュってば、最初のころは絶対に僕を頼ってくれなかったじゃないか。それどころか、近づいただけでにらんでくるし」
だから、思わずいじめてしまったんだ……とスザクはため息混じりに白状をしてきた。
「ナナリーのことがなかったら、ずっとそのままだったかもしれないけど……ね」
でも、自分たちは《友達》と言っていい存在になれた。だから、ひょっとしたらそれ以上の存在になれるかもしれないって、そうも思ったのだ……と彼は続ける。
「……スザク……」
「大丈夫。ルルーシュがその気にになるまでは我慢するよ」
友達でいろというのなら、そうなれるように頑張る……とスザクは笑う。
「ルルーシュを失うくらいなら、僕が我慢した方がマシだから」
そういう問題なのだろうか。
自分が同じ立場なら、きっと無理だろう。
それでも、自分がそういうスザクに甘えているというのは事実だ。
「……本当にバカだな、お前は」
ため息とともに、ルルーシュはこうはき出すしかできなかった。
疲れていたのだろうか。スザクの腕の中でルルーシュは眠ってしまった。
「……バカでもいいんだよ、ルルーシュ」
俺は、と付け加えながら、スザクはルルーシュの髪をそうっと撫でる。そのまま指を滑らせてそっとその唇に触れた。
「ルルーシュさえ俺のものになってくれるならね」
小さな笑いとともにこう囁く。
「あと一息、だろう?」
彼の中で、自分の存在がどれだけ大きくなっているのか。それは彼の態度から十分に伝わってきている。
ルルーシュにとって『ナナリーを守る』と言うことが、自分が生きるための支えになっていたことは、言うまでもないことだ。
今はクロヴィスの庇護があるから、それほどでもないはず。それでも、やはり一番ナナリーの側にいて、彼女の身を守っているのはルルーシュだと言うことは代わりがない。そして、周囲もそれが当然だと思っているはずだ。
しかし、とスザクは思う。
それならば、ルルーシュを側で守るものはいったい誰なのか。
クロヴィスが庇護しているとはいえ、それと『守る』ということは違う。そして、ルルーシュも素直に彼の手を受け入れられないのではないか。
いや、守られることすら必要ないと言いそうだ――七年前のあのころのように――
しかし、本心では違うはず。
誰かに甘えたい。守って欲しい。
本人でも気付かない心の奥底でそう呟いていた。それに気付いたのが自分だけだったと言うことが、スザクにとっての幸運なのかもしれない。
「ねぇ、ルルーシュ」
早く、自覚をしなよ。そっとその耳元で囁く。
「……取りあえず、せっかく立派なベッドがあるんだから、使わないとそんだよな」
ルルーシュもゆっくりと眠れないだろうし。そう呟きながら、それでも彼を起こさないようにそうっと抱き上げる。そして、ベッドへと歩み寄っていった。
そっとシーツの上へと彼の体を下ろすと、少しでも楽なようにと衣服をゆるめてやる。
「……何か、いけないことをしているみたいだよな」
このまま最後まで襲ってしまおうか。そんな気持ちすらわいてくる。
しかし、それではルルーシュの体はともかく心を手に入れるのがむずかしくなることはわかっていた。
「まったく……俺の精神力の強さに感謝しろよ」
言葉とともに彼の体の上に毛布を掛けてやる。
「でなかったら、とっくに手を出しているぞ、俺は」
力だけならば、自分の方が上だ。だから、ルルーシュが抵抗しようと何をしようと、最後まで行き着ける自信はある。特に、こんな風に二人だけの空間で無防備な姿をさらされていたらなおさらだ。
でも、相手がルルーシュだから我慢できるし、待ってもいられる。
他の人間が相手なら、絶対にしない、と断言できるところが自分でもわかっていた。
「本当に、ルルーシュが好きなんだからな、俺は」
だから、このくらいは妥協範囲と言うことで許して欲しい。そう呟きながらスザクはそっと身をかがめる。そのまま、鎖骨の上にそっと唇を押し当てた。
「だから、これは虫除け、な」
この囁きとともにきつく吸い上げる。
スザクが顔を上げれば、彼の白磁の肌の上に赤い花びらが一つ散っていた。
「これが消える前に、答えをもらえればいいんだけど」
それは無理だろう。
でも、もう二度とルルーシュを悲しませようとする者達が出ないようにはできるのではないか。そうなれば、ずっと側にいられるだろう。
「大丈夫。誰が相手でも、俺は……」
ルルーシュを守るためならば切り捨てられる。
この一言はあえて口に出さない。彼が眠っているとは言え、その意識に残らないとは限らないのだ。
自分のこんな気持ちを彼は知らなくていい。
それを知ったせいで、彼が自分に負い目を持つようなことがあってはいけないのだ。
だから、とスザクは笑う。
「俺が、ルルーシュを守るから」
君は、安心して眠っていて……と囁いた言葉は彼の深層意識に刷り込めればいい。そうも思っていた。
まぶたがうっすらと持ち上げられる。そのまま、ぼんやりとした視線が周囲を彷徨っていることにユーフェミアは気が付いた。
「クロヴィスお兄さま」
声をかけると同時に、そっとその手に触れる。
それが彼の意識を刺激したのだろうか。ほとんどブルーと言って差し支えがないほど色の淡いラベンダーの瞳がユーフェミアの姿を捕らえた。
「ユ、フィ?」
掠れた声が彼女の名を呼ぶ。
「はい、わたくしです」
そのまま手を握れば、弱々しいながらも彼は握りかえしてくれる。その事実に、ユーフェミアは泣きたくなるほどうれしさを感じていた。
「でも、お兄さま。ご無理はなさらないでくださいませ」
強引に言葉を綴ることで余計な体力を使っては、治癒するまでの時間が延びるのではないか。そんな風にも思うのだ。
「……ナ、ナリー……は……」
しかし、彼が何を告げたいかわかっては、むげに反対もできない。
「無事ですわ。少なくとも、峠は越したと聞いております。今は、お兄さまと同じで、意識を取り戻すのを待っている状況です」
だから心配はいらない、とユーフェミアは微笑んでみせた。
本当のことを言えば、彼女が再び車いすに座れるようになるまで、かなりの時間を要するのではないか……と医師達は言っていたことも事実。それでも、命さえ無事であれば構わない、とルルーシュが言っていたのだ、とダールトンが教えてくれた。生きてさえいてくれれば、いずれまた車いすで動けるようになるだろう、とどこか寂しげに微笑んでいたことも、だ。
しかし、とユーフェミアは心の中で呟く。
一つ上のあの美しい異母兄がそれを望むのであれば、自分たちはもてる全ての力を使ってそれを叶えるだろう。
それは、今はまだ身動きすらできない三番目の兄も同じ気持ちだろうと言うこともわかっている。
「ルルーシュも、この病院内におりますわ。ですから、お兄さまがお望みでしたら、後で呼びましょう」
もっとも、医師の許可が出てからになるだろう。しかし、クロヴィスが望んでいるのであれば、誰も反対はできないと思う。
「ルルー、シュは……」
「お兄さまを心配しているそうですわ。ですから、お兄さまも早く元気になられなくては」
クロヴィスとナナリーが、どちらも普通の病室に移れるようになったときには隣に部屋を用意させればいい。そのころまでには、コーネリアがテロリストを処分しているだろう。
ユーフェミアのこの言葉に、クロヴィスは少しだけ微笑んでみせた。
「……ルルーシュ、に」
それでも、彼はこう口にする。
この様子であれば、ルルーシュに会うまでは彼は本当の意味で安心できないのではないか。
「わかりました。バトレー将軍がいらっしゃいましたら、ルルーシュを呼んできてくれるようにお願いしますわ。ですから、今はおやすみください」
二人のことを内密にしたいのではないか。そう囁けば、クロヴィスも納得したらしい。小さな吐息とともに頭を枕の上に戻す。
「おやすみください、お兄さま。次に目を覚まされたときには、もっとよくなっておられますわ。そうしたら、ルルーシュとも話ができます」
やはり疲れたのだろう。ユーフェミアの言葉を耳にしながらクロヴィスはそっと目を閉じる。そして、また彼は眠りの中に落ちていった。
「……大丈夫ですわ、お兄さま。あの二人をもう傷つけさせることはさせません」
自分が現在使える全ての力を使って、彼らを守ってみせる。ユーフェミアはその彼の寝顔に向かってこう誓っていた。
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07.08.03up
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