部屋の中に、自分のものでもルルーシュのものでもない気配を感じて、スザクは飛び起きた。
「誰です?」
鋭い、だが、ルルーシュの眠りを妨げないように潜められた声でこう問いかける。同時に、枕元に置いておいた銃を握りしめていた。
「恐いなぁ……僕だよぉ」
でも、護衛としてはごぉかく〜、と気の抜けた声で言葉を返してくる相手に、スザクは覚えがありすぎる。
「ロイドさん……せめて、ノックだけでもしてください」
ため息を吐きながら、スザクはこう口にした。
「ねてたら悪いなぁ、って思ったんだよぉ」
もちろん、スザクは起こすつもりだったが……と彼は笑う。
「そちらの方が心臓に悪いです」
ルルーシュに起こされるのであれば、思い切り歓迎するが……と心の中で付け加えた。ここが病院であり、側にルルーシュがいなければ、無条件で相手の動きを止めていたに決まっている。しかし、上司を相手にそんなことをしたらどうなるかわかったものではないだろう。
「ごめんねぇ」
こう言いながら、ロイドはスザクの側にしゃがみ込んだ。
「出撃が決まったからさぁ」
だから、迎えに来たんだよぉ……と彼はさらに笑みを深める。どうやら、本気でランスロットの実戦テストができるのが嬉しいらしい。
「……今すぐ、ですか?」
こう問いかけながら、スザクは体を起こす。既に眠気は完全に覚めていた。
「少しでも早いほうがいいんだけどぉ」
昨日も調整はしたが、やはり念には念を入れないとねぇ……と彼は目を細める。本当に、ランスロットのこととなると幸せそうな表情になるな、とそんなことを考えてしまう。
しかし、人間に対してはそうではない。
いや、ごく一部の人間を除いて……と言うべきだろうか。
ロイドが《人間》と認識している数少ない存在は、この場にいるものでは間違いなくルルーシュだけだろう。自分は、あくまでも《ランスロット》のパーツ。だが、それでも構わないと思う。必要なのはルルーシュの側にいられる立場だけだ。
そして、ロイドがルルーシュに抱いている感情は、自分のそれとは違う。それがわかっているからこそ、取りあえず目の前の相手が彼に近づくことは邪魔するつもりはない。もっとも、それは彼の存在が自分にとってもプラスに働いている間だけのことになるかもしれないが。
「わかりました。でも、それならルルーシュを起こさないと」
目が覚めたときに一人取り残されるのは嫌なものだ。まして、ルルーシュには過去の辛い記憶もある。ナナリーがあんな状況の時に一人だけで残すのは絶対に避けたい。そうも考えていた。
「そぉだねぇ」
その方がいいねぇ、とロイドも頷いてみせる。どうやら、彼も同じようなことを考えていたらしい。ならば、多少時間がかかっても構わないか、とそうも思う。いや、これについてはたんにルルーシュの寝起きがよくないだけの話なのだが。
心の中でそんなことを呟きながらスザクは素速く起きあがる。
そのままルルーシュの所へ行こうと思った時だ。
「その前にぃ」
ふっと思い出したというようにロイドが口を開く。
「スザク君に聞こうと思っていたことがあったんだったぁ」
教えて貰っていいかなぁ、と彼は視線を向けてくる。
「僕に答えられることでしたら」
こうは言いながらも、スザクは内心では相手に対して別の意味での警戒を抱き始めていた。
いったい、彼は何に気付いているのか。
そうは思うものの、決してそれを表情に出すことはない。そのあたりの鉄壁のポーカーフェイスは、この七年間の間に身につけざるを得なかったものだ。しかし、それをいやだと思ったことはない。
「なら、単刀直入に聞くけどねぇ。君、うちの上司と知り合い?」
本当に直球勝負だな、とスザクは思う。
「それは、僕の秘密じゃないと思いますけど?」
ロイドの上司と言えば、第二皇子のシュナイゼルだ。その彼が自分について何も言わないのであれば、そういうことだ……とスザクは言い返す。
「まぁ、あの人が訳のわからない人だって言うのは昔からだけどぉ」
ロイドにこう言われるとは当人も思っていないのではないだろうか。ふっとそんなことを心の中で呟いてしまう。
「……僕が何者でも、ルルーシュがここにいる限り、ブリタニアの不利益になるような行動は取りませんよ」
あくまでもルルーシュのためだ、と言うスザクをロイドはとがめるようなことはない。それどころか楽しげな視線を向けてきた。
「それで十分」
君にそれ以上の理由を求める権利は、自分たちにはないものねぇ。こう付け加える彼の真意が何であるのか。
それでも、ルルーシュを護るという一点では同意ができているのだからいいだろう。そう思うことにする。
「じゃ、本気で起こしますよ」
本当は、自分で起きて朝食を取るまでは一緒にいたかったんだけど。わざとらしく――だが、間違いなく本心だ――口にしながらルルーシュの側へと歩み寄った。
「よかった。今日は魘されていないね」
寝顔が穏やかだ。こう呟きながら、そうっとルルーシュの肩に手を置く。
「ルルーシュ、起きて」
そして、できるだけ優しい仕草で彼を揺り起こし始めた。
まだ眠りの中にいたい。
そうは思うが、誰かの声が自分を呼んでいる。
これはいったい誰の声だったろうか。
嫌悪を感じないというのは、自分にとって声の主が嫌な相手ではないからだろう。しかし、ナナリーでもクロヴィスでもないこの声の主は、いったい誰だったろうか。
そんなことを考えているうちにルルーシュの意識はゆっくりと浮上し始める。
「ルルーシュ、お願いだから起きて」
うっすらと目を開ければ、若葉色の瞳が確認できた。
「……スザク?」
そういえば、夕べはいったい、いつ、ベッドに移動したのだったろうか。そんなことを思いながらルルーシュは上半身を起こす。その瞬間、体の奥に澱のようにたまっている疲労感を改めて認識してしまう。
「起こしてごめんね」
この話が終わったら、寝直してくれていいから……とスザクはさらに言葉を重ねてくる。
「何か、あったのか?」
そう問いかければ、彼は少しだけ困ったような表情を作った。
「上司が迎えに来たんだ」
寝込みを襲われたよ……と彼は苦笑とともに言葉を返す。スザクがそうだ、と言うことは同じ部屋で眠っていた自分もそうだと言うことではないか。
「……上司?」
しかし、そんな無礼な行動をする者は誰なのだろう。そんなことを考えながら室内に視線を彷徨わせる。そうすれば、こちらをどこか楽しげに見つめている白衣の男の姿が確認できた。
「ロイド?」
あの男ならば納得できる。しかし、嬉しいわけではないな……と微かに眉を寄せた。
「もぉしわけありませんねぇ、ルルーシュさまぁ」
ルルーシュの視線が自分に向けられたからだろうか。ものすごく嬉しそうな表情でロイドが口を開く。
「ご無礼はわかっていましたけどぉ、コーネリア殿下から出撃命令が出ましたから。デヴァイサーがいないと、僕のランスロットもただの飾りですし」
何よりも、ルルーシュの代わりにテロリストに鉄槌を下す人間が必要だろう、と彼は付け加える。
しかし、それには言葉を返さない。
代わりにルルーシュは視線をスザクへと戻した。
「出撃、するのか?」
そして、こう問いかける。
「命令だから、ね」
それに、ルルーシュと約束をしたから……とスザクは微笑んでみせた。
「大丈夫だよ。主力は、あくまでもコーネリア殿下の隊だから」
自分はあくまでもその場に立ち会うだけだろう。そういうスザクに、ルルーシュは複雑な視線を向けてしまう。彼がそんな場所に行くのも、元はと言えば自分の一言が原因だと思い出したのだ。
「スザク……」
しかし、軍人である以上、戦場に行くなとも言えない。
「何?」
「……必ず……必ず、無事に帰ってこい」
だから、代わりに彼はこう口にした。
ロイドとともに特派のトレーラーへと乗り込む。
『必ず、無事に帰ってこい』
こう告げたルルーシュの手が細かく震えていたことにスザクは気が付いていた。
それは、間違いなく自分が戦場に行くことに不安を抱いていたからだろう。
「あのルルーシュは、可愛かったな……」
小さな声でスザクはこう呟く。
あんな風に言われたら、何を置いても生きて帰らなければいけない。そう気持ちを新たにする。もっとも、そういわれなくても最初から生きて帰るつもりではあったが。
彼のために死んでも、きっと彼の心には残るだろう。でも、それでは意味がないのだ。
生きている自分が彼の心の重要な位置を占めること。それだけを支えに、自分は生き抜いてきたのだ。そして、その願いはもう手の届くところにある。そう考えれば、石にかじりついてでも生き抜いてみせる、といいたくなったとしても誰も責めないのではないか。そうも考えている。
「……何の話かなぁ」
スザクの呟きを聞きつけたのか。それとも無意識のうちに口に出してしまっていたのか。ロイドがこう問いかけてきた。
「ルルーシュの寝顔です。今日はロイドさんが迎えに来られたので、堪能できなかったな、とそう思っただけです」
だから、帰ってきたらまた堪能できる機会を作らないと……と苦笑とともに微妙に話題をそらす。
「……そういえば、見るのを忘れていた……」
スザクを迎えに行ったついでに拝ませて貰おうと思ったのに、とロイドは途端に不機嫌になる。
「君も、しっかりと僕の視線からルルーシュ様の寝顔を隠してくれるし……」
つまらない、と彼はさらに言葉を重ねてきた。
「ルルーシュがいやがると思いますよ。少なくとも、昔は知らない人間に寝顔を見られるのを極端に嫌がっていました」
今日だって、ばれたらきっと、二度と側に近寄らせてもらえなくなりますよ……とスザクはさりげなく付け加える。
「それもいやだなぁ」
こう言いながら、本気でロイドは考え込んでしまう。
どうすればルルーシュに寝顔を見せてもらえるようになるのか。その方法を探しているのかもしれない。
だが、これでしばらく静かなのではないか。
そんなことも考えてしまう。
ロイドが嫌いだとか、彼の話を聞くのが嫌なわけではない。しかし、自分にもたまには一人でじっくりと考えたいときもあるのだ。
今日のようなときには、特に、だ。
「取りあえず、ナナリーとクロヴィス殿下を傷つけてくれた分のお礼をしないと、ね」
ルルーシュの分はもちろん、そんな彼を見ていなければいけなかった自分の分も……とスザクは心の中で付け加える。そうすることで、ルルーシュの気が晴れてくれればそれでいい。
「……後は、僕が帰る前にナナリーの意識が戻っていてくれればいいんだけど」
彼女の意識が戻れば、ルルーシュの心配事が全て片づくことになる。そうなれば、間違いなく本心からの笑みを見せてくれるのではないか。そんな風にも思うのだ。
「ルルーシュの笑顔が見たいから」
取りあえず頑張ろう。
ついでに、邪魔者には早々に退場をして貰った方がいいかもしれない。そんなことも考えてしまう。
しかし、ナナリーは当然としてクロヴィス達やロイドは排除できないよなぁ……と物騒な言葉を心の中だけで付け加える。いくらなんでも、彼等もルルーシュにしてみればそれなりに大切な存在らしいし。そう考えれば、ミレイもそうだろう。
となると、やっぱり邪魔なのはテロリスト達だろうか。
しかし、下っ端を叩いても次から次に新しい組織ができるに決まっている。そう考えれば一番確実なのは大本を叩くことか。
しかし、そのための力を自分は持っていない。
その事実が悔しいな……とそうも思う。
まぁ、いざとなったら一人で勝手に動くだけだが……とそうも心の中ではき出す。今までだって、ほとんどが一人で動いてきたようなものだ。これからだって同じ事をしていけないと言うことはないだろう。
それに……とスザクは静かに嗤う。
本当の自分の姿を知るものは少ない方がいいに決まっている。だから、一人で動いた方が気が楽だ。
「そういえばさぁ」
本当に彼の思考はどうなっているのか。
「やりたいことがあるなら、教えておいてよねぇ。できるだけ便宜を図るから」
ルルーシュを押し倒したいと言うこと以外ならねぇ……と付け加える彼の本心はどこにあるのか。それを知りたいと心の中で呟きながら、スザクは彼の顔を見つめていた。
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07.08.10up
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